裁判場には、既に春子がいた。たった1日会っていないだけなのに、随分と時間が経っていったような気がする。
「大丈夫なのか?…その、傷、とか」
「腕は…もう、戻らないけど……ちゃんと縫ってもらったし、裁判台に立つことはできるからね!……それと、千年ちゃんが死んだって聞いて……ショックだった…」
春子の腕は完全に切断されてしまったらしい。いつもより元気はないものの、思ったよりも春子は気丈に振る舞っていた。
「捜査はあまりできなかったけど…裁判には参加させてもらうね!…だって、皆で真実を暴かなきゃ、千年ちゃんが報われないでしょ?」
と頷いた。
「よーし!頑張ろうね、実花ちゃん!皆!」
「あれこれ悩むけどぉ……」
「真実はいつも1つ、だからさ」
「…うん、時任さんのために」
「まず、死体を発見したのは薫達3人でいいんだよな?」
あの時俺を含む多くの人間は食堂にいた。俺達より前にいたのは、薫と囚とディランのはず…。
「そうだね。彼女を見つけたのは、僕達3人だよ」
そう言って薫は「ね?」と囚とディランに促す。
「ディランくんに探索に誘われてね」
「気晴らしだよ。2人は探索が好きそうだなって思って…」
2人も間違いない、と頷いた。
そういえばお昼頃に紗環が、3人について明言していた。紗環を巻き込んでまで嘘をついている可能性は低いだろうから、死体発見者と彼らが教会にいた理由は真実なのだろう。
「それじゃあ肝心の死亡時間はいつなんだろ?」
慎一は首を傾げる。
「死体発見時間がお昼過ぎだからそれより前で、且つ昨日に姿を見ているから、24時間以内だと思うけど…」
と視。
「千年ちゃん…なら、昨日の、……朝方、…お水を飲みに、………食堂に立っているところ……を見かけたよ。というか、朝方食堂にいたのは…ボクと千年ちゃんと…冴香ちゃん、ローマンくん……だから、聞いてみたらわかると思う、よ」
「そういえば、結構早起きしたなー!って思ったら3人がいてびっくりしたんだよね!」
「確かに、時任はあの時生きていたな」
冴香と優成、2人の同意により、犯行推定時刻は朝方から昼までの間となった。
「……時任さんの死因は、窒息死でいいのかな?」
次の議題を提示するのは月玖で、普段よりも元気のないように見える。表情が出にくい節もある月玖だが、千年の死は余程堪えるものがあったようだ。
「いーんじゃん?ロープで吊られて…窒息死ってことで。倉庫のリストを冴香とらいあと調べたけどさ、一本しかないロープは消えてたからそこから取ったんだろうね。つか、」
「自殺みたいだよねって話」
いのりの意見には、俺も思った点があった。ロープで首を吊るなんて、自殺の典型的な姿に見えたからだ。
「それ、ワタシも思ったわ!」
「………はい…悲しいですけれど………」
“自殺に見える”と思っていたのは俺やいのりだけではなかったらしい。視やらいあも賛同の意を示した。
「そのことなんだけど…私、こんなものを見つけたわ」
そう言ってみのりが出したのは1枚の手紙。
「なんの手紙なのぉ?」
「…遺書…だと思うわ。時任さんの」
「………遺書、か?」
思わず、声が漏れてしまう。
遺書とは、死後のための手紙。己の死を完結させる手段。
「ねぇみのりちゃん。それ、読んでもらってもいーい?」
「え、ええ。いいわよ」
全員に回して読むのも大変なので、向かいの春子の提案により、みのりが遺書の内容を読んでくれることになった。
「…少年少女諸君、置いていってしまう形となり本当にすまない……」
遺書の内容はこうだ。
皆と交流していくうちに、罪悪感と幸福感で押しつぶされそうになっていたこと。外に出ても、良いことなんて待っておらず、皆にも会えなくなるのがどうしても辛いこと。自由を失う前に、幸せすら分からなくなる前に、自分で自分を殺そうと思うこと。
そして、
場違いながら皆と過ごせて幸せだったこと。
そんなことが書き綴られていた。
俺はふと、千歳のおでこにあった傷を思い出す。
千年といえば前向きで、少しばかり抜けていて、明日への希望に期待を抱えている…そんなイメージがあった。
俺が見ていた世界と千年が見ていた世界は違ったのかもしれない。
俺が見ていた千年は千年でなかったのかもしれない。
そう思うと胸が張り裂けそうだった。
遺書の内容に黙り込む俺達に、投げられたのは自殺の線を更に濃くする証言。
「そういえば……時任が生きてるのが辛いって、言っていたのを聞いたな」
「………千年が?生きてるのが辛いって…?」
「うん。つい最近ね」
千年と親しかった慎一と紗環の対話。
俺はなんと反応していいのかもわからなかった。
「まさか本当に自殺しちゃったの…?」
「でも…それなら……ロープで首を吊っていたの、も…納得がいくのかな……」
