「…あーしら、別に呼んでないんですけど。てかあんた誰?」
「ワタクシはモノクターと申します。皆様の生活により良いサポートを致します素晴らしいドクターでございます。」
…自分で言ってしまうのか。
いや、自己肯定感が高いことはいいことだ。
にしても「モノクター」は……
「え〜〜なんか絵みたいだね!ペラペラじゃん!」
言ってしまった。
燈庵が、少々触れにくいそれについて言ってしまった。
突如現れた不気味に恐れなんてないのか、当の本人はなんでもないような顔をしている。
「…….」
俺達は恐る恐るモノクターを見つめる。
機嫌を損ねなければいいのだが…
「だっ誰が絵みたいですって!?!?ムキ〜〜ッッッ!!!!」
モノクターは予想とは反して、典型的なセリフを口にし地団駄を踏んでいた。
「アナタ名前なんでしたっけ!?燈庵冴香サンッッッですね!?覚えましたから!」
「天才美少女ってこともお忘れなく!」
「それで、どうしてぼくたちを此処に招待したのかな?」
話を戻すかのように囚は言う。彼もまたモノクターに怖気付く様子はない。
「失礼失礼。ワタクシお喋りは好きですが、本題に入れないお喋りは嫌いでしてね…早速皆様に集まり頂いた理由を説明致しましょうね」
モノクターは冴香から目(?)を離すと体を皆に見えるように向けた。
「此処はしあわせ病棟。外の世界からは完全に遮断されております。そして皆様は、全員が未だ病を患っている。放っておけば命はなく、ただただ薬の供給を待っている可哀想な子羊。」
「うーん、よくわからないっす。そんな可哀想な俺達はどうなるっすか!」
「病院は治療する施設。ただそれだけでございます。…ふふ、ここまで言えば察しがつきますかねえ」
「ボク達の病気を治してくれる、ってこと……?」
「おっと、惜しいですね。六瀬様」
モノクターはモヤの向こうでニヤリと笑っている気がした。とてもとても意地悪な笑い。
こほん、とわざとらしい咳払いが聞こえる。
一体俺達に何が告げられるのか。
嫌な予感ほどよく当たるといったものだが、それはドラマや小説ではありきたりな、「絶望展開」だった。
……俺達はドラマや小説なんかじゃない。
確かに此処に生きているのに!
「さあ皆様!コロシアイを致しましょう!!今から行うのは、弱肉強食!殺した者だけが特効薬を手に入れ、此処から脱出することができる、スーパーミラクル尚且つエクスタシーなコロシアイ病棟生活でございます!」
「何言ってるのあなた……。そんなことできるわけ…」
「………何かの冗談、なんだよ…ね?」
「しゅ、囚様………」
「心配ないよ、紗環」
其々が困惑しては声を漏らしていく。今は春子でさえも眉を顰めている。
「コロシアイ…ですかァ?シク……シク……」
哀哭は顔を覆ってポロポロと大粒の涙を流した。それを見て視は、気ごちなくも背中をさする。
「哀哭チャン、大丈夫よ。泣かないで」
「あ、嘘泣きですよォ」
「…あのねえ……」
スンと哀哭は元の表情へ戻す。嘘泣きなんてやめなさいよとでも言いたげに視はジロリと哀哭を見つめた。
「ちょ、ちょっと待って!外の世界からは遮断されているって言っても、私が2、3日も消息不明になったなら警察沙汰になるよ!?」
「ああ、貴女は超高校級のアイドルでしたものね。そうでしょうね、騒ぎになるでしょう」
「何故そんなにも平然としていられるのかな?」
「だって外の世界がどんなに頑張ったとしてもしあわせ病棟が開かれることはありませんし…。警察も無駄の無!無!無力なんですよ!!そのうち諦めるでしょう」
「僕達は超高校級だ。そんなこと世間が許すわけないでしょう」
「さぁどうでしょうね。過度な自信は己を滅ぼしますよ」
薫と月玖の言葉に動じることもない。
実花、薫、月玖はそれ以上は何も言わず、悔しそうにモノクターを見つめた。
「国家のミサイルでも飛ばしたら流石に開きますけど。その場合皆様も木っ端微塵でしょうね。…皆様があまりにも動揺するものですから、どこまで話したか忘れてしまった」
「え〜と、まだコロシアイをしてください、ってところまでだけどぉ……」
「あぁ、そうでしたね。ありがとうございます神戸様。」
緒丑は恐る恐る言う。モノクターは穏やかに、しかし淡白に礼を告げた。
「話を戻しますと、ね。…しかしまあ、殺せばいいってわけではありません。…世界はそんな簡単に出来てはいないものですうぷぷ」
「………こ、殺す…だけでもっ……恐ろしいのに……足りないって……い、言うんですか…!?」
らいあは震えながらもモノクターへ言葉を発する。
「ええ。殺した後には学級裁判に挑んで頂きます。他の皆様にクロであると突き止められた場合、そこでゲームオーバー。オシオキ執行で死亡決定でございます。でももしこの学級裁判を勝ち抜けば、クロだけが特効薬を手に入れて出ることができるのです。他の皆様の死体を踏み台にね」
単純なルールのはずだった。
しかし俺の脳はそれを理解することを暫く拒絶したがる。
「加えて、こちらの規則を守らない場合には、同じように厳し〜〜いオシオキが待っていますからね」
「…なんだかワタクシの頭脳も悪いみたいですねこの文面……改装工事に思ったよりも時間を取られてしまった」
モノクターは正直三言くらいには多いが、そいつだけが時を淡々と進めていく。俺達は何も言葉が出せなかった。
「そっ、そんなのできるわけないでしょ!バカじゃないの!?」
静寂と化した空気の中、ついにみのりが声を荒げた。「私は従わない」「馬鹿馬鹿しい」とモノクターに吐き散らかす。
「ふふ、じゃじゃ馬もワタクシ、嫌いではありませんけど。コロシアイ病棟生活の手始めとして、しあわせ病棟の洗礼でも受けてもらいますかね」
「貴方に」
「…………は?」
槍は床を突き抜けて、雨生の肩を貫いていく。
自分に刺さるなんて思ってもいなかったのだろう。雨生はただ呆然として肩を抑える。
「……アンタ、マジかよ」
「マジマジのマジでございます。安心院様、この世は油断大敵でございますよ」
「….まさかオレ死なねーよな?」
「まさか。死にやしませんよ。すぐに手術室に連れて行きます」
雨生はすぐ近くにいた陰明寺と御宮寺に体を預けると、身体中の力を緩めた。
モノクターの方は、と俺が視線を雨生から映した時、あいつは確かに笑っていた!
「これで終わりになるわけないでしょう」
「…い゛……た…ッ……」
「痛いでしょうね。降りかかる災難の責任は全てご自身にあるのですよ。手綱はちゃんと自分で握りしめておくように、お嬢様」
「…そ、その呼び方……やめなさいよ……」
みのりは力なく倒れ込んだ。
「少女!しっかり!」
「大樹寺さんも早く手術室へ……!」
慌てて千年と緒丑が駆け寄る。俺も雨生とみのりの側へと寄った。
「うぷ、うぷぷ。これからどんな絶望が見られるんでしょ……。楽しみですねえ!_______」
「_______」
はじまりはいつだって突然に。
俺達のコロシアイ病棟生活は、こうして幕をあけたのだった。
prologue
おかえりなさい、しあわせ病棟
▼残り20人
▼マップが更新されました。マップと患者のプロフィールは配布された電子手帳にていつでも確認することができます。