『骸骨の踵石』にて開催された決闘はいよいよ混迷を極めていた。
「戦っていたのはカーズじゃねぇ!」
疲労の色濃く残る顔で、ジョセフは絶望と憤怒に任せて叫んだ。
「影武者だぁーッ!」
「リサリサ先生ぇえッ!」
「クソッ、カーズ!」
シーザーたちの絶叫と怒号が響く中、視線の先、まるででたらめに組まれた鉄骨のような石柱の上で──今まさにカーズと対決していたリサリサの胸に深々と刃が突き刺さったのだ。
ワムウとジョセフの対決は類い希なる接戦を見せたが、最終的にジョセフが辛くも勝利をおさめ、ワムウは最後まで戦士としての誇りを貫き通し、その長きに渡る生涯を全うした。
そして始まったリサリサとカーズによる最終決戦。
最初はリサリサが優勢に見えた。事実、カーズはリサリサの繰り出した攻撃に敗れ、みじめに這いつくばることになったのだが──それはカーズの仕掛けた罠だった。
敵を倒した瞬間に生じる隙を狙ってリサリサを攻撃するため、彼は即興の替え玉を仕立て上げ、リサリサと対決させたのである。
一対一の対決を公言しておきながら、まさにゲスの所行だった。
「フン、くだらんなぁ、一対一の決闘なんてなぁあッ!」
揺るがぬ勝利の確信に唇を歪ませ、カーズは嗤う。
深々と貫いた刃が引き抜かれ、リサリサは胸元から滂沱と血を流しながらその場に膝をついた。
「このカーズの目的はあくまでも「赤石」! あくまでも「究極生物」になること!」
カーズにとっては最終目的を遂げるためならば、どのような手段を使おうとも構わなかった。
「ワムウのような戦士になるつもりもなければ、ロマンチストでもない……」
たとえそれが、先に散っていった同胞たちの魂を穢すような真似であっても。
「どんな手を使おうが、最終的に……」
カーズは、更にリサリサを蹂躙するべく高々と己の刃を振り上げる。
ジョセフたちの位置では遠すぎて間に合わない。だからといって目を離せるはずもない。
周囲の吸血鬼たちも、憎むべき波紋戦士が辱められるという期待感に胸膨らませ、他に気を払う余裕などなかった。
だから、誰も気付かなかった。
彼らの闘技場がある神殿遺跡の後方に存在する小高い丘を、弾丸のように疾走する存在があったことを。
宵闇を引き裂くように猛り狂う怒号を張り上げる双輪の猛獣が、砂利道をものともせずに爆走していることを。
……より正鵠を射れば、運転をろくすっぽ理解できずスロットル全開でぶっ飛ばし、奇跡的にここまで来れたはいいものの道を間違えた馬鹿がヤケを起こしていたことを。
主の身の丈に全く合っていない巨大質量は噴煙を巻き上げ砂利をはじき飛ばしながら頂上を制覇──どころか勢いのまま嘘のように跳躍し、信じられない速度と質量でもはや鉄のミサイルと化して、
「勝てばよかろうなのゲブラッ!?」
勝利宣言しようとしていたカーズの真横に直撃し、腹部を抉るように突っ込んできた衝撃に耐えきれず、そのまま柱の下へ吹っ飛ばされ諸共に地面へと突き刺さった。ぐしゃあ、とイヤな音がした。
「……か、カーズ様!?」
「ひぃいカーズ様のお身体がああ!!」
一瞬の沈黙ののち、吸血鬼たちがあまりの出来事に先程までの狂騒的な雰囲気から一変、雑巾を引き裂くような悲鳴を上げる。
「……ぐ、ぉお、お」
カーズは真下にあった剣山の如き水晶に身体中の至る所を串刺しにされ、あまつさえ岩石のようなものに押し潰されており、さすがに身動きが取れないようだ。
「な、なんだぁ!?」
突然の出来事についていけないジョセフが声を漏らすが、周囲の気持ちとて同じである。
「何かが飛んできてカーズに当たったようだが……なんだあれは、バイク?」
シーザーが目を凝らす視線の先、暗闇でよく見えなかったが機械的かつ流線型のデザインからバイクであったことがなんとか分かった。
「だが、それなら運転手はどこに……」
メッシーナがそう呟いた時、カーズにとって間の悪いことに今の衝撃でタブが壊れたのかバイクの内部に詰まっていたガソリンがあふれ出してその全身を汚していた。だが、燃えさかる怒りでそれに気付かず輝彩滑刀で邪魔なバイクを切り刻もうと、微細な刃が高速回転させ火花を散らし──予定調和のように爆発、炎上した。
