星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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16.病院での一悶着

 

 

 あのままホテルに運ばれ急遽病院へと搬送され、ミオは傷の手当てと縫合手術諸々を受けてストレッチャーで廊下を走り抜けベッドへとご案内ルートを辿る羽目になった。

 皮膚呼吸すら難しそうなほど全身の至る所に包帯を巻き付け、細腕には点滴が繋がれ頬には大判のガーゼ。頭にも包帯が巻かれてまさしく重傷患者のありさまである。

 

 で、そんなミオは現在。

 

「いー、やー、だぁああああ!」

「嫌も応もねぇよ! 大人しく寝とけっつってんだろ! 死ぬぞ!?」

「これぐらいじゃ死なないって! ぜったい大丈夫だって!」

「ミオの大丈夫ほど信用できない言葉なんかねぇだろうが!」

「うるせぇ、正論だ! でもやだ! やだっ、やだったらやだーッ! 何のための後方支援か! 僕も行くのぉおおお!」

 

 全力で駄々をこねていた。

 

 

 例のホテルからほど近い、病院の一部屋である。

 

 殺風景な部屋で、最低限の調度とミオの寝かしつけられているベッドと点滴。壁は白く、染みついている消毒臭が僅かに鼻腔を刺激する。

 そんな中で、ミオは今にも立ち上がらんばかりの勢いでベッドを出ようとするが、そのたびシーザーが押しとどめていた。

 

 ミオが戦線離脱した後、彼らは獅子奮迅の勢いでワムウを追い詰め、カーズの待つ部屋に辿り着いたのだがそこには百人あまりの吸血鬼がスタンバッていたそうだ。

 

 カーズがその吸血鬼たちをけしかけようとしたその時、リサリサが機転を利かせて赤石を賭けての勝負を提案。

 しかも赤石には爆薬が仕掛けられているというハッタリまでかまし、なんとかそれをカーズたちに受諾させた。そして赤石を取りに戻るためにジョセフとシーザーが街へ。リサリサとメッシーナは人質役として現地に残っている。

 

 勝負は今夜、ピッツベルリナ山は山麓にある『骸骨の踵石』と呼ばれる古代環状列石の場で行われるという。古代のコロシアムでも使われた場所で、今回の決闘に最適だとワムウが判断したそうだ。

 

 その辺の顛末を聞き終えたミオは当然「よっしゃ行こうぜ!」となったのだが、説明してくれたにも関わらずシーザーが必死で止めてきたのである。解せぬ。

 ちなみにジョセフは赤石を引き取りに行っており、その間に様子を見に来てくれたのがシーザーだった。その頃ちょうど仮眠から目覚めていたのでタイミングが良かった。たぶん寝たままだったら普通に置いてけぼりだったと思う。

 

「大体、そんな怪我でまともに戦えるのか?」

 

 点滴の様子を見つつ、律儀にミオの傷に波紋を送りながらシーザーが尋ねる。温かな心地よさが全身を巡り、気力が充満していくような感覚があった。

 

 ただでさえ戦力不足が否めないので最初は断っていたのだが、シーザー自身はあまり大きな傷もないしやたらと責任を感じているのか、これくらいの波紋なら大丈夫と押し切られた。点滴には解熱剤と痛み止めが入っているが、波紋のおかげで今は痛みも遠いし呼吸も楽だ。

 

「べつに平気」

 

 ごくごくあっさりとミオは頷いた。あまりにもけろりとしているので、逆にシーザーが驚いたくらいだ。

 

「え、医者の話じゃ失血死寸前だったって……」

「輸血したし」

「肉が抉れて、」

「縫合した」

「太腿に破片が刺さってたのは」

「動脈切ってないもん」

 

 シーザーの言葉にかぶせるように矢継ぎ早で答え、重ねられている手を動かして強く握り返す。

 ぐ、と身を乗り出して真摯な瞳で、ペリドットの奥の奥まで見通すように。

 

「僕は、みんなの後方支援役なんだよ」

 

 当たり前のことを諭す教師のように口にする。

 

 一度託された役目。信頼を受けて任された、責務の端っこ。

 

 何がなんでもやり遂げなければならない。

 

 役に立てるかどうかなんて分からない。それでも動けるなら、行かなければ。迷いひとつなくそう思う。

 誰に強制されているわけでもない。シーザーなんて止めている。心配してくれている。心の底からだ。それが分かる。修行期間は伊達じゃない。

 

 でも、だからこそ譲れないことがある。

 

「波紋だってろくに使えないけど、せっかく与えてもらった役目。ちゃんと果たしたい。こんなことで放棄したくない」

「こんなこと……」

 

 呆れたようなシーザーに力強く頷いてみせる。

 

