【さあ、各ウマ娘。綺麗なスタートを切りました!】
「……!」
凄まじい勢いでバ群が前に出来上がる。
芝の混じった土が舞い上がり、視界と進路を塞いでいく。
流して走るのではない、前半で勝負を決めるが如き壮烈な疾走。
キングヘイローは、壁のような前方集団の、一番後ろに入り込む形となった。
「ああ! キングちゃん、前詰まってるよ!」
トレセン学園の
「普段、あれだけ前へ行きたがるのに。キングってば、短い距離だと後ろの方につけたがりますよね」
「位置取りが上手くいかなかったのか、控えているのか……どちらでしょう」
エルコンドルパサーやグラスワンダーが意見を言い合う中
ただ一人だけ、セイウンスカイは困惑を感じさせずに発言した。
「狙ってるんだよ、アレ」
彼女の脳裏には、上手くいかずに何度も失敗しては天を仰ぐキングの姿があった。
それでも決して挫けず、成功するまで何度も何度も。
発案者のセラフィナイトとトレーナーと三人で話し合いながら、努力していた。
「そうなの? でも、あれじゃ抜け出すの難しいんじゃ……」
コーナーや直線が多い中距離長距離ならまだしも、高松宮記念は中央で最も短い1200m。
前方を横一杯に広がってるような集団を見ると、スペシャルウィークの不安も頷ける。
「まあ、見てなって」
が、やはり余裕を持って返す。
そんなセイウンスカイの様子も、何やら物珍しくみんなは顔を見合わせてしまった。
【さあ、三、四コーナーの中間です!
前半は三十四秒半ば、良いペースで各ウマ娘レースを進めております!】
(くぅっ……! ダメよ私。まだ……まだ……!)
前を行くたくさんのウマ娘を、キングヘイローは後ろから見る。
中京レース場の短距離コースは、なだからかに下りつつコーナーに入り
最後の直線、一気に坂を駆けあがっていく道のりだ。
いつのもキングヘイローであれば、下りの加速を利用して前方につけ
最後に、上り坂でスパートをかけるレース運びをしたはず。
しかし、コーナーに入ってもまだキングは行かない。
いつも通りでは、勝てないから。
「短距離は、一度でも判断が遅れると取り返す時間がないから。
それなら、最初から最後の展開が予測できる場所で位置取りする」
思い起こされる作戦会議の日々。
トレーナーがホワイトボードに手書きで、無駄に可愛らしい絵を描き、差しの利点を述べていた。
「バ群がどうなってるか、当日じゃないとわからないけど。
他のウマ娘たちの普段の走りなら、きっと先行策が多いと思うんだ。
つまり、最後まで前方には団子が出来てると思う」
担当顔負けの知識で、セラフィナイトが資料を続けて読み上げる。
「いくらなんでも、短距離やマイルで戦ってきたウマ娘たちにパワーで挑むのは無謀。だから、コーナーは内じゃなく、大外へとにかく逃げよう」
(簡単に……言ってくれるけど……!)
第三コーナーの途中、歯を食いしばりながらキングは流線状に走る。
前方集団は横に広がっており、外へ行くならかなりの大回りだ。
加えて、下り坂。
短距離は前半で勝負を仕掛けることが多い。
トップスピードで突っ込んでいくバ群に、置いていかれないように必死で食らいつく。
凄まじい遠心力と、コーナリングのための距離稼ぎが
予想以上に体力を持っていかれてしまう。
(……まだだよ。そこで負けるな、キング!)
観客席、セラフィナイトの隣についたトレーナーも展開を読む。
今ここで焦って仕掛けると、培ってきた作戦が無に帰す、
本当に追いつけるか不安かもしれないが、それでも。
(キングちゃんの末脚なら、絶対勝てる……!)
