星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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30.その血の運命

 

 

 承太郎は寒気が止まらなかった。

 

 これまでのDIOとの戦闘で血液を流しすぎた、という物理的な問題とは別種の、何か()()()な間違いを犯した人間が感じるそれだ。

 

 背筋にいやな汗が伝う。頭皮の毛穴が開くような不快感があった。

 全身を責め苛む痛みよりなお強く、心臓の辺りがきりきりと締め上げられるような、針金の如き不安が息を詰まらせる。

 澪が自分とポルナレフの存在を完全に眼中からなくしてDIOにとびついているというのは、別にいい。いや、よくはないがそういうことをやらかしてもおかしくないヤツなので諦めがある。

 

 しかし、あの表情と声が解せない。

 

 何か──何かを、見落としている気がする。

 

 どこだ? どこにある?

 

 澪と自分とでは、あまりにも致命的な齟齬がある。意図のすれ違いと言ってもいい。

 通じていると、通じて当たり前と見向きもしなかった部分に、断絶がある。そんな確信があった。

 

 だが、その正体が掴めない。苛々して、落ち着かない。

 

 そして、早く気付かなければと思う一方で、()()()()()()()()()と脳のどこかがガンガンと警鐘を鳴らしていた。

 

 気付いてしまえば、これまで紡いできた澪との旅路すべてが覆ってしまうような、世界が一変してしまうような、そんな恐怖がある。

 

 身体は、動かせない。

 

 今は澪に集中しているから無事だが、DIOに生存を気付かれればそれで終わりだ。

 驟雨の如きナイフからは命冥加に生き延びたが、同じ事をされたら今度こそ死ぬ。一度は耐えたが、雑誌の強度は既に文字通り紙のように薄く、脆い。

 だから承太郎は『死体ごっこ』を続けなくてはならない。DIOがノコノコ自分の射程範囲にやってくるまで、耐えなくてはならなかった。

 

──たとえこれから、なにが起ころうとも。

 

 そうでなければDIOを倒せない──母を、ホリィを救えないのだから。

 

「──、──」

 

 ……のちに、承太郎はその時の己の判断を長く、深く後悔することになる。

 

 漠然とした不安と恐怖がかたちを伴って現実に爪を立てるその前に、承太郎は動くべきだった。

 

 ほんの少しの認識のずれ。

 

 かけ違ったボタンのような、たったそれだけの些細な違和が、決定的な事態を引き起こす前に、動かなくてはならなかったのだ。

 

 あのとき承太郎が零した言葉は、澪にとって紛れもない福音だったのだと──承太郎は、気付くべきだった。

 

『どうか澪を、守ってやってくれ』

 

 旅の序盤、シンガポールでジョセフが発した懇願のそれが、なぜか承太郎の脳裏にちらついた。

 

 

──それはいったい、()()から?

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

「……」

 

 まるで子供にそうするように手放しで賞賛されたDIOは、反応に迷っているようだった。

 そんな様子を至近距離で見守っていた澪は笑みを苦笑へ変えると、そっと腕をほどいて指を丸めて狙いをつけて、

 

「でもね、これはやりすぎ」

 

 ぱちん、とDIOの額をデコピンした。

 

 吸血鬼にはダメージにすらならない、猫が戯れに頬をつついた程度だろう。べつに痛い思いをさせるためにしたワケではない。

 馬鹿な真似をする義弟をたしなめるための、百年越しの可愛い叱咤だ。

 

「今更、そんなことを言うのか。このDIOに」

 

 澪の直截な物言いに、面白くもなさそうに心なし唇を尖らせるDIOにああこういう所は変わってないんだなぁ、としみじみしてしまう。

 

 言いたいことは言えた。きっと自分だけじゃここには辿り着けなかった。

 

 承太郎や花京院、ジョセフとシーザー、アヴドゥルとポルナレフ、イギー。そして、ジョナサン。

 ジョースターの血統と彼らの持つ黄金の精神に惹かれた仲間たちが澪を支え、守り、導いて、こうして連れて来てくれた。

 

 澪は家族の味方で、友達の味方。

 

 そこに嘘はない。ジョースターの血族はみんな家族で、花京院たちは大事なともだちだ。

 

 だから、ジョナサンとエリナちゃんがつないできたものを、まもらなきゃ。

 

 さぁ、ジョセフとの約束を果たそう。

 

 

