あれ、首がついてる。
気がついて真っ先に思ったのは、そんなマヌケなことだった。
首まわりをぺたぺた触って、くっついてることを確かめて、くっついてることにびっくりする。
いや、だってさっきこう、スパーンと景気よくやったはずだったんだけど。
それとも失敗してたのか? やだなにそれ恥ずかしい。
いやいや、そんなことより。
「……ここは?」
どこだろう。
見上げると綺麗な青だった。
砂漠のべったりぎらぎらした青じゃなくて、もっとずっと柔らかくて高い空。
遠く見渡せるのはマリンブルーの海。日本の灰色の海じゃなくてナポリとか、ヴェネチアみたいな外洋の色だ。
頬に風が当たる。シャボン玉を高く遠くまで運んでくれそうな、気持ちのいい風だった。
吸い込むと不思議と潮の匂いはしなかった。胸のすくような緑と水のにおいが染み込んで、なんだか気持ちが軽くなる。
海の見える、あかるい丘の上。
……これは、あれか。いわゆる死後の世界というやつだろうか。
正直、そうそうよろしくない半生だったので地獄行き間違いなしと思っていたのだけど、こんなに良い場所なのか死後の世界。
地獄の獄卒~とか天使~どころか、見渡す限り誰もいないしどうしたらいいのかわからない。
「え、どうしよう」
これでまた別の世界でリスタートとかだと笑えないのだが、聞ける相手もいないから判断つかない。
「……」
しょうがないので、歩いてみることにした。
もうどこも痛くないし、なんだかふわふわして歩きやすい。足元はさらさらしていて心地良かった。
DIOのこととか承太郎のこととかポルナレフさんのことをもろもろ考えながら、足を進める。
ここにいないってことは生きているのだろう、たぶん。そうであることをただ祈る。
景色を楽しみつつスタスタスタと歩いていると、風に紛れて何かが見えた。
緑色の葉っぱみたいなのと赤い色のきらきらふわふわした、なんだろう、よくわからない。
わからないけど、面白そうだったから風の吹く方へ方向転換。
少し歩くと林があった。そんなに広くない、森林公園みたいなところだった。
がっしりした根元の樹木を見上げていると、ある一点でガサガサ音がする。葉っぱが揺れて、何かがいる。
「なに?」
額に手を当てて遮光しつつ目を凝らすと、大きな鳥と目があった。もうないはずの血の気が引いた。
鳥は大型で勇猛そうな顔立ちの、猛禽類である。
バサリと羽音がして、両腕を広げるみたいに羽根が伸びた。
「キョォオオオオオッッ!!」
怪鳥の嘶きが響いて、纏い付くような冷気が凝縮される。──これは、ヤバい。
ドガドガドガッ!
「ぎょえええッ!?」
咄嗟に飛び退いたら足元にぐさぐさ氷柱が刺さった。こええ! ペットショップだ! ペットショップがいる!
ここが死後の世界としたらそりゃあいるわな、という話ではある。
ナワバリに入るなということなのか、はたまた恨んでいるのか(両方かもしれない)威嚇音も甚だしい。完全に敵意を向けられている。
二度死ぬのは御免だし、そそくさとその場から退散した。
ペットショップはふんすと鼻を鳴らして枝の中に潜っていった。ナワバリが守れれば満足なのだろう。
いきなり体力を消耗した気がする。いや、あるのかどうかもわかんないけど。
さっきより幾分かペースを落として歩いていると、ついに第一、第二村人を発見した。
背の高い、民族衣装を纏った男のひとと、もう片方は学生服だ。これまた長身の男性で、赤毛がひょこひょこ揺れている。
え、ちょっ、うっっそだろおい。
「のっ、典明くん!?」
「ッ!」
弾かれたように振り向いたのは予想通りの典明くんで、しかも隣はアヴドゥルさんだし足元をちょろちょろしてるのは親分だ。えええちょっとなにそれ。
ひょ、ひょっとしてあの後DIOが全員ぶちころがしちゃったの!? やだ知りたくなかっためっちゃ辛い。
きっと生きてるだろう、と楽観視していた自分のお気楽脳をぶん殴りたい。
「さ、三人とも……」
あまりにもあんまりな事態に、どう声をかければいいのかも分からない。ヤバい泣きそう。
対する典明くんは僕をじっと見つめてから、何かに気付いたかのようにアヴドゥルさんとイギーも揃って顔を見合わせた。
そして三人は親の仇みたいな表情でこっちに振り向いて、その中でも典明くんがまなじりをキッと吊り上げ、開口一番。
「なぜきみがこんな所にいるんだ! 早く帰れッ!!」
怒鳴りつけてきよった!?
