非日常編
「終わらせる、って一体どうやってぇ?」
緒丑はまん丸な目で俺を見つめ、首をかしげた。
「このコロシアイ生活の原因を突き止めるんだ。…でも、それには覚悟がいる」
「覚悟ぉ?」
「……その真実が残酷なものになるかもしれないってことだ」
そう、真実を暴けば必ずそこには何にも変えられない残酷さがあった。裁判を乗り越えるごとに、悲しみ、怒りを交えて、どこにも行き場のない思いを抱えてきた。きっと次も同じ。
このコロシアイを引き起こした要因がわかれば、モノクターも諦めると思った。しかし、モノクター以外の人物がこのコロシアイの幕を手挽いていたとしたら。
頭の中を黒いモヤが埋め尽くす。
「その覚悟がお前にはあるか?」
緒丑は、黙って俺を見る。だがすぐに、輝く穢れなき眼を反射させたまま、まっすぐに頷いた。
「うん、ここまできたんだ。ボクは覚悟してるよぉ」
嗚呼、その答えで俺も覚悟を決められるんだ。
「やろうよぉ。水蜜さん」
「あぁ」
俺と緒丑はお互いに手を差し出し、ぎゅっと握り合った。
とても優しくて強かな相棒となら、乗り越えられる。そんな希望を抱いていた。
しかしまぁ、俺には一つ残してしまったことがある。
俺にそれを果たす義務があるのかと言われれば、ないだろうし人はそれをお節介と呼ぶだろう。
だからといって、このままにしておくという選択肢は取れなかった。
「まず、図書室を調べ直そうと思ったんだが……先に図書室の方へ行っててくれないか?すぐ行くから」
「うん…?構わないけどぉ。また後でねぇ」
緒丑は一瞬頭にハテナを浮かべたが、何かを聞くことはなく、裁判場を出て行った。
周りを見れば、優成と月玖とらいあは既に裁判場を去っていたようで、春子と実花だけがそこに未だ残っていた。しかし、2人ももうすぐ此処を後にする様だが。
今言わなくちゃ、きっと後悔してしまうだろうから。
俺は紫のショートカットに声をかけた。
「実花、」
「……何?」
実花は一切の輝きもない目で俺を見る。その迫力に思わずたじろぎそうになる自分がいるのも事実だ。
「……あの時の言葉は、本当のお前のものなのか?」
俺は凍てつくような空気に立ち向かう気で声を出した。
「…そうに決まってるじゃない。あれが本当のアタシ」
「俺達を踏み台としか思っていない、って…」
「ぐちぐちうるさい……っ!」
実花は俺の言葉を思いっきり遮った。
「私にはどうしても薬が必要なの!助けなきゃいけない人がいるのに……稼がなきゃいけないのに…、声が出ない。痛いに決まってるじゃない!でも、声を出さないと殺されるじゃない!死にたくない、私は生きてたいの!」
「……私、超高校級である前に…人間だよ?アンタだってそうじゃないの?」
「………」
長台詞を吐くと、実花は苦しそうにこっちを見た。俺は答えられなかった。実花の気持ちがわからないことはなかったから。俺は苦い記憶を思い出し、黙りこくった。
「…実花ちゃん………」
「…っ……ケホッ…」
その様子をじっと見つめていた春子が呟くと、実花は目を逸らす。そして、ガシガシと喉を掻いては咳を漏らす。
「アンタも、失望した?」
「………え?」
「普通に友達作ってさ、楽しそうだし。もうファンなんかやめれば?アンタの理想のアイドルなんかじゃなかったでしょ?」
「そ、そんな!」
それは僅かな子供心。
「わたし、どんな実花ちゃんでも大好きだよ!わたしの気持ちはずっと変わらない!一緒に生きたいよ!」
「実花ちゃんは……、みんなのこと嫌い?」
「……本当は、アンタとも友達みたいに接したかった。楽しく話をして、ハグをして…でも、アタシはアイドル。…それに、嫌いじゃないし…仲良くだったしたかったけど、そんなことやってられなかった」
実花はぽつりぽつりと語った。
「……両方叶えられる?」
「叶える、叶えよう!」
春子は実花の手を取った。
実花は、春子を見つめると、照れ臭そうに少し笑った。
「…敵わないな」
「ずっとファンでいていいって、ことだよね?」
「…当たり前でしょ、アタシが生きてる限り、ずっとアンタのアイドルなんだから」
「み、実花ちゃんっ」
春子はそれはそれは嬉しそうな声を出した。
他人の手に渡ることのない、2人だけの絆。
「……最終裁判をしようと思う。2時間に裁判場で会おう」
「最終裁判?」
「このコロシアイ生活を終わらせるための裁判だ」
俺はそれだけ告げてその場を後にした。
緒丑は図書室で目の前にあった本を手に取るところだった。
「待たせたな、緒丑」
「ううん、用事はもう済んだのぉ?」
2人のあの様子なら大丈夫そうだろう。
