星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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5.波紋も小技も使いよう

 

 

 しばし黙考したのち、ミオは俯きかげんに呟いた。

 

「……たぶん、そうだと思います」

「たぶん?」

「僕は今まで波紋というものも知りませんでしたから。自分の力と呼吸が密接な関係にあることは知ってましたけど」

「あなたの能力、というのは?」

 

 リサリサは追求の手を緩めない。

 

 正直、ミオは自分の能力をあまり好んでいない。

 人を殺すのはあくまで人であるべき、というのがミオの基本的な信念だからだ。

 ただ、今回の相手は頭の半分をぶっ飛ばされても死なない人外であるし、生き残るために使わないとそれだけで死亡フラグが立ちそうな気がする。

 

「説明が難しいんですけど、えーと」

 

 感覚的に分かっていることを人に伝えるのは、いつでも難しい作業である。

 ミオはきょろきょろと辺りを見回し、それから椅子に座り直して用意されていた水差しからコップに水を注いだ。表面張力ぎりぎりのふちまで注いで、水差しを置く。

 

 リサリサが見つめる中、ミオは一度目蓋を下ろし、開く。

 

 ほんの僅かに感覚のスイッチが切り替わる。視界が明瞭になって、何かに繋がる。リサリサの探るような目線も今は気にならない。

 

 心を静かに、意識を細く。

 

 口元に笑み、呼吸は深く、テーブルを軽く指先で叩く。

 

 そして、ミオはまるで親しい友人をダンスに誘うような口調で。

 

『踊ろう?』

 

 鈴振るような声音の誘いに乗って動いたのは──水だ。

 

「ッ!」

 

 リサリサの目の前、コップに満ちた水はそれ自身が意思持つ導体のように中空へと伸び上がり、飛沫を弾いてくるりと回る。

 陽光を映して跳ね返る無数のプリズム。けれど水はミオも、リサリサも濡らすことなく踊り続ける。

 

「……これが、僕の能力です」

 

 何かの飾りのように水を舞わせながら指揮者のように指先をふりふり、ミオは微笑んだ。どこか申し訳なさそうに。

 

「自然の力をほんの少しだけ意図的に引き寄せるんです。自由自在、とまではいきませんがある程度」

 

 たとえば、とミオは未だにはしゃぎ回っている水へと視線を向け、ぱきりと指を鳴らす。

 

『弾けて、寒気の六角へ』

 

 懇請に応え、水がその姿を変える。

 命もつもののように動いていた水が唐突に弾け、凍りつき、雪へと変わる。

 リサリサの手の平や頬に冷たい感触が伝わり、幻想的な風景もあっというまに溶けて落ちた。

 

 言霊──という概念がある。

 

 言語というものは意思に明確な形を与えるための術であり、凡そにおいて思考は言語化される。

 例え頭の中のイメージが映像であったとしても、その映像に意味を与えるのは言語による認識だと言っても過言ではないだろう。

 

 そして、波紋法然り、発勁然り、呼吸とは非常に重要なものだ。

 

 全身を巡る血液が運ぶものは呼吸によって得られる酸素であり、言語と息吹両方揃ってこその音声としての言葉だ。そこにある種の『力』が宿る、と考えるのは当然だろう。

 神主が祝詞を上げ、僧は読経し、神父、牧師は聖句を唱える。呪いや魔術の行使には呪文の詠唱がつきものだ。

 

 想像という儚い幻想を機女(はため)のように編み上げ、構築し、創造へと昇華して──現実に反映させる。

 

 ミオがしているのは、つまるところそういう技術で、能力で、力だ。

 

 心から呼びかけ、繋がり、願い、応えてもらう。

 

「たぶん、僕の場合は波紋っぽいエネルギーをみんなそっちに回してるんだと思います」

 

 ただ、エア・サプレーナ島のように外界と隔絶された空間ではあまり強く力は行使できない。ある程度融通はきくけれど、制約も多い面倒な力なのだ。

 どこで何が影響して破綻するかも分からないのでかなり繊細な作業と神経を要求されるから多用したくないし、個人的に好んでいないのでできることなら積極的には使いたくないものである。

 だもんだから、普段は自分の主力武器で大体のことをこなしているのだが、そうも言っていられない雰囲気であるし……悩みどころだ。

 

