ふと、意識が戻った。
夜かな、と思った。
暗くて、何もなくて、足元は真っ白な砂。頭上から耳鳴りのような音が轟いている。
ふわふわ、と足元がおぼつかない。足を踏み出すと砂がゆらりと踊って、服のすそが揺れた。
小さく息を吐くと、こぽり、あぶくがひとつ。苦しくはない。
深海だ。ひなたの光も、月明かりも届かない無人の荒野。
足元は海底で、石ころひとつ見当たらない。漆黒の暗闇では何も見えないはずなのに、なぜかちょっとだけ周りが見える。なんでもありだな、ここ。
目のない魚が行き交って、時々すれ違う。異形の白い甲殻類が見えた。
──さびしいところだ。
漠然とそう思って、爪先で柔らかく砂を蹴ってみる。ほんのひととき砂が待って、沈んで落ちる。
いつの間にか音も聞こえなくなった。無音。何も聞こえない。頭の奥がしん、とした。
熱くないし、寒くもない。
僕の終着点がここだというなら、それも悪くない。さびしい所だけど、誰もいないから、誰も傷つけないし、だから僕もしんどくならない。
全身の力を抜いて、真っ暗闇の中で、ほんの少しの流れに身を任せると爪先が浮いた。ゆるゆると、ふわふわと。
心地がよくて、なんだかねむたい。
誰に咎められることもないし、もう、いいかな。
ゆっくりとまぶたを落とすと、ふわりと意識が身体からずれるような、眠る寸前特有の感覚があって──
「おい」
べしんと、誰かに頭をはたかれた。
「ほあ!?」
軽い衝撃だったけど目が覚めるにはじゅうぶんで、びくりと肩をそびやかす。
誰の気配も感じなかったのに、忽然とあらわれていた。
真っ暗の、虚無めいた永遠の夜の中で、不機嫌そうに腕を組んで。
「こんなところで寝こけてるんじゃあない」
非人間的なまでの石膏めいた白い肌に、緩やかにたなびく豪奢な金髪。
鍛え上げられた体躯はまるで彫刻みたいで、体温を感じられない。それこそ屍蝋のようだ。
けれどその瞳は紅玉めいて炯々とこちらを睨み据えている。
僕はごぼりと口から泡を吹いて。
「で、ディオ?」
驚愕のままに彼の名を呼んだ。
穏やかな気持ちなんて一発で吹き飛んで、混乱と焦燥で頭がぐらぐらする。
「なんで、だって、ここは」
何も考えないで、意識が消え失せる寸前に見た衣装そのままの彼の胸元を掴む。指先がふるえた。
「ここ、は」
どうしよう、泣きそうだ。
だってここにディオがいるなら、僕がしたことは、してきたことは、ぜんぶ。
ぜんぶ。
「ふん」
喉の奥がふるえて、絶望と諦観となんだか色々な感情で凍り付く僕を見下ろして、ディオは端整な柳眉を思い切りしかめて小鼻を鳴らした。
そして、大きなてのひらで僕の頭をわし掴むとずいっと顔を近付けてくる。
その厚い唇がゆっくりと開き、
「こ~の~……うすら間抜けがァ──ッッ!」
爆撃みたいな怒号を放った。
水の中のせいか全身までびりびり震えて凍りつく。出そうになってた涙も引っ込んだ。
「ひぇっ」
鼻先がくっついてしまいそうなほどの至近距離では逃げられない。紅い瞳があかがねの如く煮えたぎっている。正直こわい。
「何年経っても迂闊さは変わらんのか! 貴様の頭に詰まっているのは藁束か何かかッ! ええ!?」
怒りに任せて掴まれた頭をぶんぶん振り回される。吸血鬼の膂力と水中効果で僕の身体は面白いくらいぶん回された。
「だ、だってじょーたろーたちと、でぃお、を、をををを」
「やかましい! 大体、貴様の貧弱なボディなんぞこのDIOが使うか! 仮に使うにしても承太郎のボディをもらうわ!」
あっ、ヤッベそれは考えてなかった!!
