【完結】彩る世界に響く音   作:かってぃー

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本編第13話の裏側に相当するお話となります。


幕間の物語
幕間Ⅰ Luminousness の裏で


 彼を探しに来た名を知らぬ後輩に連れられ、親友が去っていく。その後輩に手を引かれての事ではなく、自らの足、そして自らの意思で。次第に小さくなっていくその背を何も言わずに見送り、やがて曲がり角の先に消えたのを確認してから、大雅は照れ隠しのように呟いた。

 

 本来なら部活中であるはずの大雅がこの場にいたのは、何という事は無い、侑が行った先の放送は屋外のスピーカーからも流れていたがために彼にも聞こえていたというだけの事。恐らくは呼び出し相手である菜々/せつ菜がどこにいるか分からなかったが故の事であるのだろう。

 

 そしてその放送を耳にした時点でそれに彩歌も関わりを持っている事は、大雅にとっては想像に難くなかった。侑と彩歌が出会ったのは全くの偶然だが、継続して関わりを持つよう切っ掛けを与えたのは、誰あろう大雅なのだから。尤も、半ば賭けのような誘導だったけれど。

 

 だが賭けは成功し、そうして今日に至った。ならば大雅にはやるべき事があり、だから彼はここで親友を待ち受けた。それは彩歌が言う所の〝責任〟。それを果たすためだけに、彼は途中で部活を抜けてでもここに来たのだ。きっと彩歌は屋上に行かないという、悲しい程の確信を持って。

 

 大雅は彩歌の過去を知っている。その過去のために彼がどれだけ苦しんできたかを、一番近くで見てきたのだ。激しい雨の中で物言わぬ友の身体が冷え切っていく時の感覚もまた大雅の両腕に染みついて離れてはくれず、だが大雅の記憶にある友の姿とは決して辛苦と共に在るそれだけではないのだ。別れ際の刹那に友が見せた笑顔には、確かにその片鱗があった。

 

 彩歌の心に染みついた絶望は生半ではない。この問答で全てを解決できたとも大雅は思ってはおらず、だが確かにそれは改善であろう。たとえ細やかであったとしても、それは彼にとって喜ばしい事だ。

 

 ともあれ、賽は既に投げられた。この先に起こるであろう出来事に大雅の出る幕は無く、だが彩歌に責任を自覚させた以上、その先を見届ける義務が彼にはあろう。自己満足ではあるが彼はそう決定を下し踵を返そうとして、しかしそれに先んじて背後から投げかけられる声があった。

 

「──一緒に行かなくてよかったのですか?」

「っ!?」

 

 全く予期していなかった問いであった。故にそれは容易に安堵と油断の空隙より大雅の意識に入り込み、驚愕に思わず息を詰まらせる。そうして反射的に声の主の方へと視線を投げて、その先にいた姿を認めるや否や、その表情が微笑に塗り替えられる。あからさまな形で驚いた事に恥じ入るような色も混じったその笑みは、彼が親しい相手にのみ向けるものだ。

 

「いいんだよ。オレが背中を押したかったのはアイツであって、アイツが背中を押したいヤツじゃないんだから。──()()()()()

 

 果たして大雅が振り返った先にいたのは、ひとりの女子生徒であった。肩口で切り揃えられた深緑色の髪はさながら絹のような美しさであり、片側で結ばれた小さな黄色のリボンが可愛らしい。深紅の瞳に宿る光はいっそ剣呑な程に清冽な気配を漂わせ、だが口元に覗く八重歯はひどくチャーミングだ。

 

 大雅はその生徒の名前を知っていた。三船ちゃん──もとい、〝三船栞子〟。所属は普通科であり、今年になって中等部から上がってきた1年生だ。大雅とは彼が度々参加している児童館のボランティアで知り合った間柄であった。

 

 恐らく先刻までは廊下の陰にいたのだろう、歩み寄ってくる栞子に、大雅が口を開く。

 

「久しぶりだな、三船ちゃん。春休み中にボランティアで会って以来か?」

「そうですね。お久しぶりです、宗谷さん。お変わりないようで安心しました。最近はお姿を見かけなかったので、少し心配していたんですよ?」

「あぁ、悪いな。最近は部活が忙しくて……けど、オレはこの通り元気ハツラツだぜ?

