星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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7.エシディシ襲来

 

 

「そう、そのままゆっくり息を吹き込むんだ。焦らないように」

「うん」

 

 シーザーの言葉に従って、そうっと指で作った輪の中に息を吹き込んだ。シャボンの膜はぷわりと膨らみ、ある一点でぷつりと途切れて宙へと浮かぶ。

 虹色にゆるく回転する虹色のシャボン。光を反射してきらきらと輝くさまはまるで儚い宝石のようだった。

 

「やたっ!」

「ふむ」

 

 思わずガッツポーズを作ったけど、シーザーはおもむろにそのシャボン玉に指を突っ込んでぱちんと割ってしまう。

 

「あうち」

「まぁ普通のシャボンよりは丈夫だが……やっぱりミオの波紋は弱いな」

 

 特に咎めるわけでもないシーザーの声に、ミオも頷く。

 自分の呼吸法は波紋のそれにごく近い、というリサリサ先生の言葉に従い日々修行を積んではいるが、畑が違うせいかうまくいかない事も多い。

 シーザーのようにシャボンに波紋を込めて云々、という手法が使えればと思って習ってみたけれど所詮は付け焼き刃。実践には使えないだろう。

 

「だね、やっぱり波紋だけでってわけにはいかないか」

「俺たちのようなことをしなくても、ミオにはミオの持ち場がある。気に病む必要はないさ」

 

 ぽん、と頭に手を置かれてくしゃくしゃと撫でられる。

 妹がいるという話を以前聞いたから、撫でるのがクセになりつつあるらしい。あとは休憩終了の合図だと思う。

 布で手のシャボン液を拭ってからミオも気合いを入れ直し、シーザーの隣を歩く。

 

「午後はロギンズ先生かー。なんだろう」

「水中だとミオは参加できないからな」

「カナヅチですみませんです」

 

 泳げないのでシーザーとジョセフの救助訓練にしかならない。

 

 そんな風に会話を交わしながら修行場へと向かいつつ、諸々と考えてみる。

 

 三人で修行を始めてから数週間。

 

 日々共に修行メニューをこなして苦楽を味わい、同じ釜の飯を食っているだけあって三人の仲はたぶん戦友と言って差し支えのない関係になった、と思う。

 ジョセフにとっては気の置けない友達兼ペットというのが近い気がする。喧嘩したり元々スキンシップが多いからかじゃれ合ったり、狸の時にとっ捕まえられてもふもふされたりそれをシーザーに怒られたり、と兄妹みたいに接してくれる。

 

 シーザーにとっては大切な友人兼目を離すと危なっかしい妹、というポジションだと思う。

 とりわけ、ミオの食が細いことを知ってからはあれ食えこれ食えとやかましく、体調を心配してくれたり無茶をしようとすれば叱ってきたり、とその辺はもうオカンだった。

 

 そして、ミオにとっての二人はもちろん大事な友人である。

 あとリサリサ先生は敬愛すべき教師であり、スージーQは貴重な女友達、メッシーナ先生とロギンス先生は師範代として素直に尊敬している。

 彼らがどれだけ打倒柱の男という使命に身を窶しているかというのは、修行の間で骨身に染みた。話を聞く限りでは確かに彼らは人の形をしていても人ではないものだ。

 

 ところで、彼らの究極の目的は石仮面を被って太陽の光を克服することだとリサリサ先生に聞いた時は驚いて腰が抜けました。なにせいつかの夢で自分はその仮面で死んだわけですし。

 まぁ、本来なら吸血鬼とやらになって彼らのカロリー源もとい食料的な扱いになるらしいから、たぶん別物なんだろうけど。あ、でも弟の方は成功してたよな確か。よく分からないけど、それはいいか。今関係ないし。

 

 ついでに、あの時彼らがトレジャーハントしたがっていたエイジャの赤石を現在所有しているのはリサリサ先生です。

 シーザーとジョセフがいない時に見たことがないくらいでっかいルビーですね、綺麗ですと軽く聞いたらこれこれそがスーパーエイジャなのですよ。私はこれの守りの使命を帯びているのですとあっさり開陳されて腰が抜けるかと以下略。