ガソリン臭い猛烈な熱波と衝撃が周囲へ襲いかかり、それはリサリサとて例外ではない。
「あッ!」
かろうじてバイクには当たらなかったリサリサだが、爆発によって吹き荒れた轟風と熱に全身を打撃され、よろりと身体が揺らめく。
煙のせいで視界が悪く、このまま落ちたらカーズの二の舞は避けられない。
「せ、先生!」
シーザーが悲鳴を上げる。
己の敬愛する師匠が目の前で死地に立たされていることに絶望を覚え、更なる慟哭を上げようとしたその──瞬間だった。
「──!」
落ちかけたリサリサの身体の背後から、更に言い添えるならば斜め上から何がが凄まじい勢いで飛来した。
煤と煙の舞う中、過ぎ去りざまに奪うような動作で正確にリサリサの身体へと肉薄し、影は石柱を踏み抜くような勢いで跳躍。爆圧の衝撃と気流を利用して宙へと舞い上がり、マントのような衣服を翻しながらジョセフたちの前へと着地を果たす。
「っな、誰だ!」
シーザーの声でリサリサの膝裏と背中を支え、いわゆるお姫様抱っこをしたままこちらに向き直った小柄な人影。
肌を極力隠すようなハイネックのセーターに伸縮性のある黒いズボン、腰に太いベルトを巻き、編み上げの底が厚いブーツ。ドイツの軍帽を目深に被っていて顔は分からず、肩から羽織っているのも軍の制服だ。
そんな少年ともなんともつかない小柄な軍人(?)は、むっすりとした声で呟く。
「……次、置いてったら」
先に正体を察したリサリサが僅かに唇を引き上げ、軍帽をつついて落とす。背の銀月を浴びてきらめく新雪のいろ。
「泣くから」
頬を膨らませ、桜色の瞳を心なし潤ませながら──ミオは唇を尖らせたのだった。
☓☓☓☓☓
女性のピンチに必ず駆けつけるという、まるで往年のヒーローのような登場に開いた口が塞がらない。
だが、当の本人はそんな周囲の唖然とした空気など意にも介さずリサリサに勢いよく頭を下げた。
「リサリサ先生、怪我の具合は? あと決闘の邪魔してすみません! どうしても止まれなくて!」
「いいえ、最高の横槍でした。傷も……内臓や重要な器官を抜けています。おそらくは私を人質に使うつもりだったのでしょう」
ぺこぺこ頭を下げまくっているミオの頭を軽く撫でて危なげなく立ち上がり、リサリサは痛みに顔を歪ませながらも波紋でそれを和らげ、自分で止血を施した。
「カーズは卑怯にも影武者を仕立て上げ、私の隙を突いたゲス……あんなものを決闘とは呼べません」
きっぱりと言い切ったリサリサに、ようやく周囲の硬直が解けた。
「な、ナイスよナイス! ヴェエエリィイイナイス! ミオちゅわあん!」
最初に我に返ったジョセフは喜色満面でミオに抱きついて、むっちゅむっちゅとほっぺたにキスを贈る。
「ちょ、うわ、血生ぐさっ! ジョセフ大丈夫!?」
唐突な行動にびっくりして押しのけようとして気付いた。
よく見たらジョセフは結構ズタボロだった。あちこちから出血しているし、顔色も疲労の色が濃い。随分と消耗しているようだ。
「ああ、ワムウとやり合ったからな」
思い返すように瞳を眇め、紡がれるその声からは様々な思いを伺わせ、ミオは言葉の端々からジョセフの感じてきたものをほんの少しだけ感じた。
「……最後まで、あいつは戦士だったぜ」
自分も彼と曲がりなりにも戦った。
だからこそ、その終焉に思いを馳せ、心の中で黙礼を贈る。
尊敬できる敵は、敬意を以て悼むべきだ。そこにあるのは憐憫でも悲哀でもない。戦い抜いた相手へ捧げる最後の礼儀である。
「そっか、お疲れさま」
ミオは少しだけ沈黙してからうんと背伸びしてぽん、とジョセフの頭を叩いてから今度は顔色悪くこちらを見つめているシーザーに一転、にっこりと笑ってみせる。
「よくも僕を置いてったな」
呪詛すら漂いそうなほど平坦な声で、よく見るとその瞳はちっとも笑っていなかった。怖い。
「いや、それはお前のためであって……」
