そんなこんなで始まったディオを交えての新生活は、ジョナサンにとって地獄の始まりだったと思う。
ディオは何が何でもジョナサンを排斥したくてしゃあないらしく、日々全力でジョナサン迫害に精を出している。
しかも彼はいわゆる天才肌というか、行儀作法から勉強まで一通りこなせるのだ。ついでに猫かぶりも完璧です。
パパさんはジョナサンとディオをいちいち比較しては自分の教育が悪かった、と嘆きつつディオを褒めるのだから本人はたまったもんじゃないだろう。人には個人差というものがあるのでその辺で勘弁してやってくれませんか。
そんなワケで僕の最近の主な仕事はジョナサンのフォローである。パパさん、食事抜いてもジョナサンの能力は上がらないです。
正義感が強くて真っ向勝負じゃないと気が済まないジョナサンと、卑劣上等勝った者が正義なのだふはは的なディオはぶっちゃけ水と油である。間に挟まれている僕は胃が痛い。
ジョナサンもディオも僕にとっては可愛い弟なので、当初はできれば仲良くなって欲しいなーと楽観的に願っていた時もありました。現在ではもう殺し合わなければいいんじゃないかと感じます。ハードル低いはずなのになぜ叶わない予感がするんだろう。
そうこうしている間にディオは着々とジョナサンを孤立させるべく陰から外堀を埋めまくっている。必然的にジョナサンの家庭内での味方は僕だけ状態なので、彼の中の信頼度はマックスです。
しかし、よく考えればジョナサンはゆくゆくは家督を継いで権謀術数の渦巻く社交界へ出なければならない身である。家庭内まで味方がいなくなるのはアレだけど、ある意味では訓練にならないとも言えない。これを糧に強く育って欲しい。
ディオはディオで才能に恵まれているのだから普通に正面切ってジョナサンにケンカを売れば勝てる気がするんだけど、なんでやたらとこすっからい手ばかり使っているのか謎である。その情熱を他に向けるともっとすごいことできるんじゃないか。
ちなみに僕に対してディオはアクション起こしてきません。というか、あんまり近付いてすら来ないので若干寂しいときすらある。家族なのに。
この前なんか普通に近寄っただけなのに「それ以上近寄るんじゃあない!」とか決死の形相で言われた。一体僕が何をしたというんだ。
……と、まぁなんで僕がこんなことを諸々考えているかというと。
「君がッ! 泣くまでッ! 殴るのをやめないッ!」
ジョナサンが見たことのない憤怒の形相でディオをタコ殴りにしているのである。現在進行形で。
普段の冷ややかなぶつかり合いならともかく、こんなガチ切れしたジョナサンなんて見たことがない。ディオは何やらかしたんだろう。
それにしてもすごい。骨同士がぶつかり合う音がここまで響いてくる。男同士の仲なんてさすがに心中推し量れるわけではないので静観するしかなかった。
ジョナサンの渾身のアッパーがディオの顎を正確に捉え、派手に吹っ飛ばされる。……て、あれ、あの趣味の悪い仮面から何かニョキッと出てる。物騒だな。なんだろ。
仮面に気を取られていると、状況がまた変わっていた。
「この汚らしい阿呆がぁーッ!!」
えええディオが泣いてる!? そんな屈辱だったの!? ていうか背中に隠してるのは明らかにナイフじゃないですか。これは流石に止めないとヤバイ。家族間での刃傷沙汰は看過できません!
「二人とも一体何事だッ!」
僅かな逡巡を覚えた瞬間、聞き覚えのある怒号が館内に響き渡った。ぱ、パパさんナイスタイミング! そこに痺れる憧れる!
