「ついに殺人が起こってしまったんだね」
「裁判……か……こわい、な…」
「ここまできたら臨むところだよ!」
「ソレ、負けられない戦いってやつ?」
いよいよ始まった裁判。
何から口に出せばいいのか迷う俺だったが、張り詰めた空気の中、口を開いたのは囚だった。
「あのさ、………言いにくい話だけれど…………」
「……匂わなかったかな?」
囚は遠慮がちに言いながらも周囲を見渡す。周りの人間も皆不安げに頷きながら、視線をある人物に向けた。
それは俺も千年も同じだった。
「オ、オレ〜〜〜!?!?」
視線は超高校級のアロマセラピストに。
雨生からはいつもアロマの匂いがする。倉庫で感じたあの匂い。あれは明らかにアロマだった。
俺の不安の一種として大きなもの、それがあの匂い。
「死体周辺はアロマの匂いで充満していたんだ。雨生もわかってるだろ?」
「常人でもわかるくらい匂ってたもんね!」
俺の言葉に同調するように、春子が続けた。
「オレを疑ってるのか?」
という雨生の声に囚は「とりあえずの話だよ」と穏やかに言った。あくまで匂いがしたよねという事実を提示しただけのつもりらしいが…。雨生を疑っている人間がちらほらいるのも事実だった。
「考えてみろよ!もしオレがクロならわかりやすいアロマなんて使わないって!自分で不利な状況を作るほどバカじゃないぜ!」
「確かに…」
雨生の反論に慎一は頷く。
「…ま、まぁ………それだけで決めつけること……ないんじゃ………ないかな」
「誰かに使われた可能性の方を考えるべきじゃん?」
間髪入れずに、幸応といのりはそれとなく雨生を援護。
「そういえば雨生くん、言ってたよね?アロマが盗まれた…って」
「となると雨生のアロマを誰かが盗んで、それを犯行に使用したのかもしれないな」
ディランに続いた人物の口調に覚えはなかった。
「優成…?その口調は………?」
笑顔は消え去り、ただ凛とした姿勢で淡々と話すのはまぎれもなく優成だった。今日、食堂で見た時にはいつも通り、明るく崩した敬語口調だったが。一体何があったというのだろう。
「…どうでもいいだろう。これが本来の俺だ。…殺人が起こった以上、もう猫被りなんて真似はしていられん」
「……へ?」
「優成ちゃん?」
俺は周りと同様、ポカンとした気持ちになった。裁判に集中しなければならないが……急な態度の変化っぷりに驚かざるを得ない。
不可思議な空気が流れる中、いつも通り、落ち着いた声色なのは薫だった。
「うーん…話を一度戻そうか。雨生くんのアロマが盗まれたって話だったよね。ローマンくんの話はまた後で」
薫はポンと手を叩き、俺達を裁判へと引き戻す。
「そ、そうだな!!!」
「まずは裁判だよねえ。流石、逆叉さん」
「でも盗まれたって……なんのために?」
「そりゃ、サメギに罪をなすりつける為とかじゃないの?あんな匂い撒き散らかしたら、まるでサメギが殺したみたいになるもの」
小首を傾げるみのりに視はすらすらと述べてみせた。
「わ、わかってたわよ!確認のためにわざと言ったのよ!」
「はいはい」
「そもそもさ〜、倉庫の奥っていかにも殺す気満々の場所じゃない?」
と月玖。
「けっ…計画的殺人だったって….こと….…?」
そんな…とでも言いたげに幸応は眉を下げる。
「アロマの匂いがするってことはぁ…弔宮さんにも飲ませたのかなぁ」
「ありえるかも!」
「なんでも、過多な摂取は害になるよね」
緒丑の考えに実花と薫は賛成の意を見せた。
「げ、めちゃくちゃ執念的じゃん。あんた、どこかで恨みでも買ったんじゃないの?」
「オレ、恨まれるようなことしてないぜ!」
いのりはジロリと雨生を見る。雨生の方はというと焦ったように両手を振るが……
「しっしました!してましたよね!?お……お、お、お風呂覗き…………!」
あー!とらいあが雨生を指した。
「あの時、すごく怒られてなかったか?」
確か、怒っていたのは紗環と実花とみのりと春子だったはず。
「確かにビックリしたけどさ、私達もう許したよ!?」
「腹ただしかったのは確かだけど…お風呂を覗かれたくらいで殺人を犯すほど愚かではないわ」
「そもそもお風呂を覗いたのはそこの3人も一緒でしょ」
紗環と実花の言い分に続けて、みのりは月玖、慎一、ディランを順番に指した。
「そうなると…安心院少年だけを恨んで、というのは変だな。どうしてもアロマを使って殺害したかった、又は使わなければならない理由があったのか?」
「わざわざアロマを飲まさないと殺せないって言ったら、田中とか当てはまりそうだけどね」
「ええ〜!?!?私!?!?」
