星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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14.ワムウとアジトとシロアリと

 

 

 おそらく、柱の男に対してこんな手段をしようと思った人間もとい、思いついても実行する人間などいなかったのだろう。

 

「邪魔だぁあああッ!!」

 

 気合一声。

 

 咆吼を上げ、ミオは纏った着流しを翻しながら、それこそ嵐のように階段の装飾品をソファを壁を椅子を箪笥を時計をがむしゃらに刃を振り抜き滅多打ちにしてついでに蹴りまで放って爆砕し始めた!

 

「ッ!?」

 

 ワムウの動揺する気配が伝わった。だが遅い。始まった破壊活動を止めたいならば力尽くでやってみせろ!

 

 鈴が鳴る度に、崩壊の足音が近付いていく。

 

 粉塵が舞い上がり、瓦礫が散華する。追いかけようとするワムウを視界の隅で見咎めれば、中空へと躍り上がって大きな破片を砲弾の如き勢いで蹴り飛ばして視界を塞ぐ。相手には小石程度の邪魔にしかならないだろうが、ほぼ嫌がらせだ

 ネズミの敏捷さと猫のしなやかさを併せたような動きで、ミオは廊下を駆け抜け階段を蹴り上がり壁面すら利用して縦横無尽に疾走し、ひとつの部屋へと駆け込んだ。

 

「まずはひとぉつッ!」

 

 そのまま突入した部屋の先で、無闇に勇ましい声と轟音が響く。

 屋敷すら震撼したような気がした。ぱらぱらと木片が散り、薄く日差しが差し込んだことを瓦礫を払いのけたワムウは見た。そして、ミオの口にした『後方支援』の意味を理解する。

 

「貴様、よもや」

「あっはぁ、分かりました!? そうですよ!」

 

 久々に思う存分刀が振るえることが嬉しいのか、やたらとテンションの高い声がホテル内に反響する。

 

「見(あらわ)し、お見事です♪」

 

 証明するように、新たに刻まされた剣戟で脆くなった場所に回し蹴りを放つ。ぐわっしゃん、と打ち付けた遮光板ごと窓ガラスが木っ端微塵に粉砕された。

 

「やめろ小娘ぇッ!」

 

 追いすがるワムウの伸ばした腕の下、小柄な体躯を更に低く低く、百足のような体勢で滑走。

 軽業師のような身軽さでバランスを立て直すと膝に渾身の力を込めて思い切り跳躍し、

 

「空中ならば逃げ場はあるまい!」

「ッ」

 

 着地予想地点にワムウが回り込んだと見るや否や、「でいッ!」精密機械の正確さでその刃を壁面に突き込んだ!

 いかなる膂力が籠もっていたのか刀身は壁を豆腐のように突き抜け、矮躯はそのままゆらりと中空に留まる。

 

「な、ぁ」

「せぇの」

 

 ミオは見事に宙ぶらりんのまま両手で柄を握りしめ、腕力のみでぐいんと勢いをつけると思いっきり壁面を蹴りつけた。

 刀はまるでそれ自体が生き物であるかのように、主の意向に添ってきれいに引っこ抜けて小さな破壊魔を解き放ち、銀閃が閃いては冗談のように廃ホテルは損なわれていく。

 

「みんなにとって邪魔な壁なんて、窓なんて、家なんて僕がぶっ壊します!」

 

 床石が砕け、あちこちでばがんばがんと破砕機のような勢いで壁が寸断されていく。

 窓枠に打ち付けた木製の板が砕き割られて無用の長物と化し、柱が野菜のように輪切りになった。その度に一筋、また一筋と増えていく忌まわしい光の煌めき。

 

「なんなら火でもつけましょうか!」

 

 そう言ってみせれば、後方にちらりと見えるワムウの形相はまさに鬼のそれだ。

 転がっていた椅子(だったもの)を足先で軽くリフティングして、ワムウ目がけて強烈なサッカーボールキックをかましながらミオは悪魔のように口の端をにぃっと吊り上げた。

 

「それに、日差しが入れば波紋がなくたって、僕でも戦える」

 