「言い訳無用!」
即座に鞘ごと引き抜いた愛刀でシーザーの頭をぱかんッと叩き「でっ」、顔つきだけは厳めしく。
「敵前逃亡は士道不覚悟! 次に僕を止めたいなら殺して行け!」
心配している身にしてみれば本末転倒すぎる本音だが、それはミオにしてはとても珍しい怒号で、宣言だった。
「でないと、這いつくばってもついてくから!」
ついていけなかった先で何が起こってもミオには感知できない。後から聞かされて後悔するなんてまっぴらだ。
それなら何が何でも追従して、無駄でもやれることがあったら全力で事をなす。それがミオの矜持で、譲れない最後の一線でもある。
そして、ミオはシーザーの胸辺りをぼすんと叩いて、その時だけは悄然と。
「僕に後悔させないでよ、ばかたれ」
細く、ささやかに呟かれた言葉に滲む決意と覚悟。仲間を傷ついて欲しくない、優しくも凶暴な少女が選んだ道。
それなら、シーザーが言うべきことは。
「……すまん」
ごん、とまた叩かれた。さっきより強く。
何かを待つように片手を上げながらにやにや笑って、その仕草からシーザーは自分の言葉が間違っていたことを知り、苦笑しつつ自分の手の平を上げた。
「一緒に戦ってくれ」
「心得た!」
心底嬉しそうにパァン、と弾かれる手の平。両者で打ち合わせたそれは前回よりずっとずっと強かった。それでじゅうぶんだった。
「ところでミオ、怪我の具合は……それにその恰好は一体……」
メッシーナの問いにミオはああ、と軽く頷いた。
「良くはないですね。動くと痛い。でも死ぬほどじゃないから問題ないです」
えらく豪快なことを言って、ミオは羽織った制服をひらひらしてみせる。
狸になれないということは、当然着替えリセットもできないということだ。あのままだったら入院着で戦闘突入という笑えない事態になるところだった。
「服はお借りしました。バイクも借りました。……返却できませんが」
最後だけしょんぼり呟き、もはやただのガラクタと化しているバイクの方に視線を向けると吸血鬼たちによるカーズの救助活動が行われていた。
その言葉にジョセフが首を傾げる。
「? 借りた? 誰にだよ」
「僕のアイドル!」
「……は?」
瞳に星屑を混ぜてきらきらさせながら即答するミオだが、周囲はさっぱり理解できない。
そして、無駄話もそこまでだった。
「なるほど……ワムウの言った通りよ。いずれ必ず我らの害になる、その通りだ……」
既に再生したのか長髪をなびかせ、自分を救った吸血鬼たちに刃を突き刺しその全てを吸収して糧にしつつ、カーズは煮蕩けた金属にも似た怨嗟の声を発した。
「この、害獣めがぁあああッ!!」
瞳に宿る殺気は今までの比ではない。何を以てしても惨殺せねば気が済まないという必殺の圧力が、ミオのみに注がれている。
ぞわ、とミオの背筋に怖気が走るが、同時にこうでなくては、とも思う。
標的がこちらに向いているならば、取れる方策もある。
「殺せ! 吸血鬼ども! 波紋戦士もろともあの小娘を蹂躙しろぉおッ!!」
親玉の号令一下、吸血鬼たちが口々に奇声を張り上げ、怒濤のようにミオたちへと襲いかかった。
「くそっ、すげぇ数だが……やるしかねぇ!」
ジョセフやシーザーも慌てて構え、メッシーナはリサリサを庇う形で戦闘態勢を整える。
そんな中、ミオは月を見上げてぽつんと呟く。
「あ、でもそろそろ……」
瞬間だった。
ジョセフが殴りかかろうとした吸血鬼の身体が、突然ぼろりと崩れた。
間を置かずに次々吸血鬼たちの悲鳴が上がり、周囲には気付けば無数の道路光線のような光があちこちで瞬いている。
「こ、今度はなんだ!?」
敵味方問わず動揺が走る中、とある岩の上で光をまるでスポットライトのように背後から浴びて、ドイツ式の敬礼をする男がひとり。
その桁外れの根性と科学力で不死鳥の如く復活を果たしたドイツ軍人。
「おのれらッ吸血鬼! このシュトロハイムとナチス親衛隊が相手だ!!」
「我らSPW財団特別科学戦闘隊もいるぞッ!」
「シュトロハイムさーん!」