星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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12.家族と血統のはなし

 

 新雪の上を二人分の足跡が刻まれていく。

 きんと冷えた空気が肺腑の奥まで凍らせていくようだ。

 

「なんでついて来たんだ?」

 

 不完全燃焼の殴り合いだったが多少の溜飲は下がったのか、それでも冷めた視線でシーザーは問いかけた。

 ミオはシーザーの横顔を見て、苦笑とも困惑ともつかない表情を浮かべる。

 

「うん、ちょっと聞きたいことがあって」

「聞きたいこと?」

 

 シーザーの足が止まる。

 

 てっきり自分を止めに来たと踏んでいたのだろう。ミオにはそんなつもりはさらさらなかった。衝動というのは外部から押さえれば押さえるほど反発するものだ。

 それならば、いっそシーザーが行くに任せて危なかったら自分がサポートに回れば良い。後方支援の面目躍如といったところか。

 ミオも足を止めてシーザーを真正面から見上げる。

 

「シーザーが血統の因縁を重んじてるって、要するに家族が好きってことだよね?」

 

 尊敬すべき家族がいて、敬愛すべき祖がいるということだろう。でなければ、ジョセフではないがとうに故人となっている人に固執する理由などない。

 修行中に交わした会話を思い出し、付け加える。

 

「明るい家庭を持つのが夢って前に言ってたし」

 

 それを聞いた時、すてきな夢だね、とミオは素直に答えた。

 

 平凡な夢だろ? とシーザーは笑った。

 

 ミオは、何も答えられなかったからただ笑った。

 

 シーザーは脈々と連なる命の枝葉を大事にして、それを矜持にしている。友人に(そし)られて激怒するほどに。

 ミオはそれを理解はできた。けれどまるで共感できていない。

 

「ああ、当たり前だろ」

 

 何の衒いもなく答えられるのだから、本物だ。それはとても凄いことだ。

 ミオはシーザーの過去を知らない。父との諍いを、祖父の勇姿を、どれだけ彼が誇りと感じ敬愛の念を抱いているのかも。

 

 ミオは短くそっか、と呟いてから続けた。

 

「なら、僕は」

 

 命すら賭しても構わないと思えるほどの誇りを胸に抱いているシーザーが。

 

「ちょっと、羨ましい」

「羨ましい?」

 

 その声音にまた怒りの気配が滲み始めたことに気付いたが、言葉をやめようとは思わなかった。

 ミオはごくごく素朴に、単純な事実を口にする。

 

「僕には()()()家族ってよく分からないから」

「……分からない?」

 

 紡がれた言葉にシーザーの怒りが消え、代わりに困惑が混じる。

 

「ちょっと待て、前に父がいると……」

「それは義父。血は繋がってないから、ちなみに二人いるんだよ」

 

 ぶい、とピースしてみせた。

 

 ミオにはふたりの義父がいる。

 

 彼らはミオの窮地を救った恩人で、様々なことを教えてくれた師匠で、それまでのミオが持っていた全てを簒奪し蹂躙した仇で──この世で自分を一番大事にしてくれる人たちだ。

 薄氷を踏むような、ほんの少しでも間違えばすぐに瓦解してしまう、いびつな関係。これを家族と定義していいのか、未だにミオには判断がつかない。

 

「それは、それでいいんだけど」

 

 血が繋がっていなくても、義父たちとは繋がっている。それは絆なんて綺麗で生優しいものではなく、奇妙にねじくれた糸のようなものだが、それでも構わないと今は思っている。

 

 そうして脳裏に蘇るのは、義父たちと出会う以前の忌まわしいだけの過去だ。

 普段は思い出すことを避けているのだが、ふとした瞬間に泡のように浮き上がってくる記憶は、その度癒えぬ傷を更に抉り、血膿を垂れ流す。語ったところで益になるワケでもないし、むしろ鬱傾向になるから進んで話したりすることはないのだが。

 

 それでも、今だけは口にしてもいいと思えた。シーザーに尋ねることの前提でもあるから、ある程度は伝えないと話にならないかもしれないし。

 