パパさんは二人に自室謹慎を言いつけそのまま憤然と踵を返し、二人はお互いを不倶戴天の敵のように睨み合いながら部屋へと戻っていった。
しかし、どっちの部屋にも救急箱がないことを知っているので、僕はとりあえず救急箱を片手にそれぞれの部屋を訪うのだった。
☓☓☓☓☓
ジョナサンから治療がてら話の経緯を聞き出し、次にディオの部屋へ。
ドアをぽこぽこノックしつつかなり適当にのたまう。
「ディオー、手当てしよー」
「ッ! ……ぼくは近寄るなと言っているはずだろう」
はいよく言われますね。もう慣れました。
ちなみにディオは初対面で僕にも素を見せているので対外的な外面を見せたりしない。
「おねーちゃんは怪我人を放置しません。ほれ分かったら傷口見せて」
「……ふん」
どうやら痛いもんは痛いらしく比較的大人しくディオはドアを開け、傷口をさらけ出してくれた。よしよし。
「あ、でもその前に」
「なんだ」
「えいっ」
僕は有無を言わさずディオの胸辺りを思いっきり蹴りつけた。
「ッが」
いつの世でも鍛錬を怠ったりしませんよ。力がないといざという時困るので。
完全に油断していたディオはいともかんたんに吹っ飛ばされゴロゴロ転がって――部屋の隅で停止した。
「な、何をする!」
窓枠に手を掛けながら咄嗟に身体を起こし、咳き込みながら激昂するディオだけど僕だって怒ってるんですよ。そこそこおこです。
「あのね」
僕はズンズンとディオの前に立ち、腰に手を当て、憤然と小鼻を膨らませた。
「僕はジョナサンとディオのおねーちゃんで、エリナちゃんの友達なの」
そう、エリナちゃんは僕の数少ない女の子の友達である。そんな彼女に無体な真似をしたディオは許さん、一発入れるくらいは権利の内です。後で慰めに行かねば。
「友達がいじめられたんだから仇くらい取るわい。女の子の夢を木っ端微塵にするなっての!」
そこまで言い切って無防備なおでこにデコピンをひとつ食らわせ、改めて手当て開始。まったくジョナサン孤立させるためには手段選ばない奴とは分かってたけど、女性の唇奪うほどとは思わなかったわ。
あ、打撲結構ひどいな。湿布足りるか? てきぱきと治療を進めていると、ぽつりとディオが呟いた。
「……お前はどっちの味方なんだ」
「僕は家族と友達の味方です」
即答する。今更問われるまでもない。
むしろ、そんな当たり前のことを聞かれても困ってしまう。
「だから弟が偉かったら褒めるし、駄目なことをしたら叱り飛ばすし、怪我をしてたら心配して、手当てするの」
ごく単純に言うと、ディオは苦虫を噛み潰したような顔で沈黙した。理解が及ばない、という感じだった。
「はい、おしまい」
最後に頬に湿布を貼り付け、猛烈に何か考えてるらしいディオの頭を眺め、なんとなく撫でてみる。よしよし、という感じで。
ディオはびくりと肩をひくつかせ、ぎろりとこちらを睨む。
「ッ、……まさか慰めようというのか? お前の友人とやらを傷つけた、このディオを?」
自嘲とも皮肉とも取れる言い方で口の端を歪ませるディオに、僕はほんのり苦笑する。
「慰めるっていうか、僕ディオに避けられてばっかりだからさ、チャンスだと思って」
弱ったところにつけ込んでいる、という意味では当たってるかもしれない。
ディオだって弟なのだから、ちょっとは仲良くなりたいのだ。家庭内で会話もないというのはなかなかしんどいものがある。
「僕だってさびしいとか思うんだよ」
鉄仮面だと思われてるのなら心外だ。
「……」
むっすりとしたままディオは何も言わなかった。払いのけられないのを良いことに頭をなで続けてみる。ふわふわの金糸は指通りがよくて触っていると心地良い。
平穏とも不穏ともつかない奇妙な沈黙が部屋に落ちて、自然と思い浮かんだ言葉が口をついて出ていた。
「ディオがさ、仮にうちの家督とか財産とかまるっとモノにしたくてジョナサンいびってても」
「!?」
明らかな動揺の雰囲気が伝わるけど、構わず続けた。
「僕は二人のおねーちゃんだから、何やらかされてもたぶん嫌いにはなれない。ディオのことも、ジョナサンのことも」
普通の家族みたいに仲良くできれば良いに越したことはないけど、本人にそのつもりがないなら仕方がない。
パパさんもジョナサンも根が善良だから本当の意味でディオを疑ったり、それこそ排斥しようとしたりはしないだろうから、その分は僕が担えばいいと思う。
それはディオを追い出すとか更に策を弄するとかじゃなくて、家族が馬鹿やろうとした時に止めるっていう、ごく当たり前のことだ。
「それは、忘れないでくれると嬉しい」
二人ともいいところがあって、よくないところがあるのを僕は知ってる。
ごくごく単純に言えば、ケンカしたり仲直りしたり遊んだりお喋りしたりしたいのだ。姉弟なんてそんなもんじゃないだろうか。
「あと僕はどっちの道も止める気はないし、好きにしたらいいと思うよ」
とはいえ、僕のできることにだって限度がある。
一応は貴族の娘だからいつかは嫁に行かされたりするかもだし、それでいつの間にかディオの一人天下になってたとしても手の出しようがないからだ。
