星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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18.vsペットショップ①

 

 

 嫌がらせかと思うほどにかんかん照りの空のもと、ジョースター一行は未だにDIOの館を捜索中である。

 一日でようやくアルコールの残滓も抜けた澪は、一足遅れでカイロ市内を歩いていた。

 

「あつ……」

 

 ぼやきつつ、額に浮かんだ汗がぽたりと落ちて地図を汚してしまう。

 

「やべっ」

 

 慌てて指先で拭うと印刷が雑なのか、びーっと黒いインクが広がってしまった。最悪だ。

 

「……」

 

 ただえさえ読み解けない地図が、ただの紙切れと化した瞬間だった。なんということをしてしまったのでしょう。

 黒ずんでしまった指を服に押しつけてこすり、あんまり落ちなかったので更に沈んだ。この暑さと失態続きにじゃっかん情緒不安定気味の澪だった。

 いちおう、弁明するならばほぼ一日を快適な気温で過ごしてしまったせいか、エジプトのうだるような熱気がもはや拷問じみていたのだ。

 

 しかし困った。

 これでは合流地点の目星がつかない、もとい目星が広がりまくってよく分からない。

 この辺かな、だったニュアンスがこの辺かもしれない、にクラスダウンである。

 そういえば、ジョセフはDIOがこの近辺に存在していることはわかるが、それ以上の詳細を探ることはできないと言っていた。

 

 ならば自分は、というと……何も感じないのが正直なところだ。

 『ジョースターの血統』という肉体がなくなってしまった澪にはDIOとの繋がりはない。

 

 あるとすれば、澪が(そしてDIOが)保持している記憶くらいのもので、当然目には見えない。

 恰好つければ因縁、ありていに言ってしまえばもう発酵しているに等しい腐れ縁、である。

 ふと、空を見上げる。曇りひとつないコバルトブルー。この下のどこかに、DIOはいる。

 

──あいたい

 

 ホリィの云々やジョースター一行にまつわるなんのかんのを抜いてしまえば、澪の思いはそれに尽きる。たったそれだけの、あまりにも明快な理由だ。

 誰かに連れて来られるとかのずるなんてまっぴらだったから、敵スタンド使いには抵抗して、ジョースター一行と一緒に自分の足で進んできた。

 

 会いたい。だから会いに来た。こんなに遠くまで。

 

 単純で、これ以上ないくらいひたむきな願いだった。なのにまだ会えていないのだから、冗談みたいな話だ。

 

 そこまで考えて、なんか段々イライラしてきた。

 

 テメェいい加減にしろよ、という理不尽な怒りである。

 友達どころかこれでも義姉なんだから、あっちから本人が迎えに来たっていいだろう。なんだってこんなクソ暑い中をそぞろ歩かねばならんのか。空港とかでプラカード持って待ってろよ。吸血鬼? 自業自得だろうがなんとかしろ。日焼け止めぶっかけてやろうか。

 

 だいぶ精神的にキている澪だった。

 

 そんな思考をぶった切るようにプアァン! と激しいクラクションの音がした。

 

 車道も歩道もないところだったから、邪魔になったのかもしれない。

 慌てて顔を上げると、黒塗りの高級車がすぐ前方で停まっていた。

 ぼんやり見ていると、運転席の窓が徐々に下がって誰かが顔を出した。サングラスをつけた、スーツ姿の小柄なオッサンだった。

 

「アッサラーム アレイコム。お嬢さん、間違ってたら悪いがあんたの名前は『ミオ』かい?」

「は、そうです、けど……」

 

 めっちゃ気さくに声をかけられ、名前まで言い当てられてしまうと反応に困る。

 オッサンは「そりゃよかった」と肩をすくめて顔を引っ込めると、代わりに手を出してこちらを招く。

 

「オレはアヴドゥルの知り合いでな、アイツの依頼で写真の館を探してる最中だ」

 

 館の写真ということは、DIOん家だ。

 それをアヴドゥルが依頼するということは、目の前のオッサンは情報屋とかそういうのだろうか。

 

「見つけたらアヴドゥルのところに報告に戻るから、よければ相乗りしてくかい」

「え、そりゃ願ったり叶ったりですけど」

 

 渡りに船とはまさにこのこと。

 しかし、ここはエジプトである。念のために確認せねば。

 

「そのー、おいくらでしょうか」

「ばっか、依頼人の仲間から金取るかよ! そんなあこぎしたら客が離れっちまう」

 

 それはそうかもしれない。

 あまり悩むこともなく、澪は車に乗せてもらうことにした。

 

「ところで、なんで名前知ってたんですか?」

 