「だってさ、僕を産んだひとは毎晩言ってたよ」

 

 幼い、本当に幼い頃から座敷牢のような部屋で、布団の中で、決して自分に触れることなく子守歌のように紡がれていた呪詛の言葉。

 

 それを、ただ平坦になぞってみせる。

 

「『明日になったら貴女の身体は冷たくなって、二度と目覚めなければ良いのに』」

 

 毎晩、毎夜、飽くことなく耳へと注がれていた言の葉を、正確に。

 

「『なんで生まれてしまったのかしら』『貴女なんていらないのに』って」

 

 甘やかに繰り返されてきたそれは、たちの悪い黴菌のように未だミオの根幹に巣食っている。

 

「ッ!」

 

 シーザーが息を呑む気配が伝わった。

 

 不快な思いをさせていたら申し訳ないなと頭の隅で考える。だけど言葉は止まらない。

 

 遠くに見える城のようなホテルを見つめたまま、意識が過去へと遡行していく。

 

「僕は病毒で、生きてるだけで忌まわしいから、不幸になるのは僕だけでいいんだって」

 

 こんなにも鮮明に覚えているのは、当時の自分があの人を愛していたからだ。それは雛の刷り込みにも似た、幼い思慕だったけれど。

 それでも好きだったのは本当で、言葉を聞いているだけで嬉しかった。愛してくれるならなんでもすると誓っていた。

 

「だから、僕には謝罪して懺悔して償って贖う義務があるんだって、言ってた」

 

 何に対してなのかは、今でもよく分からない。別の意味ならば、まさにその通りの魂の責務を身の裡に孕んでいるのだから人生とは奇妙なものである。

 

 でも、当時のミオは()()()()()()と思った。

 

 自分のできる全てを賭して、謝罪を、懺悔を、賠償を、贖罪を、それらの義務を果たしたその時は──たった一言でもえらいねって、笑って、あたまをなでてくれるかな。

 

 そんな淡い期待を心のよすがにして、歯を食いしばるように、血反吐を垂れ流しながら生きていた。

 

「ほんとの父親っぽい人はなんにもしなかった。もう、どんな人だったんだかも覚えてない」

 

 こちらに関しては、本当に顔すら覚えていない。あの人は自分が彼に会うことを極端に厭っていたし、たまさか遭ってしまった後には罵倒と折檻が待っていた。遠目に見たのははて、何度だったか。

 

 そこまで考えて、小さく苦笑がもれる。自嘲のそれだ。

 

「昔の僕はなんてか、人間じゃなかったんだよね」

「人間じゃ……ない?」

 

 ミオの言葉は理解の範疇を超えているのか、シーザーの声は掠れていた。

 

 こともなげに頷き、続ける。

 

 白い吐息は、生きていることの証左だ。

 

「そうだな、たぶん人形だよ」

 

 過去の自分を想起して、ミオは自分のことをそう評した。他にいい語彙が思いつかなかった。

 

「命令がなかったら足ひとつだって動かせない、()()人形」

 

 正鵠を射ると、動かすだけで怒られるから動くことをやめたのだ。

 

 指示されたことをきちんとこなせば叱られない。失敗すれば痛い。パブロフの犬のように教え込まれた。

 やがて、ミオは自分を『教育』した人たちの望み通り、脊髄反射のように人の望みを叶えるだけの生きた機械めいたものになった。

 そこに暖かみはない。助けてくれる人はいなかった。唯一外に出られるのは、身体を動かせるのは人を殺す技術を学ぶ時と──それを活用する時。

 

 皮肉と嘲りをこめて時折呼ばれた名前は『人形姫』。

 

「周りの人のお願いを聞いて、叶えるだけのお人形さん」

 

 その頃、ミオの自我は希薄だった。人間が自我を確立するためには他者とのコミュニケーションが必要不可欠である。

 他者と会話し、相手から反応が返ってくることで『自分』という輪郭が出来てくる。生きているという実感が与えられる。

 けれど他者がいないと、それを証明してくれる外的理由が存在せず、自意識は不安を覚える。

 

