「ちょっと何事?………千年チャン?」
幸応とらいあがたどり着いた後すぐに、自室にいたという視と緒丑もやってきた。2人も急いで来たのだろう。随分と息が切れている。
「ホ、ホントに死んじゃったの…?彼女が?」
「ええ」
視は信じられない、とでも言いたげだ。
紗環は確かなのだと頷くとその死体を見ては眉を顰める。
月玖は千年の死体に近づくと手を合わせている。
俺の方といえば、ただ目の前の褪せた彼女を、見つめることしかできない。力が抜けそうだ。
「………こんなこと、……どう思う?」
勿論、答えが返ってくることはない。
わかっている。独り言でしかないのだと。
昨日まで隣にいたはずの彼女は、もういないんだ。
俺は頭の中を整理しようと、側のチャーチチェアに腰を下ろした。
他の皆は死体に近づいたり、周辺を見たり、はたまた何か思いついたのか教会から出たり…それぞれ捜査を始めるようだった。
それから何分が経ったのだろう。
俺の鼻をふわりとあたたかい匂いが掠める。
お日様のような、干し草のような、柔らかい匂い。
「…緒丑………」
俺の隣にそっと腰を下ろしたのは緒丑だった。
「…どうしたんだ?」
「ええと、なぁんにも」
「……?」
緒丑は何と発言しようか迷っているような顔だった。緒丑は誰にでも温厚だが、今まであまり喋ったことがなかった。その為、俺達には暫くの沈黙が訪れる。しかしようやく伝えたい言葉がまとまったのか、緒丑はついに口を開いた。
「あんまり推理とかは得意じゃないんだけどぉ………隣にいることはできるからさぁ」
相変わらず気の抜けたような、けれどどこか安心できるような笑みを緒丑は見せた。
その笑みで幾らばかりか心が楽になる気がした。
不思議な空気だ。
確かに、緒丑には千年のような1つの発言で場を変える力はないのかも知れない。けれど、その存在感やあたたかみで空気をあたためる力があると思う。それは緒丑にしかできないことで、現に救われていると感じる。
緒丑は千年については触れない。
恐らく俺に気を遣っているのだろう。
その優しさに応えるとしたら、俺には何ができるのだろう。俺にはどんな力があるだろう。
「…ありがとう緒丑」
「落ち着くまでいいよぉ」
「…いや、今は捜査をしなきゃだよな。この辺を一緒に捜査しないか?」
緒丑は不意をつかれた顔をした。しかしすぐに頷くと、立ち上がる。
「水蜜さんは強いんだねえ」
「いやそれは……」
そんなことない、お前のおかげだ、と言おうとしたのだが、足元に何かが落ちていたようで、その何かが転がる音に俺は言葉をやめた。
「瓶かなぁ?でも何も入ってないねえ」
緒丑は転がっていく瓶を手に取ると、元に倒れていた場所に戻した。緒丑の言う通り、瓶の中には何も入っておらず、ラベルも貼られていない。
殺害に使われたものだろうか。俺はとりあえず、配布されている手帳に瓶のことを追加した。
そして肝心の千年はロープに首をかけて死んでいた。
ロープで死ぬなんて、ありきたりなドラマでしか見たことがなかったもので、まるで自殺みたいだと思ってしまった。
教会は4階にある上に人の出入りが少ない。昨日は千年の姿を確認しているから、死亡から24時間も経っていないのだろうが、もしも死体の発見が遅れたら…。それについてはあまり考えたくない。
首にはしっかりとロープの跡が残っている。ふと、顔のあたりを見ると俺はとあることに気づいた。
「………お、おい……」
「…うん……可哀想だよぉ……こんなの…」
千年のおでこには大きな傷跡が。
緒丑は居た堪れないのか、きゅっと目を瞑る。
「それ、アクション映画でできた傷らしいよ」
そこに話しかけてきたのは実花だ。まだ手術室か保健室あたりにいるかと思っていたから、俺達は急な登場に驚いてしまった。
「西園寺さん、戻ってたんだねぇ」
「ええ、あの子はまだ保健室にいるけど…。裁判には来るって。………ホント…バカ…」
自分を庇って春子が怪我を負ってしまった事実が余程悔しいようで、実花は唇を噛んだ。
「春子はお前のファンと言ってたもんな。………それほど実花が大事なんだろう」
「私がまだ超高校級に認められる前からずっと応援してくれてたの。だからって、あんな…………」
実花は春子のことを語っては、また暗い顔を見せた。
「……でも…私はアイドルだからねっ、今すべき最善のことを尽くすよ!皆の笑顔を取り戻す為に!」
俺達2人の心配そうな顔を見て、実花は笑顔を作ってみせた。
「…そういえば、アクション映画がなんちゃら、って言ってなかったか?」
「ああ、時任ちゃんの傷のことね!お風呂の時にちらっと見たけど…随分と身体が傷だらけだったの…いくら仕事とはいえ、女の子なんだからもっと大切にしなきゃ……」
実花はそんなことを俺達に教えると、春子の分まで捜査を頑張ると言ってどこかへ行ってしまった。
彼女も無理をしていないといいのだが…。
それともう一つ。千年のポケットには月玖の作ったハンカチが入っていた。恐らく先程月玖が入れたのだろう。ふわりとアロマの匂いもする。
ハンカチを渡す意味は、別れ、だっただろうか。
「ねぇ水蜜さん、これ何の破片だろう?」
緒丑に呼ばれて俺は我に変える。指差す先には小さな破片が落ちていた。恐らくなんらかの陶器の破片だろうが…。千年の服装や持ち物から欠けた様子はない。
もしかすると犯人に繋がる大事な証拠かもしれない、と俺はこれも手帳に記録した。
「さて、と。そろそろ裁判にしてもいいですかね?」
モノクターの声がする。
気づけば、もう裁判の時間のようだ。
「行こう」
そんな風に手を差し伸べるあいつはもういない。俺が、俺の足で進まなきゃ、なにも変わらないんだ。
真実から目を背けないこと。それをあいつはずっと教えてくれてたじゃないか。
千年の死の真実を、絶対に掴むんだ。