 エアコン最高。車大好き。

 助手席でシートベルトを巻き、冷気でとろけそうになりつつ聞いてみると、オッサンが面白そうに言った。

 

「仲間のひとりが迷子になってるかもしれねぇから、見つけたら回収してくれってよ。愛されてんなぁ、お嬢ちゃん」

 

 脳内で親指をサムズアップする波紋戦士たちと占い師と、フランス男の姿が浮かんだ。承太郎はたぶんしない。

 

「……お世話になります」

「はっは。それはそうと、お嬢ちゃんを送る前にあと一件だけ確認させてくれや。オレのカンだと最有力候補なんだ」

 

 仕事の邪魔をする気は毛頭ないので、一も二もなく頷いた。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 オッサンの『最有力候補』とやらは、カイロ市内ぎりぎりの位置にある古い洋館だった。

 

 確かに、写真で見れば見るほどそっくりだ。

 「ちょっと待ってな」とオッサンは写真を手に、運転席を出て確認に行った。間違いがあっちゃ困るから、らしい。

 澪はシートベルトを外して運転席に移動して、窓を下ろしてそびえ立つ洋館を睨め上げた。

 

 いる、ような気がする。根拠はないが、まぁ勘だ。

 

 そうすると、オッサンは見事ビンゴを引いたことになる。しかしそうなると、自分はどうすべきだろうか。

 アヴドゥルたちと合流して館に向かうのは、二度手間なのではなかろうか。ずっと迷子と思わせておくのは心苦しい。携帯が欲しいと思うのはこういう時である。

 

「……ま、DIOは待たせてもいいか」

 

 これだけ待たせたのだから、今更一日二日遅れたところで特に支障はないだろう。

 

 そう、思って──

 

 ぞくぅッ!

 

 瞬間、澪の頬を涼風が撫で上げた。否、涼風なんて可愛いものではない。

 

 これは、冷気だ。空気中に漂う僅かな水蒸気すら凍り付くような、極北の大気だ。

 

 そして、澪は見た。

 

 前方に浮かぶ、まるで大型トラックの如き重量とサイズを兼ね備えた巨大な氷柱を。

 切っ先はこちらに向いている。

 より正鵠を射るのならば、オッサン諸共に車も破壊しようとしているのだ。ここで澪は己の失態を呪った。

 自分にとっては家族でも、ジョースター一行にとって、DIOは不倶戴天の敵に他ならない。

 

 それはDIOにとっても同じこと。

 

 故に、家を守るために門番的なスタンド使いを配置していたとて、何の不思議があろうか。

 

「!」

 

 冗談みたいなサイズの氷柱が狙いを定め、ロケットよろしく射出されるまさにその瞬間、澪は動いていた。

 判断は一瞬。

 運転席にいたことが幸いした。ハンドルを握りながら思いっきり切り、アクセルをベタ踏みするとほぼ同時にブレーキペダルを潰れよとばかりに踏み込む。

 でたらめな手順に作動不良を起こした車は、タイミングの問題なのか奇跡的に激しくスピンし──助手席の外で固まっていたオッサンを思い切り弾き飛ばす!

 

「ぐぎゃッ!?」

 

 ぐわっしゃん!!

 

 オッサンが弾かれ、射出された氷柱が車体の後方、後部座席へと凄まじい轟音と破砕音を響かせ──その、決してもろくない高級車を串刺しにした。

 

 凄まじい衝撃で窓が破裂するように弾けとび、質量に押し潰された車体はただのガラクタと化し、律儀に作動したエアバッグが澪の顔面にぶち当たり「ふぐぅ!?」寸の間何も見えなくなったが、奇跡敵に五体満足だ。

 

 脳裏に『前科一犯』という文字がよぎったが、即死よりマシだと思う。思って欲しい。思ってくださいお願いします。

 

「死んでませんように死んでませんように死んでませんように!」

 

 願いを念仏のように唱えながら必死で脱出を試みる。

 

 ぐしゃぐしゃになった運転席から抜け出すのは骨が折れたが、比較的細身なことが幸いした。

 なんとかひん曲がったハンドルをすり抜けて完全に沈黙した運転席のドア(半分)を蹴破り、転がるように外へ出ると即座に周囲を確認。かなり後方にオッサンが倒れていた。

 

 完全に意識を失っているのか、微動だにしない。

 

 ヤバい、呼吸は無事か。

 あと腕とか足がじゃっかん曲がってはいけない方向に曲がっていたのは、気のせいと信じたい。過失致死だけは! どうか!