──だって、僕はジョナサンのお姉ちゃんだから。

 

 

 それは、姉としての義務だった。

 魂を賭して叶えなくてはいけない責務で、きっと紛れもない愛情だった。

 記憶が過去と今とを交錯して、蛇のように這い回って澪を縛る。それは己の自覚できない心の底で。

 

 だからこそ、これからすることは決まっていた。

 

「確かに今更だけど、今だから言ったんだよ」

 

 そして澪はDIOの肩に手の平を押し当てて、ふわりと離れた。

 柔らかな檻からするりと抜け出し、魔法のように遠ざかる。

 

 ぬくもりが、離れた。

 

 驚くほど強い喪失感にDIOは咄嗟に腕を伸ばしたが、それはあと一歩のところで澪には届かず、むなしく空を切るのみだった。

 

「なんのつもりだ」

 

 読めない行動にじゃっかんの苛立ちを覚え、DIOが強い口調で糾す。

 なぜか背筋が震えた。武者震いではないそれに、DIOは己の中の警戒心が最大にまで引き上げられたことを自覚する。

 

 だが澪の態度はなにも変わらない。少しだけ離れた位置で、瞳はしようのない義弟が悪戯を起こした時のようなそれ。

 それが不気味で、DIOの苛立ちはますます加速していく。

 

「うん、あのね」

 

 澪はおもむろに腰に差していた刀の柄を握り、慣れた動作で引き抜いた。

 濡れたようにつややかな漆黒の刀身は、まるで夜の海のようだ。

 

「ほう?」

 

 唐突な義姉の行動に顎に手を当て、むしろ面白そうにDIOはつぶやく。

 

「ここにきて、わたしと敵対するのか? わたしの花嫁。わたしの番いにして、ジョースター家の異端児よ」

 

 承太郎のように、ジョセフのように──ジョナサンの、ように。

 

 ジョースターの血に連なる者の義務を果たそうというのだろうか。

 

「それはそれで構わんぞ。むしろ、ふふ、面白い」

 

 澪の身体はともかく、魂はジョースターのそれだ。

 行動を起こしてもなんらおかしくない。むしろこれまでが不自然といってもいい。

 それならそれでDIOは構わなかった。そうでなくては、とも思う。

 

 魂の底まで蹂躙し尽くし、屈服させ、足掻くことすらできぬほど無様に跪いたその時には──涙を舐め取り、吸血鬼にしてやろう。望む支配と隷属をくれてやろう。

 

 それはDIOの心を満足させるだけの誘惑と熱を伴った理想だった。

 

 だけど、昔からDIOの予想の範疇を鼻歌交じりで飛び越えるジョースター家の異端児が、そんなことを実行してくれるはずがなかった。

 

「ええ? そんなことしないよ」

 

 澪はさも心外です、と小さく唇を尖らせ、

 

「これは、ディオの首を切るためのものじゃない」

 

 抜き身の刀身を目の前のDIO、ではなく──自らの首筋へと滑らせた。

 

「ッ!?」

 

 DIOが瞠目する。読めない行動にも限度があった。

 

 けれど澪は頓着しない。するはずがなかった。

 

 吸い付くようにぴたりと刃先を首筋に押し当てたまま、澪はきれいに微笑んだ。

 

「ごめんね」

 

 そして少しだけ、困ったように。

 

 ふがいない己を、自嘲するように。

 

「お姉ちゃん頭が悪くて、ばかだから。これ以上いいアイデア思いつかないの」

「な、にを、馬鹿な……」

 

 微動だにしない剃刀の如き刃先は、ほんの少し力を込めれば容易くその首筋から血液が噴出するだろう。

 澪が持ち前の膂力で力一杯振り抜けば、真一文字に首は吹っ飛ぶ。

 

「ねぇ、ディオ」

 

 らしくもなく惑乱しているDIOをなだめるように、澪はことさらゆっくり言葉を紡ぐ。

 

「そのからだは、ジョナサンとエリナちゃんに返してあげなさい」

 

 ともだちから大事なおもちゃを取り上げた子供を、たしなめるように。

 

 瞳を眇めて、ごく当たり前のように──百年前から決まっていた絶望をふりまいた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 それは、いっそ狂気すら感じる無償の愛だった。

 

 飢えた子供に己の血肉を与える獣の如き献身だった。

 