それで……いつから?」

 

 あまりにも要領を得ない問いだ。主語も述語も欠けていて、最早問いの体すら成していない。だがこの状況においてその欠落を埋められない栞子ではなく、或いはそれは、ある程度彼と付き合いがあるが故の事でもあるのだろうか。

 

 曰く、栞子がここにいるのは職員室に用事があったから。クラスで委員長のような立場に収まっている彼女はその生真面目さのために教員から頼られる事も多く、その用事を終えて教室に戻ろうとした所、たまたま彩歌と大雅による問答の現場に遭遇してしまったようであった。無関係である彼女はそのまま素通りする事もできたがそれも忍びなく、さりとてこの巨大な校舎では迂回もままならないため待機していた形であった。

 

 つまり自分達が栞子の通行を邪魔していたと悟り、大雅が頭を下げる。彼としては周囲の様子にも注意していたつもりであったが、やはり並行して最大限に注意を払うというのは難しい。しかし彼があまりに深々と頭を下げるものだから、対する栞子は戸惑ってしまう。

 

「えぇっ!? その、頭を上げてください! ほんの数分の事ですから、気にする程の事では……」

「む……まぁ、三船ちゃんがそう言うなら……」

 

 一応は栞子の要請に応えてそう言いながら顔を上げる大雅だが、その表情は何処か不服めいている。悪い事をしたのはオレなのにと、まるでそう書いてあるかのような面持ちがどうしてかおかしくて、栞子が笑みを零した。

 

 責められた事を不服に思うのではなく全く責められなかった事に不服そうにするなど、聊か奇妙ではあろう。だがそれこそが宗谷大雅という少年であると、栞子は了解していた。平素の言動こそ軽薄めいているが、その実、根底はどこまでも真っ直ぐ。それが、大雅に対する栞子の印象だった。

 

 だが大雅自身にとってはそれが自然体であり、栞子からそう評されている事は知る由もない。彼からすれば筋の通らないことは納得しがたいという、ただそれだけの事。故に彼女の笑声に、彼は首を傾げるばかりだ。だがその疑問には答えず、咳払いをひとつ。

 

 相手の疑問に答えず、あまつさえ仕切り直す。らしくない行いだ。それは栞子自身も自覚する所だが、強引に己を納得させる。恥ずかしくて、とても知られたくはない。よもや1歳上の男性の奇妙でありつつもいじらしい所作に、少しばかり〝可愛い〟と思ってしまったなどとは。

 

「ん~? おかしなな三船ちゃんだな。……ま、いいや」

 

 栞子の態度は大雅からすれば不可解のそれであったが、元より彼は洞察には優れた性分である。先の咳払いが仕切り直しめいたそれである事には疑う余地も無く、そこに否を叩きつける程に野暮でもないつもりであった。

 

 そも、もしも両者の間に問いが差し挟まる事があるのだとすればそれは大雅にこそ向けられて然るべきものだ。先刻の遣り取りを栞子は見ていたのだから。訊ねたい事はいくつもある筈で、けれど栞子はそれを口にしない。個人的(プライベート)な領域には立ち入るまいとしての事だろう。

 

 ならば大雅ばかりが疑問をぶつけてしまっては、それは失礼というものだ。あえての暗黙を栞子なりの優しさと捉え、大雅もそれに応える。深追いはせず、代わりの話題はすぐに見つかった。

 

「そうだ、三船ちゃん。この後、時間あるか?」

「……? はい、今日は習い事もないですし、特に予定はありませんが……」

「そっか。そりゃ良かった。じゃあ、ちょっと付き合ってくれないか?」

 

 そう言う大雅の瞳に宿る赤銅はまるで悪童めいた悪戯なそれで、だがそれに反して邪心の立ち入る隙は無い。あまりにも情報の欠けた質問は意図的な欠落であったが、やはりそこは真面目な大雅である。欠落が悪意によるものではない事は、栞子の目には明白であった。

 

 宗谷大雅は洞察に優れた少年である。流石に万象の内実を読み取る程ではないにせよ、その程度が頭抜けているのは栞子も知る所だ。そんな彼だからその目に何が見えているかを余人に推し量る事は難しく、故に彼女が首を傾げたのは半ば当然の事であった。そのための手がかりも無い。

 

