「人を殺してしまえば…それは罪だろう?」
「…意味わかんない」
俺の返答にみのりは動じることもなく、ただ無表情で首を振る。
周りはただ、その“異変”を奇妙な目で見つめる。
「どうして…そんな目で私を見ているの?殺すことは何も悪いことなんかじゃない」
感情のない、声。
「…幸応くんと君は仲がよかったよね。それに、ディランくん、優成くんにも友好的だったは…」
「だからこそよ」
薫の言葉を最後まで聞かず、みのりは冷たく言い放った。
「だ、だからこそ?」
「メスは初日に手に入れてたんだよね?」
春子と実花は「そっちの方が意味がわからない」とでも言いたげに困惑した声を漏らす。
「ええ、メスはこの生活の初日に手に入れてたわ。ずっと、皆を救うためにね」
〜大樹寺みのりside〜
そうね。幸応さんを殺すのは計画の内だったわ。
私はいつも通り、彼の研究教室で裁縫をしに訪れた。
目的はもうそれだけではなく、メスも裁縫セットに入れてたわけだけど。
いつからでしょう。
生きることが幸せだと人類が錯覚してしまったのは。
苦しまずに死ぬことが一番の幸福だと私は思うの。
だから、大切な方を楽にしてあげようと思ったのよ。
…研究教室での話だったわね。
彼は大分心を開いたようで、随分と熱心に自分のことを話してくれた。
自分の病気のこと、過去のこと、家族のこと、今のこと。
その全てを可哀想だと思った。
それも生きているせいよ。
そしてこの後はディランさんと会うんだと。
ここを出たら、捜し物を得意とする彼に行方不明の姉を探してほしいと伝えると。
……もう、そんな必要ないようにしてあげる。
「…今生きていることに不安は感じないのかしら?」
「病気…だとか、殺人、だとか…不安なことはあるけど……、みんなと一緒なら、きっと、大丈夫」
彼はそう言い切ってみせた。
ああ、
もう頑張らなくていいのよ。
無理に前を向く必要なんてないの。
前も後ろもありはしない。
この地獄から救ってあげる。
私は隠し持っていたメスで深く彼の身体を刺した。
「……ゔ……どうして……みのり…ちゃん…」
「貴方のためよ」
即死しそうな場所を刺したはずなのに、中々彼は死へと導かれない。それどころかとても辛そうだった。
幸応さんは苦しみながら目の包帯をとり、朧げな意識下で抗おうとしていた。
傷跡の包帯は彼が自ら巻いたものよ。止血しようとしてたみたい。
_______どうして?
早く、早く!
楽にしてあげないと。
「ごめんなさい……」
「ごめんなさい……ごめんなさい…」
「すぐに殺せなくてごめんなさい……」
何度も何度も、メスで刺していく。
やっと気づいた時には幸応さんは息絶えていた。
苦しんだでしょう。私が上手に殺してあげられなかったせいで。
でも大丈夫。もうこれ以上苦しむことなんてないわ。
「おやすみなさい」
「…みのりちゃん?」
日常の終わりに何者かが声をかけた。
ああ、うっかり忘れてた。ディランさんは幸応さんに呼ばれてたのよね。
時間がかかってしまったせいで、招かれざる者が扉を開いてしまった。
…まあいいわ。
悪くはない人だし、貴方もまとめて楽にしてあげる。
彼は好奇心とやらが強いのか、この部屋の中に一歩踏み出した。
「……君が幸応くんを殺したのかい?」
私は頷きながら、側に目を走らせる。
「貴方今幸せ?」
答えない私にディランさんは顔をひくつかせた。
「……え?」
「幸せ?」
「そうかもね」
「…心の底から?本当に?」
「…ああ、でも今君に殺されようとしてる俺は不幸なのかもしれないね」
「…私は貴方を救いたいだけ」
彼の綺麗な瞳は相変わらずきらきらと反射して、鏡みたいに私の顔を映していたわ。
映った私の顔はどんな表情だっけ。
ディランさんは思えば不思議なくらいに、たまに察しが良かった。
