地獄の炎が尽きることはない。
冥界で望む番人は強欲で、希めたはずの未来を粉々に散らしては嗤うのだ。
翌日の昼のことだった。
「春子は大丈夫かしら。それに、実花もいないし……」
紗環はやけに静かな食堂でぽつりと言った。
あの後すぐに春子は手術室に送られたものの、未だ帰ってきてはいない。
「西園寺さんの方はね、ずっとつきっきりらしいわよ」
みのりは不安そうに窓の向こう側を見つめている。
いつも明るく場を楽しませていた春子と、面倒見がよく愛想の良い実花がいないのは俺達の空気を暗くさせるのは当たり前のことに思えた。
「そういえば、今日は囚ちゃんと一緒じゃないんだねー!」
「ええ。今日の朝から逆叉とモンローと一緒に探索に行かれてるわ」
冴香は囚と紗環が一緒に行動していないことに気づいたらしい。実は俺も気になっていたが…どちらかが誘われた場合などは別行動でも問題ないようだ。
「それでできた自由時間を潰す為にここに来た、とな」
「…鋭いのね、以前と違って」
お茶を飲みながら言う優成に、紗環は鋭い視線を向けた。
「……そうせざるを得なかったからな」
「というか、なんでローマンと呼ばれたがっていたんだ?」
「ローマンカモミールという花がある。その花が綺麗だから取った。それだけだ」
性格はまるで変わってしまった。いや、こちらの方が本性だったのだろうが。これ以上語る口はないようで、優成は再びお茶を啜った。
「ねぇ、何作ってるの?」
一方ちくちくとずっと縫い物をしていた幸応に、隣に座る月玖が聞く。
哀哭と雨生がいなくなってから、幸応は更に口数も少なくなってしまったから心配だったが、1人でいることは少ないようだった。
「…あ、えっと………シュシュを…作ってるよ」
「どうして?あぁ、君の髪はずっと長いから?」
「ううん、ぼくの為じゃなくて………………」
「…?それじゃあ誰のため?」
「…春子さんと実花さん。…それに、ぼくの気も紛れるし……」
「ふぅん、ねぇそれあーしにもやらせてよ」
月玖と幸応の会話を聞いて、口を挟んだのはいのり。それ、と言いながら指差すのは幸応の持つ裁縫道具だ。
「どーせやることないしさ、あんたの研究教室から借りれない?」
「あ、それいいな。ボクもやりたい」
「幸応。折角だし、俺達に裁縫を教えてくれないか?」
「う、うん………!もちろん…!」
いのりの提案と幸応の快い承諾により、その場にいた者で裁縫をすることになった。
ーーー
「持ってきたよ…!」
10分後にかごの中に沢山の布や裁縫セットを入れて幸応は戻ってきた。
「すごい量だな、大変だったろ?」
「う、ううん…どこになにが…あるか、とかはわかってるから………」
俺は幸応から裁縫セットと布を受け取ると、初心者向けだという巾着型の小物入れを作り始めた。
確かに、思ったよりも簡単で初心者にぴったりだ。数十分で出来上がったものは、若干糸の間隔が不揃いなものの、悪くない仕上がりだった。学校の家庭科の授業を思い出させるようだ。
幸応は席を回ってアドバイスを施したり、空いた時間にフェルトで花を作ったり忙しそうなものの楽しそうだった。朝は暗い空気だったが、いのりの提案は良い影響を与えたと思う。
ちらりと周りを見てみる。それぞれ思い思いの作品を作っているようだ。
今は幸応と慎一が一緒になってゲーム機を入れるケースを作っている。慎一は裁縫が得意ではないらしい。苦戦しながらも口元には少しだけ笑みが浮かんでいた。
優成は幸応といのりの提案を断りきれなかったらしく、1人黙ってぬいぐるみを縫っていた。今縫っているのはクマのぬいぐるみで側には小さなキジもいる。
「ホントにはじめて?すごく上手なんだけど………特にクマのぬいぐるみ。可愛いじゃん」
初めてにしては十分すぎる出来栄えに、慎一は作業の手を止め感嘆する。
「たしかに。随分と可愛いねソレ。誰かにあげんの?」
「気になる〜!!優成ちゃん教えてよ!」
「…このキジと同じで自分用だ」
いのりと冴香の追求を暫く無視していた優成だが、ついに根負けしたのか返答した。
いのりの作品はウサギとイヌの小さなぬいぐるみ。非常に完成度が高く、売り物みたいだった。
「それも可愛い。周防は手先が器用なんだね」
「わ…すごいわねいのり」
「まーね。ネイリストだし?」
いのりの隣に座るみのりはハンカチに花の刺繍を施しているようだった。そういえば元から幸応に裁縫を習っているようだし、パッと見ても分かる丁寧な仕上がりだ。
「これあげるわ」
そういうと、前に座っていた幸応に差し出した。
「え……ぼくに?」
「ええ、初めて作ったやつだけど、あなたに教えてもらったから」
幸応はハンカチを受け取ると大切そうにカーディガンのポケットに入れた。
らいあは布でできた小さなリボンを大量に生産していた。店でも開くのか、とでも言いたいくらいには作っている。ちまちまと作られたそれはたまにほつれたものがあるものの、とても上手だった。余程集中していたのだろう。頬は少し赤く染まっている。
紗環は見事な手際で鞄を作り、今は小さなぬいぐるみに着手している。
「いつの間に作っていたのか」
「あまり綺麗な仕上がりではないけど…これくらいなら」
そして月玖は、月の刺繍が入ったレースつきの淡いピンクのハンカチを作ったようだ。
「それ良いね」
とその出来栄えを慎一が褒める。成る程、慎一は作るよりも褒める方が好きなのかもしれない。
最後に冴香だが…冴香はお世辞にも上手いとは言えない何かを作っていた。…そう、何かだ。
感想を述べようにも何かわからないので俺が言葉に詰まる間、優しいらいあは「この辺の、い、糸の絡まり具合がっ素敵ですね…!宇宙人みたい!」と必死に褒めていた。
「……燈庵さん、それってゴ」
「ゴミじゃないよ!!!」
そんならいあの優しさを水の泡にするように、月玖が正直皆が思っていたであろうが決して言ってはならない言葉を言おうとする。俺は月玖の口を抑えようとするも、冴香が先に言葉を遮った。
「じゃあ、何?」
「宇宙人のぬいぐるみだよ!!!」
「…マジでうちゅーじんなんだ………」
いのりのツッコミで更に場が和んでいく。
「お裁縫…楽しいですね……!」
ずっと表情の固かったらいあが微笑んだその時だった。
『死体が発見されました。繰り返します、死体が発見されました。場所は教会です。生徒はすぐに向かってください。』
一瞬だけ訪れた穏やかな時間は、すぐに奪われて俺達を暗闇へと落としていく。
ガタンと倒れた椅子も気にせず、俺達は思わず立ち上がった。
ここから教会は遠い。らいあと幸応は足が遅いから、と気にせず俺達に向かうように言う。
「……教会って…また辺鄙だよな」
「………今は被害者の確認だ」
「何にせよ、誰かが死んだんだから」
食堂を急いで後にした俺は、走りながらも優成と慎一とそんな会話をした。
後ろの方で、冴香とみのりといのりと紗環が話す声も聞こえる。恐らく俺達と同じような会話だろう。
教会の重いドアを開けた時、薫やディランの悲しそうな顔が見えた。
「…一体、誰が………」
囚は俺を見つめると首を振って。
舞台から降ろされた役者は明日の光を見ることもなく。