 だが、大雅は真意を投げ渡さない。或いは栞子がそんな応答をする事すら、彼にとっては予想通りとでも言うかのように。踵を返し、得意げに微笑んでから、彼は一言だけ答えを返した。

 

「きっと、面白いものが見れるだろうからな」

 


 

 素晴らしいライブだった。歌声の残響が夕刻に解け、それを以て夢幻の炎に包まれた世界が元の容を取り戻しつつある中で、大雅はそう結論する。まるで反芻するかのように情景を噛みしめ、虚無を自認する筈の胸中に生まれた熱を自覚して、生まれた一言がそれだった。

 

 スクールアイドル。あまり芸術方面に明るくない大雅でも、その存在は認識していた。尤も個人的な興味があった訳ではなく親友(彩歌)が気にしていた程度の認識で、それを除けばごく一般的な知識しか持ち合わせていないけれど。詰まる所、この場において彼は偶然居合わせた観客とそう大差ない存在であった。

 

 そんな大雅ですら、胸の裡には微かながらも確かな感動を抱えている。技術だとか背景だとか、見るべき所や語るべき所は様々にあるのだろう。だがその熱量を語るに、そんな理屈は要らない。或いは言語化を放棄させてしまうだけの力が、そのステージにはあった。

 

 さながら万象を温め、そして引き付けて離さない太陽。せつ菜のステージを前にして、知らず、大雅の口元にも笑みが宿っていた。

 

「初めて見たが、想像以上だったな。こりゃ皆が夢中になるのも頷ける。なぁ、三船ちゃん。

 ──三船ちゃん?」

 

 大雅が二度も栞子の名前を呼んだのは、ひとえに彼女からの応答が無かったが故の事。彼の知る限り、生真面目な彼女は返答を逃すという事は今までになかった。屋上の見える中庭、とうに演者の消えた舞台を未だに眺めている。だが疑問と共に視線を下ろして、大雅は思わず息を呑んだ。

 

 驚愕と、微かな間隙。未だ屋上を見つめたままの栞子の横顔があまりにも綺麗で、ともすれば恍惚とすら形容できる光を湛えた緋色の瞳は大雅が初めて見るものであったものだから。彼女もそんな表情をするのだと驚き、そして柄にもなく見つめてしまっていた。

 

 虚無を気取る不全にあるまじき隙だ。大雅自身ですら己の情動を説明できず、ならばそれは紛れも無い異質と言うべきなのだろう。そんな有様であったから視線にもそれが乗っていたのか、栞子の間隙もまた須臾の事。緋色の瞳より忘我の色彩が立ち消え、呟きが洩れる。

 

「これが、スクールアイドル……なんですね」

 

 返答でなく、語り掛けるでもなく、それは独語であった。故に大雅は応えを返さず、だが彼はその声音の裡に郷愁めいた色を見る。言葉とは裏腹に、彼女がスクールアイドルのステージを見るのはきっと初めてではないのだと確信させるような、そんな色であった。

 

 だが、大雅は栞子の過去の総てを知っている訳ではない。彼女が何を見て何を感じて生きてきたのかを、彼はほんの僅かしか知らない。出会ったのもここ数年で、頻繁に遊んだりする間柄でもないのだ。彼らの関係は精々が少し仲の良い先輩と後輩で、それ以上でもそれ以下でもない。

 

 故にそこに滲む過去の臭気について大雅に分かる事は何もない。しかし無用に洞察ばかりは鋭くて何かしらの思い入れがある事は分かってしまったものだから、言葉を続けるのも遅れてしまった。栞子が先んじて問いを投げたのは、きっとそのせいだ。

 

「宗谷さんは……あの方がライブをするとご存じだったのですか?」

「あ……? あ、あぁ、いや、知ってたワケじゃねぇんだ。ただ、そうなるだろうって……違うな。()()()()()()()()って思ったんだよ」

 

 おかしな話だけどな、と大雅。事実、大雅には確信があったのではなかった。侑のようにある程度言葉を交わした相手であればその思考経路を把握できる程には鋭い大雅だが、彼は“菜々”と会話した覚えも殆ど無い。ましてや“せつ菜”とは、会った事すらないのだ。彼女がどのような判断をするかなど知る由もない。

 