 ミオにはその絶対量が不足していた。

 

 夜毎母に与えられるのはミオという存在を根っこから否定する呪詛の言葉。一方的な言葉は会話にならず、そしてそれを諌め、歪みを正す他者も存在しない。

 

 だから、当時の『ミオ』という意識は謂わば人間という機構の補修、点検を効率よくこなすための管理装置に過ぎなかった。

 ミオは性に対する意識が希薄で、ともすれば意識すらできないのもその時の名残だ。ミオという個別の存在だけなら、性差を鑑みることなどできない。男も女もない。

 

 父も母も、そういう『ひと』と認識していたに過ぎず、それを教える人間もまたいなかった。

 

 そこに性差は生まれず、ミオは自分を女だと認識できない。自分の性差すら曖昧だったせいで、未だに一人称は抜けないままだ。

 

「それで、いつか使い潰されて、死ぬのが僕の幸せなんだってみんなが言うから」

 

 ただただ使い潰されるだけを望む小さなお人形。それがミオという存在意義で、すべてだった。

 

「だから僕は、その日をずっと待ってた」

 

 それを人は絶望だと呼ぶことなど、知らずに。

 

 シーザーのこちらを見つめる雰囲気に気遣いめいたものを感じて、へら、と笑ってみせる。既に終わってしまった過去の話だ。無論すべてを割り切れているわけではないが、触りくらいならばこうして話すことができるくらいには整理がついている。

 それに、シーザーに多くを語るのは重荷を増やしそうだから簡潔にとどめておこうと思った。

 

「そういう所から僕を連れ出してくれたのが、義父さんたち」

 

 義父たちとの邂逅は、決して救いなんかではなかったけれど。

 

 それでも、自分の過ごしてきた日々をこそ地獄と呼ぶのだと理解することは、できるようになった。

 

「義父さんたちが僕を『人間』にしてくれた」

 

 というよりは、人間になれと尻を叩かれたのだ。

 

 最初はわけがわからなかった。反駁すら覚えた。使い潰してもらえないなら、もう『人形』に望みなどなかった。幸せも訪れないのだと感じて、絶望した。

 しかしそんな訴えが当然聞き入れてもらえるはずもなく、自分を御して良いのは自分だけなのだと諭された。

 

 それはなんだか、聞こえる声を手探りで探すような、砂漠で砂金を見付けろと言われたような途方もない事柄のように思えた。

 

「感情を教えてくれた」

 

 ミオは自分で生き抜いて、自我を確立して、感情を育てて発露させなければいけなくなった。誰に頼るでも甘えるでもなく、自らの力で。

 それでも必死で向き合う内に、喜怒哀楽の発露が少しずつできるようになった。

 

「知識を得て、自分のそれまでしてきたことがどれだけ罪深いことか、理解した」

 

 けれど、それは同時に自分の築き上げてきた死山血河の持つ、途方もない罪業と向き合うことに他ならなかった。

 

 命の尊さを知って、己の罪深さを呪い、自責の念と虚無感に押し潰されそうな夜が何度もあった。

 他人の欲に翻弄されるがまま唯々諾々と命令に従っていればよかったミオにとって、それは死ぬより辛かった。いっそ死ねば楽だと思ったこともあったが、当然そんなことは許してもらえなかった。

 

 自分でもそれはただの逃避だと理解していたから、眠れぬ夜を越えて、越えて、必死で考えて、悩んで──そうして決めた。

 

「そしたら、生きるしかなくなった」

 

 袖から出した指先で、そっとおなかに触れた。慈しむように。

 

 身の内に孕んだ、還元も浄化もできそうにない禁忌の塊。自分が作り上げた血骨、屍土、悲鳴、哀哭、痛苦、怨嗟──全てを呑み込んだまま、何があっても生き抜くことを誓った。決して自分で終わらせたりしないで、ちゃんと贖うからと、約束した。

 

 誰にでもなく、自分の心と魂に。

 

「世界が広がって、色んなことを覚えたよ。たくさんのことを」

 

