私の歴史は、敗北の歴史だった。
デビュー戦では勝利を飾ったものの、それ以降はまともに勝てていない。
特に中距離以上のレースでは、GⅢどころかオープン競走すら白星をあげたことがない。
クラシックレースで惨敗したことは、今にして思えば当然のことだったと思う。
――――距離適性。
ウマ娘個人に与えられた、天性の資質。
幾度も敗れ、幾度も挑んだことでようやく気付けた自分の領域。
スプリント、マイル。
短い距離であれば、キングヘイローは最強格のウマ娘に一気に名が挙がる。
それほどまでに、距離適性は残酷で優しい。
(それが、どうしたっていうのよ!)
高松宮記念を制覇してから、ずっとキングヘイローは走ってきた。
安田記念、スプリンターズステークス、マイルチャンピオンシップ。
中距離を越えない路線では、輝かしい成果をあげてきた。
もちろん、最高の気分だった。
憧れてたGⅠレースのトロフィーを手にした高揚感は生涯忘れない。
同時にずっと引っかかっていたこともある。
宝塚記念では、スペシャルウィークやグラスワンダーに歯が立たなかった。
安田記念でもエルコンドルパサーに勝てなかった。
負けて悔しい思いと同時に、浮かんできた小さな感情。
でも、私には
甘い考えに、頭をどこかに打ち付けたい気持ちが沸き起こったのを覚えている。
何を勝手に、自分で限界を決めているのだ。
私は、一体何を求めて走っていたんだ。
数々の栄誉を手にしているライバルの中で、本当に強いのは誰なのか。
それが決めたくて、ターフに立っているというのに。
夏合宿、末脚の鋭さを徹底的に鍛えてきた。
だけど、それだけじゃ足りない。
……どうすればいい。
スタミナトレーニングも十分にやっている。
……それでも届かない。
何をやれば、みんなに追いつける?
苦しみ悩んでいる中で打開策をくれたのは、セイウンスカイだった。
走行中の縮地という新しい技を開発しているから、手伝って、と。
また、それを応用して差しでの走り方も教えて欲しいと。
願ってもない、最高の誘いだった。
本人は、そのつもりなんてなかったのだろうが。
(それにしても誰かを頼るなんて、らしくないことを)
のらりくらりとした様子から、誤解されがちだが。
セイウンスカイは、超が付くほどの負けず嫌いだ。
そして、それは自分も同じ。
互いにライバルというのに、互いに手の内を明かしている。
それだけ切羽詰まっているということでもあるのだが。
わかっているから、知りたいこともある。
今はどっちが速いんだろう? と。
共同練習の最中、尋ねてみた。
「さあね~? キングと私じゃ、出るレース被らないから何とも」
「……そうよね。ここ最近は、あなたとは一度も同じレースに出ていないものね。
併走トレーニングじゃ、参考程度にしかならないし」
「じゃあさ。やっぱこれも、一つの運命なんじゃない?」
「……ええ」
そう、運命なんだ。
年末の有馬記念。
全員が揃って、同じレースに出る。
強くなったライバル達が、最高の栄誉を掲げて年末の総決算を行う。
最大最高、至高の舞台。
今日勝ったものが、世代最強だ。
難しい理屈なんて捨て置き、みな同じことを思っている。
(だから、
本当は泣きそうになっていた。
また悲劇が繰り返され、自分たちの決着はつかずじまい。
明るい彼女の、暗い顔をもう見たくなんてないのに。
セラフィナイトは再びターフに戻ることなく、今日の結果だけが残る。
あの時、ああだったら。
でも、こうなってたらなぁ。
いつか、名残惜しそうに当時を振り返って、ヘラヘラと感想を述べる。
なんてことない思い出に成り下がる。
嫌だ。
イヤだ。
絶対に認めない。
そんなつまらない未来を手にするために、私たちは走っているんじゃない。
負けて悔しくて、勝って嬉しくて。
いつまで経っても、あの時は本当は自分が速かったんだ。
こうしてれば、負けなかったんだ。
そう言い合える、最高のレースにしたい。
あなただって、そうでしょう?
セラフィナイトさん!
「……とう、ぜんッ! だよ!!!」
セラフィナイトは、歯を食いしばり、右足を強く前に踏み出した。
力が上手く入らない。
感覚がほとんどない。
壊れてしまったのかどうかも、わからない。
……でも。
それでも!
