星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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閑話.早朝の訪問者

 

 

 頭が痛い。除夜の鐘でもここまでしねーよって勢いでガンガンする。

 吐き気もする。下向いたら頭痛とのコンボで絶対悲惨なことになる、絶対なる。

 なんということでしょう、僕は……。

 

「こ、これが世に聞く二日酔い……」

 

 新人サラリーマンとかが上司のモラハラ、もとい無茶振りに耐えた先に待っている地獄がこれか。そりゃ会社休みたくなるわ。むしろ引きこもる。

 

 カイロのホテルでひとり、ベッドでうめいている僕である。

 原因は簡単、昨日のダービー戦の酒が一晩経っても抜けず、二日酔いで前後不覚に陥ってしまったのだ。バカす。

 チェイサーに水を挟むか肴でもあれば話は変わったのかもしれないが、勝負のかかったストレスフルな状況で度数の高い酒を一気飲み×2回なんてしたせいである。ここまできついとは思わなかった。むしろ二日酔いになるって概念が存在しなかった。

 

 のろのろと布団をめくって起き上がり、水差しからコップに水を注いでシーザーが薬局で買ってきたくれた薬(すごくイヤだけど)と一緒に飲み干す。

 

「ぷは」

 

 あとは早く効くことを祈りつつ寝るくらいしかない。

 今日の僕は完全に戦力外なので、こうして素直にお留守番である。

 シーザーは最後まで看病する、と渋りまくっていたが人海戦術は人数が多ければ多いほど有利なので、なんとか説き伏せた。

 てか、この状態でしょっちゅう話しかけられたりすると暴言を吐いてしまう気がする。

 

「夕方までに治るといいなー……」

 

 ここまでぼんやりする時間なんて、この旅路でほとんどなかったので本当にヒマだ。もそもそと薄掛けを被って横になる。

 彼らを案じる気持ちもあるが、あいつらならなんとかなるだろ、という丸投げ……おっと奇妙な確信もある。

 

「あ」

 

 そういえば、次の襲撃者は見覚えのあるものだったと思い出す。

 『ガンマンのガンマン潰したい系ガンマン』と『未来日記少年』。

 生憎、僕はタイミングが合わなかったのか後者に会った覚えはない。

 ガンマンの方は確かホル・ホースと言ったか、スタンドは拳銃型で狙撃が得意だったはず。

 アヴドゥルさんにもしものことがあったら自分の手でキュッ(意味深)とするのも辞さないが、そうはならなかったので現在は特に遺恨を感じてはいない。

 

──りんりんりん♪

 

 と、そんな思案に暮れていると部屋の呼び鈴が軽快に鳴った。

 もしかしてシーザーがやっぱり心配だから、とか言って戻ってきたのだろうか。ありえなくもないのが反応に困るところである。もしそれなら、なんとしても叩き返さねばならない。

 

 僕はベッドから降りて備え付けのスリッパをはいてぺたぺたと歩き、ドアノブをひねった。

 

「シーザー? 僕なら大丈夫だ、か……」

 

 言いながら相手を確認するために見上げて、ぽかんとする。

 

「よう、嬢ちゃん」

 

 逞しい体躯に彫りの深い顔立ち。

 くすんだ金髪にテンガロンハットを被った偉丈夫が気楽に片手を上げていた。

 え、だってこれ、え?

 

 ……え?

 

「二日酔いだって? これ、見舞いだ」

 

 なんで知ってるんだろう。

 突き出されたコーラの瓶をなんとなく受け取ってしまう。

 

「はぁ、ありがとうございます」

 

 脳内処理が追いつかず、ぼへっと答えると相手がくつくつと笑った。

 

「警戒心がねーなー。俺が攫いに来たとか考えねーの?」

 

 そんなことを言われても、である。

 正直、思いもかけない相手の登場で混乱しているのだ。

 

「いや、攫われそうになったら抵抗しますし、敵意も感じませんし?」

 

 スタンド攻撃でも仕掛けられたら話はべつだが、そういう感じはしない。

 なら、見舞いの品を持参してくれたお客さんとして扱うのがまぁ、妥当なところではなかろうか。

 しかし、ここで自分はともかくジョースター一行とエンカウントしたら死亡フラグが乱立してしまう(ホル・ホースの)。

 

「立ち話もなんなので、とりあえず中へどうぞ」

 

 しゃあなしやで、という気分で敵を懐に招き入れるという波紋戦士組にでも見られるとお説教待ったなしの蛮行に及ぶ僕なのであった。

 「そこで招き入れるのかよ……邪魔するぜ」と、なぜか張本人が呆れつつ入ってきた。

 その少しあとに、大きな本を大事そうに抱えた少年が明らかに挙動不審気味についてくる。

 

 なんと表現したらいいのかも判然としないが、面白い髪型の男の子である。

 大きな目玉が常にギョロギョロと動き、おっかなびっくりしている様子は物慣れぬ小動物を連想させた。

 

「どちらさん?」

「ッひぃ!?」

 

 声をかけた途端に肩を跳ね上げ、小動物っぽい動きで部屋の隅っこで蹲ってしまった。えらいビビられている。なんでだ。

 

