(非)日常編
あたたかな陽気の日だった。
自由時間。俺と緒丑は研究教室に行ったり、各フロアを探索したりとそれなりに時間を潰していた。
「この辺は粗方見尽くしたな。まあ、他のフロアもあるし全員の研究教室を見たわけでもないけどな」
自身の研究教室の扉を閉めながら俺は言う。
俺の研究教室は防音仕様になっているようで、いくらサックスの音を出しても外には聞こえないようだった。
今後は研究教室で練習をすることにしよう。なるべく練習は毎日していたいし、と俺は脳内で話をまとめる。
「そうだねぇって……えぇ!」
「どうした?」
緒丑は俺の言葉に肯定しようとする途中、いきなり声を上げた。とは言っても耳にくるほどではないのだが。
俺は「何に一体…」と前に目を向ける。
少し先には人が倒れていた。
心臓がドキンと鳴り、息が苦しくなる感覚。
哀哭や千年の死に姿がフラッシュバックされ、俺は声を漏らした。
長い深緑色の髪が目に映る。
「大樹寺さん………!」
俺達は急いでみのりに駆け寄った。
「おい、大丈夫か?!」
俺は息があることを願い、みのりの肩を揺さぶる。
「……ん…、ええ…平気、よ………」
よかった。
息はあるようだし、こちらの呼びかけに返答できるくらいの意識はあるようだ。しかし、放っておいたらそのまま意識は飛んでしまいそうな程、弱っているようだった。
「…平気では、ない…だろう?」
「保健室に連れていこうかぁ?」
「………そうね、お願いするわ」
みのりは少し考えた後、申し訳なさそうにため息をつくと、差し出された緒丑の手を取りやっと立ち上がった。フラフラと覚束ない足取りで歩き出す。
保健室へ着くと、みのりはゆっくりとベッドへ潜り込んだ。その様子をみて、緒丑はひとまずの安堵を覚えたようだ。
「念の為モノクターを呼んでくるか?」
「…いいえ、その必要はないわ」
「え?」
「だってもうここにいますからねえ!」
後ろから降りかかる声に俺達は身じろぎする。いきなり大きな声を出されると、心臓に悪い気もする。モノクターはそんな俺達の反応を楽しんでいるように見えるが。
「い、いたんだぁ………」
「皆様の行動は逐一チェックしていますし……生きているうちはそれなりの面倒も見ますとも!さ!男子共は帰りなさい!!」
「……あんたも男でしょ……」
「では女性の姿になればいいのですか!?」
「どっちでもいいわよ…………」
モノクターと一緒だと更に体調が悪くなりそうだが…微かな心配を残しつつ、俺達はモノクターに追い出されるようにして保険室を出た。
「大丈夫かなぁ?」
「まあ、一応…大丈夫なんじゃないか…?医療知識に関しては、この場ではモノクターが1番あると思うし…って……」
ぐるる〜と小さく腹の音が聞こえる。
そういえばもうお昼の時間だっけ。
俺は病棟内の時計を見ると、食堂に向かわないか?と提案する。
緒丑も空腹を感じたようで賛成してくれた。
食堂には、驚くことに全員が揃っていた。
「あ!2人とも!どこにいたの?探したんだよ!」
大きな瞳で俺達を見つけると、実花は声を上げた。
「探してたって…何かあるのか?」
「お好み焼きをするんだと。風桐の提案でな」
側の椅子に腰掛ける優成が言う。
なるほど、それで今全員が集まっていたわけか。
「貴方がただけが見つからなかったのよね。探索でもしてたの?」
「うん、研究教室を中心にねえ」
「そう、…あら?てっきり一緒だと思ったのだけど…みのりは?」
「みのりは保健室で休んでるよ。体調が優れないみたいだ」
「…それは心配ね。残念だわ」
紗環は睫毛を伏せた後、あっちのテーブルに座るようにと俺達を席に案内した。
俺は一緒のテーブルになったらいあと慎一、そしていのりに目を向けた。
「らいあは色々探してきてくれたんだよね、食材」
「ひゃ!はっ、はい!!」
いのりがそう言うと、らいあはいきなり話を振られてびっくりしたのか、体を震わした。
らいあの前には餅、チーズ、梅干しが並んでいる。どうやらどれもらいあが調達してきたものらしい。
そして慎一の前にはトマトが。
「トマトをいれれば何でも美味しくなる…気がする」
「悪くないかもね。2人が探してきてくれたしさ、あーしらも焼こ」
「いのりは探さなかったのか?」
「……あ、す、周防さんも探されてたんですけどぉ……」
「…止めたんだよね、ボク達で」
「そうか………」
…一体何を選ぼうとしていたのだろうか。
選ぼうとした食材についてはさておき、いのりはやはり手際がいい。らいあと慎一がワクワクと頬を染めて見守る中、器用にお好み焼きを焼いていく。
「ホラ、ひっくり返しなよ」
いのりは持っていたヘラを俺に差し出す。
俺は恐る恐るお好み焼きと鉄板の下にヘラを滑り込ませる。
「……ここからどうしたら?」