「その反応、さては思いつきもしなかったな!? いつもいつもいつも貴様ばかりは思い通りにならんが、よもやここまでするとはなァーッ!!」
「うええええごべんんなざいいいい」
がっくんがっくん揺さぶられながら謝罪するしかなかった。
そうか、僕のからだイヤだったのか。そりゃそうだよなぁ、ちんこついてないし。承太郎の方がいいに決まってる。
そこを考えられないんだから、やっぱり僕はばかだ。
頭がもげそうな勢いで振り回されながらがっくりうなだれていると、それに気付いたディオが「ちッ」と舌打ちして手を離した。
「……このDIOの番いにすると言ったろう。ボディがあったとて、なんの意味がある」
心底忌々しそうに吐き捨てて、深紅の瞳が眇められた。ディオが離した勢いのままに、僕の身体はゆるやかに後退していく。
「おれに死体を愛でる趣味はない」
「……ジョナサンのからだギッたくせに」
「目的が違うだろう。理解しているくせにそういうことを言うもんじゃあ、ない」
その声に、なにか、怒りとは別の感情が混じっているのがわかって口を開けなかった。中途半端に開いた距離なのに、声だけはよく届いた。
ディオがあの時言ってたことは全部、嘘じゃなかった。分かってる。分かってた。そんなの。最初から。
でも、
「家族じゃ、だめだったの?」
「ああ」
「だいすきなのに」
「ああ」
「ずっと好きなのに、それじゃだめなの?」
「……ああ」
「そっか」
「そうだ」
「そっかぁ……」
そうか、それじゃあどうしようもない。
「ごめん」
「謝るな」
「ごめん、ディオ」
「謝るんじゃあない」
「ごめんなさい、お嫁さんになれなくて」
「あやまるなと言ったろう……ばかめ」
胸も腹もつぶれてしまいそうだった。くるしくて、せつなくて、でもどうしようもなくて。
両手で顔を覆った。喉の奥が引きつって、くぐもった声が出た。
思いが強くて、裂けてしまいそうだった。
好き。大好きで、愛してる。愛してた。ずっと。しあわせになって欲しかった。ずっと、しあわせでいて欲しかった。でもそれじゃだめなんだ。なにもできない。なにもできなかった。
それが分かってしまったから、どうしようもない自分が情けなかった。
目が痛い。くるしい。どうしよう。
ふと、肩にあたたかさを感じた。背中にも。
「なかないで」
笑みを含んだ、優しい声だった。懐かしく、聞きたかった声だった。
視線をずらすと、ごつごつした手の平が肩を柔らかく掴んでいた。逞しい指先の主を、僕は知っている。ずっと昔から。
「じょな、さん」
振り向いたら、夏の空みたいな青い瞳の青年が微笑んでいた。背後から舌打ちが聞こえたが無視した。
「ねぇさん」
泣きそうな、嬉しそうな、慈しむような声で呼ばれて、たまらなくて、両手を伸ばして抱き締めた。ジョナサンはしっかり抱き締め返してくれた。
あったかくて、しみるようだった。頼ることを、寄りかかることを、受け入れてくれる。それが分かってしまって、そしたらもう止まれなかった。
「ジョナサンごめんね、ごめんなさい。僕、なんにもできなかった。なんにもできなかったよ」
「そんなことないよ」
「うそ。うそ。うそだよ、だって、からだ、かえしてくれなかったもん」
「無茶を言うな」
「ディオはちょっと黙ってて」
二人の顔を見て、心のどこかが決壊してしまった気がした。
ばきりと割れて、ざぁざぁと。
「ひ、ジョナサンも、ディオも、エリナちゃんも、ジョセフも、ホリィさんも承太郎も家族だもん。典明くん、アヴドゥルさんもぽるなれふさんも、みんっ、ひぇっ、みんなとも、ともだち! で!」
「うん」
「えらべないよ! えッ、えらべるわけないじゃん! そんなの!」
