この病室はスピードワゴンによる計らいだったそうだ。
柱の男たちとの死闘を繰り広げた彼らは歴史に名を残すことこそないが、いわば英雄である。
かろうじて息のあるものは全員SPW財団によって回収され、そのまま手厚い看護と最新医療による治療を施される運びとなったらしい。この人どんだけ金持ちなんだろうと疑問を持っていたら、世界的な油田王だそうな。納得である。
リサリサたちはまだ済ませていない用があるらしく、エリナやスピードワゴンと一緒にどこかへ出かけていった。あとでお見舞いに来てくれるらしいから楽しみだ。
ミオだけ寝台に逆戻りして、ジョセフとスージーQ、シーザーとスモーキーが病室に残った。茶器とお菓子が用意されて、さながらお茶会の様相である。
スモーキーとミオは互いに自己紹介をしたのだが、例の戦場でやらかした悪鬼の如き吸血鬼連中へのエクストリーム首刈り職人ぶりが効いたらしくものすごくビビられた。
話している間に多少警戒心もゆるんだみたいだが、ミオが身じろぎするとビクッとするのでまだまだ溝は深い。
そして、ミオはジョセフの口からようやくカーズと彼が繰り広げた死闘の顛末も教えて貰うことができた。
あんなモンスターをどうやって倒したのかと思ったら、なんでも火山の噴火を利用してカーズを大気圏外に押し出したとのこと。
とはいえ、それもとてつもない偶然が奇跡のように重なった故の幸運で、ジョセフも絶対死ぬと覚悟していたそうだ。
「ま、こっちの手は義手になっちまったけど、これで済んだだけでよかったと思わなくちゃな」
キリキリ、と左手を動かして苦笑してみせるジョセフ。
ジョセフも生きていたことだし──もし、ジョセフが仕留め損ねていたらもうシュトロハイムに頼み込んでサリンでも調達して心中するしかないかな、ぐらいまで考えていたので素直に嬉しいニュースである。
その後、海に落ちたジョセフは運良く船に拾われてヴェネツィアで入院生活を送っていて、スージーQがずっと看病してくれていたそうだ。
そしてなんだかんだで恋心が芽生え、今では名実ともにスージーQはジョセフの嫁さんになったらしい。
「わ、おめでとうスージーQ!」
大好きな友達の吉報である。ミオはもちろん諸手を上げて(片手しか上がらなかったが)喜んだ。
スージーQも嬉しそうにはにかむ。
「うふふ、ありがとう!」
「披露宴はするの?」
「ジョジョがちゃーんと全快したらね! その時は呼ぶから、絶対出席してね!」
「うん、絶対行く!」
力強く頷くと、スージーQはにっこり笑ってくれた。
ちなみにシュトロハイムも死闘の現場にいたそうで、下半身がぶっ飛んだけどやっぱり生きているらしい。本当に生命力の強い御仁である。
ただ、現在は国勢悪化のためアメリカに来ることはできないそうだ。面と向かって会えないのは残念だが時勢というものだ。仕方がない。
「いつか会えるといいなぁ」
夢見る乙女みたいな口調で言うものだから、茶菓子を食べていたジョセフがなんだかげんなりした。
「お前、ほんっとアイツのこと好きな」
「うん好きー」
即答しつつえへへと笑うとジョセフは肩をすくめ、なぜかスージーQがシーザーの肩を宥めるように叩いていた。
まぁ、ミオのシュトロハイムに対する好意は特撮ヒーローに憧れるオトコノコ的なあれと、お気に入りのプロレスラーというか推しメンアイドルを崇めるようなそれが混ざったものなのだが、ともあれ。
「ああ、それとミオがびっくりすることがある!」
ジョセフがお菓子を食べきってから、やたら楽しそうに断言してこちらを覗き込む。
「びっくりすること?」
「おう! なんと、リサリサが俺の母親だったんだぜ~!」
じゃーん、という感じでジョセフが両手を広げた。
波紋効果か、彼女の年齢は五十代だという。ちなみに本名はエリザベスというそうな。
「うん?」
だが、ジョセフの期待に反してミオの反応は妙だった。
「え、ああ……あーそっかー、なるほどな~」
何度か首をひねってから、やがてうんうん頷いて納得しているミオにジョセフは不満げに頬を膨らませる。つまらなそうだった。
「シーザーはあんなに驚いたのに、ミオはあんま驚かねぇな」
