【完結】彩る世界に響く音   作:かってぃー

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第40話 見果てぬ夢、ココに万雷の喝采を(後編)

 彩歌の演奏が終わった後も日程は恙無く進行し、結果発表を兼ねた閉会式を以てピアノコンクール全国大会はその全行程を終えた。全国各地より参加者が集っているだけあってその時間も相当なもので、観衆が音楽堂より出た頃には空は既に深い黄昏色。西方より押し寄せる茜色の波濤が都心の無彩を染め上げ、地平の先までもを光で沈めていく。

 

 頭上を往く烏たちはさながら黄昏を泳ぐかの如く。群れを成して家路を急ぐ彼らに倣うようにして群衆もまた帰路に就いている。それらは皆音楽堂を後にした人々であるけれど、その表情は様々だ。素晴らしい演奏の数々に胸をときめかせる者や来年の再挑戦(リベンジ)に向けて決意を滾らせる者、或いは、夢破れて涙する者。極彩色の情動が雑踏を流れ、だが彩歌は群衆を遠目に音楽堂の足元にいた。

 

 隣に誰がいる訳でもない。彩歌の周囲は静寂そのもので、木の葉が風に揺られる音すら明瞭だ。けれど、独りになりたかった訳ではない。彼は人を探していて、そしてそれは彼自身で解決すべき事であったから。気づけば、こんな所まで来てしまっていた。

 

 会いたくないと訴える心が無いと言えば、それは嘘になる。相手から拒絶される可能性さえ彩歌は否定できず、けれどその足取りに陰はない。帰着は未だ見えず、それでも躊躇いはなかった。これは彼が為さなければならない応報で、自らが選んだ責任(けじめ)であるが故に。

 

 石畳を打つ足音。喧噪はひどく遠く、彼我の距離もまた同様だ。けれど、これで良い。一度足を止め、ベンチに腰かけたまま茜空を見上げる忘我に向けて彩歌が声を投げた。

 

「──宮古さん」

 

 声音はあくまでも穏やかに。そこに憂いや怯えの色はなく、それどころかいっそ楽し気ですらある。それが耳朶に触れて、茜空を見上げる忘我の肩が跳ねた。虚空を滑る臙脂色に光が戻り、だが表情は空のまま半ば機械的にその視線が彩歌の方へ。そして、目が合った。

 

 刹那、ようやく目前の光景に焦点が合ったようでその面貌に生気が戻った。見開かれた瞳は明らかに驚愕のそれ。その間隙より僅かに覗く恐怖の影を彩歌は見逃さず、だが彼はあくまでも柔和のままだ。

 

「彩歌!? あんた、なんで……まさか、わざわざ探してたの? うちを?」

「うん。来てくれてるコトは分かってたからね。目、合っただろう?」

 

 開会式よりも前、同好会の仲間達や大雅と話している時の事だ。皆と遣り取りをしている間でも、彩歌は見逃していなかった。明確な距離を執りながらも壁際より彩歌を見つめる、東雲学院の制服を着た美律の姿を。

 

 美律もその交錯を認識していて、だが態々彩歌が探してまで会いに来るとは思っていなかったのだろう。人の好い笑みを浮かべる彩歌に、美律は呆れの溜息だ。

 

 ふたりの間に、約束があった訳ではない。いつかの夕刻に偶々出会って、彩歌が一方的に宣誓(ワガママ)を投げ掛けたという、ただそれだけの事。だが、それでも美律は来た。この長い間隙に彼女がどれだけの懊悩を抱えていたのかを彼は知らないけれど、ならばせめて事実に対しては報いなければ。それさえ忘れてしまえば、ひどい不実となろう。

 

 無言の交錯。先に折れたのは美律の方であった。

 

「……ホント、変に律儀だよね、あんたって。そういう所、変わってないんだ」

「ふふ、あぁ、そういう人であれるように努力はしているつもりだからね。()()()()()()()()?」

「……! うん……そうだね。あんたは……そういうヤツだった」

 