「うん」
「でも、ホリィさん、しんじゃうって、あと五十日とか、いわっ、言われて……しかもさ、それが、ディオのスタンドの、せいで、ッんえ」
「うん」
「う、うちの血統が原因なら、もう、ぶぇッ、ご、こうするしか、おもい、つかなかった。だって、ぼく、ほかになんにも、もってない、から……」
だから、あげられるものをぜんぶあげようと思った。
そしたらみんなが笑える未来になると、しあわせな明日になると、信じた。
でも、そんなの僕のひとりよがりで。
だいじなおとうとひとりも、救えなかった。
「あれも大事これも大事でよくばって、動けなくて、それが、それで……ひっ、ぐ、ぜんぶ、いみ、なかったよ!!」
どうしたらいいのかわからない。もうどうしようもない。むねがいたくてくるしい。
たまらなくなって、離れようとした。でもジョナサンはがっしり抱き締めたまま離してくれなかった。だから、しゃにむにすがった。
「やくそく! したのに!! まもれなかった! ディオも、ジョナサンも、みんな!」
守ると言ったのに、誓ったのに、家族も、ともだちも、なにひとつ。
もうやだ。しんどい。きつい。
なにかにぶつけないと我慢がきかなかった。耐えられない。厚い胸板をばんばん叩いて、わめいた。
「ふぐ、っひ、んあ、ああああああ、うぁ、あ、うああああああ」
動かせるものがないから、口を開けて発散するしかなかった。
ジョナサンが何度も背中をさすってくれる。ディオがぎょッとする気配がした。
「ああああああッ!! えぅッ、ぶぇ、ぅええええ」
「お、おい」
なんかめっちゃおろおろしてる気がするけど、構ってられる余裕がない。こちとらいっぱいいっぱいだ。
ジョナサンをばしばし叩いてぎゅうぎゅうだきついて、身も世もなくびゃあびゃあ泣いた。というか、はじめてだ。たぶん。そりゃまぁディオもびっくりするわな。
泣くってこういうことなのか。水の中のせいか涙が出てるんだかどうなんだかわかんない。でも目が熱い。喉がいたい。鼻つまってめっちゃ苦しい。
体力が続く限りわぁわぁ泣いて、泣いて、さすがにつかれてしゃくり上げるしかできなくなった。
なんか途中でディオが近付いてきて、おっかなびっくり僕の頭を撫でたりめっちゃ小声で「なぁ、それ以上泣いたら壊れるんじゃあないのか?」「大丈夫だよ」とか会話してた気がする。
「ひ、っふぐぅう、うっ、うっ、うっ、ごべんなざいぃ」
「もう謝らないでよ、姉さん」
「だっで、だっでええ」
もうなきすぎて大分わけわかんなくなってきた。頭がぼわっとする。ちり紙ほしい。ジョナサンがなだめるように背中を叩いてくれる。
「いいんだよ。ぼくは後悔してないし、姉さんがどれだけぼくらを大事にしてくれたのか、どれだけ辛いみちのりをひとりで歩いてきたのか、全部分かってる」
だからいいんだ、とジョナサンがつぶやく。
やさしい、あまい声音で。
「ありがとう、姉さん。ここまで頑張ってくれて、ぼくを、エリナを、ディオを、みんなを守ろうとしてくれて」
そんなの当たり前なのに、でも、ここでそれを口にするのは違う気がした。
顔を上げると、ジョナサンはしょうがないなぁって顔で、わらってた。
「姉さんにとって当然でも、ぼくにはじゅうぶんなんだ。満たされて、幸せなんだよ」
本当にそう思ってるとわかる、晴れ晴れとしたかおだった。
「だから、ぼくからのお願いだ」
むに、と両手で僕の頬をはさんで、噛んで言い含めるように。
「ここから──これからは、姉さんが幸せになってくれ。自分だけの幸せを得て、笑って欲しい」
そして、少しだけいたずらっぽく。
「そうじゃなきゃ、ぼくだって怒るよ?」
これから。
これから?
