「おい、ヌケサク!」
ごそごそ、と中身が動いて変な小男が顔を出した。表情には怯えが窺え、なんだかとても子供っぽい。
しかもその格好が……なんというか、アレだった。
「ああ……」
『なんかドラゴン○ールの敵で出てくる下っ端っぽいの』は、これかと思い当たる。
「お前とくだらん話をしているヒマはない。この階の上はどうなっている?」
「と、塔です。てっぺんに部屋がひとつあります。DIO様は昼はいつもそこにいます」
びくびくと答えるヌケサクとやらは、よっぽど承太郎たちにボコボコにされたのか、素直にべらべら喋った。
「その塔に他に階段はあるのか?」
「な、ないです。こ、これひとつだけです」
「よし、案内しろ」
言うなり、花京院はヌケサク入りの麻袋を階段にぶん投げた。花京院は敵にはけっこうひどい。
ひいこらと階段をははいつくばるように昇るヌケサクを見て、ふと小さく鼻をひくつかせた。
「人間じゃないね」
「よくわかったね。DIOが吸血鬼にしたそうだよ」
「ヴァニラ・アイスもな」
あとをついて歩きながら花京院とポルナレフが次々に答え、澪はへぇと呟いた。
ジョセフたちとそれはもう沢山の吸血鬼と激戦を繰り広げたからか、そういう気配はなんとなく分かる。
ヴァニラ・アイスから感じ取れなかったのは、おそらくまだ吸血鬼化が完了していなかったからだろう。
「石仮面ないはずなんだけどなぁ」
「ヤツの血でも吸血鬼化するらしいぞ」
「マジか……それって、いや、もう、いいや……うん」
ちょっと見ない内に肉の芽やら血液やら、どんどんチートになっているうちの義弟である。
己の血を分け与えて眷属を増やす、と書くと古式ゆかしい吸血鬼っぽいので、原点回帰といえばそうかもしれない。
そんな、少し離れていた間の情報交換をしている間に最上階へと辿り着いた。
室内は薄暗く、棺桶以外には調度品がなかった。
本当に普段からここで寝ていたのだろうかと疑問が湧いたが、関係ないので流した。
『星の白金』が即座に壁をぶち抜いて光量を確保。ヌケサクが「ひぃ!?」とか叫んで慌てて飛び退く。
吸血鬼になってるなら日光が直撃したらアウトである。その焦りもむべなるかな。
「気を付けろ。ヤツはその棺桶の中とは限らん。どこか、その辺に潜んでいるかもしれん」
棺桶をじっと見つめ、ジョセフは感慨深く呟いた。
「これから会う男は、はじめて会うのに、ずっと昔から知っている男……」
苦々しげに唇を歪め、誰の表情も険しい。
それはそうだろう、ジョースター家にとっては言わずもがな。一族全ての因縁はDIOの打倒で帰結する。
花京院はかつてDIOによって自らの矜持を蹂躙された。誇りを簒奪され、絶望を味わった。
ポルナレフにとっては自分をいいように操るだけではあきたらず、仲間をボロボロにしてきた敵だ。
そして、澪は──
「攻撃して、いいんだな」
全員が棺を囲うように位置を変え、おもむろに承太郎が問うた。
たったひとり、澪だけがどこか透明な表情で棺桶を見つめていたからだ。
懐かしく愛しい、かつての故郷を懐かしむ老爺のような瞳だった。
「いいよー」
にもかかわらず、返答はあっけらかんとしたものだ。
「本当に、いいのか?」
あまりの軽さにジョセフも重ねて尋ねていた。
自分にとってはホリィを助けるための唯一の手段であり、一族にとっての仇敵である。
だが、澪にとっては遠い過去の義弟。
家族だったのだ。彼が疑念を抱くのも当たり前だろう。
「うん、大丈夫。心配してくれてありがとね」
それでも軽い調子を崩すことなく頷き、澪はスタスタと棺桶に近付いてふたの辺りをぺしぺしと気安く叩く。
「僕は家族の味方で、友達の味方だから」
ふにゃりと笑って、少しだけ不思議なことを言って、
「だから、いいんだ」
DIOを攻撃するという皆の質問に、是と返した。
ジョセフはそんな澪を痛ましいものを見るような瞳で見据え、やがて決意をこめて頷いた。