 

 ただ、そういう話を聞いてる内に、ミオの中にはふとした疑問が湧いた。

 

 でもその疑問を聞くためには柱の男たちの誰かにでも会ってみないとあかんので、そんな機会は一生訪れないかもしれない。遭遇したら問答無用で戦闘に雪崩れ込みそうな予感しかしないし、どうだろ。

 

 そんなこんなで過ごしていると、遂に二人は最終試験に挑むことになった。ジョセフの相手をロギンズが、シーザーの相手をメッシーナが務めるそうだ。

 ジョセフとシーザーが声を上げる前にミオが挙手。

 

「えーと、僕の試験は……」

「あなたの場合は能力に差異が大きいので試験のしようがないのです。我慢なさい」

 

 リサリサはなぜか子供を宥める口調だったが、ミオも納得して頷いた。

 後方支援役だけを試験しようにも有用性の証明が難しい。彼らの試験は柱の男戦を想定してか夜明けぎりぎりに行われるらしい。

 

「二人とも頑張ってね!」

「ああ、修行の成果を見せてくる」

「ロギンズの野郎に一泡吹かせてやるぜ!」

 

 パァン、とジョセフが拳に手の平を打ち合わせて意気揚々。マスクのおかげで見えないが自信満々に笑っているのだろう。

 二人ともあちこちに傷が目立ち、これまでの修行の跡を窺わせる。ミオ自身も傷はあるが服のおかげで目立たないし、今更それをどうこう思うような細い神経はしていない。

 

 積み重ねた日々が自負を生み、研鑽が自信をつける。結実を誰かに評してもらえなかったのは少し残念だが、そのぶん動けば済む話だ。

 

 ミオはそう割り切ってぐっとのびをした。

 

「じゃあ、僕は夜まで狸でいます。何かあったら言って下さい、対応しますんで」

 

 言うが早いかミオの身体はしゅるしゅると縮み、ぱふ、と煙が上がればそこにいるのは一匹の狸だ。

 普通の狸と違って尻尾がプワプワ大きく、真っ白な毛並みがふにゃふにゃしているのは誰もが知っている事実である。くりくりした桜色の瞳には理性的な光が宿っており、知能が高いとよく分かる。

 

「ああ、今からじゃ夜明けまで保たねーのか。その辺不便だよなー」

 

 ジョセフは慣れた手つきでミオを抱っこして背中をなでなで。何度も文句を言われたので、前よりは幾分か優しい手つきである。

 

「これから先生が船を出して買い出し行く予定なんだが、欲しいものあるか?」

 

 横からシーザーもミオの頭を軽く撫でながら問いかけ、ミオはぷるぷると首を振った。特に欲しいものはない。

 

「では、スージーQと留守番をお願いしますね」

 

 そう言ってリサリサも立ち上がり、三人は船へと向かって行った。プレーリードッグよろしく片手を上げて見送ったミオはそのままたかたかと廊下を走り出した。

 もちろんスージーQから逃げるためである。見つかるともみくちゃにされてしまう。

 

「あっ、もういない! ミオちゃんてば、もー!」

 

 間一髪、駆け込んできたスージーQの目を盗んであちこち走り回ったり休憩したりと、妙な鬼ごっこはジョセフたちが帰ってくるまで続いたのだった。

 シーザー担当のイタリアンを堪能して夜も更け、ミオは散歩がてらシーザーとメッシーナが対決するという場所を見上げた。

 

「高いなぁ」

 

 塔のてっぺんにはかろうじて視認できる程度のロープが張られており、そこで二人は綱渡りよろしく対決するそうな。

 似たような修行はしたが、試験となれば緊張感も段違いだろう。頑張って欲しい。

 

 このエア・サプレーナ島は修行場というだけあって凶悪版SASUKEというか、デッドオアアライブアスレチックというか、とにかく冗談を本気に取った波紋戦士の闘技施設なので物騒にもほどがあるアトラクション……もとい、バラエティに富んだ修行場が数多く点在している。例の油柱なんて好例と言えるだろう。

 