「勢いよく…こう…ばん!!!!!!!みたい…な?すっ、すみません…ぜんぜん、わからない、ですよね…」
「せーので上にあげたらいいんじゃない?はい、せーの…」
慎一の声に俺は焦ってヘラをあげる。勢いよく飛び上がったお好み焼きは、宙を舞い、そしてまた落下していく。
ぱん!と音を立てて、お好み焼きは無事鉄板に着地した。
「おお〜〜いーんじゃね?」
作法はどうであれ、だ。ひっくり返ったお好み焼きは多少の崩れはあるものの、美味しそうだった。俺は、下手なことにならなくてよかった、と2人のワクワクした顔を思い出し胸を撫で下ろした。
取り分けられたお好み焼きはとてもおいしかった。……そういえば、他のグループはどうなったのだろう?俺は座りながら周囲を見渡した。
隣のテーブルには、緒丑と薫と実花と春子。緒丑は自作のカッテージチーズとやらを取りに行き、提供したようだ。超高校級の酪農家が作ったものはさぞかし美味いだろう。
薫は才能柄なのだろうか。シーフード系を沢山持ってきたらしい。そして、春子は長芋を持ってきている。
実花が生地を混ぜて焼く係のようだ。実花が何かするたびに、「ステキ!」「カワイイ!」「ありがとう!」と春子が感涙しているのが見てわかる。
「流石実花ちゃんだね…って!ねえねえ、何を描いてるの!!」
「ふふ、見てごらん」
「わあ〜〜!!すご〜い!!!!!」
薫はマヨネーズでお好み焼きに可愛らしい絵を描いてみせたらしい。描かれたメンダコやイルカなどの海の生き物達に、春子は嬉しそうな声をあげ、そんな彼女を薫、実花、緒丑は微笑ましく見るのだった。
随分と平和なグループで何よりだと俺は次に後ろへと目を向ける。
そこは紗環と囚と幸応と優成のグループだが、穏やかに進んでいるようだ。
紗環はさきいかと天かす、幸応はネギや鰹節、優成は豚肉を用意したらしい。具材は定番で聞くだけで美味しそうだ。
先程のグループと同じく、食材を選んでいない人間が焼くようだが、紗環は囚がボウルに手を伸ばすと「囚様にやらせるなんて…」と、素早くボウルを奪おうとする。
「いいんだよ、紗環。こういうのも経験になるし」
「……たまには放っておいたらどうだ」
「うん…えっと、囚さんもそう言ってる…みたい?だし…」
紗環はそれを聞いて困ったような顔をした。
「で、でも………あ」
彼女の視線の先には隣のグループのお好み焼きが。
「え、ええ…………」
幸応も困惑した声をあげ、囚は苦笑い、優成は顔を顰める。
そこには、何故か青色のお好み焼きの前に項垂れる視とディラン、そんな2人を見て楽しそうに笑う月玖という地獄絵図があった。
「貴様達は何をしでかしたんだ!?」
「ワ、ワタシ今回は何もしてないわよ!」
「俺もさ。ありきたりな食材を持ってきたんだけど…月玖くんが青い食紅をいれたんだよ」
「な、なんで……………」
「面白い反応が見れるかなって思って!」
ニコリと月玖は言う。全く月玖は相変わらずだ。
「仕方ないわね。私が代わりにそこのグループの分を焼くわ」
ため息をついてみせたものの、役割を見つけたからなのか、心なしか嬉しそうな紗環は席を立つ。
「超高校級のメイドのお好み焼きが食べれるなんて感激だなあ」
「絶対こっちの方が美味しいわよね!」
ディランと視は救われたような顔で紗環を見る。
「味は変わらないと思うんだけどなあ」
「どれ、頂いてみようか」
「やめとけ緒環………」
「あらあら〜!楽しそうですね!ワタクシも混ぜて下さい」
そこに現れたのは先程保健室で会った筈のモノクターだ。
「みのりはどうしたんだ?」
「ええ、ぐっすり寝ていますとも!」
みのりが眠った後暇になったらしい。
俺達のテーブルに割り込むと、モノクターはウキウキとお好み焼きを焼き始めた。
できました!と差し出されたのは2枚のお好み焼き。
俺はその内の一切れを口にする。
「しょっっっぱ………………」
なんだろうか、この塩分の塊のような味は……。
「ワタクシ、麺つゆをどばぁと入れてみました!!皆様も召し上がってください!」
「め、麺つゆかあ……僕は遠慮しておくよ」
薫も肯定はし難いようで、微妙な顔でモノクターを見る。
「こっちは?」
と視はもう一枚のお好み焼き(?)を恐る恐る口にする。こういう時、視は肝が据わっていると思う。
「ああ……食べちゃって…大丈夫かなあ?」
「?甘くて美味しいわね」
「え〜!私達も食べたいな!」
どうせ不味いのだろうと期待していなかったが、もう一枚のお好み焼きはデザート風味に仕上がっている。苺やバナナ、コーンフレークがとても美味しいのだ。否、これはもうお好み焼きではないのかもしれないが…。
誰かと1つの何かを作ると言うのも悪くないのかもしれない。明日は自分で料理を作ってみようかな、と賑やかしい食堂の中、俺は思うのだった。