ごめん理解がおっつかない。どういうこと。
言葉が脳みそを上滑りしてるのに気付いたらしく、種明かしをする子供みたいな表情でジョナサンが微笑む。
「姉さんは死んでないよ」
なんですと。
ジョナサンがやれやれって感じでディオに視線を移す。
「目の前で大好きな姉さんが首ふっとばして、ディオが動かないわけないよね?」
「ふん」
あらドヤ顔。
僕が落ち着いたせいか、ディオも調子を取り戻したらしい、いつもの傲岸不遜な態度で腕を組み直した。
「大体、貴様はわたしの番いにするつもりだったのだから、蘇らせるさ、当然な」
「えっ」
「首が落ちた? ッは、そんなこと、このDIOも百年前に経験済みだ」
「あ」
「だから血を与えた。遠からず復活するはずだった、吸血鬼としてな。そう、あのヴァニラ・アイスのように」
「なにそれ困る」
お天道様の下歩けないの、ちょう辛い。
ああ、そういえばディオの血で吸血鬼化するってヌケサクのなんやかんやの時に……あ、ああ~。
というか、その理屈でいくと復活? 蘇生? よくわかんないけど、したらしたでディオに続く人類の敵やんけ。やだわー。
「まぁ、その辺りの心配はしてないけどね」
ジョナサンは何かを確信しているような口ぶりだった。
「どうして?」
「だって、あそこにはぼくらの子孫がいて、姉さんの仲間たちがいて、スピードワゴンの遺志がある。姉さんの窮状を黙って見過ごすようなヤツは、あそこにいないよ」
確信というよりは、世の道理を説くような、ごく当たり前の口調だった。
「むぅ……」
そうだろうか。勝手ばっかりしたし、最終的にはわがまま押し通してこの状況なのに。彼らはそこまでしてくれるだろうか。
自分にそんな価値があるとは、ジョナサンには悪いけど到底思えない。
そうだねとは答えられず、口を何回か開けたり閉じたりしてみたけど、結局沈黙するしかなかった。
すると、
「──困る、だと?」
それまで黙っていたディオの額に、びきりと青筋が浮いた。あ、これはまずいかもしれない。正直に言いすぎた。
「ちょ、ディオ」
「やかましい! このDIOの温情を困ると! 抜かすか!? このたわけがァッ!」
「ぐえ」
ジョナサンが止める間もなくディオに胸ぐら掴まれて宙ぶらりんに。しまったこれは地雷踏んだ。自業自得だけれども。
「貴様がおれの予想を遙かに突き抜けた阿呆で間抜けでトンマなことは分かっていたがなァ~~!! よもやスタンドすら突き抜けるようなうすら馬鹿と思うかぁッ!」
「ごめん、ごめんー! 今のは僕の失言だった! 本音だけど!」
「本音!? 本音だと!? どこまでこのDIOをコケにすれば気が済むのだ!? 本ッ当に貴様は貴様は貴様は」
がくがくがくがく。
「だ、むげ、むげげがが」
「やめろディオ! それ以上は許さないぞ!」
「ッが」
ゴスンと重たい音がしてディオの動きが止まった。ジョナサンがぶん殴ったらしい。脳みそシェイクから解放されたけど目眩がおさまらない。ぐらんぐらんする。
再び、多少は落ち着きを取り戻したらしいディオは胸ぐらから手を離し、するりと指先を僕の首筋に絡めた。
「残念だろうが、おれがお前に血を与えた。その事実は変わらんさ、永遠に」
ディオがその先を語らないのは、たぶん、『そう』なんだろう。
くつくつと肩を揺らせて、ディオは僕に顔を近付けて耳元でそっと囁いた。
「澪、貴様にはとびきりの
それこそ、楽園に潜む蛇のように。
「吸血鬼化しようと、しなかろうと、
甘い、けれどジョナサンとは違う、したたる蜜のような、知らず浸潤する毒のような。