 彩歌の物言いはともすれば美律への皮肉めいてもいて、けれどその笑みはあくまでも底抜けに柔和だ。そこに自らを詰った相手への害意はなく、であれば先のそれは皮肉などではなく、ある種の信用なのだろう。信頼ではない。それはあまりに他人行儀な信認で、だからこそ、美律は再び息を呑んだ。それはきっと、その信認があまりにも痛くて。

 

 彩歌の言う通りだ。美律は知っている。知っていた筈だ。真野彩歌という少年の人柄を。その信条を。それが決して彼女の思い上がりではない事は彩歌の信認からも明らかで、その事実が彼女を責め苛む。その幻痛を前にしてはお為ごかしの夢幻などは全くの無力に過ぎず、最早、欺瞞は用を為す事もできない。

 

 そうして手元に残ったものは、揺るぎようのない現実のみ。憎悪で固められた欺瞞の楼閣とて基礎が崩れてしまえばあまりにもろく、その有様は児戯の砂城が如く。ともすればそれは今に始まった事ではなく、決定打は先刻の演奏であったか。虚偽は決して、真実には勝てない。それが元から崩壊しつつあったのならば尚更に。

 

 崩れた欺瞞のヴェールより押し寄せる激情は混沌と言う他なく、けれど彩歌は微笑むばかり。無関心なのではない。だがその気持ちは、彩歌にもよく分かるから。

 

 けれど、口にするべきは共感ではない。そんなもののために、彼はここに来たのではない。温かな笑みであるのにどこまでも冷厳であるのは、それ故の事。──問わねばならない事がある。言わねばならない事がある。彼が美律に対して果たすべき筋とは、それを置いて他にない。

 

「ね、宮古さん。───俺の演奏、どうだった?」

「……凄かった。あんたが上手いのは知ってたけど、それだけじゃない。あんたの気持ちが真っ直ぐに伝わってきて、胸がいっぱいになって……気づいたら、夢中になって聞き入ってた」

「そっか。……良かったぁ。俺、約束守れたんだ」

 

 約束。そう口にする彩歌の声音は安堵に塗れたそれで、口元は相変わらず綻んでいる。笑みと言ってしまえば、それは先刻までのそれと変わりない。だが、何故だろうか。その笑顔の中に美律は嘗ての影を見て、それが端緒。最早、堪えていられなかった。

 

 美律の視界が滲む。或いは、歪む。けれどそれが涙によるものであると、美律は認められなかった。認めて良い筈がない。自身にはそんな権利などある筈も無いと認められない程、彼女は独善であるつもりはなかった。

 

 だが美律の理性に反して涙は溢れてきて、最早滂沱の有様だ。そうして、彼女はようやく理解する。胸中を埋める混沌の名前を。その外殻を。しかし、もう何もかもが遅すぎる。〝if(もしも)〟を嫌う彼女だから、それを認める以外に道はない。

 

 今日美律がこの会場に来たのは、何も彩歌の宣誓を見届けるためなどではない。彼女はこの期に及んでもなお否定の腹積もりを抱えていて、そんな事は彩歌も分かっているのだろう。

 

 しかし、だからこそ感じてしまった。だからこそ魅せられてしまった。彩歌が奏でる、彼の真実の音に。否定するつもりで来たからこそそれを裏切る事は己自身への背信でもあり、故にこそ、帰着はひとつ。これがあまりに虫の良い話であるとは分かっているけれど、言わなければならない言葉がある。

 

「──ごめん、なさいっ……! ごめん、彩歌……! 今更謝っても赦されないって、分かってる。それでも……ごめんなさいっ……!」

 

 ごめんなさい。頭を下げながらそう繰り返す美律の声は涙に塗れている。込められた激情は見せかけのそれではなく真性のもの。己の総てを晒した彩歌の前に在って自己保全の外殻を纏えるほど、彼女は厚顔ではなかった。

 

 少し考えれば分かっていた事だ。彩歌と愛歌が事故に遭い、けれど死んだのは愛歌だけ。その状況に在って、誰より彩歌を責めていたのは彩歌自身であったのだと。

 

