今日も食堂には美味しそうなにおいが漂っている。
メインは野菜と肉炒めらしい。
俺は緒丑の隣の椅子を引くと腰を下ろして、目の前の食事に手を合わせた。
相変わらずご飯は紗環が用意してくれているようで、今までの生活よりも多忙になったであろう最近に疲れないか?と聞いたのだが、「いいえ。こっちの方が落ち着くの」と一蹴されてしまっていた。
「風桐って休んだりするのかな」
「…流石にするとは思うけど…彼女のことだし…」
慎一と月玖もそのことが気になっているようだ。
「んー、確かに風桐ちゃんにはしてもらってばっかかも!」
「今度は皆でご馳走する、ってのはどうかなぁ?」
緒丑の思いつきに、実花は「それいいね!」と人差し指を振ってみせた。
「あら。それは肉料理だったから別のを用意していたのに………食べれたの?」
そんな、少しだけ噂の紗環は今日も忙しそうに動いていたが、ふとテーブルに目を向けると薫に言う。
見ると、薫は食べれないと言っていたはずの肉料理を口にするところだった。
「…あれ、おかしいな……」
ぴたりと、箸を止め薫は目の前の料理を見つめる。
「意識していなかったのか?」
「考え事もしてたから……でも気づかないうちに食べてたなんて」
優成の問いかけに、薫も不可思議そうに言う。
「苦手なものでも食べられるように成長できたのかな」
と続けると、そのまま食器類を持ち、薫は席を立とうとした。
「あ、待ってよ」
呼び止めるのはいのりで。
「口直しにお茶でもしたら?ねぇ、あーしも手伝うからさ、用意できないかな?」
いのりは薫に声をかけると、側に立つ紗環に目線向けた。
「これからなら、丁度ぼくのお茶の時間と被るし、いいんじゃない?」
囚も頷き、紗環と薫に笑いかけた。
「囚様が仰るのなら構わないけれど…」
と、紗環も続いて言う。
「…僕は………いや、折角用意してくれるんだもんね。少し休んでからまた顔を出すよ」
薫の方はと言うと、一瞬躊躇うような顔をしたが、すぐに穏やかな笑顔を浮かべると頷いた。
「皆も来るといいよ。15時過ぎに、またここで」
俺は時間までサックスの練習をしようと、一人研究教室へと向かった。
慣れない病棟生活だったが、研究教室はサックスがあるおかげか気持ちが幾らか落ち着く。
皆もそういう気持ちなのだろうか。そんな気持ちでいれたのだろうか。
俺は、もう二度と踏み入れられることないであろう隣の部屋を見つめ、サックスを手に取った。
この時間は、何もかも音楽に包んで忘れさせてくれる気がする。
気づけば時計の短い針は3を、長い針は2を指していた。だいぶ集中していたらしい。
「…向かわないと」
俺はもう一度食堂へと戻ろうと、研究教室の扉を閉めた。
食堂には既に俺以外が集まっていた。
「優くん、遅かったね!」
「研究教室でサックスの練習をしていて、時計を見損ねてたんだ。ごめん」
「やっぱ練習って大事だよね!わたしも研究教室はよく使うし!」
そう言うと、春子は「みて!」とテーブルを指した。
指差す先は黒いケーキだ。
「これは…チョコレートのケーキか?」
「ガトーショコラ、っていうみたいです………か……風桐さんが焼いてくださったんです…っ!紅茶もすごく美味しそうですよ………」
らいあも綺麗にセッティングされたテーブルを、柔らかい表情で見つめた。
席に着いて周りを見ると、薫も紅茶を飲んでいる。
他人の心配はよくするものの、薫自身の体調は良くなっただろうか?
「占いを信じないなんて意味わかんない!ほら!当たってるじゃん!」
「俺個人は占いは信じないが、運命は信じる。俺なりのスタンスなんでな」
「ふーん、スタンスなんだ……って運命よりワタシの占いの方が確実なのに!」
「………はぁ」
「何ため息ついてんのよ!」
「ちょ、ちょっと〜喧嘩はやめなよ〜!折角ステキな時間をプレゼントされてるんだから!皆で楽しもうよ!ねっ?」
視と優成の言い合いに、実花が仲裁に入り、それをいのりがクスクスと見守っている。
この場所は賑やかである方が、良い。
フォークを刺して、ケーキを口に運ぶ。
チョコレートの匂いが強く纏った。
辿っていっては、いけなかったんだ。
?
音を立てて割れるティーカップ。
まだ生ぬるい液体が床に染み、体は生を手放すように落ちていく。
美しいものは美しいまま散ってしまうものなのか。
燈の下、
目に映るのは
褪せた彼女_______