 ホテルはその構造上、採光箇所が多い。

 柱の男たち最大の弱点が、ほんの壁一枚の向こう側で手ぐすね引いて待っているのだ。これを使わない手はない。

 

「僕は波紋戦士じゃない! そんな高潔なもんか! 立派なわけないじゃないですか!」

 

 あんな素敵な人たちと自分を一緒にしてもらっては困る。

 卑下するわけでもなく、なんだか楽しくなってきたミオは心から自分の役目に誇りを持って大声で宣言してみせる。不敵とも取れる微笑みと一緒に。

 

「あなた方にとってのシロアリですよ、僕はね!」

 

 老朽化しているとはいってもある程度の強度はあるだろうが、ミオにとって何ほどのことでもない。

 

「穴ぼこ開けて、壁という壁を食いちぎって、窓という窓を叩き割る!」

 

 いちいち全ての窓枠から丁寧に遮光板を取り外すなら骨だろうが、そんな遠慮もいらない。

 

 斬って斬って斬りまくればいい。

 

「そして、やがては家そのものをダメにするただの害虫!」

 

 本人の形容通り、今のミオはこのホテルにとってのシロアリである。階段の手すりや装飾品など既に見る影もなく、食い散らかされたように瓦礫が点在し、壁には無数の穴が穿たれ周囲には無数のひびが入っている。

 極論、このホテルが更地になれば彼らはそれだけでピンチだ。吸血鬼にとっての海が魔女の釜の底ならば、陽光の下全てが彼らの溶鉱炉である。

 

「ああ、でも、ご所望とあらば──」

 

 ミオは唐突にブレーキをかけると瓦礫のひとつに足をかけ、ワムウへ向かって刀を握っていない方の親指をおもむろに自らの首に添えて、

 

「もう一度その首頂戴して」

 

 くいっと切る動作をしてみせた。

 

「太陽の下で生首フットボールアワーでもしましょうか?」

 

 そんな仕草に、言葉に、戦士としての誇りを何よりの矜持としているワムウが激昂しないワケがなかった。

 

「──ッ!!」

 

 荒れ狂う悪鬼の如き殺気が濁流のようにホテルに満ち満ちて、怒気が灼熱の溶岩となってワムウの身体へと充填される。ミオは心臓を握りつぶされそうな汚泥の如き殺意を全身に浴び、それでも獰猛に笑った。

 

 踏み込みは激烈。構えから湧き出す濃厚な死の臭い。

 

「舐めるなこの小娘がぁあああ!」

 

 それまでの静かな雰囲気から転瞬、ワムウが豪腕を振るえばいくつもの竜巻が発生し、風の奔流が全てを呑み込まんとミオへと殺到する。

 

 そして、それこそがミオの狙いだった。

 

 どだい、正攻法じゃ無理だ。

 波紋が弱くて話にならない。ウサギと亀が本気で競争したって、基本スペックが劣っているのだから勝てるわけがないのだ。そんな相手と真正面からぶつかったりなどしない。

 

 だったら、ミオは相手を転ばせることに全てを注ぐ。それならばまだこちらに分がある。柱の男は人を見下して、侮っている。それは純然たる事実だ。だからそこにつけ込む。

 

 ちょっとでもみんなにとって有利な状況を作る。

 それだけが望みで、役目だ。柱の男なんか倒せなくてもいい。殺せなくてもいいから、ダメージを与えたい。それを与えられるだけの環境を、アウェーをホームに替えたい。

 

 そのために、太陽光線を燦燦と浴びるならアジトが邪魔だ。かといって、こんな馬鹿でかい家を潰すにはひとりでは時間がかかる。

 それなら膂力の有り余っている人に『手伝って』もらえばいい。

 

「おっとぉ?」

 

 ミオはワムウの放った、触れた瞬間に肌どころか肉までも切り裂く風の刃を、見もせずにひょいと身体を動かして避けてしまう。

 

「ぬぅおおおッ!」

 