俺が頷くと、緒丑はそっかぁ、と口に出し、手元の本をペラペラと適当にめくってから、元に戻した。
「ディランのメモを覚えてるか?」
「うん、外国語らしい字で書いてあったやつだよねぇ」
「あいつはモノクターのなぞなぞを解こうとしていたんだよな?ならあのメモもなぞなぞの答えに繋がるもの、このコロシアイについての答えに繋がるものなんじゃないか?」
ーーー
時は進む。
進む。
そして道を進めば、必ず、
残酷な壁というものは立ちはだかる。
やっとのことで扉を開けた。
目の前の緒丑は、血を吐き、苦しそうに肩で息をしているところだった。
ーーー
図書室にあった2人がやっと入れるほどの、小さな小さな隠し部屋の中、そこに隠された資料までたどり着いた時、俺達は何か重りを外されたような気で手を伸ばしたんだ。
どこかこれで終われるような気がして。
でも、その代償はあまりに大きかった。
資料を引き抜いた時、警告は突然鳴った。あまりに突然だったから、俺はそれを手にしたまま固まるだけで。
『どちらになさいますか?選ばなければミナゴロシです』
「…え?」
「逃げて、…逃げて水蜜さん!」
ドンっと力強く緒丑が俺を押し、扉を閉めた。
「開けろ!緒丑………!」
何度も何度も俺は扉を叩いた。
「…開いた……っ」
扉が開いた時、緒丑はぐったりと床に倒れていた。
「ど、どうして…!」
「…たぶん、この資料を抜くと毒ガスみたいなものが噴出される仕組み…だったみたい」
「……助かるのか?」
「まだ少し時間はある…っぽいけどぉ、もう、だめみたい………」
俺は、もうどうすることもできないという事実に崩れ落ちそうになる。
崩れ落ちたいのは緒丑の方なのに。
「……ねぇ、最後に研究教室に行きたいなぁ。連れて行ってくれる?」
俺は緒丑を背負い、同じフロアの『超高校級の酪農家の研究教室』へ向かった。
「どうして…俺を庇った。」
「ボクはどの道生きれないかもしれなかったし、……友達だから、かなぁ」
こんなことをやりとりをしながら。
研究教室に着くと、俺は柔らかな干し草の上に緒丑の体を優しく降ろした。
「…ボクね、酪農が本当に好きなんだぁ。だから、死ぬなら大好きな場所がいいな、って」
「……ボクの病気は「牛の角病」っていってねぇ、その名の通り年月が経つと頭の骨が変形して牛さんの角みたいになっちゃうんだぁ…ボクは牛が大好きだけどぉ…自分がそんなふうになる病気にかかるなんて皮肉だよねぇ」
ずっと強く見えていた緒丑の、弱さをはじめて見た気がした。
「だけど、それでも、誰も殺さず、誰にも殺されず……そして水蜜さんを生かせて…よかったなぁ」
「もう…無理に喋らなくていい………辛いだろ…っ」
「……大丈夫だよぉ。…ボクは……ここでボクの病気と共に死ぬけれど……ここで終わるけど……キミには終わってほしくないんだぁ…」
「水蜜さんならきっと大丈夫だから、頑張って欲しいなぁ」
緒丑は出会った頃と変わらない、あの時教会で見せたようなへらっとした笑顔で、そう言い切り、目を閉じた。
柔らかな光に包まれたまま。
「緒丑……?なぁ………なぁ、緒丑!」
「答えてくれよ……っ」
何度同じ問いかけを口にしても、彼を揺さぶっても、返事が返ってくることはもうない。
「なぁに?」と優しい声がするわけもなく、ただ虚空へと俺の声が響くだけ。
ぽとり。
閉め切られた空間から液体が溢れるのを感じていた。
「あれあれ、トラップに引っかかっちゃいましたか!あの先を進むと死ぬ仕組み、探偵が先に引っかかると思っていましたが……お二人で進むとは…ソレ、手に入れちゃったみたいですねぇ」
声に気付き顔を上げると、研究教室の外にモノクターが立っていた。
「……最終裁判だ」
俺はモノクターの言葉には返答を寄越さず、睨みつけた。
「神戸クンの遺体を運んでからにしますかねぇ。それから皆様にこの事をお知らせしなくては。まさかこんなところで神戸クンが死ぬとは。ぷぷ、哀れでなりません」
「貴方が余計な事をするからでは?」
「…………余計な事なんかじゃない」
モノクターの目的の一つとして、俺達の関係を崩壊させることもあるだろう。そしてそれによってコロシアイが進行することを望んでいる。
緒丑の死を無駄になんかしない。
「…いいですよ。貴方のたどり着いた真実と存分に戦ってください。最終裁判の始まりでございます」
「さ、最終裁判…………どうしようムンちゃん…わたし……できるかな」
不安げにする者。
「面白いものが見られるといいけど」
ただ笑む者。
「…………」
溜息一つ吐く者。
「……終わらせるのね」
終わりを見据える者。
「最後の裁判、実花ちゃんとがんばらなきゃ!」
気合いを入れる者。
さぁ、奏しよう。