波紋ってすごい、と改めてミオは思った。
彼女の負った火傷は波紋による治療で『全身大火傷』から『真夏のビーチで日焼け止めを塗り忘れて一日遊んじゃった』レベルにまで回復した。
一番ひどかった手の平の火傷も、動かすことに支障がないぐらいに持ち直し、あと半日もすれば痛みも消えるとのことだ。
ただ、これは身体の再生機構に波紋で無理にブーストをかけているようなものなので、代償がないわけではない。無茶な力の使い方をしたフィードバックも重なり、しばらくは狸のままで過ごすしかないだろう。
でも、今だけは。
「ミオちゃん、頑張ってね。負けないで、帰ってきて」
ぎゅうぎゅうと腕に力を込めて涙ぐむスージーQを抱き締め返して、ミオも小さく答えた。
「うん、スージーQも身体治して、元気で待ってて」
波紋でかなり持ち直してはいるが、身体に残っている損傷は半端ではないだろう。塞がってはいるが皮膚にも凹んでいる箇所があって痛々しい。
エシディシに身体を乗っ取られたスージーQは、赤石をスイスのサンモリッツへと郵送していた。
それをリサリサが波紋による催眠でスージーQから聞き出し、動ける者は急遽全員で赤石を追ってスイスへ向かうことになった。貨物列車に追いつき奪還するのが目的である。
「これから、私たちは奴らに「赤石」を渡さないために、かなり汚れたこともあえてやらなくてはならないッ!」
リサリサが決然とした覚悟を告げる。
「法律を犯すかもしれない! 我々の誰かが犠牲になるかもしれない……」
法の埒外にいる者に対するには、こちらも法を度外視しなければならない場面があっても不思議ではない。
犠牲だって、柱の男たちの性能を鑑みるに当然のことと言える。
「俺はならないぜ」
「以前ならいざ知らず、今のこのシーザーが負けるわけがないッ!」
しれっとジョセフが呟き、シーザーの瞳には炯炯と闘志が宿っている。
「奴らをブッ殺してやる!」
命を喪わないまでも戦闘不能にされてしまったロギンズのこともあってか、メッシーナの決意は凄まじい。
これまでの戦いでミオの前で誰も死んでいないことの方が、いっそ奇跡に思えるくらいだ。
でも、その奇跡を維持するためなら、自分はなんだってする。
犠牲になんて、
「させない」
自然と言葉が零れた。スージーQが不思議そうな顔をする。
「絶対、まもるよ」
そうだ、無駄に散らせたりなんてしない。決意と覚悟が鉱石のような硬さで胸の奥に落ちた気がした。
「それじゃあ出発するぜ!」
「スージーQ、行ってきます!」
出発の合図にミオはスージーQから離れ、そのままぴょいっと車にジャンプ。同時に変化してメッシーナの膝におさまる。
車内は男衆でぎちぎちだし、そういう意味でミオの変化は都合がよかった。正真正銘体力を底まで使い果たしたミオはぐったりと伸びて、それこそできの良いぬいぐるみのようだ。
そうして一旦は出発した車だったが、唐突に反転して再びスージーQの前へと戻る。ミオはメッシーナの膝から身を乗り出してスージーQを見つめた。
「さよならだぜスージーQ! でもいつか必ずまたヴェネツィアに戻ってくるからな!」
ジョセフが車上で声を張り上げ、スージーQの表情に喜色が浮かぶ。
「ほんと!?」
「ああ、それまでにそのボロボロの身体治してろよな!」
「う、うん!」
ほんのりと頬に朱を昇らせたスージーQは再び手を大きく振った。同時にゆっくりと車が発進する。
「ぜったい、ぜぇったいに戻ってくるのねーッ!?」
「しつこいぜ! でも、おめーがババアになってからかもなぁ~。もっとボロボロだったりしてなぁーッ!」
けけけ、と悪魔のように笑ってジョセフも手を振った。
「この大馬鹿野郎!」というスージーQの怒声が遠く聞こえた。彼なりの励ましなのだろうが、もうちょい女心を分かってやって欲しい。
「近いうち、必ず戻るさ……」
渋く決めているジョセフには悪いが、ミオは座席の隙間をすり抜けてジョセフのもとに乗り上がってその腕にがぶりと噛みついた。
「いでっ、なんだよミオ!」
がぶがぶ!
「なんだよ、いてぇよ!スージーQならあれくらい言っても……」
ガリィッ!
