星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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11.サンモリッツにて、不和

 

 

 郵送、ということは宛先が分かっているということだ。

 

 カーズたちが本拠地としているらしいスイス・サンモリッツは瀟洒な建物の多い風光明媚な場所だった。別名は太陽の谷。雪質に優れておりウィンタースポーツのメッカでもあるそうだ。

 聞けばセレブ御用達の高級リゾート地ということで、別荘のような建物が目立つのもそういった理由からだろう。

 

 たださすが北国というべきか、骨が凍りそうなほど寒い。

 

 吐く息は白く、防寒着を着てはいるがぶるぶる震そうだ。いっそ狸状態の方が暖かいぐらいなのだが、肉球が金属に触ると冷えるどころか痛いのでなるべく外に出るときは人化している。抱っこしてもらえる時はありがたく甘えさせてもらって体力温存に努めてはいるけれど。

 ジョセフやシーザーもさすがに防寒着を着ているのだが、素肌露わな部分も多く見てるだけで寒くなる。

 

 いつかのエア・サプレーナの時のように、バルコニーに座って片手をひさし代わりに使って目を眇める。

 

 遠目に見えるホテルのような建築物がカーズたちの本拠地らしい。メッシーナによると既に閉鎖されている上、窓という窓には板が打ち付けてあり中に日光は一切入らない。

 カーズたちは基本的に日光のもとに身をさらすことができないので、穴熊を決め込むにはおあつらえ向きということである。

 

「さて、どうするかです」

 

 リサリサが全員に視線を走らせる。

 

 選択肢はおおまかに分けてふたつある。

 相手の弱点である太陽が出ている昼間に攻撃もとい突撃隣の柱の男とばかりに急襲をしかけるか、それとも夜を待ってあちらが痺れを切らしてこちらを襲撃するのを待つか。

 

「当然のこと! すかさず攻撃すべし!」

 

 最初に即答したのは、意外なことにシーザーだった。普段諫め役に回ることの多い彼にしては珍しい。

 

「同感だ! 昼間だからカーズは外へ出られない、我々にとって今が有利!」

 

 メッシーナも同意見。

 

 確かに妥当な手段であると言えるが、不安要素がなくもない。

 

「ジョジョは?」

 

 リサリサは全員の意見を聞いてから判断するつもりなのだろう、ジョセフに水を向ける。

 ジョセフは彼にしては長い黙考をしてから独白するように答えた。

 

「俺は、俺は反対だ」

 

 いの一番に突っ込みそうなジョセフだが、この時ばかりは慎重だった。こちらも珍しいといえば珍しい。

 ジョセフは考えをまとめているのか、少しずつ自分の意見を述べる。

 

「太陽が外で照ってるからこそ逆にヤバイと思うぜ! カーズはああやって何千年も過ごしているヤツなんだ! 昼間、外からの敵に何も備えてねえ訳がねえ!」

 

 それはそれで当然憂慮すべき事柄である。

 なんせ相手は長命かつ博識ときているのだから、自分の弱点を克服はできずとも対処できるくらいの次善の策くらいは用意していてもおかしくない。

 むしろ、何の用意もしていない方が不自然なくらいだ。

 

「ヤツのアジトに乗り込むほど危険なことはねえと予想するぜ! 俺は行かねえ! 蝶々が蜘蛛の巣に飛び込むのと同じことだからな」

 

 彼の論理にも一理ある。

 さて自分はどう意見を述べようか、と考えをまとめているとシーザーが皮肉げに口の端を吊り上げた。

 

「おいおいジョジョ。お前らしくもないぜ、何ビビっている!?」

「今の俺は兵法書の『孫子』に従う! 勝利の確信がある時だけ戦うぜ!」

 

 ということは、まだジョセフの中では結論が出ていないのだ。

 この中で最も命の危機に瀕しているのはジョセフである。指輪という期限があるからこそ、逆に慎重になっているのだろう。

 