「へえ、時任さんがねぇ」
口々に言うのは春子、幸応、囚だ。3人も千年の自殺を考え出したらしい。
時任千年は自殺した、という雰囲気が場に漂い出した時、
「何か大事なことを忘れてないかい?」
声を上げたのはディランだった。
「自殺なら千年ちゃんの足元に何か台になるものが転がっていないとおかしいんだよ。現場には実際転がってないし…もし自殺なら、誰かがわざと裁判で混乱するように台を始末したことになる」
「何事も確認は大事だと思うよ。それ、本当に千年ちゃんの遺書なのかな。筆跡で判断できることもあるだろうし…親しかった紗環ちゃんに確認してもらったらどうかな」
とディランの反論に薫が続けた。
みのりは「それもそうね」と隣の囚に遺書を手渡す。それを囚は更に隣の紗環に渡した。
「どうだい、紗環?」
「……これは、明らかに千年の字ではないわね………」
遺書に目を通した紗環は、怪訝そうに言った。
「それじゃあその遺書は偽装された、ってこと?」
「そうみたい!…すごく、計画的だね。自殺に見せかけての殺人で、遺書まで用意するなんて…」
実花と冴香は、ディランの反論と薫の提案に納得した様子だった。
「そういえばぁ、あの陶器の破片と瓶はなんだったんだろう?きっと誰かが犯行に出た時に使ったもの、だよねぇ…」
「あぁ。なんらかの破片と瓶が落ちていたんだ」
大事な証拠になるかもしれないと、記入していた破片と瓶の存在。
「念の為トラッシュルームを捜査した時に、割れたティーカップが出てきたが、その破片はティーカップではないのか」
優成は自分の捜査結果を示す。俺はもう一度破片の実体を思い返してみる。
「確か、陶器のようなものだったな。なぁ、緒丑?」
「うん、言われてみればぁ…ティーカップの破片だと思うなぁ」
「教会で犯人と千年チャンはお茶でもしてたのかしら?」
「なるほど…瓶に入っていたものは薬物でそれをお茶に混ぜたのかもしれないな」
視の意見に俺は頷いた。
「私もそう思うよ!…というか薬物保管庫を調べたんだ!そしたら睡眠薬の棚から1つ薬品が消えてたの!」
同意と共に出た大事な証言のおかげでわかったが、その消えた瓶が現場に落ちていた瓶で間違い無いだろう。
「……にしても睡眠薬か」
「眠らせてから首をかけるのなら、それほど難しくはないかもしれないわね」
優成の呟きの後、紗環はそう言った。
するすると紐が解けていくような感覚だ。犯人まで、ちゃんと俺達は近づけているのかもしれない。
「………っあ!あの!その……質問が……、あります!」
ちょこんと手を挙げて質問を希望したのはらいあだ。声には緊張の響きが混ざり、表情もいつもより不安げだ。
「どうぞ、夢鳥姫さん」
「はっはい!えっと、えっと〜!!!!む、六瀬さん!」
発言を促す薫にらいあは力強く頷き、慎一を指す。
「…ボク?」
「そ、そ、そういえばなんですけどっ………時任さんの…じっ自殺をほのめかす発言って………………本人から聞かれたんでしょうか?」
「…?いや、本人からじゃないけど…」
「でっではどなたに………?!」
「燈庵だけど………」
「…さ、えかちゃん………?」
幸応は冴香を見るものの、冴香は「うん、私が言ったけど?」と何も動じることはない。
「それはちゃんと本人から聞いたの?」
と囚。
「えっ、もちろんだよ?」
冴香はそう答えるとぱっと両手を広げて、己の潔白を証明しようとする。
「…何……その跡………」
そんな冴香の手を見て、月玖が声を出した。
「え?…………あ」
冴香の手にはロープの跡がうっすらまだ残っていた。
【理論武装開始】
「この跡は倉庫のロープを捜査した時にできた跡なの!」
「いいや、ロープは倉庫に一本しかないはず。捜査の時点でロープは倉庫にない。君も見たんでしょ?」
「私はその日、千年ちゃんの姿すら見てないんだよ!」
「私が植栽してあげる。黎葉さんが言ってたわよね。貴方は朝食堂にいた、って!」
「…ホラ、あんたなんじゃないの?」
「違う…私じゃ……痛…ッ」
いのりの問いかけに冴香は未だ否定するが、突如心臓のあたりを抑えると苦しそうな声を出した。
「…もういいよ、冴香ちゃん」
口を開いたのはディランだった。
「………君の病気は………大切な人に嘘をつくと、身体が少しずつ宝石になってしまう。悪いけど、調べさせてもらったよ。…君は今嘘をついた。だから痛んだんだろ?」
「どうして…勝手に調べるの……?!」
「俺は探偵だからさ。ワトソンくんなら、わかるだろう?」
冴香は返事をしなかった。
「コホン、そろそろ投票をお願いしますね」
気づくと、手元のパッドに投票画面が表示されていた。
ーーー
「素晴らしい。時任千年サンを殺したのは燈庵冴香サンでした!」
「…………大正解、おめでとう」