「でェッ!?」
ついでに顔面をひっかいてそそくさとリサリサ先生の元に戻るミオだった。
☓☓☓☓☓
さすがに連続の無理がたたったのか、車が発進したくらいで僕の意識は完全に落ちた。
何回か起こされた気もするのだけど適当にしっぽ振って返事していたような気がする。寝汚くてすいません。
ようやくまともに目が覚めて周囲を見回すと、なんと車内ですらなかった。
暖かみのある木材の質感とテーブル。暖炉の中では赤々と火が焚かれているので室内温度も心地良い。え、どこここ。
「ようやく起きたのか、寝ぼすけにもほどがあるぞ」
カップの紅茶を啜っていたシーザーが苦笑しながらこちらを見下ろす。彼の膝の上でした。
そして簡単に僕が寝ていた間のことを教えてくれた。
貨物列車に先行して車が着いたこと。しかし貨物列車には既にドイツ軍が兵備を敷いており、彼らがエイジャの赤石をゲットしてしまったこと。
とはいえ、カーズに赤石を取られるよりマシなのでリサリサ先生はそれをひとまず許容して、同盟というか共闘を持ちかけられたのでこれを了承したこと。最後にこのロッジはドイツ軍の持ち宅、ということだ。
確かに部屋の外には何人か人の気配がして、きびきびとした足音が聞こえる。軟禁? とも思ったがそこまで心配いらなそうだ。
ちなみに、エア・サプレーナでの生活は彼らの監視下にあったそうで色々とモロバレらしい。
「お、ミオ。一緒にドイツ野郎にメシたかりに行こうぜ!」
椅子から立ち上がりながら一狩り行こうぜ! みたいなノリで言うジョセフだった。
「きゅんっ♪」
ご飯はともかく一応はお世話になっているのだし、挨拶くらいは自分もした方がいいかなと思ったので一声鳴いてからシーザーの膝から降りてジョセフの肩へと飛び上がり、そのままマフラーと背中のコートの間にもごもご潜り込む。変化ならあとですればいいし、ぶっちゃけ寒いんです。
「ふひゃひゃ! くすぐってぇー!」
筋肉質なのでジョセフはかなりあったかい。
シーザーはこっちが下手するとシャボン液まみれになったりして申し訳ないので、暖を取るときはジョセフが主だ。上手い具合に位置取りをして、一安心。
「うは、首周りあったけー! これいいな! じゃあ行ってくるわ」
ご満悦になったジョセフと一緒に階下へと降りる。部屋は二階だったのか。
薄暗い廊下を歩き、狸状態で敏感になった嗅覚が何やら異臭を感じ取る。ひくひくと鼻が動く。
「?」
血と生臭い……これは、臓物? 気持ちが悪い。
ジョセフは気付いていないらしく鼻歌なんぞを歌っている。危険喚起のためにたしっ、と首辺りを肉球で叩いてみるが一歩遅かった。
ガチャ
「おいナチ公ども、腹が減ったぜ! いつまで待たせる気だ!」
「キュウッ(ひぃ!?)」
室内は異常な情景だった。
あちこちに軍人らしき男たちの死骸が転がっている。鋭利な断面で上半身と下半身が泣き別れているものも目立った。
そして部屋の中心では急襲してきたと思しき柱の男──おそらくはカーズが、残っていた軍人に攻撃を仕掛けていた。小豆色のコートを全身に纏っているが、底知れない威圧感がある。どの柱の男も同じだけど、どことなく段違いな気もする。
石仮面の研究をしていたのもカーズという話だし、ボス格なのかも。
「カーズ!」
ジョセフが驚く中、軍人は右手でカーズの腕から生えた鋭利な刃物を受け止め、余裕の笑みすら浮かべている。
しかしその余波のせいか帽子がぱっくりと割れ、晒された素顔を見た瞬間にジョセフが更に驚愕の声を上げた。
「シュトロハイム!?」
シュトロハイムと言えば、修行中にジョセフから聞いた名前だ。
確か柱の男の一柱であるサンタナを撃破した時に活躍したナチスの人で、最後にはサンタナを巻き込んで盛大な自爆を遂げたとかなんとか。
しかし目の前にいるということは、彼は奇跡的に復活を遂げたらしい。マッチョなボディに鋼鉄の義手、頭にはコルセットというところを見ると、往年の戦隊もののように機械化でもしているのだろうか。なにそれ燃える。
シュトロハイムさんはモノクルを機械的に持ち上げ、にぃ、と笑った。
「ジョジョ、地獄から舞い戻ったぜ」
か、かかかかっけぇえええ!!