「行かねえと言ったら、行かねえ!」

「ジョジョ貴様ぁ!」

 

 断固として首を振るジョセフの胸ぐらをシーザーが突然掴み上げた。

 

「怖じ気付いたかッ!」

 

 その表情には焦りが見えて、どことなく、両者の様子が違うようにミオには見えた。

 普段冷静なシーザーが焦燥に駆られ、ジョセフが落ち着いている。ジョセフに関しては分からないこともないのだが、シーザーの様子が明らかに変だ。

 シーザーとジョセフはお互いの鼻がくっつきそうな至近距離で互いの意見をぶつけ合う。

 

「怖じ気付く? 俺は冷静だぜ。クールに考えて行かねーぜ。夜、ヤツの攻撃を待った方がましだ!」

「勝利の確信と言ったな! 今のカーズは単独! こっちは五人! 絶対に勝算はある、今行くしかないッ! 夜が来る前の今! ワムウが来る前の今しか!」

 

 シーザーの意見にも一理あるのだが、ワムウに関してはどうだろう。既に到着しているか否かは、それこそ突入するか襲撃されなければ判別できない。

 彼の強攻にも思える弁舌に、ジョセフは僅かに鼻白んだようだった。

 

「シーザー、お前焦ってるな?」

 

 ジョセフはシーザーの片腕を握り、諭すように言う。

 

「何を焦っているんだ!? 落ち着いて考えてみろ! あのホテルに入ったら、俺たちの方が完全に不利になるんだぞ」

 

 建物の全景が見えても内部構造が分からないのだから、飛んで火に入る夏の虫のようなものだ。

 

「焦ってなどいないッ!」

 

 焦っている人ほど発する台詞を反射的に返し、シーザーは捲し立てる。

 

「これは決着だッ! 石仮面のために死んだ俺のじいさんと、お前の祖父の代からの因縁に決着をつける! 俺はやつをぶっ殺すッ!!」

 

 鬼気迫るほどの形相と気迫に影響されたのか、ジョセフも頭に血が上ってきたらしい。

 

「決着だと! てめぇえ、ジジイがどうしたって言うんだ! 下らねえぜ、五十年前の死人なんかを持ち出すなこのバカッ!」」

 

 聞きようによっては正論なような気がしないでもなかったが、今のシーザーには火に油だ。

 

「なんだとォ~、ジョジョ!」

 

 ジョセフは今にも怒髪天を衝きそうなシーザーの胸元に指先を突きつけ、更に駄目押しするように口を開く。

 

「会ったこともねえ先祖の因縁なんかくそ食らえだスカタン! そんなことでてめーが死んだらマヌケだぜ! このアホがッ!」

 

 その言葉は、おそらくシーザーの逆鱗だった。

 

 それまで彼の持っていたなけなしの理性が怒気に上塗りされたのが、肌からでも伝わってくる。

 

「言ってくれたなジョジョォオオ!!」

 

 溶岩めいた憤激が瞳に宿り、シーザーはジョセフの顔面に渾身の一撃を浴びせた。がつん、と鈍い音がする。

 

「なにしやがんだ! このッ」

 

 ぶん殴られた衝撃にたまらずジョセフはひっくり返り、文句をつけようとした瞬間シーザーの爪先はジョセフの顔面にめり込んでいた。

 

 そこからはお互いガチンコの殴り合いである。

 

 波紋を使ってないだけマシだろうが、それでも骨と骨がぶつかる音が響き、両者の顔のあちこちから血が噴出する。

 普段温厚なシーザーの底知れない怒りに任せた猛攻にミオとてじゃっかん驚いたが、下手に止めて遺恨が残ってもなぁ、という考えで傍観を決め込んだ。拳を打ち合わせないと分からないことって案外ある。

 ただ、リサリサとメッシーナはそうではなかったので、慌てて諫めに入った。

 

