一応いっておくと、今回は箸休めです。許して。
村上麻人は考える。
才能とは何だろうかという、くだらない質問があったとする。
普通に考えるのなら、何らかの能力の高さから由来した呼称、なのであろう。ほかにも考え方はいくらでもある。キャラクター?仮面?個性の一つ?どれでも決して間違ってはいないのだろうけれども、だからこそ俺はこう考える。
天才とは、シミなのだ。
真っ白なキャンバスに落とされた、一つの、大きくて決して消えない染みた絵具。ほかの誰もが、自分の持ったキャンパスには、自分が新しく、そして素晴らしい絵を描けると思い込んでいるし、それも多分間違いではない。大抵の人間は、たとえ拙くとも自分だけで筆を執って、何か一つのものを描き切ることができる。できなくても、その筆は自分だけのもののはずだ。
けれども彼らは違う。
自分が描くはずのキャンバスには、すでに知らない絵具がが染みついている。
それはもう何をしても落ちないし、ごまかそうと上塗りしても逆に目立つ。
そしてそんなシミがあるから、そのシミのことを考えながら、そのシミをどうやって疎まれないように、醜くならないように、美しくなるように描くかを考えるのだ。他のみんなはそんなことも考えられずに、その場その場で考えたものを描きつ続ける。どうやってできるのは、整合性の取れてよく考えられた美しい絵と、その場しのぎのとっ散らかった絵とだけだ。
当然幼いころから自分の道を決めて、できる限り以上の努力をしてもかなわないような天才がいた、なんて場合だってあるだろう。でも、それは当然だと考えるべきなのだ。だって彼らには、彼女らには、生まれたころからそれが始まっているのだから。
だからあの人間どもには、棲みついているのだ。才能というシミが、染みついているのだ。
閑話休題。
結局何が言いたいんだかって感じになってるけど、これは単純な嫉妬の話だというのが、いちばんそれっぽい収まり方なんだと思う。
村上麻人は昔そこそこな夢を持っていた。
頭を丸く刈り上げて、死ぬほどつらい練習に耐えて、才能の有無に苦しめられながらもなんとかプロになろうっていう、そういう夢。実際中学でも俺より上手いやつなんて腐るほどいたけれど、みんな俺に抜かされてやめていった。可哀そうだとは思わなかった。理屈は単純で。結果が出ない努力なんて、なんの役にも立たないってよく見せつけられてきたから。
小学校の時、下の中くらいの上手さだった俺の下には、下の下のくらいの上手さの奴がいた。当たり前の話だけどな。
それで、そいつ、まぁ適当に村人Bにしようか。
その村人Bとリトルリーグで一緒にチームとして戦っていた時に誰よりも練習していたのは、エース背負ってるやつでも、四番張ってる天才様でもなくて、下の下のはずのBだったんだ。正直ふるえたし、尊敬した。
だから俺も触発されてそいつと一緒に練習を重ね続けた。結局リトルリーグでスタメンをもらうことは一度もなかったし、シニアからはそいつとは別のチームになることが確定していたんだけれど、最後にそいつと握手して別れたのをよく覚えている。互いに「シニアで活躍して、いつか戦おう」そういわれたのが忘れられなかった。
そのあと俺は実際いろんな自称天才様をねじ伏せてきた。胡坐をかいたエリート様の寝首は、もう掻くまでもなかった。それでようやくエースにまでなったのは、中学二年のころだった。
その時の俺はあいつに自慢できるようになっただろうと思っていた。あいつはきっと、もうエースで四番みたいなことだってできるはずなんだから。だって、努力できることも才能だって、俺が証明し続けて来たんだから。いやもしかしたら、もう俺のほうが強くなっていて、Bに尊敬されるようになれるかもしれないと、本気の勘違いをしていたんだ。
だって。だって。だって。
努力をできるのも才能なんだとしたら、努力に見合った結果が返ってくるのも才能というんだと、知らなかったから。
あいつはもう、野球をやめていた。
どうしてと嘆いても、何でと聞いても、あいつは何も言わなかった。
ただマメだらけの手で俺の胸元をつかんで、ふざけるなと静かににらみつけてくるだけだった。
どうしてと、聞かれた気がした。
その年の夏はもう地獄だった。
チームメイトの夢を潰されるわけには、いけない。
必死の形相で投げ込みをする俺に、チームメイトは応えてくれた。これまでではありえないような好打と好投の連続で、俺の後を継いでくれるエースをだれにすればいいのか、困ってしまいそうだと笑えるくらいに凄かった。おかげで俺たちは着々と勝ち進んで、県大会の決勝までコマを進めることができた。うちみたいな中堅では、もう十年ぶりぐらいの快進撃だと、コーチにも褒められた。
そして、県大会の決勝。
十三対一。それが俺たちに与えられてしまった
努力が足りないなんて誰にも言わせない、と思っていた。だって事実俺たちは努力してきた。それでも俺たちは負けてしまったのだ。当時中学三年生だった、桑田怜恩のワンマンチームに。
他の奴らだってそこまで弱すぎことはなかったのに、そのたった一人の球児の存在が、その他すべてを霞ませたのだ。ただのモブにしか見えないように、天才を凡才に落とすように霞ませてしまうほどの光を放っていたのだ。
そこで俺は証明されてしまったのだ。努力に見合った結果が返ってくるのも才能で、努力以上の結果が返ってくるのも才能なのだと。
俺は偶然偶々そういう才能を持っていたし、あいつもまた偶然にもその才能をもっていた。
別に恨むような話じゃない。二分の一で外れただけだ。
そしてこれからあいつは、その二分の一に外れた奴らも、機会を得ることすらできなかった奴らも、自分と同じ才能を持った奴らも、その全部の死体を挽いたグラウンドの上で生きるのだと確信した。神なんて信じてはいないが、こればっかりは啓示か何かみたいに不思議と断定されたみたいな感じがした。
まるで誰かがそう与えたみたいだと、身勝手に思ってしまうほどだったのだ。俺は神なんていないと思っているし、ましてや神でもないのに。
だからきっと彼らには、棲みついているのだと思った。
____神さまが。
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その翌年、俺が中三になった夏。高校一年生の
俺は野球を辞めた。
退廃的な空気を吸いながら、退屈な無才の日々に体を埋めて、無彩の世界に溺れようとした。
あきらめずにいた自分を捨てて、俺は予備になった。
村上麻人は、
これが俺の、江ノ島循子と、あの橙色に出会うまでの話。
それから先は、もうちょっと後で。
はい、この語り手君はモブです。
コメント感謝。すこし手直ししました。あと多分このモブ君は以降も出てきます。