星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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15.完遂して、バトンタッチ

 

 

「ぬぅん!」

 

 刹那の内に肉薄したワムウが必殺の拳を繰り出す。風など使わずともその剛拳は強烈無比。直撃すれば全身の骨を砕き、拳風だけでも脳震盪は必死だ。

 対するミオはそれを自らの愛刀で受けて立った──が、その拳はどういうことか空を切り、雪色の髪を浮かせるに留まった。

 

「ッ!」

 

 僅かな動揺が走るが、疑問を感じる暇などない。ワムウは反射的に風を纏った砲弾の如き連撃を放ち続ける。

 ミオはその場を動かず、ただ腕の延長であるかのように愛刀を操り続けるだけだ。

 

 黒刃の輝線が生身の拳とぶつかり合い、流れる血が水飛沫のように虚空を流れ散る。

 その度にワムウの拳はあらぬ方向へと逸れ、暴風だけが室内を荒らし回った。

 

「……何を、している?」

 

 純粋な疑問の体で尋ねられ、ミオは世の論理を説くが如く自然に答えた。

 

「柔よく剛を制すって、知ってます?」

 

 規格外の豪腕を、まともに受けてやるほど騎士道精神にあふれてない。

 ミオはその刃をワムウの拳へと柔らかく添わせ、ほんの僅かに軌道を歪めているだけだ。それだけで拳は標的を逸れてあらぬ方向へ振り抜く羽目になる。

 ただ、これは単に腕力と竜巻にものを言わせてくれている間だけ通用する技術である。神砂嵐でも繰り出されてしまえば一発でアウトだ。

 

 とりあえず連撃を凌ぎ続けることで、例のモーションに入ることだけは阻止しているが、このままではこちらの体力が先に切れてしまう。ジリ貧だ。

 

 そう、まるで全てが順調にいっているように見えるが、実際はそうでもない。

 

 ワムウはさすがに数千年分の研鑽があり、ミオの目的を看破してからは重要な箇所──入口や奥の通路、外へ直接繋がっている壁の方へはなかなか近付かせてくれない。当然隙を突いて何発かは入れているが、石造りの壁面を突破するにはまだ足りない。

 その周りはと言えば随分と見晴らしがよくなって、わりと惨憺たる有様なのだが決定打が足りない。

 

 なにか、なにかあとひとつ。

 

 そんな──僅かな焦りと逡巡の隙を戦闘の天才が見逃す道理などない。

 

「馬鹿めッ!」

 

 剣戟の隙間を縫ってワムウが繰り出した蹴りがまともにミオの腹へと突き刺さった。

 

「げぅッ……!」

 

 凄まじい衝撃が腹から腰までを貫通し、内臓が軋みを上げる。えげつない痛みに呻きを漏らせば血の味がした。

 矮躯が血の尾を引きながら軽々と吹っ飛び、ワムウはそのまま脚力のみで跳躍してミオの後を追う。

 

 放物線を描いたミオは蹴りの痺れと痛みで受け身すら取れず壁へと激突し、更なる衝撃で弾かれたその時──ワムウの手の平がミオの顔面を鷲掴んで壁へと押しつけ、もう片方の手は先程の意趣返しか首へと回っていた。

 

「かふっ」

「ふん、ひとくびりで折れそうではないか」

 

 ぐ、と喉の圧迫が強くなり、ひゅう、と笛のような呼気だけが漏れた。

 両手で縛めを解こうにも、迂闊に触れればそのまま吸収されかねない。

 

「波紋戦士ではないお前には、秘技など使えぬ」

 

 それはきっと柱の男としての、ワムウなりの矜持なのだろう。

 顔面を圧迫する力が少しずつ強くなっていく。皮膚に指先がめり込み、骨にまで疼痛が走り始めた。ワムウの力ならば、ミオの頭部など生卵を割るようなものだろう。

 

「だが、死を感じる暇も与えずに殺してやろう。それがこのワムウの、ミオ、お前に対する敬意だ」

 

 彼にとって造作もないことだ。

 静かなそれは、ただの戦士ではなく処刑人の声。今まさに命を刈り取る死神の言葉だ。

 呼吸を阻害され、体重を首のみで支えているせいでミオは息を詰まらせながらぜいぜいと喘ぎ、自分が絶対絶命の窮地であることを理解して、

 

「あ、は」

 

 あまりにもかすかな、笑みを浮かべた。

 

「……気でも違ったか?」

 

 生殺与奪を完全に握っているワムウが眉をひそめた。

 

 だが、それは確信を得たミオの会心の笑みだった。

 

 全身に激痛が走っている。脂汗がにじみ出てくるのが分かる。真っ暗な視界の中でも痛みで生理的に目の奥が潤む。酸素が足りなくて耳鳴りがした。

 