 けれど美律は、彩歌を責めた。病室では言わなかっただとか、初めは皆を止めようとしただとか、そんな事は関係ない。言ってしまえば、それが全て。彩歌の優しさに甘え、我が身可愛さのために彼にあらゆる責を押し付けた事実は変わらない。挙句に憎悪さえ、彼にぶつけて。

 

 頭を下げ続ける美律からは彩歌の表情も見えず、そのまま幾許か。返事は、あくまでも冷厳であった。

 

「うん。赦さない。キミの謝罪がいくら嘘でなくても……俺に『死ね』と言ったキミ達を、俺は、きっと一生赦せない」

「……」

「でも、それはキミだって同じだろう? 母さんの教えに背いた俺を、キミは簡単に赦せるのか?」

「っ……それはっ……」

 

 できる、とは言えなかった。人はそう簡単には変われない。彩歌がそうであったように、美律もまた同様だ。彩歌に対する罪悪感が嘘ではないのと同じように、彼を厭う気持ちもまた本物。3年も抱え続けた感情は、そう簡単には捨てられない。この時の間を、彼女はそれだけに縋って生きてきたのだから。

 

 ごめんね。いいよ。それで全て丸く収まって、仲良しこよし。そんな噓八百を美律は期待してはいなかったけれど、己の矛盾を指摘されてしまっては立ち竦むしかない。それは怯えめいて、けれど冷酷な言葉とは裏腹に彩歌の表情は柔和であった。

 

「いいんじゃないかな、赦せなくても」

「えっ……? でも、うちは……」

「両成敗、なんて言うつもりはないけどさ。俺はキミ達に酷いコトを言われたけど、俺だって、キミに酷いコトを言った。赦せなくて当然だ。でも……何もかもを赦し合えなくちゃ関わっちゃいけないなんて、そんな道理はないだろう?」

 

 その物言いに美律が即応できなかったのは、それがあまりにも暴論であったから。開いた口が塞がらないといった具合で、けれど嘘ではないと信じられる。或いはそれは、それが今の彩歌であると知っているからか。

 

 彩歌も、美律も、互いに罪悪を抱えていて、そして互いに赦し合えない気持ちがある。それでもなお歩み寄る事はできると、彼は言うのだ。お為ごかしなどではなく、心底から。ただ〝在る〟事を肯定するのが、今の彼であるが故に。

 

 ひどい理想論だ。吐き気がするほどに生温い。そんなことをしても、時間は戻らない。関係は戻らない。だが、そんなものを彩歌は望まない。彼が見ているのは前だけで、だからこその選択なのだから。全てを水に流すのではなく、己の罪を直視し続けてでも前に進むための選択だ。

 

 あまりに予想外の返答に美律は呆気にとられ、差し出された右手に即応できなかったのはそのためでもあった。意図が分からず疑問を浮かべる美律に、彩歌が後ろ髪を掻きながらはにかむ。

 

「別に仲直りってワケじゃないよ。俺たちは互いにマイナスだ。でも、新しく始めるなら、きっとこれが一番。でしょ?」

「そんなコト言って。実際はただノープランなだけじゃないの?」

 

 バレたか、と彩歌。美律が手を握り返すと共に零れた無邪気な笑顔はまるで嘗ての彼のようで、それに呼応するようにして彼女の裡にも昔日の想いが顔を出したのを自覚する。

 

 殺したはずの感情だ。あまりにも現金に過ぎる情動だ。ならばきっと、これは生者が故人を悼むようなもの。何故なら掌が触れてその体温を感じた時、美律は理解してしまったから。彼らがこうして触れ合うのは、これが最初で最後なのだと。

 

 無論、これは予感だ。予知などではない。しかし不思議と確信めいてもいて、だからこそ、言わねばならない事がある。何しろコンクールの直後なのだ。ならば、本来告げるべき言葉を、まだ彼女は告げていない。

 

「そう、まだ言ってなかった。……全国優勝、おめでとう。彩歌」

「うん。ありがとう、宮古さん」

 

 或いはそれが合図であったかのように。握手の形であったふたりの掌が離れ、間を置かずして残留していた熱もまた虚空に解けていく。だが、ふたりはそれに名残惜しさを覚えない。それこそ、彼らが定めた形だから。ただ奇妙な感慨だけが、残された全てだ。

