星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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10.チキチキ赤石争奪猛レース

 

 

 いかなる力なのかプリズムに輝く刃を自由自在に操り、カーズは全ての弾丸を見切り、切り裂いた。ばらばらと弾丸だったものが雪原に散らばる。

 

「奴の腕から突き出ている剣は骨か皮膚を硬質化したもの……弾丸を弾くならともかく、高速回転運動をする鋼弾を切断するのは不可能なはず!」

 

 狼狽したようなシュトロハイムさんの言葉にちょっとだけ考えてみる。

 柱の男を常識で計ってはいけないことは学習済みだ。ならば、もし、あの刃を体内の炭素を操って金剛石並の強度として使っているとしたら。

 

「なんだ、あの光は! なぜ刃が光るのだ!?」

 

 ジョセフの言う光に関しても、その細かな金剛石の小さな刃をチェーンソーのように高速回転させているとしたら、あんな風に煌めいたりする、かも……?

 しかし、思索はそこまでだった。

 

 カーズは敏捷な猟犬の如き勢いでシュトロハイムさんへと肉薄し、その胴体を一閃。まっぷたつに切り裂いた。

 

「ま、まだ勝てん! 今の俺の装備では、今の人間の科学では……奴には勝てん!」

 

 一拍遅れてずるぅ、とシュトロハイムさんの身体が半分滑り落ちる。しゅ、シュトロハイムさーん! あれっ血が出てない!? あの人どこまで機械化してるの!?

 

「サンタナがなんだというのだ。やつは青っちろいガキ……番犬のような存在。我らとは比較にならん!」

 

 僕が心の中で絶叫している中、カーズはシュトロハイムさんの身体(バストアップ)を持ち上げ、赤石を探ろうとしている。

 

「どれ……赤石をもらおうか」

「か、カーズ!」

 

 ジョセフの声が、身体が震えているのが伝わってくる。おそらくカーズの能力と自分の能力との差異を考え、対抗策を練ろうとしているのだろう。

 カーズがシュトロハイムさんのバストアップを抱きかかえながらゆっくりと歩き出し、ジョセフも半ば自動的についていく。

 

 けれどその表情は渋面のままで冷や汗の感触まで感じた。対抗策が思いつかないのかもしれない。

 

 確かに、あんなおっかない刃で刺されたら波紋でも捌ききれないだろう。僕の刀だって折られそうだ。でも一番ヤバイのはこのままカーズに赤石を取られることだ。

 

 どうすればいい?

 

 しかし、ジョセフが苦悩している間に、とうとうカーズはシュトロハイムさんの胸元から赤石を発見し、むしり取ってしまった。

 

「おおお! エイジャの赤石!」

 

 その声は喜悦に満ち満ちたものだ。

 

「この時を待って四……いや、五千年! ついに目の当たりにするぞ!」

 

 ペンダントの赤石を試す眇めつ、カーズは快哉を叫ぶ。

 

「もともとこの赤石はこのカーズが手にすべき物!」

「カーズ!」

 

 ジョセフの声にくるりと振り向いたカーズの瞳には、転瞬、憎悪が渦巻いていた。

 

「待っておれい! 今殺してやる!」

「こ、こいつ……やっぱり憎んでやがる!」

 

 同胞を殺されたのだから、そりゃ憎むのも当然だとは思います。はい。

 必殺の気配がこちらに狙いを定め、いよいよ僕も避難した方がいいかなと思った──その時。

 

「カーズ……」

 

 頭を地面に埋めたままのシュトロハイムさんが、うめくように声を上げた。生きてたんですか!?

 

「貴様、このシュトロハイムを完全にやっつけたと思うなよ!」

 

 片腕をついてがばりと起き上がったシュトロハイムさんの瞳に変化が起こる。

 

「我がドイツの科学力はァアアア! 世界一ィいいいいいッ!!」

 

 絶叫とともにモノクルが上がり、眼球がぱかりと割れ、中には義眼よりも更に精密な超小型の銃口のようなものが飛び出した。え、えええ!?

 

「シュトロの馬鹿野郎~、こんな時になにまた高慢な態度取ってんだ!」

 

 しかしジョセフの杞憂など吹き飛ばすようにシュトロハイムさんは、勝利とも取れるほどの雄叫びを上げた。

 

「紫外線照射装置作動!」

 

 声と同時、その瞳の銃口に光が収束し、一筋の光条がビームのように発射された!