「背が足りないのとおっぱいないのは……いいとして、ちんちんついてないのはごめんね。気合いでなんとか頑張って」

 

 無茶無謀を通り越した行動になんの疑問も抱いていないあほな言動に、DIOが激昂した。

 

「貴様、何を考えているッ!?」

 

 怒鳴りつける声は爆撃の如き威圧を伴っていたが、澪はきょとんとしている。不気味なほどに。

 

 不安と焦りが百年出さなかった冷や汗を流させる。言葉が通じている気がしない。表情と雰囲気、態度で徹頭徹尾澪が本気だということが肌身で分かってしまう。

 百年前の出来事はDIOにとってごく身近だ。義姉のろくでもなさも、途方もない優しさも、これと決めたら貫徹するだけの気概を持っていることも。

 

 だから理解できる。してしまう。

 

 澪は──ミオ・ジョースターはそれをためらいなくやってのけることを。

 

「だって、ホリィさんもジョナサンの子孫なら、僕の家族だもん。なら守らなきゃ」

 

 澪の『ミオ』たらしめる魂が消えれば、ジョースターとしての繋がりはなくなる。

 

──『夕凪澪』は『ジョースター家』ではないのだから。

 

 そうして残るのはただの肉と内臓の詰まった袋だ。

 

 DIOの唇がわななく。

 

「まさか、まさか……ッ!」

 

 ただジョナサンの身体を返せと喚き散らすだけならば、DIOとて反駁しただろう。簒奪される怒りを以て澪を打擲できただろう。

 

 だが、澪はそんなに甘くなかった。

 

 百年越しの吸血鬼の恋情を真正面から叩き潰す、最大の一撃を用意していた。

 

「でも、ディオもだいじな家族だもんね」

 

 大切な『家族』を守り、大好きな『友人』を守る為の最適解。

 

 それを見出してしまったのだから、もう止まるはずがなかった。

 

 おそらくは、最初からそのつもりだったのだ。

 

 全てをジョセフに聞き、理解して、旅に同行したその時に。

 

「だからさ、馬鹿なことは考えないで」

 

 それはDIOではなく、臥薪嘗胆の思いで死体のように倒れ伏し続けなければいけないジョースター家の末っ子に向けて。

 

 あの時の言葉は本当に辛かった。だけど、ちょっとだけ安心した。

 

「僕を殺すのは、僕だから」

 

──承太郎は、誰も恨まなくて大丈夫。

 

 それはまだ少しだけ迷っていた覚悟を後押ししてくれた。

 誰かが自分を殺したら、承太郎は明確な憎悪と殺意でそのひとを殺してしまう。

 

 でも、澪を殺すのは澪だから、怒りのやり場をなくさせるのは申し訳ないけれど、人殺しという明確な罪科を承太郎に背負わせるよりよっぽど気持ちが楽だった。

 

 承太郎には『これから』がある。他のみんなもそうだ。

 輝くような未来が、他愛のない日常が、これまでの年数を超える膨大な時間が最高の溶媒となって、どんな感情も薄めてくれる。

 足して、混ざって、注がれて、いつかは折り合いをつけて、そうして消えてくれる。澪はそれを期待する。信じて、託す。

 

 ああ、そうだ。

 

 わがままをひとつだけ、いいかな。

 

「それで、もし、聞こえてたら──首をすげ替えてあげてほしいな」

 

 くすりと、いたずらっぽく笑って。

 

「僕のからだが、腐らないうちに」

 

 DIOには及ばなくても何十年と時を重ねた澪の心は歪んでいる。

 それはDIOとは違う方向で、基本的に善人であるからこそ、気付かれることは少ない。

 

 ポルナレフの言う通り、とっくに『まとも』ではないのだ。

 

 無私と優しさを土台にして、まじめにこつこついびつな成長を遂げた澪は、まれにそれと知らずに人の心を踏みにじる。

 そこにあるのはねじくれ曲がった優しさで、本人なりの信念に基づいた行動なので悪気なんてかけらもない。狂人が己を狂人と自覚できないことと少し似ているかもしれない。

 

 傾けた心の分だけ傷を負う。踏み込めば踏み込むほど、凄惨に、むごたらしく。

 

 それは悪人も善人も等しく変わらず。

 

 なべて人と人の関係はそういうものだが、澪の場合はより強烈だった。

 

 そういう存在に、なってしまった。

 