 

 勝ち負けがある訳ではない。終わった訳でもない。ただ互いに己が罪業の在処を認め、受け入れた。言葉にしてしまえば彼らの行為はそれだけの事であり、彼らはそれ以上を求めなかった。

 

 ──だから、これは全くの蛇足。或いは最後の最後で過去の気配を持ち出した少年への、せめてもの仕返し。踵を返して踏み出そうとした足を止め、少女は口を開いた。

 

「そうだ。今だから言うけどさ、うち、あんたのコトが好きだったんだ」

「は────えぇっ!? それは、その……」

「勿論、恋愛的な意味でだよ。like でもreally likeでもない。正真正銘、loveの意味で。うちは、あんたに恋してたの」

 

 あまりにも唐突で思ってもみない告白であったせいか、それを受けた彩歌の声はあまりにも素っ頓狂だ。面貌は驚愕で固まった、あまりにも間抜けなそれ。背を向けた美律からでは見えないものの彼女にはそれが手に取るように分かって、思わず笑声を漏らす。

 

 だが、なんてみっともない。声にせず、内心だけで美律は独り言ちた。もう終わった(コト)だと、そう割り切って切り出した筈なのに。未練がましくも古傷が疼いている。全てを棚上げしてしまえと、卑怯な彼女が言っている。

 

 だからこれがきっと、彩歌と美律の差。過去を受け入れて音色に昇華した彩歌と、未練を残したままの美律。彼女は己の総てを受け入れる程強くはないから、未練は殺してしまう他ない。

 

「でも、あんたには別に好きな人がいるんだよね。こんなうちでも恋する乙女ってやつだったからさ、分かっちゃうんだ、そういうの」

 

 美律の言葉に、彩歌が息を詰まらせる。驚愕か、羞恥か、はたまたそのどちらもか。しかし、何故、とは言わなかった。彼女がそれに気づいたタイミングに、彼も覚えがあったのだろう。

 

 無論、誰にでも気づけた訳ではない。だが美律は以前、ずっと彩歌を見ていたから。嫌でも分かってしまう。開会式より前、せつ菜に抱擁された時に彩歌の瞳に宿っていた光は、彼女が知らぬそれであったと。

 

 彩歌とせつ菜の間に何があるのかを、美律は知らない。知ろうともしなかった。だが彩歌は何も言わず、その沈黙こそが何よりの答えだ。無力なままの未練は何もできないまま、崩れていくのみ。

 

「ごめん。俺は──」

「いーの、言わなくて。もう終わった恋だからさ。面と向かってあんなコト言われたら、百年の恋も冷めるってモンでしょ。それに……その言葉は、本番に取っておかなくちゃ。

 でも、気を付けなよ? いつまでも言わないと……うちみたいになっちゃうからさ」

「させないよ、絶対。……結末がどうなろうと、決着はつける」

「ん。ならいい」

 

 厳然たる声音であった。今更になって告げられた嘗ての想いに、それでも小動もしていない。勿論告げられた瞬間こそ動揺はあっただろうが、それまでだ。それだけ強固な想いが、彼にはあるのだろう。──未練が燃え尽きるのが、手に取るように分かった。

 

 故に最早美律がこの場に残る理由は無く、それ以上何も告げる事なく去っていく。さよなら、と。そう言う事も無い。それはまるで、役目を終えた役者が舞台から去っていくかのように。

 

 その背中が見えなくなるまで見届けて、一拍。ひとつ息を吐いて、彩歌もまた在るべき所へ帰ろうと足を向ける。だがその刹那、ポケットに仕舞ったままのスマホが震えた。半ば反射的に手に取り、画面に表示された通知に思わず吹き出してしまう。

 

『彩歌くん、今、どこにいますか? 戻ってきたら皆でご飯に行きましょう! 全国優勝のお祝いですよ!』

「優木さん、文章でも勢いが凄いなぁ……」

 

 すぐ戻る、と。それだけを返信として送り、再びスマホをポケットに。再び、吐息をひとつ。周囲には誰もいない。今為すべき事も、取り敢えずはない。そんな状況であるからか、張っていた肩肘が緩む心地であった。そうして出来た意識の空白に、やっと現実が追いついてくる。