 

 とても切実な祈りを捧げつつ、元凶のスタンド使いを探すために洋館へと近付いた。

 距離が縮まるにつれ、僅かな血臭が鼻をつく。それから、再び凍てつくような冷気がエジプトの熱波に混ざって届いてきた。

 気配を探りながら視線を彷徨わせていると、重厚な門扉から小さな子供が這い出してくるのがわかった。顔面を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、表情は恐怖のそれ。

 

「そこの少年!」

「えっ」

 

 澪は慌てて駆け寄り、その腕を引っ張って立たせてやる。

 少年は突然の見知らぬ人物の登場に驚いているようだったが、構ってやる時間がない。

 おそらく、彼にはスタンドなど見えないだろう。だからこう問いかけるしかなかった。

 

「今、ここで何が起きてる!?」

 

 少年はびくりと肩を震わせ、信じられないものを見た人間のそれで口を開いた。

 

「ぼっ、ぼく! チビとブチを探しに来て……でもっ、と、とりっ鳥が……」

 

 恐怖を思い出してしまったのだろう、少年は自分を抱き締めるようにしてガタガタと震えている。

 しかし、申し訳ないが詰問の手をゆるめることができない。

 

「鳥に襲われた?」

 

 それがスタンド使いなのだろうか。

 

「ひぃッ! そ、そう! でも、犬がっ、犬がぼくを助けて、くれて」

「それはブチでもチビでもない?」

 

 少年は首をぶんぶん横に振った。

 

「チビとブチよりずっと小さくて、白黒の、いぬ」

 

 親分だ。

 

 半ば本能的に直感した。

 

 よもやイギーが誰よりも早く館の位置へ辿り着くとは予想もしていなかったが、どんなミラクルが起こってもおかしくないのがこの旅路だ。

 イギーはおそらく、偶然ここら辺に訪れ、この少年の窮状を見過ごすことができず、助けるために鳥のスタンド使い(暫定)に挑んだのだろう。

 

 しかし、そうと分かればやることはひとつ。

 

「ありがとう少年。キミは早く逃げて! できるだけ遠く! なるべく遮蔽物に隠れつつ!」

「えっ!? で、でも」

 

 戸惑っている少年の背を軽く叩き、走るよう促す。

 相手が鳥なら、少年だからという理由で追いかけてこない保証はない。一般人は一刻も早く退避させる必要がある。

 

「あと救急車頼んでくれると助かる! 犬は僕に任せて!」

「わ、わかった!」

 

 頷き、走り去る少年を視界の端に捉えつつ、澪はリュックから出した小狐丸を腰に装備してからひとつ頷き、少し後退してから足に力を込め、地面を踏みしだいて全力で疾走を開始する。

 

 門扉の高さを目視で計り、寸前で猫のようにぐぐっと身を屈め、跳躍!

 

 門柱を足場に、三角跳びの要領で固く閉ざされた門扉を易々と飛び越えた。そこそこの高さから落下した澪は中途できり、と身体をひねり危なげもなく着地。

 

 広がっているのは、信じられない光景だった。

 

 エジプトの気候で焼け焦げるように熱いはずの地面に、無数の氷の軌跡が刻まれている。氷結しているのだ。

 その氷の鎖を目線で辿れば、絡め取られているのはイギーの両足である。

 背後に控えている『愚者』も四肢を氷漬けにされており、あれでは咄嗟に動けまい。

 

「なにこれ寒ッ! てか親分!」

「ァアヴッ!?」

 

 イギーは澪を見つけた瞬間に鋭く吠えた。

 咄嗟に振り向くと、大きな鳥がこちらを無感情な色で見据えていた。

 ハヤブサだろうか、その背後には既に錐のような鋭さを持った氷柱がいくつも待機している。

 

「あ」

 

 そのスタンドに見覚えこそなかったが、ぴんときた。

 

 つい先日、イギーと深夜のカイロ市内を空から散策した時、撃墜してきたのはコイツだったのだ。否、そんなことは今どうでもいい。

 澪は地面を軽く蹴り、氷結した軌跡の上を絶妙なバランス感覚で滑走を開始した。摩擦係数ほぼゼロの氷上をなぞり、イギーに辿り着くための最適解と判断したのだ。

 氷面の摩擦がほぼゼロなため、急制動はできない。

 

 だからイギーに辿り着く寸前、澪は引き抜いた小狐丸に渾身の力を込めて思いっきり地面に突き立てた。

 

 がしゃん、とガラスが砕けるような音が響き──イギーの手足は凍り付いたままだが──自由になる。

 

 小狐丸を持っていない片手でイギーを抱き上げ背中に回す。リュックと背中の間に放り込み、準備は整った。

 

 

 

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