「では、奴が棺桶の中から出てきたら一斉に攻撃する。だが気を付けろ、その中にいるとは限らんからな」
棺桶を開ける役は、DIOの部下であるヌケサクに一任された。ありていにいえば生贄である。
「ディ、DIO様! わたしはあなた様を裏切ったワケではないのですからぁ~~! 私はあなた様の力を確信しているからこそ、こいつらを案内したのですぅううう!」
棺桶にすがりつきながら阿諛追従に明け暮れているさまはものすごく小物っぽかった。
……なんでコイツ吸血鬼にしたんだろう。
「風の強い時にションベンしたらズボンにかかるってことと同じくらい確信していますゥ~~ッ! そこのところを分かってくださいねぇえええ!」
この場合、どちらがションベンでどっちがズボンなのだろう。
しかしさすがに御託が長すぎたのか、ジョセフが切れた。
「つべこべ言っとらんでさっさと開けんかぁーッ!」
その一喝でヌケサクは肩をびくりと震わせ、こちらを向いて変な顔で笑った。
ビビりつつも勝利を確信している、虎の威を借る狐そのものの顔である。
「DIO様~ぁあ! こいつらを、ブッ殺してやっておくんなさいましよおおおおお!」
DIOの名前を連呼しながら棺桶のふたに手をかけて横にずらし、勢いよく開けるヌケサク。
「気を付けろ! 飛び出してくるぞ!」
ジョセフが注意を促し、周囲は警戒を強めて何も見逃すまいと棺桶を見つめた。
──だが、
「あ」
澪がぽかりと口を開けた。
「…………え!?」
次に我に返ったのはヌケサク。
だが、何が起こったのかは自分でも理解の範疇を超えていたらしい。
彼は頭部を真横にかち割られ、全身を大根のように雑な輪切りにされていた。
「……オレ?」
棺桶の、中で。
『ッ!?』
ほんの一瞬で全容を理解した面々にも戦慄が走る。
「な、中にいたのはオレだったぁ? 今、ふたを開けていたのにぃ~~?」
さすが吸血鬼というべきか、大根みたいになっているのに生命力は人一倍である。よく喋る。
「な、何ィーッ!? ど、どうしてヌケサクが棺桶の中に!? ワシは一瞬たりとも目を離さなかった!」
一方、こちらは始めて目の当たりにする『世界』と思われる能力の凄まじさに混乱の最中だ。
「俺の時と同じだッ! これが本当に『世界』の能力なのかよ!?」
「誰か今、ヌケサクが棺に入った瞬間……、いや、入れられた瞬間を見たか?」
「い、いや、見えなかった! しっかりと見ていたが、気付いた時はすでに中に入っていた!」
ポルナレフが首を振り、花京院の額から狼狽のせいか汗が流れた。
「これが『世界』の能力……時を止めて入れ替えたのか!? 確かに、超スピードやトリックだとかでは決してない、ないが……」
花京院が混乱から脱し、困惑を口にして冷静さを引き戻そうとする。
その時、だった。
「やばい」
最初に気付いたのは承太郎。
「なにかやばいぜッ!」
珍しく焦りの滲む声で怒鳴り散らした瞬間、室内に濃厚な殺気が溢れかえる。
生きたまま内臓を引き摺り出されそうな死の臭い。深海に突然放り込まれたような圧力に心臓が縮むようだ。
気付けば、全員が自らの生存本能に従い、承太郎の空けた穴から中空へと踊り出していた。
DIOがいるであろう方向へ視線を固めたまま動けないポルナレフと、殺気を感じたものの自分には向けられていないことが理解できて、逆に動けなくなってしまった澪だけがその場に残された。
「なにしているポルナレフ!」
「澪もだ!」
が、それもジョセフの『隠者の紫』と花京院の『法皇の緑』によってすぐ回収される。
「ちくしょぉお──ッ!!」
空にポルナレフの後悔混じりの怒声が響き渡る。
凄まじい速度で落下しながら花京院が声を張った。
「あれがスタンド能力なのか!? 今のが!! 実際見てはいないが、今まで出会ったどのスタンドよりも凄みを感じた! エンジン音を聞いて、ブルドーザーだと認識できるように分かったッ!」
時を止める、というのがスタンド能力だが今彼らが感じ取ったのは、DIO自身が放った殺気だろう。
