軍人の背後からわらわらと現れる別の集団をものともせず、状況を完全に無視して万歳しつつ黄色い声を上げるミオに、誰が服やらバイクやらを貸与したのかを全員が理解した。
一連のアレコレで既にミオの中のシュトロハイムに対する好意は振り切れている。
そう、あの時ミオはシュトロハイムに乗って行くかと問われて「それより単車貸して下さい!」と訴えたのである。
集団行動ではどうしても速度が落ちるが故の決死の懇願だったのだが、シュトロハイムは「よかろう!」と軽く請け負い、ついでにそんな恰好では心許ないからと服まで貸してくれた。
もちろん免許などないミオは一分で運転方法を頭に叩き込んで出発したのだが、所詮付け焼き刃。運転をミスッて道を間違えながら爆走し──あとは御覧のありさまである。
声に反応して、シュトロハイムもミオへと視線を向ける。
「やはり先行していたか! さすがだな!」
シーザーの「テメェのせいかこの野郎」という貧民街殺意をガン無視しつつ会話は進む。
「その節はありがとうございます! あとバイクでカーズ轢いて爆発大破しましたごめんなさい!」
「なにぃッ!? よくやったぞ! 今が好機!」
言うや否やシュトロハイムは合図を送り、軍人たちは一糸の乱れもなく戦闘準備。
「ちょいと右足がギクシャクするがァッ!」
ばさぁ、と上着を脱いだその身体には更なる改造が施されていた。
「俺の身体は修理は完了ォオオオオッ! そして喰らえッ、新しい対吸血鬼兵器!」
意気揚々と肩からせぐり上がった砲台と電灯を組み合わせたような装置に光が収斂し、
「紫外線照射装置ィイイイッ!」
高笑いが響くなか、目も眩むような閃光が目前の吸血鬼へとまとめて照射!紫外線に弱い吸血鬼たちは片っ端から煮崩れていく。
「スピードワゴンのじいさん! そして、おめーはN.Yのスモーキー!」
ジョセフが後方にいた友人たちを見付けて嬉しそうに声を上げ、一気に気合いが入る。
よく見れば、出会い頭になぜか泡吹いて倒れた老人と黒人の男の子がジョセフに手を振っていた。その周りで吸血鬼退治に精を出しているドイツ軍ではない人々はどうやら彼の私兵らしい。
「よっしゃ、雑魚は任せたぜ! 俺はちょっくらあのクソ野郎を殴りに行ってくる!」
パァンッと拳を打ち合わせ、返事も聞かずにジョセフは駆け出しカーズめがけて特攻した。
「ジョジョ!」
「あんのスカタン! 俺には突っ走んなって言っといて……」
リサリサが声を上げ、シーザーも慌てて後を追おうとしたが、吸血鬼たちがまるで壁のように立ちはだかる方が早かった。
あちこちでは軍人とSPW戦闘隊と吸血鬼が乱戦を繰り広げているが、こちらの方が敵は多い。
「おっと、ここは通すかよぉ!」
「そこのガキ! カーズ様の命令だ! 死んでもらうぜ!」
「引き裂いてヤルゥッ!」
うぞうぞと集まってくる吸血鬼を睨み付けたシーザーはミオを背へと庇うが、ミオはその袖を軽く引っ張りながら前へと出た。
「なんだ、ミオの怪我が一番ひでぇんだから……」
シーザーの注進などどこ吹く風で自分の要望だけを口早に。
「僕の波紋弱いからさ、サポート頼んだ!」
後方支援とはいいつつ、ミオは完全にやる気満々である。星の光を弾いた雪色の髪が残光のようにきらめく。
「あとメッシーナ先生はリサリサ先生よろしく!」
「は?」
疑問に答えることなく、ミオは唐突に身を低くして野生の獣のように目の前の吸血鬼目掛けて駆け出した!