 

「うぬぅッ!?」

 

 それは過たずカーズの手を穿ち、たまらず取り落とされた赤石が雪の上へと滑り落ち、

 

「うおお、赤石がぁ!」

 

 そのまま滑走し始めてしまった。げげげッ!

 

「お、おい、雪原を滑っていくぜ……」

 

 説明してる場合か!

 

「し、しまった! 赤石が崖の方へ滑っていく! もし崖下に落ちたら……!」

 

 シュトロハイムさんもか!

 

 視線の先では赤い石がするすると雪原を滑り落ちていく。その様子を見て、シュトロハイムさんが慌ててがなった。

 

「ジョジョ、早く拾いに行け! 十分先に追いつける!」

 

 その言葉に弾かれたようにジョセフも走り始める。ほとんどカーズと並走しており、まるで徒競走だ。

 

 しかしこれはジョセフの分が悪い。カーズは着地の心配をせずに全力疾走しても平気だがジョセフが穴に落ちたら確実に死ぬ。そうすると無意識にでもブレーキがかかってスピードは落ちざるを得ない。不利すぎるチキンレースである。

 

 というか、余計なお荷物である僕は一旦降りよう。ちょっとでも軽い方がいいに決まっている。そうしよう。

 

「きゅんっ!」

 

 僕は一声鳴いて降りる意思を伝えようと思ったのだが、

 

「……、そうか! 忘れてたぜ!」

 

 なぜかジョセフが満面の笑みを浮かべて僕を背中から引っ張り出した!?

 

「ミオ、お前がここにいてくれて助かったぜ。もしかしたら運命かもしんねぇ」

 

 両手で僕を抱えてこちらを真剣に見つめながら語るジョセフ。

 え、なんだろう。いやな予感がひしひしする。

 

「あとでめいっぱい好きなもん奢ってやるから……」

 

 ちょっと言い訳みたいに語りながら、ジョセフは僕の背中を片手で掴んで腕を思い切り振りかぶって、第一投のポーズ。

 

 まてまてまて! まさか!?

 

「そぉら! 取ってこぉおおおおい!!」

 

 渾身の力で僕をぶん投げやがったぁああああ!!

 

「キャゥゥンッ!?(やっぱりぃい!)」

 

 ジョセフ、あとで、泣かす。

 

 僕は心に固く誓いながら、ジョセフの鍛え抜かれた腕力によって本来の物理法則を無視してボールの如く投球され、景色という景色が真横にぶっ飛びあっという間に赤石の前へ。

 そりゃ走るより速いけどさ! これはないんじゃない!?

 

「はははは! 馬鹿め! そんな小動物に何ができる!」

 

 カーズの笑い声が聞こえたが、お生憎様である。こうなったらしょうがない。最善を尽くすのみだ。

 

 僕は赤石よりほんの少し前に出て追い越しすぎない程度の距離を図ってぽんっ! と人型に戻って急制動。

 

「なにぃッ!?」

 

 そういえばカーズは見てないのかと頭の隅で考えつつ、真下にあった赤石をキャッチ! そのままぼふんッと狸に戻って──柔らかい積雪の中に潜り込んだ!

 今だけは自分の毛並みに感謝する。ありがとう白色!

 

「な、あの小動物はどこだ!?」

 

 冬場のウサギの保護色さながら僕の体色はうまいこと雪と同化してカーズも見失ったらしい。

 そしてそのまま策をひとつ。だってこのまま雪原焦土にされたりジョセフ殺しにかかったりされたら悲惨すぎる。

 

 僕はわざとちょっとだけ雪を盛り上げながら、あと少しだった崖の方へ潜り込んでいく。冷たくて鼻が! というか全身が雪でもはや痛い!

 

「そっちは崖だ! 行くんじゃあない!」

 

 シュトロハイムさんの声が聞こえたけどナイスタイミングです!

 

「クソ狸! 方向間違えんじゃねぇよ!」

 

 ジョセフこの野郎! 誰のためにやってると思ってるんだ!

 足音の振動で二人の接近を悟り、僕はそのまま雪下からぽこっと顔を覗かせ崖下に怯えるようにびくびく。口にはもちろんエイジャの赤石。餌のようにそれをぶらつかせ、機を窺う。うわ高っ! 下暗っ! こわ!