「儂も感じたぞ、凄まじい殺気を! ケツの穴にツララを突っ込まれた気分だ! 今、あのままあそこにいたら澪以外は確実にひとりずつやられていた!」
語っている間にも降下は進み、全員館の飾りにスタンドを巻き付かせる、ないしは掴むことで事なきをえた。
だが、無事に着地はできたものの状況はいいとは言えない。
なぜなら──
「何と言うことだ!」
「マズイ……! 実にマズイ! 太陽がほとんど見えなくなっている……ッ!」
「奴の時間が来てしまった……!!」
花京院とジョセフの言う通り、薔薇色に染まっていた空はゆっくりと濃い藍色のグラデーションを作り、夜も間近だと知らせてくる。
吸血鬼が最も厭う太陽が眠りにつき、これからが彼の活動時間だ。
「おい……まさか、このまま明日の日の出まで一時退却って事ァねぇだろうな!?」
憤りをぶつけるようにポルナレフの声が響く。
彼は意見を聞く前に言い切ってしまいたいのか、周囲の反応を待つことなく更に言い募った。
「言っておくがジョースターさん! 俺はこのまま、おめおめと逃げ出すなんて事しねぇからな!」
「ぼくも、ポルナレフと同じ気持ちです……!」
ポルナレフの言葉に花京院も深く同意する。
逸る気持ちを押さえきれないとでも言わんばかりの気迫に、多少ジョセフも気圧されたようだった。
「儂だってお前らと同じ気持ちだ」
だが、
「しかし状況が変わった!」
きっぱりと言い切り、ジョセフは胸に手を当てたまま彼なりの根拠を語る。
「儂らは確かに奴のスタンド、『世界』と直面し、その能力を体感した! 澪のおかげで儂らは『世界』の正体を知っている! だが、どうじゃ、対抗する術を思いついた者がひとりでもおるか!? ちなみに儂はなにも思いつかない! 少なくとも! 今、この時は!」
即座に声を上げるものはひとりもいなかった。唇を噛みしめ、悔しげに俯くだけで、誰も。
それが答えだ。
「相手の能力もわからないままスタンド戦を挑むのはこの旅路で何度もあったことじゃ。だが、相手がDIOでは次元が違う。山を登る時、ルートも分からん、頂上が何処にあるかも分からんでは、遭難は確実なんじゃ! 確実! コーラを飲んだら、ゲップが出るっていうくらい確実じゃ!」
しかし、この短時間での比喩表現のフルコースはなんなのだろう。
語彙表現が豊かすぎて逆に分かりにくい、という不思議現象が発生しつつある。
しかし、ジョセフが伝えたいのは逃走ではない。
正直なところ、既にDIOがこちらの姿を確認した時点で逃げる、という選択肢はなくなっているからだ。
「DIOはこれから必ず儂らを追ってくる! 日の出前に仕留めようとするじゃろう!」
その間にスタンド能力の突破口を発見するチャンスが必ずあるはずだから、機を窺えと言っているのだ。
撤退といっても、戦略的撤退というワケだ。
だが、ポルナレフはその一分一秒すら惜しいのか、頑なに首を振った。
「いやだ! 俺は逃げることはできねぇッ! アヴドゥルとイギーは俺のためにボロボロになったんだ!」
彼がこれだけ悔しそうな表情をしているということは、イギーは本当にギリギリで助かったのだろう。
その原因を作り出した首魁を前にして逃げるのは、彼の矜持が許さないのだ。
「ジョースターさんを尊敬している……しているが、その案だけは従えねぇ! 逃げるってことだけは、しねーぜッ!」
激憤に任せ、ポルナレフはその場から駆け出してしまった。
全力の疾走に誰も対応が間に合わない。
「待てェーッ! ポルナレフ!」
「じじい、止めても無駄だぜ」
あれだけの覚悟と勢いだ。
今更ジョセフの言葉は届かないだろう。
「承太郎ッ! 君の意見を聞こうッ!」
花京院の問いに、承太郎は暫し眼下に広がるカイロの街並みを睥睨した。
「……ポルナレフは追いながら、ヤツと戦う」
振り向き、すす、と彼の手が動く。
「俺たちは逃げながらヤツと戦う。つまり──」
