閉めきられていたはずの門扉は既に開け放たれ、まるでこちらを招いているようだった。
あんなに突き刺さっていた氷柱も存在しない。
「儂にヤツの存在がわかるように、ヤツの方も儂の存在に気付いている」
それは、ジョースターの血統が伝える直感のようなものなのだろう。
きっと承太郎も、ジョセフと同じものを感じているはずだ。
「うっかりこの館に入るのは、敵の胃袋に呑み込まれるようなもの……さて、どうしたものか」
「だから車でダイナミックお邪魔しますしようって言ったのに」
「さっき却下されただろうが、いい加減諦めろ」
シーザーにツッコミを入れられつつも舗装されている石畳を警戒しつつゆっくりと進めば、まるで出迎えるように玄関の扉が重い音を立てて開いた。
「扉が開いたぞ! 気を付けろッ!」
アヴドゥルの声と同時、全員がすぐにスタンドを出せるよう構えを作る。
開いた扉の先は、これまた妙な光景だった。
丁寧に敷き詰められた石は大理石だろうか、一部の狂いもなくぴったりと滑らかに広がっている廊下は終わりが見えない。
「おい見ろよ、このろーか。終わりが見えねーぜ」
こわごわ、という感じでポルナレフが中を覗き込む。
「本物じゃあねーよな……。トリックか幻覚だよな」
「ポルナレフ、ドアの中に飛び込むなよ……。DIOの前にスタンド使いが一人や二人いるはずだ」
血気に逸りそうなポルナレフをアヴドゥルが制し、その横からひょいと澪は顔を出し、すうっと息を吸い込むと
「ごめんくださぁーい!」
あろうことか大声をだした。
「馬鹿! なんでおめぇはそう、」
「どうせ来てるのはバレてるんだし、挨拶ぐらいしたってバチは当たらないですって」
ポルナレフの叱責もなんのその、本人はしれっとしたものである。
まぁ、これでDIOが「はいはいどちらさま?」とか言って出てくるとは思えないが、迎え撃つぞという気概くらいは伝わるんじゃないだろうか。
すると、声が届いたのかどうかは分からないが、奥の方から何者かがこちらへ近付いてくるのが見えた。
けっこうな早さで近付いてくるのは、人間の男性だ。しかし奇妙なことに、彼の足は地面から数センチ浮いている。
まるでスケートリンクを滑る選手さながらの滑らかな動きで、玄関前に到達すると身体を華麗に半回転。綺麗に動きが止まった。
ドラゑもんかな? と場違いなことを考える澪である。
「ようこそジョースター様。お待ちしておりました」
その声に、澪は聞き覚えがあった。
狸姿で砂山に潜んでいた時、氷柱の処理に頭を悩ませていた者の声だ。
見た目は三十にも届いていないだろう、若い男性である。
端整な顔立ちで、胸元のハートがやけに目立つオリエンタルな雰囲気の衣装に身を包んでいた。顔にある独特の横線は、先日戦ったダービーを彷彿とさせる。もしかしたら血縁なのかもしれない。
「私はこの館の執事です」
ベルトと耳についた大きなイヤリングはアルファベットを模しており、おそらくはイニシャルなのだろう。
「何だかわからねーが、ただ者じゃあねーなッ! とにかくぶっ殺すッ!」
「ポルナレフ、早まるなッ!」
執事とやらの口上すべてを無視して怒号を放つポルナレフをジョセフが諫めた。血気盛んすぎる。
しかし、ほぼ喧嘩を売られたに等しい執事の方は特に動じた様子もなく、ただ無造作な動作でカードを投げてきた。
咄嗟にポルナレフは『銀の戦車』でそれをまっぷたつに切り裂いた。
はらりと宙を舞うトランプの柄はハートのクイーンだった。
「ダービーと申します。テレンス・T・ダービー」
テレンスと名乗った男は実に恭しい礼をした。執事を自称するのも頷ける。
「あなた方に再起不能にされたダービーの……弟です」
「あれま」
やっぱり、という感じで思わず澪も声が出た。
「兄貴への弔いの戦をしようというのいうのかッ……!」
アヴドゥルの苦々しい呟きを聞きとがめたテレンスは、なぜかにんまりと笑みを浮かべる。
そして、すうっと壁の方へ移動すると仰々しく再び頭を下げた。
「いえいえ、とんでもないことでございます」
どうもテレンスは兄と同様の思考らしく負けた方が悪、という論理で納得しているらしい。勝てば官軍、負ければ賊軍というやつだ。
それに、とテレンスは自分と兄との年齢差を口に出し、世代の違いを説いて聞かせた。
曰く、ダービーは古い世代の人間で、彼が勝てるのは古いタイプの人間だけなのだとかなんとか。
「兄弟って面倒臭いんですね」
「ええ、まったく。澪様にご理解頂けるとは、嬉しいですね」
素直に感想を口にすると、テレンスはしたり顔で頷いた。
ちなみに、澪はべつだんテレンスを理解してはいない。
懐古主義ではないが、古いとか新しいで勝てるタイプが異なるものではない。単に得意分野が違うというか、選ぶ土俵の問題ではなかろうか。
「いかがなされました?」
テレンスは何も答えない他のジョースター一行に首を傾げ、そのままくく、と身体を傾ける。
「私との勝負を、お望みでしたら……」
その目線が、館へとこちらを促す。
「さ、館の中へ」