「ジョセフとロギンス先生は確か針山の方か」

 

 まだ時間はあるし、参加できない分確認するのが誠意というものだろう。

 

 ミオはテクテクテクと持ち前の健脚で出島の方に向かった。

 

 二人は今頃英気を養っている頃だろうし、師範代はそろそろ準備に取りかかるか否か。応援しかできないのももどかしいし、一人だけ免除されているような状態に申し訳なさも多少ある。

 

 その辺を自己満足ながら補填するための確認作業なのだが、はてさて。

 

 針のように光を放つ星々。雲の足は速く、流れていく。

 

 照らされるべき地上は殊更に暗く、どうにも不気味だ。

 

 ジョセフとロギンズが対決する場所はそのものズバリ針の山である。

 魔女の釜の底めいた大穴にはびっしりと太い針が突き立っており、そこを足の裏に波紋を集中させ弾きながら戦うという常識外れも甚だしいルールだ。

 

「まぁ、僕の靴底厚いから波紋なくても平気、」

 

 かなり卑怯なことを呟いた瞬間、ミオは何かに引っ張られるように全力で身体ごと振り返った。

 

「──!」

 

 一気に緊張が指の先まで循環し、咄嗟に腰の鞘に手が伸びたが根性でそれを止める。

 

 ミオの視線の先には、暗闇の中でも目立つ男がひとり。

 

 まさに今海から上がってきましたと言わんばかりに全身から水滴を垂らし、身長が高く筋骨隆々。

 皮鎧のような装備を直接肌に縫い込む、という衣服という概念から外れたような衣装に鼻ピアスが目立つ。

 

「む?」

 

 ミオは一瞬しか見ていないからそれが誰かまでの判別はできなかったが、本能的に察した。

 緊張、どころの話ではない。心臓に焼きごてを当てられたような圧力で呼吸が一瞬止まりそうになり、意識的に持ち直す。

 

 相手からは敵意を感じなかったが、それは単なる種別的な問題だ。

 蟻に気を払う人間がいないように、彼らは人間を意識すらしない。威圧感だけは膨大だが、それも勝手に漏れ出ているだけということだろう。気配を隠す、などという弱者のような真似を彼らはする必要性がないのだ。

 

 驚いたのも、怯えたのも本当だが、それより重要な問題がある。

 ミオは闇夜の中、ぽたんと突っ立ったまま相手をまっすぐに見つめ、やがてぺこ、と頭を下げた。

 

「こんばんは」

 

 柱の男、というのは直感で分かったが誰だか分からない。

 

「どちらさまですか」

 

 ワムウじゃないのは分かったが、どちらがカーズでエシディシなのか不明なのだった。

 そんな木訥というか締まりのない挨拶だったのだが、そんな言葉は相手も予想外だったのだろう。僅かに怪訝そうな気配が伝わった。

 

「ほう、このエシディシにそんな台詞を吐いたものは今までいなかったぞ、小僧」

 

 そうかこの人がエシディシだったのか。ということは、ジョセフの喉に死の指輪を埋めた方である。

 曖昧に納得していると、こちらへエシディシがゆっくりと歩み寄ってきた。見れば見るほど大きい。形は人間のものだが、そのまま縮尺を上げたように大きいのだ。柱の一族とやらはみんなそうなのだろうか。

 

 相手は人以上の膂力を持つ化け物のひとりだと理解してはいるが、言葉が通じる以上は話してみたい。そういう意味で、ミオの好奇心は人並み外れていた。

 

「エシディシさん、御用の向きを伺いたいのですが」

 

 やはり緊張感というものをどこかに置き忘れてきたような対応である。

 そういう反応が面白かったのか、エシディシは顎に指先を当てて口の端を僅かに上げた。

 

「エイジャの赤石を持つ女がいると聞いてな」

 

 察するに強奪しに来たのだろう。トレジャーハントしているのだから、持ち主を突き止めて奪うのはセオリーと言える。

 まして彼らにはエイジャの赤石を手に入れ、石仮面の力で太陽を克服するという大望があるのだ。

 

「ともあれ、おれの名を尋ねたのだからそちらも名乗るのが礼儀というものだろう」

「失礼致しました。ミオと申します」

 