「それでは、それではなんの意味もないではないかッ!!」

 

 ひとかたならぬ思いを澪に抱いてしまった吸血鬼は、だからこそ叫んだ。叫ばずにいられなかったのだ。

 余裕なぞ保っていられない、虚飾をかなぐり捨てたそれは魂の叫びだった。

 

 でも、こうと決めたら梃子でも動かない澪は愚直に。つまりは素直に。

 

「でも、ずっとそばにいるよ」

 

 命と心はあげられないけれど、肉体はあげられる。

 ねじれても、曲がってても、その言葉に嘘はない。ひたむきなまでの優しさが、愚かな選択を選ばせる。

 

 それが痛くて、苦しいのだ。

 

「『世界』!」

 

 たまらず、咄嗟にDIOは『世界』を発動させた。

 これ以上澪の言葉を聞きたくなかった。あまりにも愚か、あまりにも考えなしな行動を拳で矯正させるしかないと思った。

 

 まずは邪魔な武器を破壊して、もう一度抱き寄せて、そして。

 

 

 

──だが、

 

 

「だからさ、しあわせになって。今度こそ」

 

 澪の言葉は、止まらなかった。

 時が止まっていることにすら、気付いているのかどうか。

 

「な、んだと……ッ!?」

 

 これにはDIOだけでなく、承太郎も内心驚愕していた。

 

 澪のスタンドのようなもの、が発動するのは自分に敵意や害意を向けている場合のみ。

 この場合のDIOは該当しないはずだ。あの行動はどう考えても澪の命を繋ぐためのものだ。

 

 ならば、何故──と、思考していた承太郎の肌が粟立った。

 

 澪はDIOのスタンド能力を知っていた。義父たちが教えてくれたのだと言っていた。そこに嘘はなかった。

 

 だが、

 

『それが何秒くらいかは、僕もわからない。五秒か、それとももっとか……射程距離もね』

 

 なぜ、澪はあの時()()と告げた?

 

 あの時点で判明していたのは『時を止める』その一点のみ。

 現段階でDIOが停止させられる秒数まで正確に言い表していたのは、何故だ。

 彼女が自分の視界に入っている間に『世界』が発動したことはない。

 

 しかし、それはDIOが『世界』を使っていなかったこととイコールでは、ない。

 

 あのとき、何故気付かなかったのだろうか。

 

「……ッ」

 

 承太郎は己の迂闊さに歯噛みする。

 

 本当に簡単なことだった。

 

 澪がDIOの『世界』で止められる時間を正確に言えたのは……

 

 

──体感したことが、あったからだ。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 まだスタンドなんて奇妙奇天烈な能力を持ったものがいるなんて知らなかった時だ。

 

 ハイエロさんは典明くんのかっこいい守護霊だったし、承太郎はごつくしいが憎めない幼馴染みだった。

 

 はじめて『それ』を体験したとき、さすがに頭がおかしくなったと思った。

 

 曇天の隙間から差し込む天使の階段。

 

 今にも止もうとしている、針の糸よりなお細い霧雨。

 

 ゆるくかがやくプリズムの放つシンチレーション。

 

 跳ね踊る若鮎の鱗に似た、ビーズ色の雨。

 

 何もかもが止まった世界はうつくしかった。息が止まってしまいそうなほどに。

 

 そして、とてつもなくさびしかった。

 

 誰もこの現象を知らなかった。どころか、覚えてる人間も皆無ときたもんだ。

 

 もったいないな、こんなに綺麗なのに。

 

 少なからず混乱はあったけど、それよりこんなにも幻想的で不思議な世界を共有できないことが、なんだか切なかった。

 そうは思ったけど、誰も知らないなら伝えられない。へんたいか電波さんか、ともかく変人扱いされてしまう。

 

 それはイヤだったので誰にも言わなかった。

 

 その現象は時々起こって、体験するたびに長くなっていくような気がした。

 

 とはいえ、そういうものだと割り切ってしまえば人間の適応力は大したもので、いつしか慣れた。

 現象が起きてもああまたか、と納得することができたし直後の間はぼーっとしてた、くらいで周りを誤魔化すなんてわけなかった。

 

 そんな時に典明くんが音信不通になって、承太郎の悪霊もとい『星の白金』が発現して、運命の歯車が音を立てて軋み始めた。

 

 ジョセフたちと再会して、スタンドを知って、義父さんたちの手紙が答えを出した。

 