 でも、まだ生きている。

 

 なら、やれることがある。

 

 ()()()()()()()()

 

 ワムウさん、両手を拘束しなかったのが──あなたの敗因だ。

 

 そうすれば、『これ』は防げたのにね。

 

 そして、ワムウは聞いた。

 

 ぴーん、という、先程自分を襲った紅蓮の炎が暴れ回る直前に発された、音を。

 

「──!」

 

 ワムウが瞠目する。手の平の中でミオが安堵にも似た吐息をこぼした。

 

 誰もあれで打ち止めなんて言ってない。

 

 ありがとう、シュトロハイムさん。

 

 心の中で礼を述べ、ミオはワムウに見せつけるように片手を持ち上げ、ピースサイン。

 

 片方の華奢な指先に引っかかっている、プルタブのような部品。

 

 そして、もう片方の手には──

 

 酸欠で青黒くなった顔色で、ミオは口元に笑みを刻んだまま、うわ言のように言葉を落とした。

 

()()()()()

 

 兵器は慈悲、容赦、一切なく己の本懐を果たす。

 

 鼓膜すら破れそうな轟音。爆音。衝撃。全てがこれまでのミオの暴れぶりで脆くなっていた壁面を震撼させる。

 亀裂が走り、瓦礫が次々と剥離しては崩落を繰り返し、爆心地が最も近かったミオは、幸いなことに壁ごと雪原へと血達磨で投げ出された。雪原の上を何度もバウンドしてからごろごろ転がり、やっと止まる。

 

「う、」

「ミオッ!?」

 

 シーザーの声が聞こえ、なんとか薄目を開ける。ワムウの真上めがけて投げたおかげか、奇跡的に五体は無事のようだ。

 無事、ではないかもしれないが手のひらに覆われていたから顔面は傷も少ないし、全身痺れたように身じろぎひとつ取れないが喪失感は感じない。

 

 そこには全員が揃っていた。本能的にそれが分かった。

 

 まぁ、あれだけボカボカ爆発させればそりゃ集合するだろう。

 

 衣服が焼け焦げ、血錆でまだらに染まっている。脳震盪でも起こしているのか、揺れまくる視界と全身を支配する激痛を今だけ無視してなんとか首を向ければ、柱の男たちのアジト──その入口からの一角が完全に崩壊していた。

 

「自爆とはな──だが、美事!」

 

 なんだか耳すら遠い。けれど聞こえた。

 

 どうやらあのひとが半ば肉布団になっていたのかなと頭の隅で考える。

 

「その勇姿、このワムウがしかと見届けたぞ!」

 

 あちこちに巨大な岩石じみた瓦礫が散らばり、ぼっかり空いた室内には燦燦と陽光が差し込んでいる。その辺りの、ちょうど影になっている一番暗いところにいるようだった。

 

「弱きもの。ミオ──我らの害獣よ!」

 

 敵であるはずなのに、賞賛の言葉は朗々と遠くの雪山まで届くようだった。

 

「ッの、無茶ばっかしやがってこのスカタン!」

 

 その間に駆け寄ってきてくれたシーザーの声は間違えようのない怒声だったけれど、身体に滑り込ませてくれる手つきはただ優しい。

 

「俺とメッシーナ師範代を庇うにしてもやりすぎだ! なんでそうお前は……」

 

 だが、言いかけていた叱咤も怒りの気配もすぐに霧散してしまう。入れ替わりのように混じったのは深い深い悔恨の響き。

 

「いや、ちがう、すまん、すまない」

 

 くしゃりとシーザーの顔が歪む。心なしか、その緑が揺らめいて見えた。

 

「俺についてきたせいだ。俺の勝手に付き合ったせいでこんな……」

 

 ミオはそんな謝罪など欲しくなかった。

 大体、勝手に付き合ったというなら自分がそれこそ勝手に心配して、聞いてみたいことがあったからついて行っただけだ。

 たまたまワムウが先着していて、襲ってきたから、自分にはそれが分かったから、最善を尽くしただけ。それでも怪我を負ったなら、それは自分の不徳故だ。シーザーはなんにも悪くない。

 

 素直にそう思った。

 

 だから、

 

「シーザー」

 

 ミオは瞳を柔らかく眇めてシーザーを見つめ、すごく苦労して片手をふらふらと上げた。

 爪なんて剥がれかけだし、豆は潰れて血と土と埃が混じってかなり汚いてのひら。それでも大丈夫だろうか。

 場違いな心配をしながら、ミオはかすれた声で、ただ、この先を仲間へと託す言葉を。

 

「あとを、任せていい?」

 