 勝手に来た襲撃者ではあるが、攻撃してこないならまだ客だ。礼を失するのは自分の本意ではないので、素直に答えた。

 揶揄すような言葉にも平然と答えるミオにエシディシは何を感じたのか、先程よりも興味深げな表情を見せた。

 

「ふぅむ、臆せんな」

「いえ、とても強い畏怖のようなものを覚えています。ただ、」

 

 言い淀むミオにエシディシが指先を動かす。

 

「ただ?」

「お尋ねしてみたいことが、あったので」

 

 それは本当だ。

 

 もし、柱の男に会うことができて、会話ができる状態だったら聞いてみたいと思っていた疑問。その探究心が今のミオを突き動かしている。

 エシディシは気勢を削がれているのか、純粋な興味本位なのか、感心したように口を開く。

 

「ほほう……面白いな。よかろう、その気概に免じて答えてやろうではないか」

「ありがとうございます」

 

 へら、と笑ってミオはごくごく素朴な疑問の言葉を紡いだ。

 

「エシディシさんは、おひさまが見たいんですか?」

 

 重ねて、問う。

 

「おひさまが見たいから、エイジャの赤石が欲しいんですか?」

 

 ずっと疑問だったのだ。

 

 彼らは地下でずっと暮らしていたのだから、そのまま地下にいたってよかったはずだ。

 元々の基本性能が違うのだから、彼らはいわば人間の上位互換とも言うべき存在で、食物連鎖の更に上にある種族だ。

 栄耀栄華を求めるからこそ、弱点を克服するために石仮面の研究に着手したというカーズの動機は分からないでもない。あらゆる科学の果ては無限、或いは人間だと聞いたことがある。

 カーズの求める超生物はまさに両方を兼ね備える贅沢品だ。──だが、()()()()

 

「柱の一族は長生きで、力があって、人間が食料で……それはいいんですけど」

 

 倫理観的によくはないが、それはミオにとって相手を殺す動機になり得ない。

 

「太陽を克服してすごい生き物になって、それからどうしたいんですか?」

 

 もし、彼らが求めているのが『太陽光を浴びてみたい』という牧歌的な最終目的ならば、ミオは殺すことに躊躇いを覚えてしまう。

 そして超生物になることがその副産物だというなら、話は変わってくる。人を越えること──ではなく、『太陽』にこそ価値を見出し、努力を重ねていたのなら。

 

 ただ、あたたかな陽の光をその身に感じてみたいと。夜明けの美しさを、夕暮れの景色を目に焼き付けみたいと、そう願っているだけなら。

 

 それだけだったなら。

 

「さてな。それはなってからの楽しみというものよ」

 

 だが、エシディシの返答は飄々としたものだった。

 

「まぁ、あの忌まわしい太陽の光を浴びてみるというのも一興ではあろうがな」

 

 ということは、太陽光克服というのは彼らの目的というよりは通過点なのだ。あくまでエイジャの赤石を手に入れ、超生物になることが現段階での最終地点。

 

「そのためにはエイジャの赤石が必要不可欠、というわけだ。わかるか? 小僧」

「赤石のためなら、何人殺してもいいと?」

 

 どうするのが正解なのか分からなかったが、どうせしばらくしたらロギンズとジョセフが来る場所なのだ。

 

 だから、これは最終確認。

 

「当然だ、もとよりおれたちにとって人間なぞ餌か暇潰しの相手にすぎんさ。躊躇う理由がどこにある?」

 

 その言葉を聞いて、ミオはなぜだろう──ほんのりと笑った。

 

「そうですか、戯言にお付き合い頂き……ありがとうございました」

 

 柔らかな礼を捧げ──瞬間、宿ったのは氷結の殺気。

 

 圧搾された絶対零度の圧力が抜き身の刃のようにミオの瞳に宿り、暴威の気配が燐光のように纏い付く。

 

 そうしてそっと薄いくちびるが、開く。

 

「人間五十年」

 

 それは人間の詩だ。

 

 短い一生を懸命に生きる人の姿だ。

 