 それでもワムウは止まらない。数えるのもイヤになるほどの竜巻が発生しては果敢にミオめがけて集中砲火。

 相手が波紋戦士でないからか、それともまだ侮っているのか神砂嵐こそ放たないものの、一発一発に込められた威力は一発でも当たれば確実にミオは骨まで断たれてお陀仏である。

 

 そのはず──なのだが、

 

「わぁ、あぶねー」

 

 無感動な声が響き、ミオはそれらの竜巻を避けて避けて避けまくった。

 室内に充満している粉塵が気流の動きを教え、殺気が伝わり、ワムウの視線が、身体の動きが、全ての方向を示してくれる。

 

 モーションが必要なら、これからこちらに攻撃しますよと言われているようなものだ。避けるだけならば容易い。まして相手は風。ワムウにとって風が武器であっても、ミオにとっての敵にはならない。

 身体のいちぶというほど慣れ親しんだ感覚が暴威の気配をありありと嚮導してくれる。

 

 見えぬ相手と踊るような足捌きでステップを踏めば、まるで風が自らミオを避けているか、或いは手を引いているかのように紙一重で抜けて行く。

 

「ぐっ、ちょこまかと……」

「いいんですか? どんどん壊れますよ?」

 

 どこまでも小癪な言葉の通り、ミオに直撃することなく明後日の方向へと逸れた暴風は周囲の壁へと炸裂しては悲鳴のような軋みを上げた。

 ひびが深くなり、遂に耐えきれなくなったシャンデリアが派手な音を立てて床に散らばった。

 

「、味な真似をしてくれるではないか!」

 

 あちこちから小さいが確かに太陽光が差し込み、僅かずつ室内が明るくなっていく。それはワムウの行動範囲を確実に制限していった。

 無駄撃ちすればするほど、アジトを壊す手伝いをしているようなものだ。

 

「いっ!?」

 

 だが、ひたすらに逃げ回っていたミオが壁を蹴った瞬間、脆くなっていた壁がぼろりと崩れた。

 そのまま落下したミオは中空で器用にきり、と身体をひねって階段は中二階、装飾品があった場所へと着地を果たす。

 

 そこへ、

 

「ならば、直接この手で始末するのみッ!」

 

 人間ではありえない動きで筋肉が膨張し、信じられない脚力でワムウがミオ目掛けてミサイルのように突貫する。

 

 だが、それをまるで迎えいれるようにミオは呵々と笑った。

 

「あははッ! まるで鬼ごっこですね! それとも影鬼かな?」

 

 ワムウがミオに肉薄せんとしたその時、広がった両腕、その袖からぼたぼたぼたっと『何か』が転がり落ちる。

 手榴弾とは異なる、ワムウには当然見たこともない、無骨な円筒形の何か。

 

「でも、ざぁんねん♪」

 

 ミオは即座に階段の舳先を飛び越え、階下に転がり落ちると同時に目を閉じて耳を塞ぐ。

 

 直後──爆裂!

 

 おびただしい光量と音波をまき散らす非殺傷の武器。現代では威嚇、暴徒鎮圧に使用されるその兵器の名前は特殊閃光・音響手榴弾(スタン・グレネード)

 

 ちなみに、これら全ての武器はシュトロハイムから持たされた『お土産』である。あの人大好き。スタングレネードに関しては試作品だから、感想を教えて欲しいとの但し書きがついてきた。

 

 ただでさえ暗いホテル内で、その効果は最大限に発揮される。紫外線こそ含まれていないが網膜を焼き切らんばかりの暴力的な閃光が室内で炸裂した。

 太陽光線を弱点とする彼らにとって、太古の昔から強い光は敵だ。それは遺伝子の底にまで擦り込まれた根源的な恐怖に他ならない。

 

 柱の男たちは、種族故にその恐怖から逃れることができない。

 

「ぉお!?」

 

 案の定、ワムウは反射的に身を竦ませ、バランスを崩す。

 その隙を見逃すことなく立ち上がっていたミオはとん、と軽く跳躍して鯉口を切り、

 

「ちょいや!」

 

 ワムウの腕目掛けて神速の抜き打ちを見舞った。

 