それからこの人は筋力がないんだったか。
「…ネックレスだけ……外してくれないかな」
「…どうして?」
「血だらけになったら困るからさ」
「………」
私はもうこれ以上会話をする意味もない、と目に捉えていた椅子を掴むと思いっきり彼の頭にぶつけた。
要望通りネックレスは血で浸される前に取ってあげた。
出来るだけ幸せに殺してあげたほうが彼のためだと思うから。
「…何をしている!!!!」
私を叱りつける声。
友人を殴り殺す私を見つけたのは、優成さんで。
なりふり構わず、息絶える友人に近づいていく。
……貴方に救えるわけがないのに。
邪魔者ばかり入ると思ったけれど、考えればそんなことないわね。
丁度いい。
彼も救ってあげよう。
私は何も答えずにもう一度椅子を掴むと、彼が思考に至る暇も与えず殴りかかった。
「…っ貴様…………」
誰もが生きることに救いを求めるからこうなってしまうのよ。
あと一発、殴れば彼は救われる。
大きく、ふりかざす。
「おっと、そこまでの殺傷はワタクシ求めてなくてですね?」
私の手を掴んだのはモノクターで、
「……離しなさいよ」
「嫌ですねえ!言い忘れてしまいましたが…。殺人は2人までとさせて頂きます。1人の方に何人も殺傷されると困るんですよ。楽しいことは多く味わいたいでしょう?……ということでね、彼は運良く助かりますよ」
「……助かる?何を言ってるの?」
「…ワタクシ耳はいいんですよ。もうあと30秒もしないうちに誰かがここに来るでしょう。早くお逃げなさい」
私はモノクターに追い出されるようにして幸応さんの研究教室を後にした。
心残りよ。善意はいつだって悪に邪魔されてしまうの。
〜水蜜優side〜
一通り話し終えると、みのりは
「以前もいたわよね。殺してオシオキされていった方達。苦しませるなんて最低よね……」
と殺すことについては何も言わずに、ただ「最低」という言葉を吐きつける。
「私も…そうなのかもしれないけれど….生き残りたいなんて馬鹿なこと思ってないわ。滑稽で、醜くて、不幸な人間になんてなれないのだから」
「とのことですけど、どうです?」
ついにモノクターはリモート画面の音声をついにオンにした。
その途端裁判場に響き渡る怒声。
「生きる事に意味のある“人生”を地獄だと?貴様のその目は節穴か、愚人め。
貴様は人生を、勇気を、意志を、夢を、踏み躙った愚か者だ。独り善がりな願望で他の人生を踏み躙るな、馬鹿者が!!!!」
「おかしいわよ…こんなのっ……」
「….……キミは最低だよ」
視と慎一は冷たい目線をみのりにむける。
「……何が?私はおかしくなんてない。不思議なのは貴方達の方よ。生きることを幸せだなんて誰が決めたの?」
「この世が生き地獄などと喚くなら、貴様一人で勝手に死ね!!!!」
優成はものすごい形相でみのりに怒鳴り散らす。
その心の中を、俺はどれだけ測れるだろうか。
だがみのりに声は届かない。
届かないんだ。
処刑場まで歩む途中、視線をリモート画面に向けるとこう言った。
「それでも私は、」
「あなたも連れていきたかったわ」
▼ダイジュジさんがクロに決まりました。オシオキを開始します。
(動画はTwitterを参照下さい)
閉廷!
失われた命は戻らない。
4人が探し求めたものを縫い合わせることは出来ないし、互いの心を測ることもできない。
俺は裁判場を出た後、外の緑を眺める。
整えられた美しい緑。
予定調和だったのだろうか。
こうやって、秘めたものを明かせば崩れていくのだろうか。
中庭の柵を見つめ、俺は目を閉じた。
俺の意思は_______
Chapter 3
憶持に目瞑千寿菊 真理解明は箱庭の央へ
▼黎葉幸応の遺品【髪飾り】が童部月玖に譲渡されました。
(裏シートはTwitterのいいね欄を参照下さい)