「下天のうちを比ぶれば」

 

 エシディシには、敦盛なんて聞き取れても分からないだろう。

 

「夢幻の、如くなり」

 

 彼らにとっては瞬きの間に過ぎ去る時間が、ミオたちの一生だ。

 

 それを余興や暇潰しと称して弄ぶものを、看過できるはずもない。人間を餌に愉楽を貪るような輩には、全力を以て抗わなければならない。

 

 柱の男は──ミオの敵だ。

 

「仲間を守り、害するものは全てを以て排撃するのが僕の誇り」

 

 いつの間にか、ミオの指先は愛刀の鞘へと伸ばされて。

 

「ようやく、あなたを敵とすることができました」

 

 柔らかな微笑には、玲瓏とした覚悟が垣間見え──応えるようにエシディシもにんまりと唇を吊り上げた。

 

「それはいい」

 

 エシディシの闘気が爆発的に膨れ上がり、ミオも腰だめに刀を構え、闘争の火蓋が切って落とされようとした──その時。

 

「むう、貴様はエシディシ!」

 

 試験の準備に取りかかろうとしたのだろう、ロギンズが姿を現した。

 

「先生!」

「ミオ、お前の波紋は弱い! エシディシ、相手はこのロギンスが務めよう!」

 

 ロギンスは言い捨てるや否や、敏捷な動きで地を疾駆してエシディシへと肉薄する。

 

「ほう、波紋戦士か。ならば小僧は後回しにするとしよう」

 

 二対一にも関わらず、エシディシは余裕の態度を見せ、転瞬、ロギンズの撃ち出した掌打をなんなく受け止めてみせた。

 

「ッ馬鹿な!」

 

 その表面には僅かに火花のように波紋が走っているのが分かったが、エシディシは意にも介していないようだ。

 

「ふん、この程度の波紋戦士などこのエシディシの敵ではないわ!」

 

 そのままエシディシはロギンズの手を握り込み、引き寄せながら恐るべき筋力で鋭い蹴りを見舞おうとした。

 その爪先は過たずロギンズの肺を狙っており、直撃すれば致命傷は避けられない。

 

「──ッ!」

 

 だから、ミオは床を蹴り割るような勢いでエシディシへと跳躍し──殺意に凍えた鞘鳴りと共に刀を抜き払った。

 

 一刹那の風切音が響き渡り、エシディシの振り上げられた足が砲弾の如き勢いでロギンズを吹き飛ばした。己の足を巻き添えにして。

 

「……お?」

 

 エシディシが腿の辺りからすっぱりと寸断され、千切れ飛んだ自分の足を不思議そうに見つめる中、

 

「先生!」

 

 ミオはそのままロギンスへと駆け寄り、素早く身体をチェックする。致命傷こそ避けられたが、エシディシの脚部による打撃は半端なものではなかったのだろう。

 

「ぐ、ぅ」

 

 呻きとともに口の端から血が伝い落ちる。あばらが折れているか内臓に損傷があるのかもしれない。

 

「こ、ぞぉ……おれに、何をしたぁあ?」

 

 低い、地獄から響く怨嗟のような声が背中に刺さる。

 

「僕のちんけな波紋じゃ、すぐくっつきますよ!」

 

 ミオは臆することなく立ち上がり、放逐されていた足を掴んでぶん回しエシディシへと放り投げた。

 ぶっちゃけ咄嗟のことだったから波紋なんて込めていない。純粋に愛刀の切れ味に賭けたまでのことだ。

 

「ロギンズ、ミオ! どうし……テメェはエシディシ!」

 

 驚愕の声とともに現れたのは、ジョセフである。ロギンズが準備に来ていたのだから当然ではあるが、ナイスタイミングだ。

 

「ジョセフ! 僕先生を運んで先生に報告してくる!」

「どっちのこと言ってるか分かりずれぇ! が、分かった! ここは任せろ!」

「よろしく!」

 

 信頼を言葉に託し、ミオはロギンスを担ぎ上げて全力で遁走した。

 

 彼ならばエシディシに負けはしない。そんな不思議な確信があった。

 

 

 

 

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