「おいボインゴ! そんなところじゃあ話もできねーだろ!」

 

 どうやら少年の名前はボインゴというらしい。

 怒鳴りつけたガンマンはソファに悠々と腰掛け、その隣に(無理矢理)座らせたボインゴ少年は相変わらず挙動不審である。

 

「知ってるとは思うが一応な。俺は『皇帝』のスタンド使い、ホル・ホース。コイツはボインゴ。スタンドは『トト神』の暗示だ」

「ご丁寧にどうもです。僕は夕凪澪、スタンド(?)っぽいものはあるんですけど、未だに詳細は謎です」

 

 適当な自己紹介を交わしつつ、貰ったコーラと冷蔵庫にあったオレンジジュースにストローを差してテーブルに置いて、自分の前にはミネラルウォーターを準備。

 ホル・ホースのスタンドは知っているが、ボインゴくんとやらのスタンドは初見である。

 義父のメッセージを鑑みるに予知系かな、と思う程度だ。

 

「んで、ご用件を伺いましょうか」

「用件っつーほどのことでもねぇんだけどな、実際」

「?」

 

 言っている意味がわからない。

 敵地のど真ん中のような場所にノコノコやってきて、なのに用件らしい用件がないとはこれいかに。

 

 ホル・ホースは癇性に髪をがり、とかいてぼやく。

 

「俺ぁよ、世界中にガールフレンドがいる」

 

 おっと唐突に自慢話をぶっこんできおった。

 

「世界一女に優しい男を自負してるんだ。女に嘘はつくが、女だけは殴ったことはねぇ。ブスだろうが美人だろうが、女を尊敬してるからだ」

 

 それはまた、ある意味では突き抜けている。

 シーザーとはまた別種のスケコマシのようだ。そういえば、ネーナさんもガールフレンドのひとりだったか。

 しかし、それと僕のところへ訪問してきた理由がいまだに繋がりをみせない。

 

「だから、俺はあんたも尊敬してる。DIO様の義姉ってのを抜いてもな」

 

 性別だけで尊敬の対象なのだから、ありがたいようなそうでもないような。

 

「尊敬される点が見当たらないのでなんとも、不思議な感じですね」

 

 そう言うとホル・ホースも皮肉げに肩を竦めた。

 なんせ今日なんか、勝手に喧嘩を売って勝手に酔い潰れた挙げ句の二日酔いだ。救いがなさすぎる。

 

「確かにあんたはおっかねぇ嬢ちゃんだけどよ、それだけってワケじゃあねぇからな」

 

 おっかないと思われていたのか。

 思い返してみると、彼とまともに相対したのがアヴドゥルさんがズドンとされた時と、お婆ちゃんが鬼と化していた時だ。

 ごく普通の女の子にあるまじき所行をさらしていたところなので、ホル・ホースに苦手意識が生まれていたとて責められまい。

 

「だから、俺らはここに来た」

 

 そして、ようやく話が繋がるらしい。

 ホル・ホースが視線で促すと、ボインゴ少年が僕に向かっておずおず、と自分の本を差し出してきた。

 読め、ということだろうか。

 

「いいの?」

 

 ぶんぶんと首を縦に振られたので、ありがとうと言ってからなるべく丁寧に本を受け取った。

 絵本のような装丁で、奇抜な色使いの本である。さしてページも多くなさそうだ。

 膝の上に本を乗せて、ぺらりとページを一枚めくってみる。

 予想に反して、それはコマの大きなアメリカンコミックのようなつくりだった。コマのひとつひとつに色づけがされていて、キャラクターもデフォルメが強くてまるで海外アニメだ。

 

 そして、内容はというと、

 

「……へぇ」

 

 そこに描かれていたのはホテルの一室。

 そこで会話をしているのは、デフォルメされたホル・ホースとボインゴ少年、そして僕……らしき特徴を備えたキャラクターだ。

 

『ホル・ホースとボインゴは、ここでちょっぴりだけ休ませてもらおうと思いました。「灯台もと暗しってやつさ!」』

 

 漫画の中のボインゴ少年が、そんなモノローグと吹き出しをつけてイキイキとしている。

 彼らがこの漫画を頼りに僕らの滞在しているホテルを見つけ、訪ねてきたのならば導き出せる答えはひとつ。

 

「そっか、これがボインゴくんのスタンドか」

「っそ、そそそうです、ハイ」

 

 ここで、始めてボインゴくんが口を開いた。

 まだ幼い、甲高い声。

 

「ぼっ、ぼくの『トト神』のマンガの予知は……ぜ、ぜぜっ、絶対、ひゃく、ぱーせんと、なんです」

 

 声を出すだけでも緊張するのか、ボインゴ少年は冷や汗をびっしょりとかきながら、それでも必死で言葉を紡いでくれた。

 

 必ず当たる予知。

 

 それは、敵に回せばおそろしいスタンドに違いない。とんだスタンド使いが敵側にいたもんである。

 僕のスタンド(?)が動かないのは、予言に敵意もへったくれもないからだろう。

 

