翌日から、ミオの闘病の日々は始まった。
衰えてしまった消化機能の改善。薬の投与にリハビリ、そして体内時計調節のための日光浴、合間にはSPW財団についての資料を読み漁り、あっという間に一日が終わる。
そんなある日、ミオの元に差出人不明の小包が届き、中に入っていたのは小さなハーケンクロイツのピンバッジだった。メッセージカードひとつなかったが、差出人が誰かはすぐに分かって、とても嬉しかった。彼が無事であることをただ祈る。
毎日のようにお見舞いの人は来てくれて、一番多いのはシーザーだ。まだ復学には間があるらしく、ギリギリまではアメリカに逗留するらしい。
「今日の調子はどうだ?」
そう言いながら差し出されたのは、九本のバラで作られた小さな花束。新記録だなぁと思いながら最近習慣になりつつあるそれをミオは丁寧に受け取って、はにかんだ。
「結構いいよ。明日手首のギプス取れるし」
「そりゃよかった」
くしゃり、と頭を撫でられてほんの僅か、手から香る甘やかなそれ。
ミオはその花弁を見つめ、困ったように呟いた。
「シーザー、お見舞い品なんて気ぃ遣わなくてもいいだよ?」
「シニョリーナの元に行くなら、プレゼントは必要だろ?」
きっぱり言われてしまうと、まさかくれる物に文句をつけることもできないので、結局ありがとうと言って大事に飾るしかない。
先日の告白以来、なぜかシーザーはお見舞いに来るたびにミオへバラの花を贈る。それは緋色のバラだったり、可愛らしいピンクだったり、黄色だったり、淡いオレンジ色と様々だ。
大抵は一本だったり、時々三本になったり五本だったりと本数が変わる。気まぐれなのか分からないけど、ミオは贈られた花を全て大事に病室に飾っていた。
ただ、シーザーの来訪はかなり頻繁なので、飾る花瓶の数もじわじわと増えていっている。広い病室のあちこちに花瓶は点在していて、甘やかな芳香が漂っている。
「この前、看護婦さんにお花屋さんみたいねって言われちゃったよ」
「はは、そうかもな」
小さく笑って、シーザーが手を差し出す。ごく自然にミオも手を出してベッドから降りる。
足取りも大分しっかりしてきたので、これからシーザーと散歩するのだ。
「この前の公園に行ってみるか」
「よろしくお願いしまーす」
二人で手を繋いで、ミオの歩幅に合わせて病室を出る。
最近のミオの生活はこんな風に穏やかだ。
☓☓☓☓☓
「少し見ない間に、随分と……増えましたね」
病室をぐるりと見回してから、リサリサは感心したように呟いた。
「シーザーがお見舞いにって毎回くれるんです」
「バラの花ばかりを?」
頷く。
頂き物だし花は好きだから気にも留めていなかったが、そういえば、どうしてバラなのだろうか。
少しばかりの疑問が湧いたが、リサリサはミオを見つめてどこか楽しそうに問いかけた。
「それは、毎回一輪ですか?」
「? いえ、一本の時もあれば、五本の時もありますよ。この前は九本で、新記録だったんです」
「そう、そう……なるほどね」
なぜかリサリサは納得したように頷き、ほんのりと微笑を浮かべた。
「ミオ、あなたは意味が分かっていますか?」
意味?
「……その表情では、分かっていませんね」
図星なのだが、なんとなく悔しかったので思いついたことを言ってみた。
「え、え、それ、花言葉とかですか?」
「それもありますが、本数にだって意味がありますよ」
本数にもあるの!?