 

 どん、と雪原が鳴動し、カーズがジャンプしたことが分かった。中空へと身体を踊らせ、伸びてきた指先は確実に僕の口元を狙っている。

 

「ははは! 大人しくしていろ! やはり赤石はこのカーズの……」

 

 はーい、バックしまーす。

 

 

 ひゅぽんッ!

 

 

「な、あッ!?」

 

 即座に頭を雪中に引っ込めたため、赤石を掴もうとしたカーズの指先はむなしく空を切り、そのまま穴へと真っ逆さま。ざまー。かかったな阿呆がッ! というやつだ。

 

「ミオ!」

 

 ジョセフは勘が良いから僕が戻ってくると途中で察したらしい。

 さっき掘った雪道を頼りに戻って身体を出すと、シュトロハイムさんの周りにジョセフはもとより、シーザーやリサリサ先生まで勢揃いしていた。

 

「よくやってくれたぜ! さすが俺のおごォッ!?」

 

 とりあえず、僕は人化するや否やジョセフに向かって渾身の頭突きをかました。

 

「な、何すんだよ!」

「何すんだはこっちの台詞だー!」

 

 僕は当たり前だが怒髪天である。脳天からぶしゅぶしゅ煙が出そうだ。

 

「ジョセフひどいいいい! いきなり投げるか普通!? すっげぇ怖かったんだから!」

「あー、それは悪かった。すまん。でも赤石取られるより良かっただろ?」

「う……」

 

 そう言われると、弱い。

 

「ミオ、よくやってくれました」

「がんばりました!」

 

 リサリサ先生に赤石を渡して、一安心。

 

「よく頑張ったな、怖かっただろうに」

 

 そして、シーザーが褒めるように抱き締めながら頭を撫でてくれた。暖かさが身に染みます。ホントに。鼻先痛いです。

 

「しかし、ジョジョ! ミオはこれでも女の子なんだぞ! もう少し扱いを考えてやれ!」

 

 まぁ半分はどうぶつなことは否定できませんので。女の子と呼ぶか雌と呼ぶかは個々人の判断に委ねます。

 

「他に確実な方法が浮かばなかったんだからしょーがねーだろッ!」

「それにしたってなぁ……」

 

 ギャンギャンと言い争いが始まってしまい、その間に僕はシーザーのハグから逃れてとっとこシュトロハイムさんのところに行った。

 

「シュトロハイムさん!」

「お前は、そうか、報告にあった……」

 

 どうやらシュトロハイムさんは僕の変化云々については知悉していたらしい。なので僕は元気いっぱいに頷く。

 

「はい、ミオっていいます!」

 

 随分軽くなってしまったシュトロハイムさんを抱き上げ、尊敬の念でシュトロハイムさんを見上げてにっこり笑う。

 

「ありがとうございました! シュトロハイムさんのおかげで赤石は大丈夫でした!」

 

 あの紫外線照射装置がなかったら、赤石は確実にカーズが持ち去っていただろう。

 

「すっごくすっごく恰好良かったです! 不屈の精神! 不屈の闘志! 底知れぬバイタリティに軍人の魂を垣間見た思いです!」

 

 心の底からそう思って賛美すると、シュトロハイムさんは一瞬虚を突かれたような顔になってから、にやりと不敵に笑った。

 

「そうだ! なかなかよく分かっているじゃあないか! 我がドイツの科学を以てすれば復活も容易いことよ!」

「おおおまさに不死鳥! 軍人の鑑! 復帰を心からお待ちしております!」

「はーっはははは! 任せておけぃ! 貴様が驚くような改造を施してくれるわ! 柱の男をすら凌ぐ力をな!」

「ゲルマン民族誇りの集大成ですね! 柱の男だってまっぷたーつ!」

「そのとぉーりだ!」

 

 大盛り上がりしている僕らを余所に、周囲の目線が若干不思議なものを見る目つきになっていることに気付いたのは結構あとのことでした。

 

「俺、ミオの趣味わかんねぇわ……」

「心配するな、俺もだ」

 

 ジョセフとシーザーの呟きが聞こえた気がするけど、気のせいだろう。

 あの後、結局ロッジに戻って無事な部屋で就寝することになったのだけど、廊下でなぜかジョセフとシーザーが待ち構えていた。

 

「ミオ、ちょっと聞きたいんだが」

「なぁ、シュトロハイムの野郎のどこがそんなにいいんだよ」

「え、殺しても死ななそうなところ」

「あ、ああー……」

「……なるほどな」

 

 即答したら二人がすごく納得の表情をしました。

 

 

 

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