「いや、驚いたっちゃ驚いたんだけど……友達というか恩師にね、ぴっちぴちの九十代がいるから。リサリサ先生も見た目通りの年齢じゃないっぽいなーって思ってたんだよ」
波紋云々はたぶん関係ないが、雰囲気が似ているから少し感じ取ってはいた。年齢や肉体と尊敬や好意は関係なかったから流していただけだ。
だから逆に納得したのだと説明したら、ジョセフが目を剥いた。
「きゅ、きゅうじゅう!?」
よもや五十代を越える猛者がいたとは思わなかったらしい。逆ビックリである。
「あ、でもキレーだよ。おっぱい大きいし」
「ミオの交友関係ってわかんねぇな……」
シーザーが呆れ顔で呟き、ふとスージーQが純粋な疑問の体で小首を傾げた。
「ねぇ、ミオちゃんはこれからどうするの?」
どうする、と言われると純粋に悩む。ミオは天井を振り仰いでぼんやりした。
「あー、どうしようかなぁ……」
こう言うとアレだが、現在の自分は完全に根無し草だ。未だにあの海賊が跋扈する現地への戻り方も分からないし、そもそも世界が異なっているなんてさすがに説明できる気がしなかったからしていない。
ベリーはちょっと持っているけど、どう考えても使えないし、まさに身一つである。リサリサはジョセフたちとアメリカに移住するつもりらしいし、シーザーも聞けば学生なのでイタリアに戻らなければならない。
「……とりあえずは怪我治してリハビリと筋トレ。退院したらどっかで働いて、生活費から少しずつ治療費とか返す……みたいな?」
目下のやるべきことを指折り数えて列挙すると、ジョセフがぽかんとした。
「お、おっそろしく現実的だなお前」
ジョセフはそう言うが、実はそうでもない。
一番現実的なのは日本領事館か何かに駆け込んでパスポートを紛失した、とか言うことだ。
ただ、これは『ここの日本』に自分の戸籍があるかどうか分からなくてリスキーすぎるため却下である。
どうせ体力回復したら狸になってしまうだろうし、そうなると誰かの助けでも借りなければ長距離移動すらままならない。強制送還も難しいのだから、お金を稼ぐのは至上命題だ。
「けどよ、ミオ。体力回復したら狸になっちまうだろ? どーすんだ」
「そこなんだよね~」
シーザーの言葉にじゃっかんうなだれる。
使える時間フルで使って稼ぐにしても限界があるし、もし露見すると見世物小屋へご案内ルートになりそうだ。それはそれで困る。
そうすると、短時間で金になって人命をギリギリ奪わない範囲かつ合法ギリギリでいかないと間に合わないかもしれない。海外の入院と治療費は高いと聞いたことがある。
眉を寄せつつ考え、思いついたことがうっかり口から出ていた。
「……ちょっと非合法な方面ならなんとか」
「おいこらちょっと待て」
ぽろっと失言したらガシ、とジョセフに頭を掴まれた。
気付けば全員の視線が痛かったので、とりあえず片手をひらひらさせつつ弁明してみた。
「いやほら、護衛とかなら短時間でお金になるし、客筋選べばかなり……」
「それ以上たたみかけるんじゃあねぇよ! あーもー、この困ったちゃんはよぉ!」
拳でぐりぐりこめかみをやられて痛い。義手の方でやられているので尚更だ。
「いででで! だってー」
「だってじゃねぇ! 大体なぁ……」
うごうごしているミオに更なる説教を入れようとしたところ、
「失礼、少しいいかね?」
割って入った渋い声。
振り向くと、スピードワゴンがするりと病室に入ってくるところだった。
「スピードワゴンさん」
「じーさん、どうしたんだ? 用は終わったのかよ」
「いや、この後にも会議があるが、その前に伝えたいことがあってな」
ジョセフの問いに首を振り、スピードワゴンはミオの前に立つと穏やかに微笑んだ。
「改めて自己紹介させて欲しい。私はロバート・E・O・スピードワゴン」
「これはご丁寧に。ミオと申します」
ぺこ、とお互いに軽く頭を下げた。
彼の尽力によって自分たちは助かったと言っても過言ではない。きちんとお礼を述べなければ。
「入院費や治療もありがとうございます。返済は少しずつでもしていきますので……」
「ああいや、それは構わない」
「えッ!?」
こともなげに言われてミオは度肝を抜かれた。