 

 全国優勝。長い間追い求めながら手が届かなかったそれに、やっと手が届いた。そしてそれは即ちこの会場に集った皆を笑顔にできたという事で、今も目を閉じればステージ上からの景色が蘇ってくるようですらある。

 

 嬉しい。遅れてやってきた実感に、彩歌の総身を激情が満たす。それはともすれば叫びだしてしまいそうなほどで、けれど彩歌はそれを既の所で堪えた。代わりに全身に満ちる万感のまま、元来た道を駆け出していく。

 

 故に、彩歌は気付かなかった。彼が駆け出し、誰もいなくなった街路。夕日に照らされるその中を、一枚の白羽が舞い降りた事に。

 


 

 この選択が、本当に正しいものであるか。彩歌とて、その命題について悩まなかった訳ではないのだ。気の遠くなるような懊悩の果てに自らの後悔すら受け入れた彼ではあるけれど、元より彼は自儘ではいられない性質だ。己の決断に纏わる責任について、彼は他人よりも考えすぎてしまうきらいがあった。

 

 そして現在(いま)に至っても、その答えは未だ分からない。致し方ない事だ。正否を判じる材料さえ、彼の手元には無いのだから。行動の正否とは後からついてくるもので、事前に分かる事の方が少ない。それが常である。

 

 故に不安は拭えず、それでも、もう決めた事だ。今はただ、前だけを見て突き進む。全ては彼自身の夢を叶えるために。果たすべき責任も、判じるべき正否も、走り抜けた道の上にしかないのだから。──その覚悟を以て、彼は再びこの扉を叩いたのだ。

 

 彩歌の目前にいるのは、部長であるかすみを筆頭としたスクールアイドル同好会の一同。その光景はまるでいつかの焼き増し(デジャヴ)のようで、しかし表情だけは明確に異なる。まるで彼が再び来ることは分かっていたと、そう言わんばかりの笑みだ。

 

 であれば彩歌も、勝気な笑顔を以て返すのみ。再びここに来ると悟られていたなど当然の事。彼はもう二度と約束を破るつもりはない。そう在れるように、己を律しているのだから。

 

 姿勢を正す。背筋を伸ばし、視線は真っ直ぐに。ひとつの目標を果たしても、夢はまだ終わらない。これはある種の再出発(リスタート)で、ならばそれに相応しい態度というものがあろう。

 

「本日から正式に入部させていただく事となりました、真野彩歌です! まだ未熟の身ではありますが、何卒、よろしくお願いします!!」

 

 気合は充分。その全てを込めた挨拶は部室内に響いて余りあるほどだ。文言こそ体験入部のそれと大差ないが、内在する熱量は比べるべくもない。その上真面目に過ぎる態度ときたものだから、苦笑が混じるのも当然だろう。

 

 だが彩歌の頭上より降り注いだ拍手は、間違いなく歓迎のそれ。深々と頭を下げたまま、数拍。拍手が鳴り止むと共に頭を上げてみればいつの間にか目と鼻の先にはせつ菜がいて、彩歌は驚いてしまう。

 

 堅物に過ぎる姿に空いた、一分の隙。それがおかしく見えたのかせつ菜は笑声を漏らし、悪戯な瞳で彼を見上げた。

 

「ふふっ、やっぱり真面目ですね、あなたは。……改めて、こちらこそよろしくお願いしますね、彩歌くん!」

「あぁ、よろしく。───()()()()()!!」

 




【後書き】
 もうとうの昔に終わった恋だ。自ら終わらせてしまった慕情だ。過去の総ては拭えぬままで、罪は未だその背に在る。何もかもが遅きに失して、下された明白な終わりはきっとその罰。だから、これはあまりにも虫が良すぎる感慨。そんな事は、彼女にとっては百も承知だ。気分は何処か清々しい程で、それでも───

「あーあ、フラれちゃった。……初恋だったんだけどなぁ、うち」

 ──どうしてか、そう零さずにはいられなかった。
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