星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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21.害獣にできること

 

 

 放たれた不可視の征矢は、狙い違わずカーズの両翼と眉間を貫いた。

 眉間からだらだらと血を流し、カーズは苦悶の声を上げる。

 

「ぎ、ぐぅッ!? 貴様、一対何をしたぁッ!?」

「後方支援です」

 

 しれっと答え、まだ飛行に慣れていないのかカーズはそれだけでバランスを崩し、地上へと落下する。流れ出る血はまだ赤かった。

 

「でかした、ミオ!」

「喰らいなさい、カーズ!」

 

 その隙を見逃さずメッシーナが波紋の詰まった蹴りを放ち、リサリサが自慢のマフラーで拘束する。

 だが、既にカーズの身は波紋すら決定打になり得ない。

 

「ッく、くく……こんな布きれでこのおれを捕らえられるはずがなかろう!」

 

 即座に片方の羽根を元の腕へと切り替えてカーズはマフラーを引きちぎりながら、その豪腕を振るってメッシーナとリサリサにまとめてラリアットを喰らわした。

 まるで爆発のような打撃を喰らって二人を高々と宙を舞い、地面と平行にぶっ飛んでスピードワゴンたちの近くにある岩場へと激突した。

 

「が、はッ」

「ぐぅッ!」

 

 メッシーナは口から血混じりのあぶくを吐き、リサリサは全身を貫いた衝撃に苦鳴を漏らした。

 どうやら二人とも失神したらしく、戦線復帰は絶望的である。

 

「リサリサ! メッシーナ!」

 

 慌ててスピードワゴンが二人へと駆け寄っていく。

 

「そのまま先生も避難させて下さい!」

 

 ミオは半ば叫ぶように促し、眼前に迫るカーズを油断なく見据えた。

 

「小癪な獣め……太陽すら克服し超生物となったおれに、何をした」

「波紋以外でも攻撃の手段はあるってことですよ。ほんと、僕この力嫌いなんですからね」

 

 口の中でもごもごと居心地悪く呟き、短く嘆息。

 

「でも、そうも言ってられない状況になりましたからね。全力であなたに嫌がらせしますよ」

 

 言う間にもカーズの眉間にはじゅくじゅくと肉が集まり、羽根に空いた穴も修復されていく。

 

「嫌がらせ、だと?」

 

 軽く頷き、ミオは指先をまるで指揮棒のように振るい、次なる一手を。

 

 凛、とした声音が空気を変質させる。

 

「氷結して、大気の毒」

 

 その音は僅か、多重にぶれて聞こえるようだった。

 謳うように紡がれる言の葉に従い、文字通り氷結したのはカーズの両目だった。ぴきき、と僅かに氷をコップに落としたような硬質な音がした。カーズの顔面には霜が降り、その眼球がいびつな形に歪んでいた。

 

「あなたも生物ですからね、身体には水分が含まれている。目玉なんて、尚更ですよね」

 

 突然視力を奪われれば、当然人間は混乱する。

 視界すら超生物らしく進化していても、人型をしている以上はその条理からは逃れられない。

 

「ぐ、くそっ! 目がァア! おのれ小娘ぇえええ!」

 

 必死に両目を掻きむしるカーズ。

 ほんの一時とはいえ、完全に無防備になったそれをシーザーが見逃すはずがない。

 

「シャボンカッターグライディン!」

 

 波紋そのものは効かずとも、強化され刃と化したシャボンの切れ味が損なわれるわけではない。

 宙を疾走するシャボンの刃はカーズの足首を切り裂き、その腱までもを断絶した。そしてミオも間を置くような愚行はせずカーズの背後に回り、その片腕を一刀のもとに両断した。ついでに蹴るのも忘れずに。

 

「あ、が、ぉおおおおッ!」

 

 だが、これくらいで殺られるくらいなら超生物とは言えない。見る間に傷は回復し、肉が生まれ補填されていく。

 

「この、下等生物如きがぁあああッ!」

 

 カーズの咆吼とともに、彼の残った腕がみるみる硬質化し、あろうことか散弾銃のように放たれた。苦し紛れの攻撃だったのだろうが、あまりにも予想外だったため反応が遅れた。

 驟雨のように迫り来る硬質化した皮膚とも羽根ともつかない物体は、まぎれもない弾丸の如き速度を持っていた。

 

「ぐぅッ!」

「シーザー!」

 

 数発はかろうじて避けたものの、シーザーの肩と腿には深々と弾丸めいた物が突き刺さっていた。

 さっきまでの消耗も尾を引いているのだろう、顔色もかなり悪い。

 

「う、はぁ……まだ動ける!」

「でも、」

 

 退避を訴えようとするミオに、シーザーは完爾と笑う。

 

「動ける間は、大丈夫。……だろ?」

「ッ!」

 

 以前自分が口にした言葉を返されてしまえば、何も言えない。

 ぐ、と喉に言葉を詰まらせ──それが決定的な隙になってしまった。

 

「あぐぅッ!」

 

 突如としてミオの足元に何かが絡みつき、全身が引っ張られた。それは蛸のそれを模したような触手だった。

 それはまるで主のもとへ返るようにミオ諸共にカーズの元へと這いずり、両断された腕へと接着する。誤算だった。まさか飛ばした腕まで使えるとは思わなかった。

 

「ぐ、はなせ……ッ!」

「怨敵を離す馬鹿がいるものか」

 

 気付けば眼球も復活していた。身体のあちこちを蛸足に拘束され、身じろぎひとつ取れない。カーズは獲物を嬲る嗜虐に酔いしれ、尖った爪先がミオの華奢な手首を捕らえ、持ち上げられる。