 物の片付け方も、掃除も、洗濯も、料理の作り方も知らなかった。

 

 ミオの部屋にはなんにもなかったから、物がなければ片付ける必要もない。料理も、洗濯も同様だ。

 

 見える範囲で行われていない事を学べと言われるのはいっそ無慈悲なことで、そういう意味で彼らに容赦はなかった。

 

 そんな風にほんのちょっとずつミオは色々なことを覚えて、育って、ともだちができて、人は必ずしも殺す必要がないことを知って、失敗しても折檻されないことが分かって、ありがとう、という言葉が好きになった。

 人との触れ合いに悩んで、嬉しいことがあったら笑って、大変な時は足掻いて、不器用でも気持ちを伝えられるようになった。

 

 それは、ミオが『人間』にならなければ決して得られなかった幸福だ。

 

「今なら、あれは変なことだったって分かるよ」

 

 自分のいた場所は、因縁と欲得と恩讐に塗れたおぞましいところだったのだと、分かる。

 

 でも、とミオは少しだけ俯く。

 

「そんなんだから、僕には『家族』とか『血統』ってぴんと来ないんだ。ごめん」

 

 ミオにとっての家族は、血統は、厭うものであって誉れではない。理解の埒外にあるものだ。

 だからこその謝罪だったのだがシーザーの返答はなかった。

 

「……」

 

 長くて重い沈黙だった。怒っているようにも見えて、急速に不安になってはらはらした。

 

「……いや」

 

 やがて、僅かにシーザーは首を振った。顔を上げてまっすぐにミオを見つめ、決然と告げる。

 

「それはミオのせいじゃない。絶対に」

 

 深い翠玉の瞳にはさっきまでとは異なる強い光が宿っていた。深い憤りにも似ていたが、自分に向けられているものではないと本能的に察することができた。

 何に怒っているのか多少不思議だったが、ミオはシーザーの言葉にほんのりと笑った。

 

「ありがとう」

 

 シーザーの目にはどこか、泣きそうな笑顔に見えた。

 

「だからね、シーザー。いつか教えて」

 

 夢に語るくらいなのだから、シーザーは知っているはずだと疑いなく思う。

 

 そうして、ミオは純粋な疑問を尋ねる幼子の表情で、返答への期待を瞳に込めて。

 

「『おかあさん』ってあったかい?」

 

 自分の中にごっそり欠けているものの詳細を、尋ねた。

 

「『おとうさん』ってやさしい?」

 

 ミオはシーザーの過去を知らない。だからこそ、投げられた問いだった。

 

「──!」

 

 シーザーは言葉に詰まった。答えられるわけがなかった。たまさか答えられても、到底口にはできなかった。

 ミオはこちらを悄然と見つめたまま何を言うべきか迷っている口に、困ったように眉を寄せながら人差し指を一本立てて。

 

「今じゃなくていいよ。いつかさ、シーザーの夢を僕に見せて」

 

 虹を待つような、儚い、まるで遠いあこがれを口にするように、ミオは言う。

 

「そしたら、全部分かると思うんだ」

 

 シーザーの夢、明るい家庭。それはきっと、そのままミオにとっての答えになるだろう。

 

 だから、彼が答えを見せてくれるその日まで。

 

「それまで、僕がシーザーを守るから」

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 言いたいことは言ったとばかりに、それきりミオは沈黙してシーザーの隣を歩いていた。そのままついて来るらしい。

 

 尋ねたいことがあると言って、結局答えは自分で保留にしてしまった。

 まぁ、詰め寄られたところで今のシーザーにミオが納得できる答えを用意できるかどうかは甚だ不安だが。

 

 シーザーはようやく理解できた気がした。彼女の己を省みない性分、その根幹を。

 

 修行中に無茶をやらかして危ないと思うことが何度もあった。叱った時もある。

 だが、それを本人は『危ない』などと思っていないのだ。言葉は届いていても、本質的なところで理解していないのだ。

 エシディシとの対決のあともそうだ。大丈夫、というのは『身体を動かせる』という意味であって、決して傷の深さや痛み云々ではなかった。

 

