セラフィナイト ~最強世代6人目のウマ娘~   作:背水 陣

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5話『高松宮記念』

「すー……はぁー……」

 

「そうそう。もっとお腹の下に力を込めて……はい、吸ってぇ……吐くぅ~」

 

緑色のドレスのような勝負服。

幾度も泥にまみれた、彼女だけの衣装。

 

未だにGⅠタイトルのセンターで、踊ったことのない悲しさと寂しさと悔しさの象徴。

 

 

それを、今日ここで終わらせる。

 

 

 

地下バ場で、トレーナーと最後の打ち合わせをしながら

キングヘイローは、昂る気持ちを押さえていた。

 

 

 

「珍しく緊張してるね、キング」

 

クラシックに挑んでいた頃は、よく見られたが

最近は、レース前に精神的なほころびを見せることは無かった。

 

 

それだけ、彼女にとって今日このレースは特別なのだろう。

 

 

時は三月末。場所は中京レース場。

 

これから始まるGⅠタイトルの名は、高松宮記念。

 

たったの6ハロンで終わる、一分強の閃光のようなレース。

短距離の重賞レース自体は初めてではない。

場の空気で緊張する気質でもない。

 

ならば、何故か。

 

「……当然でしょう。いつものレースとは、違うんだもの」

 

 

入れ込む理由はわかっている。

事情は、セラフィナイトとキングヘイロー双方からそれぞれ聞いた。

 

その為に、たくさんトレーニングをした。

作戦や、それに込めた思いも載せて走りこんできた。

 

中京レース場では、差しウマ娘が綺麗に勝つことも少なくない。

実際、セラフィナイトの考えは一つの攻略法として正しいものであった。

 

「私、誰かの為に走るのって初めてだわ。

 勝ちたいのは自分の為、お母さまを見返すため。そんなことばっかりだったもの」

 

 

「確かにね。……でも、わたしの知ってるウマ娘は

 そんな重荷も力に変える、強くて速い子だよ」

 

ウインクをして鼓舞するトレーナーを、呆れ顔で見る。

 

「……ホント、あなたってノせるのだけは上手よね」

 

「ええ~? もっとあるでしょー?

 ほら、優しいところとか。面倒見がいい所とかぁ」

 

「…………そうね。感謝してるわ」

 

胸に手を当て目を閉じ、キングヘイローは思いを込める。

 

 

「私はここで勝って、今日こそGⅠウマ娘の名を手に入れる。

 そして、ウイナーズサークルで高らかに言うのよ」

 

大きな歓声と、晴れやかな舞台での勝利の余韻。

ただ一人しか立てないその場所を想像するだけで、胸が高鳴る。

 

「この勝利は、私だけの勝利じゃない。

 私と、私の大切な友人が考えた作戦と。

 辛抱強く、私に付き合ってくれたトレーナーのおかげだ、って」

 

再び開いた瞼の中は、強い輝きで満ちていた。

 

「……ふふ。キングはそうでなきゃね。

 さ、行っておいで。夢を現実にしてこよう」

 

「ええ、このキングに任せなさい!」

 

 

精神的動揺を置き去りに。

光の溢れる本バ場へと、堂々たる足取りで(キング)は向かっていった。

 

 

 

 

 

「……」

 

ターフの上の景色は、いつも以上だった。

ピリピリとした空気が漂っている。

 

生み出しているのは、勝負服を纏ったウマ娘達。

 

ストレッチしたり、精神を鎮めたり、高鳴る気持ちを隠さず体を動かしたり。

それぞれが自分の好きな方法で、心を戦い(レース)に向けている。

 

 

(……わかっていたことだけど、楽なレースじゃないわね)

 

周りは中長距離では見なかった顔ぶればかり。

何より、中にはマイルCSやスプリンターズSで1着を取ったウマ娘も居る。

言うなれば、中距離でスペシャルウィークやグラスワンダー達と相対するようなもの。

 

 

勝てるかどうか、正直わからない。

 

 

 

でも。

 

 

「ここに居たのね、セラフィナイトさん」

 

「うん。みんなも、中継で見てるって」

 

観客席最前列。

歩み寄った先には金髪のウマ娘が、そこに居た。

 

やりとりをしているスマホの中では、同期のグループ会話が繰り広げられている。

 

「……キングちゃん、緊張してるね」

 

「トレーナーにも言われたわ! そんなにわかりやすいかしら、私」

 

「だって、いつもと全然違うもん」

 

「……そうね。セラフィナイトさん、約束は忘れてないわね?」

 

「うん」

 

「なら、良いわ」

 

頬を伝う冷や汗を無視し、一度大きく息を吐く。

 

頭の中にある、さまざまな思いを全部ふりきり、彼女は手を顔の前に水平に持って、言った。

 

 

「さあ、ご来場の皆さまに歴史的な瞬間をお見せするわ!

 今日こそは、このキングがセンターでウイニングライブをお披露目するわよ!

 期待して待っていなさいな! おーっほっほっほ!」

 

 

初期の頃、才能を期待されて推された数々の一番人気。

いつしか当たり前でなくなり、今日も四番目。

 

観客の誰もが、どこか諦めムードの中。

 

虚勢でも何でも、いつだってキングはこうして宣言していた。

 

今日は勝つ、と。

 

 

「頑張ってね」

 

「ええ、瞬き禁止よ!」

 

やや斜めに突き出した腰に手を当て、手のひらを水平に向けつつ指をさす。

お決まりのポーズをして、ゲートへキングが走っていく。

 

「…………がんばれ、キングちゃん」

 

胸の鼓動は、きっと。彼女も、キングも同じぐらいの速度で高鳴っていただろう。

 

 

 

 

 

GⅠを象徴するファンファーレが、レース場に鳴り響く。

観客たちが一斉に合いの手を叩き、場内の興奮度が更に増した。

 

ウマ娘たちが順調にゲートインを果たし、決戦の時が迫ることを実感する。

 

 

(曇りなのが残念だわ)

 

薄い雲のかかる空を見上げて、キングヘイローはちらりと横を見る。

七枠での出走となった彼女は、ゴール板を見ていた。

 

普段なら一度は前を駆けていく位置。

今日はたったの半周で終わってしまう、刹那の如き電撃レース。

 

短い距離へ転向を決めてから、初めて挑むGⅠ。

先行、逃げ。どれもクラシックでは勝利を得られなかった。

 

 

今日、実行するのは全く違う作戦。

 

 

『差し』

 

 

同期のスペシャルウィークやグラスワンダーが、ここぞという時に決めてくる。

驚異の末脚で、一気にゴールまで駆け抜ける戦法だ。

 

 

自分に出来るだろうか。

このたった1200mの芝の上で。

 

 

 

「……すぅー……ふぅ……」

 

トレーナーに教わった呼吸法で、深く細く息を吐きだす。

 

 

 

イメージだけでも負けるな。

 

勝つことだけを考えろ。

その為に、トレーニングしてきたのだから。

 

発走の構えを取りながら自分に言い聞かせる。

 

最後のウマ娘がゲートに入ったのを確認。

 

 

瞬時に、ターフが視界に広がった。

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