シーザーたちが止める暇もなく単身突っ込んできた小柄な獲物へ、吸血鬼たちが押し寄せる。
「押し潰せェエ!」
勝利を信じて疑わぬ吸血鬼の声によって、戦いの火蓋は切って落とされる。
「罷り通る!」
宣言し、ミオは地面を蹴り上げる。口元に獰猛な笑みを浮かべ、纏う殺気は絶対零度。
解き放たれた鮫は戦場という名の海をかいくぐり、その凶悪な顎で全ての敵を食い散らかす。
「馬鹿が! 小娘ひとりに何ができる!」
「馬鹿は──」
挑発の言葉を口にしながら我先にと立ちふさがる吸血鬼を前にしてミオは珊瑚色の舌で唇をなぞると、
「そっちだぁああ!」
獅子吼とともに愛刀が鞘というくびきから抜き放たれ、主の意向に従って縦横無尽に暴虐を繰り広げる。怪我の事実などどこにあるのかというくらいに元気いっぱいだった。
黒刃が舞い、手近にいた吸血鬼の首が胴体を見捨てたように転がり落ちた。
「でぇッ?」
「ほいっ!」
ミオはそれを鞘でぶっ飛ばし、足先で蹴り飛ばし時にはまとめてぶん投げる──全てシーザーへ向かって。
自分に向かって生首がボールみたいに飛んでくるというホラーみたいな状況で、シーザーが口の端を吊り上げた。
「なるほどな……わかったぜ、ミオ」
事ここに至り、ようやく意図を理解したシーザーはミオの要請に応え、指先から儚くも強いシャボン玉を噴出させる。
「喰らえ! シャボンランチャー!」
無数に発生したシャボンのひとつに吸血鬼の生首が触れるや否や含まれた波紋によって傷口を焼かれ、或いは蒸発し、地面に落ちる頃には跡形も残らない。いかな吸血鬼とはいえ、首がなくなればただの木偶人形だ。
「ナイスシーザー! その調子!」
「普通、逆だと思うんだがな……まぁいい」
後方支援とは名ばかり、まるで一番槍さながらミオは周囲の吸血鬼を鎧袖一触とばかりに暴れ回った。辛くも刃を逃れた残党もリサリサとメッシーナが狩り尽くしていく。
音も無く吸血鬼たちの間を駆け抜ければ、野菜が輪切りにされるようにぼろりぼろりと首が落ちていく。
「ひゅうッ♪ パチンコ大フィーバー!」
遠慮呵責なく振り抜かれる刃に慈悲などなく、転がる生首をそれこそパチンコ玉のように蹴り飛ばし、シーザーは狙い澄ましたかのようにシャボンを発生させ狙い撃つ。
後方支援、というよりはまるで戦士と魔法使いのようだった。……じゃっかん、立場が逆なような気もしたが、適材適所である。
「ギャアアッ!」
「う、腕がァ!?」
場所的に首が狙えない相手に関しては、行きがけの駄賃とばかりに腕を脚部を腰を腹を切り裂いていくのだから吸血鬼たちはたまらない。
「味方でよかった、と言うべきなのでしょうね」
マフラーから波紋を流し、襲い来る吸血鬼を駆逐しながらリサリサが呟く。修行時からその膂力や俊足には目を瞠るものがあったが、ここまでとは思わなかった。
──だが、あれだけの技術と研鑽を積まなければならなかったという事実を鑑みれば、その苛烈な半生は想像するに余りある。
鉄火場を駆け抜け自らの怪我や痛みに臆すことなく死の舞踏を踏むミオは、ある意味吸血鬼以上の化け物のようだった。
それが少しだけ哀れだと、リサリサは思った。
☓☓☓☓☓
斬る。斬る。斬る。
蹴る。蹴る。蹴る。
跳ぶ。跳ぶ。跳ぶ。
冗談のような光景である。黒い流星の如く吸血鬼どもの間を駆け抜け片っ端から首を落とすミオは、彼らにとっての死神に等しい。
「おっと」
だが、吸血鬼の中で首から背中までを覆う甲冑のせいで寸の間、ミオの刃がにぶる。
「死ねェッ!」
その間隙を敵が見逃すはずもなく、背後から躍りかかる影。
だが──
「お生憎様ッ♪」
ミオはぴょん、と軽くジャンプして今まさに首を刎ねた吸血鬼の肩に両脚で乗り上がる。
「あ?」
吸血鬼がぽかんと上を見上げた瞬間である。
「シャボンカッターッ!」
そして飛来する刃の如き鋭さと速さを兼ね備えた必殺のシャボンが吸血鬼の腿と胴体に突き刺さり、波紋効果で霧散する。
ようやく追いついたシーザーの背中に自分のそれを合わせ、同時に口の端を吊り上げた。お互い小さな傷はいくつもあるが意気軒昂。申し分ない。
「相棒はジョセフなのに、お株を取っちゃって悪いね」
軽く息を上げながらも、茶化すように呟く。
「あいつは怒りゃしねぇさ。……いけるか?」
「もちろん!」
痛みはあるがハイになっているせいか遠い。身体はまだ動く。動けるなら、どこまでだって行ってやる。
「は、最高だな、さすが俺の
シーザーは息だけで笑い、頷き合うと、示し合わせたように二人でいっさんに駆け出した。
残っていた吸血鬼を蹴散らし舞わせ、意思持つ嵐のように二人の暴力が爆裂する。
残り少なくなっていた吸血鬼の骨が折られ肉がとろけ血をまき散らし悲鳴を涸らし首が落ち、そして消滅する。
そんな様子を一顧だにせず二人はただ突き進む。
最後の戦場へ──ジョセフの元へ。