(非)日常編
〜神戸緒丑side〜
その日、ボクはいつも通り早起きをして、いつも通りの朝を過ごしていた。
何かもかもいつも通り。
つくられたものなのかもしれないけど、ぽかぽかとした陽気が身体をあたためてくれる。
「さて、何をしようかなぁ」
そういえば水蜜さんは、今日は朝からサックスの練習をすると言ってたっけ。
普段は一緒に行動することも多いボク達だけど、たまには別々の時間もあって、それが不思議と心地よさを引き立たせてるのかもしれない。
「どうしたの?そんなところで突っ立って」
研究教室の前でぼんやりと立ってきたボクに声をかけたのは、六瀬さんで。
「何をしようかなぁって、考えてたとこだよぉ」
「…こんなところで?神戸って、やっぱマイペースだよね。ま、キミの個性だから良いと思うけどさ。魅力ってやつ」
六瀬さんは呆れたような顔で、でも少し柔らかい目でボクを見た。どうやら否定はされていないらしい。どうも、六瀬さんにはそういう節がある。
「六瀬さんって、褒め上手だよねぇ」
「マイペースは褒めてないけど。…キミ自身のことは褒めた…のかな。思ったことが口に出るだけだよ」
「これから童部と夢鳥姫、それから田中と西園寺とトランプするんだ。神戸もどう?」
「いいのぉ?それじゃあボクも行こうかなぁ」
「了解。用事なければもうすぐにでも談話室に来なよ」
と六瀬さんが言った時、何かが聞こえた。
寂しげな音。
「…?誰か泣いてるのぉ?」
「ボクには何も聞こえなかったけど……変なこと言わないでよ」
泣き声が確かに聞こえた気がしたんだけど…。
ボクの気のせいだったかもしれない。
何しろここは少し不思議な場所だから。
〜水蜜優side〜
遅めの昼食を取ろうと、食堂に訪れたのは13時過ぎのことだっただろうか。
いつもなら賑わっているはずの食堂は閑散としていた。無論、全体の人数が減ったこともあるだろうが。
「ここにはお前だけか」
向かいに座る相手_薫に俺は話しかける。
「何人かは談話室にいるみたいだよ。緒丑くんもその中に」
ずっと緒丑の姿を見ていないと思ったが、どうやら他とうまくやっているらしい。勿論そういうことに関しては緒丑は飛び抜けているだろうが。だがその飛び抜けた中に薫は追いつけるだろう。皆が慕い、誘いたがる。そんな人徳ある薫が1人でどこかにいるのは珍しい。
何気ない会話を少し交わす。
その後暫くの沈黙の後、薫は口を開いた。
「ねぇ、優くん」
「…薫?どうしたんだ?」
いつもと同じ穏やかな声色だったが、薫は何か迷ってるように見えた。
「…ううん、やっぱり何でもないや。ごめんね」
そう言うと、薫は立ち上がる。
「本当に何でもないのか?…何か話したいことがあるんじゃないのか?」
俺は薫をそう引き止めた。
「頼み事だから、流してくれてもいいんだけどね、」
「……実はずっと探している本が見当たらなくて困っていたんだ」
本のタイトルと並べ、薫は困ったように言葉をついた。
「無理にとは言わないけど、探すのを手伝って貰えないかな?」
図書室はかなり広く、本は整理整頓されていないことが多い。薫1人でお目当てのものを見つけるのは困難だろう。
引き受けようと俺が頷くと、
「何かあったのか?」
と、突如優成が現れた。
「い、いつからいたんだ……」
「全然気づかなかったよ。ローマンくんは気配を消すのが上手いね」
俺達は少々心臓に悪い、と優成を振り返り見た。
「薫が本を探しているらしいぞ」
と俺は薫が探しているという本の題名を告げる。
「なるほどな、俺も手伝おう」
優成はそれを聞き、二つ返事で引き受けた。図書室には最近出入りしているらしく、そこら辺の者よりは詳しいのだと言う。
「ありがとうローマンくん。見つけてもらえると、助かるよ」
「ああ。必ず」
どこか通ずるものがあるのか、2人の仲は良好らしい。
2人は目の奥底で頷きあった。
「やるなら早い方がいいよな?」
俺達は早速図書室に向かうこととし、薫と分かれた。
どちらも目標に対してはストイックなタイプだ。
2時間は経ってしまっただろうか。
「………ないな」
薫の言った本は図書室のどこにもない。広いとはいえ、2人で2時間もかけて探したというのにどこにも見つからないのは不可解だ。
「誰かが既に持っていったとか?」
「あんなタイトルだ。他に興味を持つ輩もいないだろう。…そもそも、そんな本は本当に此処に存在したのか…?」
俺達はこれ以上探しても見つからないと判断し、一度薫の元へ戻ることにした。
その帰路、俺達は『見たくなかったもの』を目撃することになる。
何かが目によぎった。
俺がそれをひとつの光景として捉えるのに、
「……おい!!!!待て!!!!」
優成が駆けていく方が早かった。
続いて走った俺の目にまず飛び込んできたのは、頬を押さえ座り込む視の姿。
「…いった……………っ」
そして、弱々しく呟いた視に立ったまま影を落とす薫の姿。
「いきなり何するの逆叉ちゃん!!!」
視の側についたまま、薫を恐ろしいものを見る目で見つめる実花とらいあ。いきなりのことだったのか、らいあの車椅子は側に放置されている。
何が起こったのか、一瞬で理解した。
薫に実花の声は届いてないのか、薫は構わずもう一度手を上げようとする。おかしい。おかしい。
まるで、薫じゃないみたいだ。
「グ…………」
「わ、わたしがまもります………まもらなきゃ!………まもらなきゃ!!!!!!!」
振り上げられた手と視の間に、らいあが入り込む。らいあは、ぎゅっと目を瞑った。
ぱしっと音を立てて、薫の手をらいあの顔前寸前のところで優成が掴んだ。
薫は、優成の手を振り払い、乱暴に叩きつける。
追いついた俺は、視に声をかけた。
「お、おい…大丈夫か?どうして………」
「ええ…わからない、わからないのよ。ただ声をかけただけなの。そうしたらいきなり……」
俺達はいつだって第一にあったはずの恐怖を、どこか忘れていたのかもしれない。
あるいは忘れたふりをしていたのかもしれない。