手汗の滲んだ、目の前のポールを無意識に力強く握りしめるセラ。
「はっ! はっ!!」
荒い息でキングヘイローが駆けていく。
必要な距離を稼ぐため、疲労は数倍。
緊張による相乗効果もあり、彼女の足はレース中盤なのに重さを感じていた。
このままで大丈夫なのか。
ハナとの距離が なまじ捉えられるせいか、焦りが生まれる。
あと何ハロンだろうか。
練習して掴んだ距離感すら認識できなくなりそうなほど
混乱と疲弊がキングを襲う。
辛いときに思い出すのは、何だろうか。
悪いイメージ、悲しい過去。
状況に引っ張られて、マイナスな思考が脳内を支配することだろう。
(私……いつも勝てなかった……。
大事なレースは全部負けて。良い所なんて一つもなかった)
だが、彼女はキングヘイロー。
血統と現実のギャップから多くの期待を裏切り
泥と罵声を、誰よりも浴びてきた"三強"のウマ娘。
でも、折れなかった。
けど、首を下げなかった。
(だからこそ……私は……私より強いウマ娘が!
ちょっと挫けたぐらいで、ターフを去るだなんて認めない!)
彼女は
その名を、その威厳を手に入れるため。
そして、大事なものを取り返すために……!
(あと……少し……!! 勝負は上り坂……!!)
幾度も屈辱を味わってきた、無冠の挑戦者は今こそ――――!!
(……キング……! そう……もう少し……)
(……あと……少し……!)
「「「――――――今ッ!!!」」」
見届けていた二人と、大きく踏み込んだキングヘイロー。
三人の想いはその瞬間、一つとなり。
ターフを力強く突き進んでいった。
【アグネスヴェルト、ホワイトイーグル並んだ!
内からディバルトダークが抜けて……いや!】
実況をしていた人も驚く。
前方集団に見とれていた観客も、思わず声を上げる。
【大外から……大外からキングヘイロー! キングヘイローだ!!
キングヘイローが突っ込んでくる!!】
ホームストレッチで割れんばかりに響く歓声。
それが何を意味するのか、キングヘイローにはわからない。
ただ、それでも懸命に走った。
潰れそうな肺を、坂を上り終えて限界になった足を、必死に動かし。
「ぐっ……うぅう!!」
まだ足りない。
あとどれだけなんだ。あと何メートルなんだ。
先頭のウマ娘の位置すら、もう目に入らない。
彼女の目に映るのは、ゴール板のみ。
もつれそうになりながら、それでも走る。
彼女が、一番であることを証明するため……!
(諦めないわ……絶対に!!)
高く首を上げるキングヘイローの走り方。
負けた時も、掲示板を外した時も決して彼女は首を曲げなかった。
しかし、今日。この日。
【キングヘイロー、まとめて撫で切ったァーーーー!!!】
王者は、初めて冠を手にした。
二着とハナ差の、ギリギリの勝利。
それでも、勝ちだ。文句なしのGⅠ制覇。
しばし現実を受け止められず、呆然とするキングヘイロー。
だが、大歓声を目と耳で感じ取ると、徐々に実感が湧いてきた。
(……私……私、勝てたのね……!)
それ見たことか、と普段の高飛車な態度も取る余裕すらなく。
キングは、観客たちに向かって大きく手を振る。
心の底から、嬉しそうな笑顔で。
そして。
「やったやったやった!! キング、勝ったよセラ!!」
「うん……うん……。やったね、キングちゃん!」
抱き合いながら、共に支えてきた二人が喜んでいた。
スマホが何度も何度も振動していた。
同期達も、同じぐらいたくさんの称賛の声を上げていたのだろう。
遠く、目じりにうっすら涙を浮かべるキングヘイローが
普段の態度からは考えられないくらい破顔して、手を振っていた。
「おめでとう、キングちゃん。良かったね……本当に」
素直に出た言葉。
友達が。チームメイトが。
最強世代の代表格、最後の一人が。
遂に、グレード最高峰レースを制覇した。
戦い続ける意味と勇気を与えてくれた。
だが。
セラフィナイトは興奮で掴んだままの手すりを、強く握りしめる。
あふれ出る涙が見えないように、
「…………いいなぁ……」
次いで零れたのは、彼女の本音だった。
「ずるいなぁ……」