手と手が互いに近付き、やがて一点にぶち当たる。
「挟み撃ちのかたちになるな」
取れる選択肢の中でも、おそらくそれが最善だろう。
方針が決まれば彼らは迷わない。即座に二手に分かれ、承太郎がポルナレフを追うために踵を返し、それに続こうとした澪に花京院が口を開いた。
「澪、待ってくれ」
「え?」
☓☓☓☓☓
振り向いた花京院は、サングラス越しでも分かるほど真剣だった。
けれど、なにかを堪えるように一度俯き、また上げると視線でジョセフたちを促した。頷き、二人が先行する。
お互いだけがその場に残り、彼の様子になんとなく不安を覚えた。
「これはぼくのわがままだ。だから、澪が聞くのも聞かないのも──自由だ」
それだけは覚えていて欲しいと、そう、前置きをして。
かつん、と靴音がする。
境界線を引くように片方の腕を、ゆるりと上げて。
「キミは、ここから先に来ないで欲しい」
もう片方の指先で外されたサングラスの中の瞳は、驚くほどに凪いでいた。
痛々しい傷痕の残るまぶたの奥、菫色の中に閉じ込めた恒星のような煌めきがまっすぐに澪を射抜く。
あまりにも透明で、ひたむきで、喉の奥で言葉がつぶれて消えた。
どうして、そんな顔をするんだろう。
「ぼくらはこれからDIOを倒しに行く。それは、ぼくらの中の誰かがDIOの息の根を止めるってことだ」
噛んで含めるように彼は繰り返す。
でも繰り返すたびに、花京院自身が傷ついていくようだった。
「ぼくらに何があっても、DIOに何があっても、きみは傷つくんだろう?」
疑問のような言い方なのに、その実、確信しかこもっていない響きだった。
口にするのも苦しいのか、皺になるほど眉を寄せ、時折唇を噛みしめて、それでも彼は言葉を止めようとしなかった。
心のひだに爪を立てて掻きむしりながら、なにか、とても尊い感情に突き動かされるように。
「ぼくは澪にこれ以上、傷ついて欲しくない」
棺桶を開けるとき、澪は言っていた。
自分は家族の味方で、友達の味方なのだと。ほんの一筋の迷いもなく告げた。
それなら、澪はついて来るべきではない。
いいや、それは手前勝手な理由付けだ。花京院が来て欲しくないのだ。
だって、きっとどちらが勝っても澪は素直に喜べない。
仮にぼくらが全滅したら、澪はDIOを憎む反面、DIOの生存に僅かでも安堵を覚えてしまうだろう。
仮にぼくらがDIOを倒したら、澪はホリィさんの無事を喜んで、それでもぼくらへ消えぬ感情を刻んでしまうだろう。
それが澪の選んだ道だとしても、花京院は看過できなかった。
「だから、澪はこのままツェペリさんと合流してイギーたちを守っていて欲しい」
澪が悩んで思わず足を止めてしまうような、ずるい理由を選んで、口にする。
仲間をこれ以上ないほどに大事にしている澪に、わざとDIOを天秤に乗せるような物言いだ。卑怯で、最低だと自分でも分かっている。
それでも口にしなければならない理由が、花京院にはある。
入院中、病院でシーザーから聞いた柱の男たちとの激闘や澪の行動。そしてシーザーの澪への想い。それは花京院にとってもとても大切なものになった。
自爆騒ぎを起こした澪が入院して、ついて来るのを止めさせるためにシーザーが波紋を用いたことも聞いた。
その時のシーザーの心情を本人から聞いて、花京院は共感した。心の底からだ。
彼ですら止めきれなかったのだから、自分ができるなんて到底思えなかった。それでも言うしかなかった。
──花京院典明は、夕凪澪を好きになってしまったから。
孤独に噎ぶ幼い自分にかけてくれた彼女の言葉を、花京院はきっと一生忘れない。
一緒に育てた花の色を覚えている。
登下校の時に繋いだ手のあたたかさを覚えている。
馬鹿みたいなお人好しで、変なところで鋭くて、変なところでにぶい、たったひとりの幼馴染み。
もし許されるなら、許してもらえるのなら、ずっと傍にいたいひと。
友人よりも近く、家族よりあたたかい、ずっと繋がっていたいひと。