僕はその決め台詞みたいなのに大歓喜だけど、ジョセフはやたらと複雑そうだった。盛大に爆発した知人が生きてればそりゃ驚くよね。
「お前はそこのソファに座って俺の戦いぶりを見てな」
あ、どうも襟巻きとか思われてます? いかん、変化するタイミング見失ったわ。
「ああ、その小動物と一緒で構わんぞ」
バレてましたー。そういえばエア・サプレーナ島でも監視されてたんだった。まぁいいか困んないし。
そしてカーズといえば、切れ長の紅玉の瞳でジョセフに憎悪の視線を向けている。こっちの背筋まで凍り付くような殺気だった。こええ。
エシディシ倒したのジョセフだから恨まれているんだろう。え、僕は一応被害者ですよ。足ぶった斬ったけど。
「テメェなんかに気合い負けしてたまるかよ! カーズ!」
ジョセフが吼えて構える中、カーズは余裕っぽくこちらを指差してくる。
「ジョジョ、この軍人から「赤石」を取り戻したら貴様を始末する」
抹殺宣言です。
どう考えてもヤバそうだけど、今ジョセフから抜け出たらもっとまずい気がする。
「ギリシャにいるワムウがお前と戦いたがっていたが、エシディシを倒されたとあってはそんな波紋使いを放ってはおけぬ!」
時代がかった喋りなのは、やっぱり時を経てきたからなのだろうか。
「その言葉、戦士としてか! それとも逆恨みか!? カーズ!」
戦士としてなら仇討ちとして納得がいくが、後者だとエシディシが勝手に襲ってきたのだから、それを返り討ちしたジョセフに非があるかといえば微妙なので逆恨みと評されるのも頷ける話である。
「おいカーズ! どこを睨んでいる!」
両者の睨み合いが続く中、声を上げたのは刃を受け止めたままのシュトロハイムさんだった。
「貴様の相手はこのシュトロハイムだ!」
「機械など相手になるかッ!」
き、機械を馬鹿にすんなぁ!
思わず人化したくなったがぐっと堪える。カーズの刃を押さえたまま、シュトロハイムさんは余裕げな笑みを見せた。
「そうかい」
そして、シュトロハイムさんの左腕は人間ではありえない動きでぐるんと回り、カーズの手を指先で摘まむと──なんとそのまま指先の膂力のみで引きちぎった!
咄嗟に飛び退いたカーズだったが、その手からは血液がぼたぼたと落ちている。すごいなこのキ○イダー!
「ぶわァッかものがぁーッ!!」
シュトロハイムさんはカツンッと靴を揃えてビシィ! とドイツ式の礼を取る。
「ドイツの科学は世界一ィイーッ!! サンタナのパワーを基準にィイ、このシュトロハイムの腕の力は作られておるのだァーッ!!」
朗々と歌い上げるさまはもはや貫禄すら漂っている。よほどナチスとしての誇りがある人なのだろう。
「したがって、カーズ!」
鋼鉄製の指先を奇妙に動かしながらシュトロハイムさんは見せつけるようにゴルフボールを握り込み、
「お前をどのぐらいの肉片まで細切れにすれば、生命活動を不能にできるかも計算されておる!」
ぐっしゃあ、と握りつぶした。どういう握力してるんだろう。
「貴様の身体を鳥の羽をむしるように1㎝四方の肉片にしてくれるわぁ!」
そして握りつぶしたゴルフボール(だったもの)をジョセフに投げつけながら、こうのたまった。
「おいジョジョ! こんな身体になった俺を気の毒だなんて思うなよ」
シュトロハイムさんはそのままぐるんとカーズへと向き直り、その途端。
「俺の身体はァアアッ!」
ぢゃららららッ!
「我がゲルマン民族の最高知能の結晶であり誇りであるぅううッ!!」
コートからまろび落ちた無数の銃弾を帯のように全身に纏わせ──その腹部が開口し収納されていたらしき銃器が姿を現した!
「つまり、全ての人間を越えたのだぁああーッ!!」
あ、なんか聞き覆えあるなそのセリフ。夢の可愛くない弟がデジャブ。
機械的な腹部を割り開いて姿を現した人類最高峰の殺傷能力を誇る銃口は当然カーズへと向けられており、躊躇の理由はどこにもない。
「喰らえカーズ! 一分間に600発の鉄鋼弾を発射可能! 30㎜の鉄板を貫通できる重機関砲だァッ!」
「胴体も機械なのか!?」
「一発一発の弾丸がお前の身体を削り取るのだ!」
まさにテンションマックスで発射された亜音速の弾丸がカーズを狙い撃ち、そのままでは飽き足らぬとばかりに連射連射連射!
耳をつんざくような轟音が響き、敏感な耳が既に麻痺してしまったのかあっという間によく聞こえなくなる。
シュトロハイムさんがグラビアポーズで放ち続ける弾丸はカーズの全身と言わず周囲の壁という壁に弾痕を刻み、あまりの衝撃に壁ごとカーズはぶっ飛ばされた。寒気が一気に流入してきてすげぇ寒い!
「何が何でも「赤石」を手に入れる!」
しかしそんな弾雨の中でも、カーズの声はなぜかはっきりと聞こえた。
「エシディシが死を賭して郵送してくれたのだ! 断じてエシディシの意思を無駄にするわけにはいかぬ!」
やはり彼らには彼らなりの道理があり、絆があったのだろう。それは普通の人と少し異なってはいるかもしれないが、本質的には似ているはずだ。
そしてカーズの言葉と同時、彼の腕から伸びている刃が急速に光を帯び始める。光?
「腕から出ている剣が光り始めたぞ!?」
カーズは輝く刃を眼前へとかざし、宣言する。
「我が