 シーザーは一瞬瞠目し、口を開きかけたが思い直したのかぎゅ、と唇を噛みしめた。一度強く目蓋を閉じて、そして開く。

 そうして浮かべられた不敵な笑みは、ミオの望んでいた通りのものだ。

 

「ああ、任せとけ」

 

 遠慮なくパン、と音高く手を打ち鳴らす音が雪原に弾けた。

 

 じん、とした痺れに生を実感する。

 

 膝を起こして視線を上げ、ホテルへ向かおうとしていたシーザーだったが、急に立ち止まると何を思ったかくるりとミオの前に戻ってもう一度膝をついた。

 不思議に思っていると無骨な手の平が最大限の注意を払ってそっと自分の身体を掬い上げ、生きていることを確かめるようにミオの頬にシーザーの頬が寄り添った。

 

 くっついたところが冷たくて、でもすぐに温かくなった。温度が伝わって、なんだか感謝したい気持ちになる。

 

「ありがとな、ミオ」

 

 そうして、離れた頬にそっと押し当てられた柔らかな感触。ぴり、と痛みが走ったがあまり気にならなかった。

 

「これで俺は万全の状態で戦える。お前のおかげだ」

 

 シーザーのその言葉で、報われた気がした。自分の勝手でやらかしたようなもので、言ってみれば自業自得みたいなものなのに。

 

 それでも、こんなに嬉しい。

 

 ありがとう。

 

 痛みでもう感覚のない手を上げて指先でシーザーの鼻先にちょん、と触れる。

 

 大切な仲間へと贈る、激励の気持ち。その言葉。

 

「まけるな、シーザー」

 

 翠玉の瞳に熱が灯る。

 先程まで熾火のように揺らめいていた何かが、燃え盛るように滾るのが分かった。

 

「ああ、もちろん」

 

 力強くシーザーは頷き、自分の鼻先に触れた指先を柔らかく支えて、まるで儀式のように唇で触れてから、丁寧にミオを横たえた。

 

「──負けるわけがねぇ、今のこの俺がな!」

 

 その表情が豹変する。見えぬ相手を狙い定めるように瞳には焔が宿っている。

 

「俺の精神テンションは今! 貧民時代に戻っているッ! 父が奴らの罠に殺されたあの当時にだッ!」

 

 だが、それは先程までの癇癪に任せて暴れるような剥き出しの感情ではなく、凪の如き理性に裏打ちされた絶対零度の殺意だ。

 

「冷酷! 残忍! その俺があいつらを倒すぜッ」

 

 限界まで研がれた針のような闘気を纏いつかせたシーザーは呼気を整え、両手を構える。

 

「今こそ決着をつけてやるぞ、ワムウッ!」

 

 そうしてシーザーは雪を蹴立てて走り出し、瓦礫の山を飛び越えて待ち受けているであろうワムウへと特攻した。

 

「だーかーら! 一人で先走んなって言ってんだろシーザーちゃんよぉ!」

 

 慌ててその後を追うジョセフがちらりと見えた。どうやら自分がワムウとわちゃわちゃしている間に仲直りできたらしい。よかった。

 

「ミオ!」

「せんせ」

 

 リサリサが呼びかけると同時にメッシーナがミオの身体を支え、波紋を送り込んでくれる。全身の痺れが引いていき、痛みも和らいでいく。心なしか視界の揺れも落ち着いてきたようだ。

 呼吸が楽になり、口の中に溜まっていた血痰を吐き出すと喉の奥が通った気がする。困ったように眉が八の字になった。

 

「ちょっとだけ、待ってて下さいね」

 

 ぐ、と拳を握って仕草だけは勇ましく。

 

「すぐ追いつきます、から。後方、しえ……」

 

 言えたのはそこまでだった。

 遅れてやってきた目眩が耳の奥がわんわんと反響して、ふっつりと意識が遠のく。

 

 握っていた拳が緩んでことりと落ちて、ミオは目を閉じたまま失神したらしかった。

 それを見届けたリサリサはメッシーナに視線で問いかける。

 

「痛みは和らげましたが、あちこちに深い傷があります」

 

 本人はいわば交通事故に遭った直後のように何も感じていないようだが、肉の一部が抉れ、腿にも瓦礫の破片が突き刺さっていた。

 髪はほつれ、血と汗で張りついている。愛らしかった極東の衣服は焦げつき破れて、晒された肌の傷も痛々しい。

 

 満身創痍、である。

 

「そう……あとで病院に連れて行かなくては」

 

 そうして、リサリサはミオの埃と土に塗れた髪をそっと撫で、珍しく柔らかな笑みを浮かべた。

 

「よくやってくれました、ミオ」

 

 

 

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