「……それでジョースター家がぼくに簒奪されても、か?」
なかなか危険な物言いだけど、僕は悪戯っぽく笑う。というか疑惑を飛び越えていきなり言質が取れてしまった。まぁいいか、やっぱりな、ぐらいで驚きもしないから。
「そん時はジョナサンの力及ばずってところだねぇ。残念だけど」
無一文になっても生き抜く自信はあるし、今生での趣味はとある目的のための貯金です。ジョナサンは適当に頑張れ。ディオみたいなのに揉まれてれば巻き返しはいくらでもきくはず。
飄々と返すと、やがてディオは喉の奥からくつりと笑いを漏らした。
「どうやら、『姉さん』を見くびっていたようだな」
「うん?」
「とんだ数寄者じゃあないか」
言われてみれば、特権階級に固執するお貴族様的な思考回路は皆無なのでディオにはそう見えるのかもしれない。お上品じゃなくてすいませんね。
でも、その言葉にはこれまで感じてた壁とか、トゲみたいなのもなかったので自然と笑った。
「あはは、ディオに言われるなんて光栄の至り」
救急箱を抱えたまま気取った礼をすると、ディオは珍しくせいせいとした笑顔を見せた。
……初めての姉さん呼びに内心浮かれぽんちになっていた僕は、「まさしく、このディオに相応しい」とか呟いていたのを完全に聞き逃していた。
☓☓☓☓☓
そんな感じで時は流れに流れ、ジョナサンもディオもムッキムキになりました。解せぬ。
僕の成長はやっぱりというかなんというか、生前くらいで止まってしまったので家族を見上げると首がつりそうになるのが最近の悩みです。
一方、二人が元気を吸い取ってしまったのか、パパさんの具合はあんまりよくない。この時代には抗生物質とかないので風邪の治癒ひとつにまで時間がかかるので心配です。
時々手伝うと言ってくれるディオの申し出は嬉しいが、家庭を守るのが娘の務めということで丁寧に断り看護に勤しむ毎日です。婿の来てもさっぱりありませんしね。ふはは。
「早くパパさんの病気治らないかなぁ」
空になったコップをお盆に乗っけて階段を降りていると、隣のジョナサンが切なそうに表情を曇らせた。
「ただの風邪のはず、なのに……長引いてるよね。ぼくが医療の勉強をしていた方がよかったのかな」
しょんぼりと呟くジョナサンは大学で考古学を専攻している。先日提出した論文もなかなか評価が高く、期待のホープと呼び声高い。
あのわりと不気味で個人的にあんまり好きになれない石仮面をジョナサンは研究している。どうやらアステカ文明の遺物らしく、研究魂を刺激されるそうな。
「ジョナサンが好きなことを学ぶ方がパパさん喜ぶよ。僕ももっと頑張るから」
ぐ、と握り拳を作るとジョナサンは慈しむように柔らかく苦笑した。
「姉さんがこれ以上頑張ったら倒れちゃうよ。くれぐれも気を付けてね」
「ありがとう、ジョナサン」
ぽんぽん、と僕の頭を撫でてくれるジョナサンに少しだけ笑う。思ったより疲れが顔に出てるのだろうか。今日は早く寝よう。
「そういえば、姉さんは父さんが治ったらどうするの? そのまま仕事の手伝い?」
現在、僕は父の看病をしながら書類仕事を手伝ってお小遣いというか、賃金を頂いている。
しかしそれは目的あってこそ。そろそろジョナサンには明かしてもいいかもしれない。
「うん、あのね、父さんが完治したら日本に行こうと思ってるの」
「えっ、日本!? どうして?」
あまりに予想の範疇外だったらしくジョナサンの声がひっくり返った。確かに時代的に考えると珍しいし、わざわざジョースター家を出るなんて正気の沙汰ではないのかもしれない。
でも、どうしてと言われたら答えはひとつだ。
「日本が好きだから。行きたいんだ」
ぶっちゃけ日本食が恋しいです。アイラブジャパニーズフード。
あと今の時代で言えば日本はちょうど明治時代。なにそれ超気になる。実際に見れるかもしれないなら行くでしょう、それは。
「んん、ぼくとしては応援したいけどちょっと複雑だよ」
ジョナサンは突然の爆弾発言に戸惑っているのか、困り顔だった。甘えっ子だもんね。
日本なんて遠いし、今だと渡航手段が船しかないから心配するのも無理はない。
「それに、父さんが反対するかも」
「言うだけ言って、反対されたら自力で行く」
きっぱり言い切ると、ジョナサンも僕の本気を悟ったのだろう。驚いたように眉を跳ね上げ、やがて嘆息した。
「意外と姉さんは頑固だからなぁ」
「その辺はジョースター家みんなそうだと思う。ジョナサンだって頑固なところあるし」
「そう言われると……」
こうと決めたら梃子でも動かないのはこの家系全員に言えることだと思います。
それに、日本に行くために幼少期からこつこつ貯金してきたのだ。長年貯めに貯め込んだ金額ならば渡航費用にもじゅうぶんである。
「でも、こんな話は全部パパさんが完治してからの話だけど」
「そうだね、今の父さんが聞いたら心臓止まっちゃうかも」
くすくすと二人で笑い合い、そのまま広間の方に向かう。
「……」
階段の横で僕らの話を聞いていた、もう一人の弟の存在に気付かないまま。