「バラの本数が示す意味。それは……」
「それは?」
リサリサの言葉に思わずぐいっと身を伸ばす。
リサリサは口を開きかけたが、思い直したのか、ぱくんと閉じてしまった。
「いえ、私が教えるのは無粋というものですね」
「えええ、そんなー」
せっかく教えて貰えそうだったのにがっかりしてしまった。目の前に答えを知っている人がいるのに教えてもらえないとは、なんともどかしい。
けれどリサリサは面白そうに口の端を上げているだけだ。
「ふふ、シーザーに直接お尋ねなさい」
「……はぁい」
渋々頷いて、花瓶のバラに視線を移す。
花弁が時々空気に触れて揺らめいて、あえかな香りが室内を満たした。
☓☓☓☓☓
そして、シーザーがイタリアへと帰るその日、ミオはシーザーから緋色のバラを九本束ねた花束を贈られた。
「普通、僕がプレゼントを贈るべきじゃない?」
「ちゃんとくれたじゃないか、ホラ」
シーザーは額に巻いたバンダナを指差して茶目っ気混じりに片目を閉じた。
ワムウとジョセフが対決の際、シーザーは俺も連れて行け、とジョセフに自分のバンダナを託したのだ。ジョセフとワムウによる対決で、そのバンダナなとても重要な役目を果たして文字通り燃え尽きた。
その日以来シーザーはバンダナを巻いていなかったので、ミオはそれがなんだか寂しくて、送別の贈り物に選んだ。喜んでくれたから我ながら良いチョイスをしたと思う。
ところで、
「……シーザー」
「うん?」
「あの、お見舞いの時にくれた、今もくれたけど……あのバラ、どういう意味が込もってるの?」
リサリサの言葉を思い出して問いかけると、シーザーは猫のように悪戯っぽく笑ってミオの唇に人差し指を押しつけた。
「んむ」
「答えは、次会った時に全部教えてやるよ」
囁かれる声音が、こちらの喉が爛れてしまいそうなくらい、甘い。
「最後の一本を携えて、な」
シーザーはそっと微笑んだまま両手でミオの頬を包んで、額の上、頬の上、まぶたへとちょこん、ちょこん、と大切そうに唇を落としていく。
そして、最後に花束を抱えていた手の平をとってそっと口付けてから、シーザーは満足げにミオの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。
「俺が迎えに来るまで、他の誰かに取られたりすんなよ」
「ちゃんと待ってるってば。あとよく考えてって言ったでしょーが」
「はは、分かってるって」
花束を潰さない程度の柔らかな抱擁をして、シーザーは手を振った。
「じゃあな、ミオ」
「行ってらっしゃい、シーザー」
ミオも手を振って、搭乗口へと向かうシーザーが見えなくなるまでそれは続いた。
☓☓☓☓☓
ミオは一抹の寂しさを覚えながらも毎日必死でリハビリと体力回復に務め、ようやく狸に戻れそうだなと思って眠りについた──その翌日。
ミオは、元の場所に戻っていた。
強い潮の香りと定期的に揺れる船内。
簡素な作りのベッドに小さな書棚。貼り付けてある懸賞金のポスター。
「……(そっか)」
ぼんやりと状況を把握しつつ、窓を開けようとしたらタシッと壁に肉球がついた。ふわふわの白い毛並み、ぷ~わぷわの尻尾。
そう、身体が狸へと変化していたのだ。
行くときが唐突だったのだから、帰りだって唐突に決まっている。
頭では理解しているが、納得なんて追いつかなかった。
──もしかして、あれはいつかのように夢だったのだろうか。
ふと、そんな疑問すら掠めた。
けれど、それを否定するように甘やかな芳香が鼻腔を掠めた。
それは紛れもない、シーザーと過ごしてきた証拠で、彼の気持ちで、想いの残り香。
──約束、守れないのか
そんな諦観と罪悪感がごちゃごちゃと頭の中で混じり合い、息が詰まるようだった。
バラについては、彼に聞かなければ意味がない。そう思ったから、調べようとは思わなかった。
「ごめんね、シーザー」
涙こそなかったが、それを上回る哀哭だった。
全身から力が抜けて、そのままころりと寝転がると、まるで慰めるようにバラの香気がミオを包んだ。
なんとなく、シーザーからもらったバラの数を数えてみた。
これまでの本数を合わせると、ぜんぶで107本。
最後の一輪に込められた意味を、ミオは知ることができない。
To be next→Stardust Crusaders?
これにて戦闘潮流編、完結となります。
ご拝読頂き、ありがとうございました!
この小説がいい感じで皆様の娯楽の一端になれていたなら、これ以上嬉しいことはありません。
以下は、この連載におけるオリ主スペックなどのちょっとしたおまけです。
オリ主:夕凪澪(ミオ)
・強い人には好戦的な一面があるので、生傷が絶えない。
・座右の銘は『過ぎたるは猶(なお)及ばざるが如し』
・サイトで色んな話に引っ張り出される(トリップ・転生などなど)苦労人。
・適応力カンスト
※桃鳥姉以前に書いていたOPトリップ連載からトリップしたので半日狸仕様でした※
・危機回避能力と死亡フラグ粉砕に関しては危険物取り扱い一級管理資格持ち。
波紋戦士ではないため生傷が絶えずあまり(本人的に)役に立っていなかったにも関わらず、某伊男の心だけはガッツリ盗んでいくというオリ主というより夢主としての面目躍如を果たし、了。
(一部でのあれそれは夢と思っていたため、符号に関しては首をひねることしきりだった)
次回より三部開始となりますので、引き続き楽しんで頂ければ幸いです。
二部まではなるべく更新してしまいたかったのでかなり急ぎましたが、三部に関してはもう少しゆるめの更新頻度になる予定です。