 仲裁された二人はお互い肩で息をしながら両者を睨み付ける。引き剥がされているため第二ラウンドに入る心配はなさそうだが、シーザーの常にない豹変ぶりにジョセフが吼えた。

 

「頭おかしいんじゃあねーのか!? 急に人が変わったみてーに!」

「ジョジョ! 同じ祖父の代からの闘い、貴様だけにはわかると思ったが見損なったぜ!」

 

 シーザーの家系は石仮面と因縁の関係にあると、詳細までは知らないが触りだけは知っている。

 

「ところで、ミオ。お前はどうなんだ」

 

 静かな怒りを未だに孕んだまま、シーザーが平坦に問いかけた。もうてっきり聞かれないまま話が進むかと思っていた。

 ミオは少し考えてから、遠目に見えるホテルを指差した。

 

「僕はあそこ発破解体したい」

 

 あまりに突拍子のない提案だった。

 リサリサが硬直し、メッシーナが目を剥いてジョセフがあんぐりと口を開けた。

 

「……は?」

 

 シーザーまでもが一瞬呆気にとられたような顔をする。

 ミオはあまり動じた様子もなく、淡々と思ったことを口にした。

 

「だって、あそこ敵の本拠地でしょ? 周りに人家ないし、昼間のうちにこっそり爆薬かなんか仕掛けてぼーんってしてから喧嘩売りに行きたい」

 

 ぼーん、で手をぱっと広げてみせる。

 敵のアジトにわざわざノコノコ入っていく義理など感じないし、それなら更地にしてからの方がまだマシだ。

 

「ぼーんって、おま……なんつー暴論」

 

 ジョセフが鼻血をおさえながらぼやく。

 

「アジトがあるから行くか行かないかで揉めるんだし、ならアジト潰してから考えてもいいんじゃない?」

 

 幸い、敵以外誰も住んでいないのだから、好都合というものではないだろうか。

 とんでもない論理展開というか、ある意味では折衷案とも取れる提案だったがリサリサは少し考えてから首を横に振った。

 

「良い案ですが、爆薬の調達のためにドイツ軍へ連絡を取っても、それが届くには時間がかかりすぎます」

「ちぇっ、駄目か」

 

 思わず舌打ちすると、シーザーは我に返ったようにくるりと踵を返した。

 

「とにかく、俺は行くぜ」

「シーザー、ジョジョの言う通りやはり危険だわ!」

 

 それをリサリサが焦ったように制止する。

 

「私たちはホテルの内部を何も知らないのです。夜カーズを迎え撃つことにします」

 

 しかし、それでもシーザーはこちらを一顧だにせず、足も止まらない。リサリサは声を荒げた。

 

「命令です、シーザー! 「赤石」を守ることが第一の指令ということを忘れないで!」

 

 必死とも言えるリサリサの言葉に、それでもシーザーは首を振った。

 

「先生、すみません。こればかりは聞けません!」

 

 肩越しにこちらを振り向くシーザーのペリドットの瞳の色はあまりに強く、息を呑むほど深い怒りに満ちていた。

 

「先生も知るように俺の血統の問題だ! ツェペリ一族の問題なのです」

 

 彼が血統を重んじる性格だというのは知っていたけれど、よもやここまで根深いとは思わなかった。

 

「カーズの居場所が分かっていて一族の因縁を晴らさないわけにはいかない。ヤツが襲ってくるのを待つだけなんて、悠長なことを言ってられないでしょう」

 

 言うが早いか、シーザーはバルコニーに足をかけて飛び越え、そのままホテルの方へ向かって行ってしまう。

 

「あ、僕も行ってきます」

 

 それを見たミオが軽く言い捨ててひょーい、と飛び降りるのもほぼ同時だった。

 

「えっ、ミオ!?」

「あいつ爆破とか言い出してたけど……どういうつもりなんだ?」

 

 

 

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