「この一点でのみ、わたしは忌々しいジョースターから勝利するのだ」
愉悦を含んで、微笑みを浮かべたそれは、確かに勝利宣言だった。
「これがおれの愛で、勝利で、支配で──呪いだ」
紅い瞳が眇められる。
「どうだ? 澪、お前のちんけな思惑なんぞ、このDIOに敵うわけがなかろう」
言ってることは完全に脅しで、なのに、呟く声は聞いたことがないほど優しくて。
それがなんだかせつなくて、ぎゅうっとおなかが締め付けられた。
ディオはそんな僕に口の端を吊り上げて、うなじを掴んで上を向かせて。
がぶりと、くちを。
「──、せいぜい生きろ。みっともなくあがいて走り回れ、いつものように」
舌先で自分の唇をなぞって、にぃと笑う。
びっくりしすぎて抗議もできない。『ズキュゥン』とかSEが聞こえたのは気のせいだろう、うん。
「ディオ! エリナだけじゃ飽き足らず姉さんまで!」
「ふはははッ、羨ましかろう?」
「もうッ」
余裕綽々なディオから僕をひっぺがして、袖で僕の口をぐいぐい拭って、ひりひりしてきたくらいでようやく止めてくれた。
「まったく油断も隙もないんだから」
ぷりぷりしていたけど、そんなに怒ってはないみたい。むしろ呆れたって感じだ。
そして、ふと思い出したように。
「ああ、そうだ。姉さん、姉さんの力は一応スタンドだよ。いちおう、だけど」
ここでそれぶっこむの!?
「そうなの!?」
「うん。ぼくの願いと、姉さんの心がつくったものだ。これから、どう成長させるかは姉さん次第」
ジョナサンはそう言って、くしゃりと笑った。
苦笑に近かったけれど、少しちがう。
見ているこちらが切なくなるほど、清廉で、あったかくて、うつくしい顔だった。
「だから、ぼくが名前をあげる」
懐かしく、愛しいものを見る瞳だった。
ジョナサンは名残惜しそうに僕の髪をそっと撫でて、ディオとは逆の耳元で囁いた。
「そのちからの名前はね、『 』」
隠し事を打ち明けるように、つぶやいて。
祈るように、手を握って。
「……明日もあさってもその先も、姉さんにいいことがありますように」
一度、強く抱き締められた。
「いってらっしゃい、姉さん」
☓☓☓☓☓
ジョナサンが離れた。
いつの間にか、周囲にほんわりと。
白く、儚い、蛍のような淡い輝きがひらひら、はらはらと浮かんでいた。
星の光のような、あたたかで優しいマリンスノウ。
ちらほらと舞っていたそれは見る間に降り積もって、視界を柔らかく埋めていく。
え、まって、まってよ。
そんな、いきなり。
「ずっと愛してるよ、姉さん」
とっさに伸ばした手は何も触れなかった。
ただ、ただ白い淡雪めいたものがすべてをひたしていく。
届かないなら、声をあげるしかない。
「ぼくも」
ざぁっ、と舞い上がる。
「ぼくもあいしてる」
涙が落ちた、気がした。
さびしい。
「ありがとう」
さびしいよ。
「ありがとう」
ジョナサンもディオも、しあわせでいてね。しあわせってなんなのか、ぼくまだわかんないけど。
でも、そう願ってくれるなら、がんばるよ、がんばるから。
なんでもするよ。だから、どうか、どうか。
視界が染まる。まっしろに。
やさしい石鹸の匂いが、からだを包んだ。
背中をぐいぐい押すのは砂だろうか。
若草色と紫色の蔓が手招きするみたいに揺れていた。あたたかい灯火と銀の煌めきが道ゆきを示してくれる。
──ああ、そうか、それなら
──帰らないと、だめだね
そう思ったら、海のような空のような蒼い腕が、力強く僕の手をつかんだ。
本日はあと2回、10時と11時に更新いたしますので、よろしくお願いいたします。