 最初は、スタンドの『能力』だとしたらスタンド使いはみんな体感するのかと思っていた。

 でもスタンド持ちの典明くんどころか、スタンドの発現が遅かった承太郎も気付いてなかったからそんなことはぜんぜんないらしい、と学んだ。

 自分に起こったスタンド能力『らしきもの』も無関係のようだから、残るのは個人的な問題だ。

 

 その辺を念頭に置いて、自分なりに考えてみた。

 

 僕の人生はわりと特殊で、とりわけ、ここのところのジョースター家にまつわる『奇妙な冒険』は群を抜いている。

 

 精神のみならず存在そのものの時間を遡行させたり、そうでなければ異なる次元としか言いようのない世界への移動。今回に至ってはほぼダブルパンチだ。

 べつに望んでそうなったワケではないけど、不可逆のはずのものを反復横跳びするような暴挙である。

 

 その前提を考え詰めると、こんな結論になる。

 

 時間という概念を支配して時を止めるDIOの『世界』に対して──僕はその『停止して延びた時間』にも同調してしまう。

 

 度重なる時間遡行の弊害、なのだろう。たぶん。

 生きとし生けるものが生まれた瞬間から背負っている概念を時にぶっちぎって、時にたぐって引き戻して。

 そんなことばかりしていたら変化に敏感になって当たり前で、まして時間停止なんて影響が大きすぎて巻き込まれてしまうのも頷ける話だ。

 

 もちろん憶測だから本当かどうかは分からない。他に比較対象もいないので仕方がない。

 

 みんなに話さなかったのは、信じてもらえないだろうという諦めと、ひとさじの不安からだった。

 

 だって、妄想とか脳の不調という帰結の方がよっぽど現実味がある。本当にDIOのスタンドの影響なのかも、疑わしい。可能性を否定しきれない。

 だから口を噤んだ。そういう意味では僕は自分をこそ信じていなかった。

 

 その選択を後悔はしていない。

 

 話しても話さなくても、結局のところあまり意味はなかったのだと、分かったから。

 

 

 だから──これは、ただ、それだけの話なのだ。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 承太郎が見落としていた事実は、そうして結果を連れてくる。

 

『無駄ァ!』

 

 時止めが無意味ならば物理で粉砕すればいいと、DIOはそのままスタンドの豪腕で武器破壊を図った。

 

 それが悪手だった。

 

 影が強くなる。DIOの放った『世界』の腕が澪へと触れる刹那、金の粒子へ散華する。

 

 花弁だった。

 

 『世界』の腕がわらりとほどけ、薔薇の如き無数の花弁となって広がる。

 ざぁ、と吹雪のように舞い上がり、互いの視界を埋め尽くし、光になって崩れ去る。

 

 光の粒子を孕んだ雪の髪が浮き上がる。

 

 DIOの眼前で、金色のひかりを纏った澪は、ぞっとするほど麗しい微笑みを浮かべた。

 

「澪……」

 

 目を反らせば消えてしまいそうなほどに儚く、あまりにも美しい光景だった。

 

 うすい唇が、ほろりと動く。

 

「ディオ」

 

 小さくささやいて、甘い、さびしい声音で。

 

 時に置き去りにされ、時を置き去りにした──この世界でふたりぼっちのDIOと澪。

 

 

──このせかいで、いちばんさびしがりなおとうとに。

 

 

「死んでも、人じゃなくなっても、かぞくだよ」

 

 きっと世界中の人が、いとしい家族に何度でも捧げてきたありふれた言葉を、もう一度だけ。

 

 

「ずぅっと、だいすき」

 

 

 スタンドを無効化した代償は体重の消失。

 

 いつもてきとうに振り回していたから忘れがちだが、澪の刀は重かった。

 持ち前の膂力で苦もなく支えていた鋭利な刃は、重みを失った細腕では耐えることなど、できようはずがないくらい。

 

 そして、それはさながら罪人を裁く断頭台のように、紙風船程度になってしまった華奢な首筋を──

 

「────ッ!!」

 

 それは、いったい誰の声だったのだろうか。

 

 DIOは間に合わなかった

 

 シーザーは届かなかった

 

 承太郎は気付けなかった

 

 花京院は想像できなかった

 

 

 だから、だからこのおはなしは

 

 

 

──ここで おしまい──

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぞんッ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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