(立ち上がらせてくれる
苦しかった時、辛かった時。
もう走るのは無理だと、諦めていた時。
自分の全てを賭けて、他人の為にターフを駆けたウマ娘が居た。
確固たる意志と、不屈の魂に、切れ味の鋭い末脚を持って。
デビューしてから、一度も手にしたことのない栄冠を手にしたウマ娘が居た。
この世に不可能なんてないと、教えてくれた。
経歴だけ見れば、決して輝かしいものではない。
泥臭く、みっともなく負けたこともある。
それでも、頭を絶対に下げず。
最後まで勝利を信じて、走り続けた努力の天才。
彼女の名は、キングヘイロー。
決して得意ではない。
距離適性に全く合っていないと言える、芝2500mの長距離レース。
彼女は、ただひたすらに愚直に挑み続け。
ようやく、ここまで来た。
(短距離でなら、私はあなた達の誰よりも速いのよ……!!)
セイウンスカイから受け継いだ縮地。
ずっとずっと、それを使って力を溜めてきた。
スタミナトレーニングを重点的に行い、タフネスも強化した。
だからこうして、
疲れが全くないとは言わないが、それでも気力は十分。
負ける道理は一つもない。
4人が生み出すバ群を、
(き、キング!?)
(速い……!)
(やっぱり、キングちゃんも来てくれた!)
(当然だよね。私と特訓したんだもん)
驚愕するライバル達は、王の背を追っていく。
レース後半で初めて見る光景に、興奮が止まらない。
笑みを浮かべ、悔しそうに、けれど力を込めて叫ぶ。
「負」
「け」
「る」
「かぁああああーーーーーーーーッッッ!!!!!!」
同時にスパートをかけ、キングヘイローを追いかける。
背後から飛んできた叫声を肌で感じた彼女は、言いようのない高揚感を得ていた。
それでも、見据えるはただ前のみ。
だって、まだ2位なんだ。
トゥインクル・シリーズは1着を取らなくては意味がない。
惜しかったね、残念だったね。と言うこともある。
でも、今日だけはダメなんだ。
一番を取らなくては、己を証明できないんだ。
だから、ただただ全力で駆ける。
(ありがとう、キングちゃん!)
いつも助けられてばっかりだった。
高飛車な態度のように見えて、本当は凄く面倒見の良いウマ娘。
同室の、やや幼い所作の目立つハルウララに慕われているのがその証。
優しいだけじゃない、厳しさも持っている。芯の強いあなたが大好きだ。
それは、チームの誰もが思っている。
アルタイルには、特定のメンバーがリーダーとなる制度はないが。
何かを言う時、何かを始める時。
陣頭で指揮を執るキングを、誰も咎めない。
信頼を持って、その行動と言動にみんなが従っている。
それこそ、キングたる器の証明だ。
(だから、走りでもあなたが
(当然よ! 刮目なさい!)
(キングちゃんに勝てば……今までのお礼になるかな?)
(そういうのは勝ってから言いなさいな!)
(勝ってから言うよ!)
(この……! 生意気ね!)
二人が地面を蹴る。
セラフィナイトの長い一完歩。
負けないぐらい強く速く動かし、その差を埋めるキングの走り。
始まりは、キングヘイローからだった。
止まった時を動かしたのは、キングヘイローだった。
背中を押され、動き出したのはセラフィナイトだった。
今、二人は最高の舞台で共に競い合って走っている。
少し前の自分たちに言っても、信じられない光景。
真剣勝負をしているのに、夢の中のような幸福感。
だが夢を夢で終わらせないため、ウマ娘達は全力で駆けていく。
【さあ、一瞬態勢を崩しかけたセラフィナイト。未だ一度もハナを譲らない!
飛んできたキングヘイローが、追いかける!
続いているのはエルコンドルパサー……いや、セイウンスカイ達もあがってきているぞ!】
勝負は既に最終コーナーを抜けた。
残り約300メートル。
GⅠで走るコースの中でも、特に短い中山レース場の直線。
更に壁のような急坂が立ちはだかる。
スタミナを残し、足を残せたウマ娘だけが勝ちあがれる最後の
「ハッ! ハァッ! ぜぇっ……!」
ハイペースで走り続けたセラフィナイト。
有馬記念、大逃げに出て撃沈してきたウマ娘は少なくない。
晴れの舞台で、見せ場を作ろうと努力をした結果だ。
誰も、その気概を責めやしない。
だから、もういいよね。
私、出し切ったよね。
足が前に出ない。
膝が笑ってる。
腰が震えてる。
肺が苦しい。
喉が焼け付きそう。
(だけど……!)
(だから……!)
(こんな状況でも、諦めたりしない)
(私たちにとって、
(セラフィナイトなんでしょう!)
友の思いに答える、金髪碧眼のウマ娘。
今も昔も、きっと、未来だって。
彼女は、苦しい状況になれば なるほど……
楽しくて、笑うのだ!
追い詰められたセラフィナイトの脳裏に浮かんだのは、いつもとは似て非なる光景だった。