そんな大金を構わないとか言える油田王すごい。でも借りは返さないと気が済まない派なのでめっちゃ慌てる。
「そんな、駄目ですよ! ツケは払わないと! 大体、なんとか死ななかったのはスピードワゴンさんのおかげで」
「本当にいいんだ。それより……」
言い募るミオへ頑なに首を振り、スピードワゴンはまっすぐにこちらを見つめる。
どこか哀惜の混じった表情に、不思議なものを感じた。さっきのエリナの表情にも似ているが、少し違う。
「リサリサに聞いたが、ミオさんには定住する場所がないとか。本当かね?」
「はい。退院したら正真正銘の根無し草ですね、あはは」
すげぇ適当に返すミオだった。
元々どこでも生き抜けるだけのスキルは叩き込まれているので、些少の問題はあるが大した問題ではないのだ。
しかも医療費がチャラなら、そこまでベリーハードな職種を選ばなくても大丈夫になる。少々の申し訳なさがあるが、甘えてしまうならかなりありがたい話だ。
そんな明日からの将来設計を考察していると、スピードワゴンが言った。
「そこで、相談なんだが」
油田王に相談をされるような身の上ではないので、ミオは内心かなり身構えた。
「ミオさんさえ良ければ、この先の生活諸々を援助させて欲しい」
スピードワゴンの口にした言葉は、まさに寝耳に水だった。
「……?」
唐突な申し出にミオは訳が分からず、目を白黒させた。どこのあしながおじさんだ。
けれどスピードワゴンの瞳はどこまでも真摯で、そこには柱の男を倒した協力者に対するなんやかや、というよりどこか責任感というか、義務のようなものが強い気がした。
「聞けば少々厄介な体質を抱えているという事だし、こちらはそれを把握している。悪い話ではないと思うのだが……」
「……ええと」
説得するような言葉の羅列に、ミオは頭をフル回転させる。自分の体質を分かっていて、援助してくれる。相手は大企業。
それはつまり──そうか!
頭の上に電球が灯った気がする。
「SPW財団に就職させてくれるってことですか!?」
「え゛ッ!?」
ぱぁ、と顔を輝かせたミオに対してスピードワゴンの顔が引き攣った。
やばい間違ったか、とあっという間に不安そうな顔をするミオに、ちょっと考えてからスピードワゴンは困ったように眉をハの字にした。
「いや、まぁ、広義の意味ではそうなるかもしれんが……」
「分かりました! 退院の暁には護衛でも偵察でも奪還でもどんとこいです! でしたらお世話になった分の諸々はお給料から天引き、という形でよろしくお願いします!」
「……よ、よろしく?」
急にイキイキし始めたミオの勢いに気圧され、スピードワゴンはうっかり頷いてしまった。
そしてぼんやりしつつ「意図が伝わってなかった気がするのだが……」とかなんとか呟きながら病室をあとにしてしまった。会議の時間が迫っていたらしい。
「やったースージーQ! 就職先できたよ! よかったー!」
戸籍不明の不審者(変な体質持ち&怪我人)の就職先を世話してくれるとは、なんというご厚意。生き神様か。
小鼻を膨らませて片手でガッツポーズをするミオに、スージーQは無邪気に喜んだ。
「うん、よかったねミオちゃん!」
ジョセフは察しがいいので、スピードワゴンはたぶん単純に無償で衣食住の世話をという意味だったんじゃねぇかなと思っている。
とはいえ、修行間の付き合いでミオが働かざる者食うべからず精神なことを知っているので、ややこしくなるよりいいかと流すことにした。
「ま、スピードワゴンのじーさんとこなら丁度いいんじゃねぇの?」
非合法よりは、という言葉は胸の内に秘めることにする。
そんな感じで和やか(?)に会話は進み、ジョセフとスージーQ、スモーキーは何やら買い物があると言って席を立った。
「行ってらっしゃーい」
「おう、しばらくしたら戻って来るわ」
「お、お邪魔しました」
まだスモーキーの緊張は抜けていないらしく、結局会話らしい会話はあまりできなかった。
別に取って食いはしないのだけど、こればかりは時間をかけて交友するくらいしかない。
そして、ジョセフとスージーQはなぜかシーザーとこそこそ話をしてからその肩をバンバン叩き「しっかりやれよぉ!」「頑張って!」と謎の激励をしてから病室を辞した。