 しかし、彩歌の事ならばよく知っている。彼がせつ菜を前にして何を言うか、何を考えるのか、大雅には半ば確信めいたものがあった。故にそこを起点に類推し、そして思ったのだ。そうなって欲しい、と。自らのためでもなく、ましてやせつ菜のためでもなく、彩歌のために。

 

 であればわざわざ自らがそれを見届けようと思ったのは、ある意味では確認に近しい発想だったのだろう。そこに栞子を帯同させたのは単なる偶然。親友が夢中になるほど素晴らしいものであるなら、きっと彼女も気に入るだろうと、それだけの思い付きだった。その結果として彼女の過去を垣間見るなど、想像もしていなかった。

 

「なるほど、先程おっしゃっていたご友人が背中を押したい相手とは、あの方だったんですね。だから宗谷さんは、そのために……」

「そういうコト。だから少しばかり背中を蹴飛ばしてやった。

もしかしたら、アイツがいなくても結果は変わらなかったのかも知れない。余計なお世話だったかも知れねぇ。でも……後悔は、無い方がいいだろ」

 

 たとえ要素のひとつが欠けていたとて結論は変わらなかったとしても。たとえ親友の意図と外れてしまっても。結論が同じであるならば、少しでも後悔は無い方が良い。幸せになる人は多い方が良い。そう大雅は言う。

 

 そして大雅の言葉について、栞子は大いに共感する所であった。“誰もが幸せである世界”。それが彼女の願う世界であるから。誰かに少しでも幸せでいて欲しいと願うその心は、彼女にはとても崇高なそれに見えた。故に次いだ言葉は、紛れも無い彼女の本心であった。

 

「優しいのですね、宗谷さんは」

「そうかい? ありがとよ。ま、オレとしちゃ、ただ手前勝手な都合を押し付けてるだけのつもりなんだけどな」

 

 はにかむように、或いは自嘲のように、大雅はそうやって栞子に笑みを返す。だって、その通りだ。大雅の願いは大雅の願い。彩歌の願いは彩歌の願い。それらはきっと別物で、大雅は手練手管を以て己の願いを押し通した。これは、それだけの事なのだ。

 

 人の笑っている顔が好き。宗谷大雅と定義された少年の虚無なる胸の裡、けれどそれだけは確かな気持ちだ。特にそれが親友相手ともなれば猶更に。大切な人には幸福でいて欲しいと願うのは人として当たり前の事だけれど、それは押し通してしまえばエゴとなる。

 

(それに──)

 

 本当に優しい人ならば、きっと見て見ぬふりなどしない筈だ。ステージが与えた熱による忘我より立ち返ったその刹那、栞子が見せた内省を。

 

 その光景を知っている。彼女の瞳に宿っていた光の正体を織っている。それは大雅には決して持ち得ないものだけれど、だからこそ間違える筈も無い。何故ならその光は嘗ての彩歌が大雅の前で見せたそれと、よく似ていたから。

 

 つまりは、あれは憧憬の光だ。栞子はきっといつか、スクールアイドルのステージを目の当たりにして自らもそれを志した過去がある。

 

 だが今、彼女はその憧憬を覗かせない。憧憬を押し殺し、ただ自らの在るべきに従う。その姿は何処か彼の親友とも重なって、それに気づいていながら、彼は。

 

「なぁ、三船ちゃん」

「……? なんでしょう、また改まって」

「いや、大したコトじゃねぇんだけどさ。……何か困ってるコトがあれば、すぐに言ってくれ。きっと力になるからさ」

 

 人の笑っている顔が好き。それこそ、宗谷大雅の基本指針。

 

 けれど彼は、都合の良い偶像(カミサマ)にはなれない。人の領分を超えた望みを持ちながら、不全を抱えた人間(ヒト)未満(モドキ)

 

 望みがあるなら、夢があるなら、それ以外は切り捨てるべきだ。そう理解していながら、踏み込めない。踏み込んだ先に在るものに責任を取れない。だって彼らはただの先輩と後輩なのだから。その権利を持たないと、彼は結論する。こんな時、きっと親友ならばこれを見捨てないのだろうと自嘲しながら。

 

 だからこれは、半端者のお為ごかし。自慰にも劣る自己弁護。それを知ってか知らずか、栞子は──

 

「分かりました。なら……何かあれば、頼らせていただきますね? 宗谷さん」

 

 ──そう言って、いつになく朗らかに、笑った。

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