「えええ超理不尽!」
「そうだ! きみがいてはいけない! とっとと帰りなさい!」
「ガァウ!」
なんと全員から帰れコールである。なにこれ超しんどい。
「ッか、か、かえれって言われても、だって僕、くび……」
無意識にうなじ辺りをおさえる。
つか、首ちょんぱしたんだから、帰ったって戻ってきちゃうのでは?
状況がさっぱりわからずおたおたしている僕にやきもきしていた典明くんが、一分一秒でも惜しいとばかりにめっちゃ切れた。
「ああもう埒が明かない! とにかく、ここにいてはダメなんだ!」
びっしゃん!
なんと典明くんはどっから出したのか塩まで撒いてきた! おとといこいってか!? ひどくない!? というかどこに持ってたの!?
しかも親分は足に噛みついてくるし、なぜかアヴドゥルさんまで塩撒きに参戦してきた。とてもいたい!
「ダメって!? とっ、とにかくはなしを、うわしょっぱ! あと地味にいたい!」
「ほら早く! 行くんだ!」
犬でも追い出すようにバッサバッサと塩をぶっかけられ、這々の体で逃げ出すしかなかった。
弁解も話し合いも用を為さない、全力拒否の構えである。どんだけ嫌われたの、僕。
「ああもうわかりました! わかりましたよ! 行きゃあいいんでしょ!?」
やけくそで怒鳴っていたら、なんか別の意味で泣きたくなってきた。友情とかなんとかをこれっぽっちも感じられない。なんたる仕打ち。
ひどいよ、がんばったのに。
「う、うわぁあんアヴドゥルさんのばか! 親分のおこりんぼ! 典明くんのおたんこなす-!」
☓☓☓☓☓
「アヴドゥルさんのばか! 親分のおこりんぼ! 典明くんのおたんこなす-!」
ボキャ貧な罵倒を口にしながら半泣きでスタコラ逃げ出す澪の背中を見て、やれやれと肩をすくめる男二人と小型犬が一匹。
「やれやれ、手のかかることだな」
「まったくですよ」
「イギッ」
遠くなっていく小さな背中に、手なぞ振ってみる。気付かないだろうけど、それでいい。
こんなところでまで手を焼かせてくれる、花京院の幼馴染み……らしきひと。
彼女が『自分』にとってどんな存在なのかは、目にした瞬間になんとなくわかった。アヴドゥルやイギーもそうだったのだろう。
花京院には見覚えのない、なのに、ひどく懐かしい顔だった。だからだろうか、すべきこともわかった。
じゃっかん手荒な手段になったことは否めないが、これくらいしないと大人しく回れ右しないだろう。中途半端な位置で止めていた手を下ろし、おなかの辺りをさする。
無論、己の歩んできた旅路に後悔はない。
花京院典明は己の命の恩人の母を救うため、踏みにじられた自尊心を取り戻すために、星の一族が辿る苛烈な旅路に同道した。
旅路は時に楽しく、時に苦しく、時に痛みを伴い──それでも、それまでの人生で最も幸せだった。
心の通い合う仲間を得た。己の全てをかなぐり捨ててでも、窮地を救うことを良しとできるだけの人と出逢えたのだ。
花京院はそれを誇る。
残される人を思えば心が痛まないと言えば嘘になるが、それでもあの時点で選べる行動はそう多くなく、あの極限状況で選び取った最後の選択は、最善のものであったと断言できる。
力及ばずとも、全てを託し、メッセージは確かに伝えられた。伝えることが、叶った。
だから、花京院典明はこれでいい。
──けれど、
そう、いうなれば、これはただのお節介だ。
残す側になった花京院典明が、残される側になってしまった『自分』へ贈ることのできるたったひとつの、正真正銘──最後の
そして、ほんの数分のみ顔を合わせた幼馴染みへの──
「大丈夫だ」
無意識に口をついて出た。
安心して欲しい。そう願う。
なんて小さな背中だと思った。双肩に乗せてきたものを思えば、知らず胸が痛んだ。