 

「邪魔な道具を持つ手なぞ、いらんよなぁ」

 

 嗜虐に酔いしれカーズにとって僅かな力が込められ、ぽき、とまるで小枝でも折れるような音がした。

 

「あ」

 

 からん、と愛刀がミオの手から滑り落ちる。

 

「ああ、あああ、ああああッ!」

 

 手首の骨があっさりと折られ、遅れて腕を貫かれるような激痛にミオは痛苦に耐えかね声を上げた。

 額から一気に脂汗が滲み、湧き上がる吐き気が止まらない

 

「ミオッ!」

「ん、んん~、良い声だ」

 

 シーザーの悲痛な声が遠く聞こえ、恍惚の笑みを浮かべるカーズを力の限り睨め付ける。

 

「貴様には散々煮え湯を飲まされたからな。ゆっくりと腑分けしてやろう」

「カーズぅう! 許さねぇ! 貴様だけはッ!」

 

 憎悪と憤怒で若草色の瞳を滾らせたシーザーが、カーズへと渾身の蹴りを放った。

 

「やかましいぞ」

「ッ!?」

 

 だが、いとも簡単にその足はカーズに掴まれ、あっさりと放り投げられる。

 そして、カーズは即座に腕から羽根を無数に生やし、無数の散弾として撃ち放った。中空では避けられない。

 

「ッが、ああッ!」

 

 全身にハリネズミのようにカーズの羽根が突き刺さり、そのまま倒れたシーザーは仰臥したまま動かない。

 

「う、ぁ、シーザーぁああッ!」

 

 最悪の想像をしてしまい、ミオは喉も潰れよと絶叫した。

 

「ほほう、余裕ではないか。他人の心配をするなんてなぁ」

 

 あやすように侮蔑の言葉を吐き散らし、悪意の爪先がミオの薄い腹へと潜り込む。血が滲んだ。

 

「く、ぃ」

 

 悔しい。

 打つ手はもうないのだろうか。生理的に浮いた涙を瞬きでこらえる。

 このままじっくりと内臓をさらけ出して殺されるしかないのか。誰も助けられずに。

 

「さぁ、腑分けの時間だ。害獣の内臓はどんな色をしているんだろうなぁあ?」

 

 楽しむように、差し込まれた爪先がミオの中でいやらしく蠢く。

 内臓の位置を確かめ、傷つけないギリギリをなぞるようなそれはひたすら醜悪で嫌悪感を煽った。

 

 だが、

 

「……ッ」

 

 ミオの鋭敏な耳は起死回生の音を拾い上げ、転瞬、心の奥底から闘志が燃え上がる。

 まだだ。まだ終わっていない。ひとりではないことが、こんなにも頼もしい。

 時間稼ぎが自分の役目。ならば、その完遂はすぐそこだ。

 

 ミオは致命的な痛みに耐え、折れた手首をぺたり、とカーズの鎖骨辺りに押し当てた。

 

「なんだ、もう抵抗する気力もないのか?」

 

 せせら笑うような言葉も気にならない。

 

 カーズには血液が流れている。ならば変化させる前の身体の構造は人間とほぼ同じと考えていいだろう。目玉には通用した。

 

 

──ならば、喰らえ!

 

 

 そっと息を吸い込み、全ての気力を振り絞り、ミオは言の葉を紡いだ。

 

 

「──() () ()

 

 

 刹那、びくんっとカーズの身体が痙攣した。

 

「な」

 

 声もろくに出せず、がくがくと内臓から迸るような震えが止まらない。

 身体中のかろうじて人の形を保っている箇所が新種の病変のように次々と青黒くなっていく。自由もままならないのか蛸足もずるりと力なく垂れ下がり、たまらずミオの身体が滑り落ちる。

 転がるミオの身体もまた、僅かに震えていた。全身を苛む激痛に苦鳴すらろくに出せない。

 

「なに、お、したぁ」

 

 ごろり、と転がったミオは息だけで笑い、唇をほんの少しだけ、開いた。

 

「ざまぁ、みろ」

 

 誰が親切に答えてなどやるものか。

 

 ミオが最後に放ったのは、ただの振動に過ぎない。

 手の平から伝えた高速振動はカーズの体内の水──即ち血液へと伝わって血管の至る場所を破壊したのだ。

 簡単に言うならば、ペットボトルの中の水を揺らしたようなものだ。外の容器は何もなくとも、内部の水は激しくかき回される。

 

 ただ、これはミオも人体という構造上、自身にも大きな負担のかかる危険な賭けだった。しばらくは身動きひとつ取るのも大変だろう。

 振動のせいで全身の傷もとっくに開いている。至る場所の血管が破れて嘘みたいな血液が服を汚していた。折れた骨の痛みがなかったらとっくに気絶してるだろう。新しい傷からも血が出ていて、生きてるのが不思議なくらいだ。

 シーザーの安否も心配だが、今の自分では確かめる術がないから、無事であることをただ祈る。

 

 でも、これでいい。役目は果たせた。

 

 心から安堵の吐息がこぼれ、少しずつ意識が遠のいていく。

 

 それでも聞こえた。

 

 

「カーズッ!」

 

 

 力強い声。

 

「スピードワゴンのじいさんたちが乗ってきた、ドイツの軍用機だぜぇッ!」

 

 頼りになる、抜け目ない、彼の声がする。

 

 耳を弄するような轟音の中で、それでも。

 

「パワー比べをするかァアアッ!!」

 

 ごめんね、もう動けないから、あとを任せるよ。

 

 

──負けるな、ジョセフ。

 

 

それきり、ミオの意識はぶっつりと途切れた。

 

 

 

 

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