「それは……すごいスタンドだね」

 

 心からの賞賛だった。

 加えて、予知の本を持っていることに関する危険性やらなんやらが脳裏をかすめたが、そこら辺はスルーする。

 ボインゴ少年の性格を鑑みるに、そこまで大それたことはできなさそうな気がするので。

 僕の言葉を聞いたボインゴ少年はなぜか「えっ!?」とやたらびっくりして、それからもじもじしながらオレンジジュースをずごごごと吸い込んだ。

 

「も、ももっ、問題はつぎ、のページなんです、はい」

「めくってみろ」

 

 感心していると、二人が促してきたのでぺらりとめくってみた。

 そこには相変わらずホテルの一室で、僕の背後にはこんなモノローグが入っていた。

 

『ホントウのことを言うと、カノジョはDIOのもとへ行っちゃいけないひとなんだ』

 

 そうかもしれないなぁ、と半ば納得の気持ちだった。

 

『だってダレも幸せになれないぞ! 考え直すなら今しかないのに──』

 

 綴られた言葉はそれきりで、先のコマも空欄になっている。

 

 自分の自己満足という究極のわがままで、我が儘に同行してきたのだ。さもあらん。

 思わず苦笑を漏らしながら指先で文字をなぞると、マンガの中の僕も似たような表情をしていた。

 

「野郎がどれだけ不幸になったところで、俺は痛くも痒くもねぇけどよ……この予言じゃあ嬢ちゃんも幸せになれないってこったろ?」

 

 読み終わったことを察したのだろう、ホル・ホースが帽子の鍔を押さえながら呟く。

 

「女が不幸になるって分かってて、それを伝えもしねぇでシレッとしてるなんて俺には無理だ。それがいけすかねぇ嬢ちゃんだろうと、な」

 

 ホル・ホースの信念もここまでくると、立派を通り越して天晴れだ。

 要するに、彼はボインゴ少年の予言を見てまがりなりにも『女』である僕の身を案じて忠告に来てくれた、ということだろう。

 

「だから嬢ちゃんにボインゴのマンガを読ませた。あとは好きにしろよ、俺のスジは通した」

 

 ホル・ホースはさばさばとした様子でそれだけを告げると、コーラを飲み干してから僕の差し出した『トト神』を受け取り、それをボインゴ少年に返しながら席を立った。

 本当に、用件はそれだけだったらしい。先を詮索するつもりもないようだ。

 

「……」

 

 本当に彼は女性を尊敬しているのだなぁ、と思った。

 行動を阻害することもせず、注意喚起のみを促して、あとはこちらの裁量に全てを委ねる。

 僕も自然と席を立ち、深く頭を下げた。くっっそ頭痛い。

 

「ミスタ・ホル・ホース、ボインゴくん。ありがとう」

 

 危険を冒してまで会いに来てくれたこと、その内容、全てに対する感謝だった。

 ホル・ホースのうしろをちょこちょことついて歩いていたボインゴ少年が慌てたように頭を下げ、ホル・ホースはふいっと顔を逸らした。

 

「感謝は受け取っとく。けど、俺の勝手でしたことだぜ?」

「はい、分かってます」

 

 彼は彼の信念に沿って行動したに過ぎない。それは理解している。

 

 その上で、感謝したのだ。

 

 この、DIOのもとにいるのが不思議なくらいに甘ちゃんで優しい、狙撃手と少年に。

 

「僕も勝手に感謝したまでです」

「……そーかよ」

 

 なんとなく面映ゆそうに言って、軽く手を振ってからホル・ホースたちは部屋をあとにした。

 僕はコーラとジュースの空瓶を片付けて、適当に証拠隠滅をはかるとベッドに戻った。

 

「誰も幸せになれない、ね」

 

 思ったより、その文言はダメージが大きかった。

 

 『トト神』の予言が本当にバタフライ・エフェクトや観測者効果すら超越して『絶対』だというのなら、まぁ、そういうことなのだろう。

 けれど、ここで歩みを止めるつもりはない。止めてはいけない、とすら思う。

 

 たとえそれが、誰も彼もを不幸へ引きずり込む道程だとしても、もう僕は歩き出してしまった。

 

 予言が決めたのではなく、自分で決めた道だ。

 

 まして、途中で反故にするのは、これまでに自分を助けてくれた典明くんや承太郎を蔑ろにする行為に等しい。

 ……仮に、ここで自分が帰国を決めたとしても、もはやここはDIOのナワバリも同然なのだから、逃走が可能かどうかすら怪しいのだが。それならば『幸せになれない』の尺度がどの程度のものなのかを推し量るのは難しいが、僕は僕にできることをする。

 

 するしか、ない。

 

 不幸が確定されているのなら、せめてその不幸のレベルを下げられるように。

 取り返しのつかない傷をつけて、しまわないように。

 

 全力で、精一杯、頑張るしかない。

 

 そこまで考えると、ようやく薬が効き始めたのかゆるゆると眠気が押し寄せてきた。

 抵抗することなくまぶたを落とせば、すんなりと意識が遠のいていった。

 

 

 

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