 ミオの話を一通り聞き終えると、リサリサは感心ともなんともつかない表情で問いかけた。

 

「それは、水以外にも使えるのですか?」

「使えます。こんな感じで」

 

 爪先でぱちり、と火花が弾けた。これくらいなら苦もなくできる。静電気より少し強いくらいの線香花火みたいな光だ。

 

「でも、人工物にはあんまり効果がないので、油とかにはちょっと」

 

 言外に地獄昇柱は勘弁してくれという嘆願である。

 

「……今の火花や先程の雪からは波紋と似たものを感じました。もちろん、柱の男たちに対する決定打とするには弱いですが」

「使うには使える、ということでしょうか?」

 

 リサリサも見たことがないのか、少し考えながら頷いた。

 

 言葉を震わせるのも呼吸も全て振動だから、その『揺らぎ』はもしかしたら波紋のそれにごく近いのかもしれない。

 物質の正体は極小の紐の振動である、なんて話もあるくらいなので柱の男たちにとって苦手な周波数があったとしても頷ける話ではある。

 

「そうですね。とどめを刺すことはできずとも、弱体化、もしくは多少のダメージを与えることは十分可能であると思います」

 

 ただ、とリサリサは付け加える。

 

「あなたの力は高い判断力と取捨選択が要求される、とても難しい力です」

 

 それは自覚がある。

 どこで、何に、どうしてもらえば最良なのかを常に考え、実行しなくてはいけない。ただ波紋をぶち込めばいい、とはいかないのだ。

 だが、逆を言えば敵の意表を突き、ダメージを与える、ないしは隙を作り出す点に関して言えば効果を発揮することができるかもしれない。

 

「それを忘れず、修練に励みなさい」

 

 リサリサの瞳には凄みがあった。

 

 ミオには決定打こそ足りないが、シーザーやジョセフの後方支援には十分な能力を有している。

 それはミオはもちろんリサリサにとっても僥倖であり、鍛え上げるに足る素養に違いなかった。戦力は多いに越したことはないのだ。

 

「はい。よろしくお願いします、リサリサ先生」

 

 ミオもしっかりとリサリサを見つめ返し、深く礼をした。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 そんなワケでシーザーとジョセフが例の油の柱を攻略するまでの数日、何をしてたかと言うと戦闘訓練である。

 

 ムッキムキのランプの精霊みたいなリサリサ先生の召使い兼師範代(ロギンズ先生とメッシーナ先生という)にしごき倒され、カナヅチなので水中以外の様々な場所で跳んだり跳ねたり段平ぶん回したりするという、まぁこう言っちゃうとアレだけど普段の生活とあんまり変わりがない。泣いてなんていませんよ。

 

 というのも、体力がなくなると自動的に狸になってしまうので体力向上を目論んでのことである。いざ敵が来た時に狸で戦闘に参加できませんでした残念! ではお話にならないので。

 

 全ての体力を使い果たして狸状態でぶっ倒れていると、どこからともなくスージーQが僕を回収してぬいぐるみのように愛でてくれます。お風呂くらい自分で入れますから! ちなみに寝床も一緒です。

 

 ところで、精神統一の修行の一環として塔の上の針みたいに高ほっそい部分に立て、という課題を出されたので「わぁ懐かしい! これ、三日ぐらい寝ないで立ち続けて時々足場をへし折ったりするから避けるんですね!」と言ったところ「えっ……?」とメッシーナ先生にドン引きされた挙げ句におやつまで頂いちゃったんですけど。

 師匠、剣の道を志す者はこれくらい普通って言ってたじゃないですか……うわ、もしかして、騙され(略。

 

 そんな風に過去のトラウマを刺激されたりしつつ、そういえばそろそろ二人は出てこれたかなと地獄昇柱を覗きに行ったらなんか物凄い勢いで油が噴き出してて何事かと思った。

 てっぺんには既にリサリサ先生がいて、シーザーがなぜだか走っていたので慌てて並走する。ジョセフがいない。

 

「シーザーおかえり! ジョセフは?」

「ああ、あいつならあそこだ!」

 

 示された方に視線を向けると、変な生き物みたいに壁にくっついてぜーはーしているジョセフがいた。

 目がかなりうつろだし呼吸も乱れて明らかにヤバい。と、そんな風に考えた瞬間、ジョセフの手がずるっと滑った。おわああ!