 

 自分を大事にする術を知らないから──無茶という範疇が、分からないのだ。

 

 

 シーザーは胸が痛くなった。なんでもない事のように語られたからこそ、辛かった。

 

 言葉の端々から垣間見えたミオの過去。

 

 それはもう終わってしまった話で、本人もある程度のけじめをつけている。それでも心の奥底で噴火口のようにどろどろと込み上がる感情があった。

 

 義憤とも憤りとも哀れみともつかない感覚だった。ただ、同情だけはするまいと思った。それはここまで生き延びて、目の前にいるミオを侮辱する行為だ。

 

 自分とは異なる、それでも悲愴な運命を生きてきたミオ。自分の隣で生きて、動いて、意思の疎通ができることが奇跡だと思えるほどにそれは苛烈だ。奇妙な共感と、形容し難い感情があった。

 

 これまでともに過ごしてきた日々を思う。

 

 料理の味付けが下手で、何度もジョセフにからかわれていた。拗ねたり、怒ったりしていたが、笑っている顔が一番多かったように思う。

 どんなにきつい修行でも必死でこなして、時々ふんわりと浮かべる微笑は、心底しあわせなのだと、どんな言葉より明瞭に伝えていた。

 

「……」

 

 もし、もしも自分がそこにいたのなら。

 

 普通の子供が当たり前に享受する母のぬくもりを、父の慈愛を、周囲から受ける言祝ぎすら知らない、知る術すらもらえなかったうずくまる小さな子供を──抱き締めることが、できたのに。

 

 そんな益体もない想像がほんの束の間脳裏をよぎった。

 

「ねぇ、シーザー」

 

 唐突に、少しだけ先行していたミオが振り向いた。

 

「うん?」

 

 いつの間にか伏せていた顔を上げると、木立の中でミオは微笑んでいた。日差しの中で雪色の髪が光を弾いて、桜色の瞳が細められる。

 見てくれはただの細っこい少女なのに、その姿はなぜか神秘的で、年齢すら曖昧な感覚を覚えた。

 

「『ひとごろし』には、ならないでね」

 

 まるで、祈るような口調だった。

 

「夜、眠れなくなっちゃうから」

 

 そこには不思議なほどの確信が籠もっていた。

 

 意味は図りかねたが、とても大事なことを伝えようとしていることは分かった。

 

「ああ」

 

 だから、シーザーは素直に頷いた。

 

「よかった」

 

 心底嬉しそうにミオはまた笑った。ゆるい風が雪色の髪を揺らす。それは陽の光の艶を含んで綺羅綺羅しい。

 

 ふと、シーザーは自分の夢を反芻する。

 

 明るい家庭。

 もしそれを築く時、傍らにいる女性は誰なのだろう。仮にその理想を叶えて、これが答えなのだとミオに見せたらどんな風に反応するだろう。

 

 きっと、笑うはずだ。

 よかったね、と心の底から喜んで、眼差しには憧憬が宿っているだろう。そうしていつか、ミオの傍らにも誰かが──

 

 そこまで考えて、シーザーの胸がちくりと痛んだ。

 

「……?」

 

 ミオは幸せになるべきだと疑いなく思う。

 女性という事実を抜いてもずっとそう思ってきたし、今の話を聞いてその思いは更に強固になった。誰かと情を交わし、愛する人ができればそれは最高の幸福だろう。

 そうは考えるのだが、感情はなぜか複雑だ。腹の辺りがもやもやする。落ち着かない。なんだこれ。

 

「どうしたのシーザー、やっぱ戻る?」

「行くに決まってるだろ!」

 

 突然立ち止まったシーザーに首を傾げるミオへ即答して、再び足を踏み出す。

 

「だよねぇ、お供しまっす」

 

 ふざけたように敬礼して、ミオもそれに続いた。

 なんとなくその横顔を見て、もしミオにそういう幸せを与えるのが自分であったならと考えた。

 

 奇妙なことに、今度は腹も立たなかった。

 

 

 

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