「ッぐ!」

 

 だが、彼も戦闘の天才と謳われる豪傑である。

 殺気を感じ取るや否や、身体を捻って腕を両断されるという最悪の事態を回避した。

 

「小指、いただきぃっ♪」

 

 僅かな代償は、支払ったが。

 

 ミオは宙に放り出されたワムウの小指を、さっきまでの破壊活動で空いた小さな穴へと刃先ではじき飛ばす。太陽光に晒されたそれは一瞬でとろけて霧散した。

 

「はぁッ……、これでも弱いですか」

 

 埃まみれの顔で軽い息切れをしながら、この寒い中で浮かんだ汗と汚れを袖で拭いながらミオは獣のように笑った。

 

 もはや人形ではない少女はその表情に誇りと決意が垣間見え、桜色の瞳に怪気炎が宿る。

 

 そして吼える。

 

()()()()()()()!」

 

 獅子吼だった。

 

 人間としての矜持全てを賭けた、柱の男への宣戦布告だった。

 

「……ふむ」

 

 ミオの前でワムウは暫し自分の小指があった場所を見つめて沈黙し、やがて顔を上げてこちらを見つめ返した。

 

「認めよう、弱きものよ」

 

 さっきまでの激昂が嘘のような、静かで、一種の敬意すら漂うような口調だった。

 

「確かに貴様は波紋もろく練れぬ、おれたちにとってはネズミやシロアリにも等しいただの人間……。だが、それに臆することなく知恵を巡らせ、波紋ではなく戦略を練り──このワムウに傷をつけた」

 

 ワムウはこちらに傷を見せつけるように手の平をかざす。

 

「貴様は戦士ではない。確実にいつか我らを損なう──害獣よ」

 

 それは、ある意味では波紋の戦士よりも危険な認定だった。

 

 自由意思で互いに相争うのではなく、目に映ったら確実に殺さなければならない排除対象。ミオはそういうものであると、決められてしまった。

 しかし、戦士などという厳めしい称号などよりよっぽど自分に相応しいと思った。そもそもシロアリと先に言ったのは自分だ。獣にまでランクアップしただけ良しとしよう。

 

 だから、ミオはけらりと笑って受け入れた。

 

「それは光栄ですね」

「獅子は兎を狩るにも全力を尽くすというが──おれは、持てる全てを駆使して貴様を殺さねばならない。カーズ様のためにも」

 

 危険因子を生かしておく理由などどこにもない。

 

「その必要ができてしまったことが、残念でもある」

 

 言葉の意図は図りかねたが、かなり今更な話を語られてもどう言葉を返せばいいのか迷ってしまう。

 

「そんなの、お互いさまです」

 

 ミオは少しだけ眉を寄せて、当たり前のことをただ淡々と。

 

「僕はあなたを殺しに来たんだから、あなたも僕を殺していいんですよ、ワムウさん」

 

 それはミオの中にあるごく単純な約束事だ。たぶん、闘争に身を置くものたちが誰しも無意識に抱く契約。

 

 殺意を以て相対してきたものには、殺意を以て返さなければ禍根が残る。

 

「……つくづく、波紋の戦士でないことが惜しいな。ミオ」

 

 苦笑めいたものを浮かべてワムウが嘆息し、構えた。

 

「あなたほどの戦士と語るに、言葉は無粋というものです」

 

 それまでのチャラけた態度を改めれば、雰囲気が激変する。双眸にはまさに抜き身の刃先めいた殺意がみなぎり、凛烈とした立ち姿には一筋の乱れもない。

 ミオは少しだけ口をもごつかせ、恥じ入るように呟いた。

 

「害獣如きが、口にしても構いませんか?」

「お前にはその資格がある。言うがよい」

 

 では、とミオは獲物に食らいつく肉食獣さながらの姿勢のまま居合いの構え。

 

「いざ」

 

 興が乗ったのか、ワムウが応える。

 

「尋常に」

 

 放たれた言葉は全くの同時だった。

 

 

『勝負!』

 

 

 

──激突!!

 

 

 

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