 

 一瞬反応が遅れて危機感を覚えたけど、シーザーが一歩早くジョセフの手を掴んでいた。

 

「し、シーザー!」

「勘違いすんなよ、俺はさっき怒ってたんじゃあねーぜ!」

 

 何やらかしたのかは分からないけど、僕もジョセフのもう片方の手を思い切り掴んだ。

 

「ジョセフおかえり! 二人とも無事でよかった!」

「これを無事とか抜かすお前がすげぇよ……」

 

 五体満足なら無事です。

 

 ところで彼は数十㎝だけながら地獄昇柱をクリアできなかったことになってしまうのではないか、と不安を覚えた。

 シーザーも同じだったらしく、リサリサ先生に慌てて声をかけていた。

 

「先生! 彼を救うためにこのシーザーが手を貸すことをお許し下さい!」

「僕もです!」

 

 だって今離したらそれこそジョセフ餓死フラグが成立してしまう。

 けれどリサリサ先生は厳しいけれど鬼ではないので、僅かに微笑んでくれた。

 

「それはいいけど、シーザー。あなたの体力ももう限界じゃなかったの」

「あ、忘れてた……」

 

 ジョセフ引っ張り上げるまでは忘れてて欲しかった! リサリサ先生意地悪!

 

「お願いだッ! 手を離さないでくれシーザー! ミオ!」

「うわああジョセフ油でめっちゃ滑るぅう」

「くっ、力が……」

「お、おもっ……ジョセフ体重いくつ!?」

「今言ったらヤバそうだから言わねぇ! いいから離すなよ!」

 

 あとで聞いたら97㎏でした。どうりで重いわけだよ。

 

 ジョセフは「離すなよ」を連発し、二人でなんとか引っ張り上げたらお礼もそこそこにリサリサ先生にチンピラの如く絡み出した。なんだまだ元気じゃん。

 

「裸にひん剥いてやるか! それともその鼻をつまんで泣かしてやるか……どっちがいいーん!?」

 

 イジメの度合いとしては落差が激しすぎる気がするけど、ジョセフの中では同列なんだろうか。シーザーもすごい呆れ顔をしていた。

 その辺のゴロツキと変わらないセリフを放っているジョセフにリサリサ先生が、唐突に水の入ったコップを投げ、自然に受け止めた彼の手からは水が流れ落ちなかった。おお。

 

「すごい! すごい! 修行の効果出てる!」

「先生ーッ!」

 

 すごいを連呼する僕と、感激したらしくコップを持ったままジョセフはリサリサ先生に次の修行を請い始めた。結構ちょろいな。

 

「俺はなんでも乗り越えてみせるぜ!」

「言われなくても修行のメニューはたっぷり用意しているわ。死ぬほど感動してちょうだい」

 

 やる気満々、という感じのジョセフの後ろにぬっと現れる黒い影。あ、ロギンス先生とメッシーナ先生だ。

 そういえば二人は会ってないんだな、と考えつつ様子を見ていると案の定先生たちは二人をからかい始めた。ちょっと意地悪な先生たちなのである。水がぷるぷるしてるのは見てて面白かった。

 

 明日からは僕もなるべくシーザーとジョセフの修行に付き合うようリサリサ先生に言われた。

 補佐というか、後方支援するために二人の動きなどをよく観察すること、とのこと。なるほどです。

 

 ところで、リサリサ先生についてひとつ感じてることがある。それは元の世界の友達、というか恩人というか先生というか、みたいな立場の人に彼女の雰囲気が似ているのだ。

 ただあの魔女さん、外見若いけどぴっちぴちの99歳だったんだけど、リサリサ先生ってもしかして……いや、女性の年齢は神秘的であるべきだから、いいや。考えるのやめよう、ぽい。

 

 

 尊敬できる綺麗な先生、というだけで十分である。

 

 

 




もとはちょっとした異能力持ちだったのですが、桃鳥姉で使った試しがないのはまるっと悪魔の実と交換しているからだったりします
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