せかいでいちばん、たいせつにしたいひと。
「ぼくは、澪を失いたくない」
本当にそれだけだ。
ぼくにきみをまもらせて。
でも、きっとそれを望んでくれない。だから、それだけは口に出せない。
たったそれだけの願いが、こんなにも遠い。
「……ごめん」
ほら、やっぱり。
「ごめんね」
澪は優しくて、それゆえ愚かで残酷だ。
彼女は笑っている。
たまに花京院がふざけて無理難題をふっかけた時のそれだった。
ちょっとだけ困ったように眉を寄せて、ほんのりと眇められた瞳。
遠い日本の、花京院の生まれた国の──いっとうきれいな花のいろ。
花京院の好きな瞳の奥、誰にも侵せない領域がある。
それは自分や承太郎と同じ、たったひとつを決めた人間だけが持てる、鉱石のような意志の輝きだ。
誰にも踏みにじることを許さない、魂の矜持だ。
「僕はDIOに会いに来たんだ」
倒す、とも、殺す、とも言わない。言えるわけがない。
白雪の髪が揺れて、今日の光の最後のひといろを孕んで淡くきらめいた。
「伝えたいことが、あるの」
語る声音はあたたかい。家族へ向ける親愛の滲むそれ。
そうだ、澪にとってDIOはずっとそうだった。仇敵なんかじゃなかった。
「それは、僕がずっとDIOに言いたかったこと」
胸に手を当てて、大切なものを取りこぼしたりしないように、その手を握って、まっすぐにこちらを見つめて。
「典明くんから、ジョセフから、アヴドゥルさんからDIOの話を聞いたその時から──ずっとずっと、言いたかった」
ああ、そうかと。
ようやく花京院は理解する。
きっと澪がここまできたのは、DIOにそれを伝えるためだったのだ。
そしてそれは、苦難を乗り越え、部下をはね除け、誘いに負けず、自分の足でこの地まで踏破して、ようやく言える言葉なのだ。
それを前にしてしまえば、これからのDIOの行く末などきっと些事なのだろう。重要なのはそこではないから。
そんな強い思いを邪魔する権利を、花京院は持っていない。
「だからごめん、僕はDIOに会う。会いたい。承太郎やジョセフや典明くんがDIOを倒してしまう──その前に、もう一度」
なにか、強い感情が押し寄せて目眩がしそうだった。
「……そう、か」
その言葉を絞り出すだけでやっとだった。
ふるえる声に、薄く膜を張る花京院の瞳に、その態度にこそ──澪の微笑みは傷を帯びる。
「ありがとう、典明くん。お願いを聞けなくて、ごめん」
「それ以上は謝らないでくれ。そんな顔をさせたくて言ったんじゃあない」
そして花京院は、澪に最後の質問を投げかける。
「ぼくらがDIOを倒してしまって、本当にそれで澪はいいのかい?」
この戦いは、花京院にとっても己の矜持を取り戻すための闘いに他ならない。
己の中で凝っている、DIOへ屈従してしまった悔恨を濯ぎ、花京院典明がこの先──顔を上げて生きるために。
わだかまりひとつなく、星を見上げられる自分になるために。
「うん、いいよ」
それを知っているから──否、知っているからこそ、澪は頷くのだ。
棺桶の前でした時と同じ、なんのてらいもなく。
「それでいいんだよ。DIOはやっちゃいけないことをした。なら因果は応報されるべきで、阻むことはできない。やっちゃ駄目だ」
それはおそらく、澪自身が己に課している信念なのだろう。
彼女は花京院が心配するまでもなく、とっくのとうに折り合いをつけているらしかった。
「僕のすることはなんにも変わらないから。だから、それがいい」
それなら、これ以上は野暮というものだ。
互いに死力を尽くし、やらなければいけないことをする。
だったら、花京院が言うべきことは澪を止めることなんかじゃなくて。
「ぼくらは──DIOに、勝つよ」
「その前に僕は、DIOに会うよ」
拳を作って、上げて、決意を交わす。
互いの誇りを敬っているからこそ健闘を願い、激励する。
──長い長い旅路の果てが、ようやく訪れようとしている。