ほんの少しの邂逅でそう感じたのだから、四六時中顔を突き合わせていた者たちの葛藤はいかばかりかと、想像するに余りある。
それでも、いいや、だからこそ、だ。
ここで諦めなくていい。受け入れないで欲しい。きみは納得なんてしちゃいけない。
きみがここまでしてきたことは、誇っていいことだ。とてもすごいことなんだ。
だから、だからと、
このひとときに──
きみの未来はしあわせであふれていると、どうか実感して欲しい。
そして思い知るといい。
きみがいないと夜も昼も明けないようなばかやろうが、たくさん待っていることを。
☓☓☓☓☓
髪や服をはたくと粗塩がぱらぱら落ちてくる。どれだけ勢いよく撒いたんだ。
脱いで振り回したのにまだ靴の中がざりざりしてちょっとイヤだった。
「ううう、なんだったんだ……いくらなんでも全力拒否はちょっとひどい……」
どこに行けばいいのかも分からないのに、せめてどっちに行くかくらいは教えてくれよう。
一緒に頑張ってきた戦友と思ってた仲間たちにあそこまでされると、精神的に大分クるものがあって、めそめそしながらトボトボ歩く。
内陸の方に向かっていたけどイイ予感がしないから、海沿いに歩くことにした。
すると、
ドン
「あ、すいませ、」
俯いて歩いていたせいで誰かにぶつかってしまい、謝りながら顔を上げた。
ら、
「んんんんn!!??」
妙にゴッツい胸板と思えば、その特徴的な髪型! ドイツ軍服を纏った身体のあちこちに砲塔を秘めた煌めく金属的な色!
金属油の匂い漂う男のロマンを丸ごと詰めた全身サイボーグなんとかな外見は!!
「しゅ、しゅとろはいむさんッ!!」
僕の憧れ! 大好きなシュトロハイム大佐が目の前に! なぜここに!? あっ死後の世界だからか納得!
いや、そんなことはこの際どうでもいい!!
「う、ぁああんシュトロハイムさんん! みんなが! みんなひどいんですよ!」
これまでの鬱憤晴らしと癒しを求めてそのまま全力で突撃しようとした。誰だってそーする! 僕もそーする!
ガショーン!
しかし、ここでも現実は(僕にとって)非情だった。
頑なに口を閉ざしていたシュトロハイムさんは、おもむろに頭の後ろで両手を組んでセクシーポーズを取る。あの、そのポーズめっちゃ見覚えがあるんですけど。
いやな予感に冷や汗が止まらない。ちょ、待って待って待って。
「え、なんで銃口せぐり上げてるんです? 横から落ちてきたの弾倉ですよね僕知ってる」
突撃しようとしていた足に急ブレーキをかけ、本能的に後ずさる。この体勢この音このポーズ! もしや!?
シュトロハイムさんは僕の予想通りガチャン! と安全装置を外すと、
「我がドイツの科学力は世界一ィイイイイイ──ッッ!!!!」
ドガガガガガッ!
驟雨の如き絨毯爆撃をしてきやがったのだ!! そんなこったろうと思ったよ畜生!
「ッだー!!」
機銃音とともに無数の弾痕が刻まれ芝生はめくれ上がり、のどかな風景は一瞬で戦場のそれである。
塩よりよっぽど殺傷能力高い攻撃にたまらず回避行動を取ったのだけど、場所が悪かった。
砕けた土くれを踏んでずるっと足元が滑り、そのまま身体が傾いていく。ぞくりと悪寒が走る。この下は海だ。やばい、僕泳げないのに。
「ッ!」
思わずぎゅっと目を閉じると、
『奥義・神砂嵐!』
おいこらなんか聞こえたぞ!!??
口を開こうとした瞬間、暴風と呼べる爆圧が全身に叩き付けられ、衝撃でぐわんと視界が揺れた。踏ん張りがきかないので軽々と吹っ飛ばされ、中空にぼん投げられる。重力に逆らう術などない。
見渡す限り青である。空の青と海の蒼。綺麗は綺麗だったが、もうどうしようもない。怒りに任せ、姿すら見えないが風の元へ向かって中指をおっ立てながら全力で叫んだ。
「ワムウてめええええ!!」
──ぼちゃん