 怪我なんてしょっちゅうだ。血が足りなくてもなんとかなる。人間意外と死なないものだ。痛いのは我慢しよう。生きて動ける間は諦めたりしない。絶対にだ。だってずっとそうしてきた。

 骨は折れてない。気持ちも折れてない。手を伸ばせる。声を出して、きっとつかみ取れるものがある。

 

 虚勢かもしれない。ただの意地っ張りなのかも。それでもよかった。信じて走り抜けたかった。

 

「だって僕はここにいるんだよ」

 

 ミオは心の底から必死でシーザーに訴えた。死なせたくない仲間に。傷を癒してくれる友に。守りたい、たいせつなひとに。

 

 ただ届けと願い、望んだ。

 

「ここにいるから、できることはしたい。しなくちゃ意味がないよ」

 

 何より、とミオは言葉を続ける。

 

 仲間の窮状を知っている。今がどれだけ切羽詰まっているのかも。

 

 だから、だからこそ。

 

 まるで大切な宝物をそっと見せるように素直な気持ちを吐露した。

 

「僕はみんなを守りたい」

 

 その言葉を衒いなく口にできる。それはなんて嬉しいこと。

 

「守るって、誓った」

 

 絶対守ると、スージーQを抱き締めながら誓った。今でもミオの心の奥底にある鉱石のような決意だ。

 

 こんな思いを持てるのが、とても誇らしい。胸の奥が明るくなって、自然と頬が緩む。

 

 あまりにも透明でまっすぐな桜色の瞳がシーザーを射抜く。

 

「だから、お願い」

「ぐ……」

 

 その決意と覚悟、真剣さは確かにシーザーに届いた。

 思わず折れそうになったくらいだ。けれど、鉄の精神で自制する。こちらにだって言い分がある。

 そして、そこでひょっこり顔を覗かせた兄貴分的な心配性がひとつの疑問を抱かせた。

 

「そういえば、」

 

 そうだ、おかしい。

 

「どうしてミオは狸になってないんだ。いつもならもうとっくに時間切れのはずだろう?」

 

 病院に搬送されて治療を受けた救急患者がどうぶつになった、なんて話は聞かなかった。あったら今頃大騒ぎだろう。

 

「え? ああ、それね」

 

 ミオは話の腰を折られた気分で口をへの字に曲げると、無意味にぐにぐにと手の平を開閉しながらこともなげに説明した。

 

「僕の身体の損傷が小動物が即死するレベルぐらいになると、ある程度まで回復するまでなれなくなるの」

 

 それは以前、海賊が跋扈する世界で学んだこと。

 

 内臓の損傷や怪我といった小動物にとって死に直結するくらいの重傷を負うと、ミオの身体は一時的に人間のままを保てるようになるのだ。一定量回復すれば、また狸に戻るようになる。

 めんどくさいシステムだがもう慣れた。メッシーナとシーザーの波紋効果で回復力も高まっているし、変化できるようになるのもそう遠くはないだろう。

 

 怪我なんて慣れっこで、そういうことをしょうがないで割り切っているからミオは油断していた。

 

 シーザーを説き伏せて頷かせるために、絶対言っちゃだめなやつだった。

 

「でも、まー、ダメージでかいときだけ人間保ってられるってなんか皮に、く……」

 

 失言に気付いてただでさえ血色の悪かった顔色から更に血の気が引く。しまった、と思った時にはもう遅い。

 

「……」

「……」

 

 地獄のような沈黙が落ちた。

 

 シーザーのこめかみがぴくぴく痙攣して青筋が立ち、怒りの炎が背後に見える。

 

 そして案の定。

 

「やっぱり駄目なんじゃねぇかッ!!」

 

 冗談ではなく窓がびりびりと振動するくらいの怒声だった。一人部屋じゃなかったら叩き出されていたかもしれない。

 言ってしまった以上はあとの祭り。なんとか言い繕うためにミオはめっちゃ頑張った。とりあえずは握ったままの手をぶんぶん振って元気アピール。

 

「だ、駄目じゃないもん! イケるって! なんとかなるって! ていうか、なんとかするし!」

「いいワケねぇだろ阿呆かッ! ……いいか、ミオ」

 

 シーザーが重いため息を吐き、声の調子がふと沈む。

 そうして片方の手が、繊細なガラス細工でも扱うようにミオの頬を覆った。乾いてごつごつした無骨なてのひら。でもしみるように温かくて、心地良い。

 

「俺を蹴っ飛ば……いや、庇ってワムウと戦って」

 

 合わされた瞳は、憂いの色。

 

「血だらけで壁ぶち抜いて吹っ飛んできたお前を見た時の、俺の気持ちが分かるか?」

 

 ミオが息を呑み、表情が硬直する。

 

 それは、あまりにもお互いの心を痛烈に打撃する一言だった。

 

 

 

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