入りたいのは山々なのだが、困ったことに不信感満載である。
「みんな、うっかり入るなよ!」
アヴドゥルの目線は完全に澪へ固定されており、その信用のなさが窺えた。
「特に、澪様。DIO様はあなたを、それはもうお待ちかねです」
「ですよねぇ」
反射的に頷いてしまう。
待ちかねていないワケがなかった。
「皆様には少々お待ち頂いて……澪様のみ、先にご案内してもよいのですが」
「駄目だね」
ずい、と前に出たのは承太郎。
「俺たちは魂の奪いっこしている暇はねぇ。……とっととDIOに合わせな」
半ば脅しのような低い声だが、テレンスは無言を貫いた。
けれど、その腕がゆらりと動き、陽炎のように浮かび上がるもうひとつの気配。
「承太郎! 気を付けろ、何か出てくるぞ!」
ジョセフの警告通り、テレンスの背後からスタンドが姿を現した。
「失礼ですが私のスタンドは、兄のスタンドとはタイプが違います」
スタンドは人型。だが『星の白金』のように人間味があるものではなく、どちらかというと無機質なロボットに近い。
全体的にハートをあしらったデザインなのだが、某三分しか戦えないヒーローを無理矢理ロボ化したような不気味さがある。
弟というフレーズで思い出したが、たぶんテレンスが『ドールフリークゲーマー(弟)』なのだろう。
ダービーの弟、という点とゲーマーというワードから導き出される結果として、なんとなくスタンドの能力は魂関連なのだろうな、と推測できる。
「最初は誰です? 誰が私の相手です?」
「面倒くせぇ! 承太郎、ブチのめしちまいな」
ポルナレフの野次がとび、問答無用で承太郎が『星の白金』を出現させた。
しかし、対するテレンスはまったく動じることなく、あろうことかスタンドの指先で『星の白金』を指し示す。
「賭けよう」
そして唐突に、それこそダービーさながらの常套句を。
「『星の白金』の私への第一撃は、まず『左腕』をくり出す」
「!」
「第一攻撃はまず左腕のパンチ、賭けよう」
念を押すように、賭けの言葉を繰り返す。
承太郎がその言葉に僅か、動揺したのを澪は空気で感じ取った。だが、それは突然賭けを吹っかけられたから、という感じではない。
ならば、承太郎は『どこ』に動揺したのだろうか。
「承太郎! 何でもいいッ、お前のパワーで殴れば同じことだッ! やっちまえ!」
「言われなくとも!」
痺れを切らしたポルナレフに背中を押されるように、『星の白金』は『右腕』でパンチを繰り出した。
だが、そのパンチをテレンスのスタンドはするりと避けた。軌道を読んだかのように滑らかな動きで。
むなしく拳は空を切り、『星の白金』は腕を伸ばした姿勢のまま固まっている。
「──!」
承太郎の表情が珍しく強ばっている。ただの動揺ではなく、驚愕も含まれているように見えた。
となると、考えられるのは……承太郎の予想とテレンスのスタンドの動きが噛み合っていなかった、とかだろうか。
もちろん、推測なので確信はないけれど。
「承太郎、」
「残念、残念。今の賭けは私の負けでございましたな」
確認しようと澪が口を開きかけると、それを遮るようにテレンスが声を上げた。
見ると、テレンスのスタンドは『星の白金』の腕を掴んでいる。
「私も兄と同じで賭けは好きなのですが、どうも弱くて、フフフ」
賭けもなにも、あんな賭けは成立しない。
そりゃ左でパンチするだろ、と賭けられたらよっぽどひねた人間でなければ逆を出すに決まっている。
ということは、テレンスの目的は賭けではない。可能性があるとすれば……確認?
「お詫びに、とっておきの世界へお連れしましょう」
しかし澪の思索が形をなす前に、テレンスたちの真下に突如として大きな穴が空いた。
黒い、まるで奈落の底のような穴である。がくん、と承太郎の身体が大きく傾き、そのまま落ちていく。
「承太郎!」
咄嗟に花京院とジョセフが自分のスタンドで承太郎の両腕を掴んで穴から救出しようとする。
澪も手助けしたいところだが、迂闊に触ってスタンドを消してしまっては意味がない。身動きが取れずにいると、一旦は穴に沈んだテレンスがひょっこりと顔を出す。
「しょうがない、あなた方もお入り下さい」
そのまま無造作に二人の腕を掴み、引っ張り込んでしまう。
澪はどうしたらいいのか判断がつかなかったので、とりあえず。
「えいっ」
ひょい、と穴に身を投じてみた。
「なんでお前まで穴に入るんだよッこのスカタン!」
即座にシーザーからのツッコミが入る。
と、同時に、穴に落ちていたはずの澪は、まるで苦いものを食べた口みたいに『ぺっ』と吐き出されて廊下に転がった。
「……ろ?」
一瞬意味がわからず、転がったまま呆然としていると背後から声がかかった。
「澪様はあとでお迎えに上がりますので、少々お待ちくださいませ」
「あっはい」
なにも考えず返事をすると、ドップラー効果でジョセフの声が聞こえてきた。
十分経っても自分たちが戻らなければ、館に火を放て、と。
「……トラック作戦は却下したくせに」
手の平くるっくるな台詞に澪は唇をとんがらせたのだった。