「あくまで可能性だからさ。あまり気にしないで」
「気にするよ!!!」
慎一の何気ない(全く何気なくはないのだが)言葉に春子は素っ頓狂な声をあげる。怪しまれているのだから当然なのだろう。
「背の小さな田中が弔宮をナイフ一本で殺すには難があるというものだ」
「ア、アロマを使えばっ……他人に罪がなすりつけられる、……且つ、…簡単にこ、殺せる……….…わけですね…」
「でもどうやって………?それも難しいんじゃないの?」
優成、らいあ、実花は口々に言う。
「殺す目的に使わなくても、なすりつけるだけで十分なら誰でもよくない?」
冴香は未だ快活に言う。春子のことを疑ってはいないようだった。
「というか倉庫の奥になんか、仲のいい人物でないと呼び出せないと思うんだけど……」
「ある程度弔宮さんと交流のあった人物はぁ?」
一度アロマと春子の関連は置いておくことにしたらしく、月玖は別の議題を提案した。
進まない議題よりも何か他の道を進む方が今は賢明なのかもしれない。
「イメージだけど…薫クン、ディランクン、幸応クン、みのりチャンあたりはお互い親しげに話していた気もするわ」
と視。
「睡眠時間以外なら俺は誰かしらといたよ。それぞれに聞いてみたら証明できるかな」
「私もよ」
「……ぼく、も…………」
ディランとみのり、幸応にはアリバイがあるらしい。
「困ったな…図書室で本を読んでいた時は…1人の時間だったな」
そんな3人とは違って、アリバイがないのは薫。
「ああ、でも本の貸し出し記録には時間が残っているんじゃないかな。…まぁ一部の時間しか証明できないんだけどね」
と困り眉で言った。
「アリバイもないし…あんたならお茶を出すように、アロマも混ぜて出せるんじゃないの?」
「流石に大量のアロマが混じっていたら気づくと思うわ。弔宮さんは聡いもの」
いのりの言葉に紗環は静かに反論した。何かに含んで飲ませるというのは難しいようだった。
「その聡い弔宮が倉庫の奥で殺されてるのがそもそも不可思議なんだ」
優成はジロリと周りを見渡して。
「わっ私は犯人じゃないからね〜!?!?!?」
春子は未だ否定中。
裁判は難航するばかり…
と思われた。
「思い出した!怪しいといったら………」
しかし、この証言で事態は一変することになる。
「私見ちゃったんだ!夜に腕を押さえて病棟内を出歩いている雨生ちゃん!」
「ま、まさか……弔宮少女との争いの末の傷か…?」
「あの日モノクターにやられた傷が痛んだだけだ!」
「そうか!!!すまない!!!!」
「それ、ウソよね」
「陰陽寺少女!?」
「み、視…?」
「アナタが怪我したのは肩のはずよ!」
親友であるはずの視は、雨生を見据えたまま反論を喰らわせたが
「違う!オレじゃない!!!!!」
雨生は首を振り否定するだけで。
【理論武装開始!】
「腕を押さえて、ってそれがなんでオレが怪しい風になるんだよ!たまたまかもしれないだろ!」
「腕を押さえていたのは、弔宮さんに抵抗された時の傷がそこにできたからじゃないのかい?」
「アロマも凶器も見つかってないんだぜ!?真犯人が隠し持っているんだ!」
「それってキミにも言えることじゃないの?」
「大体アロマは盗まれてた!オレだってあの時初めて倉庫で使われたことを知ったんだ!」
そんなことない。だって雨生は…
「それは違うぞ!お前は超高校級のアロマセラピスト…その嗅覚でわからなかったはずがない、哀哭を探すずっと前から分かっていたはずだ!」
はじめての「論破」だった。
「…凶器もお前が今も持っているんじゃないのか?その鞄の中を見せてみろ」
「………」
雨生は肩に下げた鞄をぎゅっと掴んだ。
「見せられないの?本当に安心院ちゃんが持ってるから?」
「鞄の中を見せたなら…すぐ終わりそうだね」
雨生は「逃げることはもう困難だ」と観念したようで。
ため息をつくと、へらりと笑いながら言った。
「…死体を見つける前からずっと、身近なとこからプンプン匂ってたよ。………オレが隠し持ってたからさ。」
雨生が鞄から取り出したのは血のついたままのナイフと空になったアロマの瓶。
隣の春子はそのにおいに顔を歪めた。
「…さて、そろそろ投票タイムといきましょうかねぇ」
俺達が分かったのを理解したうえで、モノクターは愉快そうに言った。
「クロだと思う人物を、手元のパッドから選んでくださいね。皆様の投票から多数決でクロを決めますよ。くれぐれもお間違いのないよう」
ーーー
「はい正解。弔宮哀哭サンを殺したのは安心院雨生クンでした!」
ちゃちな音楽を鳴らしながら、モノクターは正解を告げる。
「オレは………ここで終わりみたいだな」