「ふあ──」
澪は両目をうっすら開きながらあくびを漏らした。
カーテンからは朝陽が差し込み、小鳥たちの囀りが朝の訪れを主張している。
目覚まし時計から響くアラームを億劫そうに止めながらもそもそ、と布団から起き上がる。周囲を見回して、なぜか首をひねる。
乱雑に積まれた本棚、古めかしいCDラジカセ、机の上には文房具。教科書がぎっしり入ったランドセルと、きちんと立てられた学生帽。その隣には愛刀の収められた皮筒。
なんの変哲もない自室だ。そのはずだ。
──ちょっと待て。
「いや、いやいやいや」
首を振り、ほっぺたをつまもうとして気付く。
自分の手の平が、えらく小さい。『おてて』と呼んでも差し支えないだろう。
手足を動かしてもベッドがかなり余る。天井が高い。それは、つまり。
「ッ!?」
澪はそれまでの眠気なんてぶっ飛び、慌てて洗面所に向かった。一回転んだ。痛い。ご丁寧なことに踏み台まで。
半身を鏡の前に映し、愕然とした。
鏡に映っているのは──桜色の瞳に、雪色の髪、不機嫌そうに唇を『へ』の字に曲げているあどけない体躯の幼い少女だった。
澪は自分の全身状態を把握し、
「、な」
叫んだ。
「なんじゃこりゃあああ!?」
故松田○作もびっくりの絶叫を発しながら、慌てて居間に突入すると、義父その一が既に朝食を用意してくれていた。
もうひとりの義父はたぶん診療所の方に行っているのだろう。鍼灸医の朝は早い。
いやそんなことより。
「ちょ、父さん!」
「おはよう。ご飯食べなよ」
腹立つほどうちの義父はマイペースである。
「おはよう! でもご飯よりもっと重要なことあるよね!?」
澪は自分の身体を見せつけるようにして、動揺のままに義父へと疑問をぶつけた。
「なんか縮んでるんですけど! なんだこりゃコ○ンくんか! いつから僕は名探偵になったんだよ!?」
「ああ、それね」
ギニャーとか叫ぶ澪をこともなげに見つつ義父は作りたてのおにぎりに海苔なんぞ巻きながら、答えた。
「俺にもよく分かんないよ」
「え」
「なんか、今日起きたらいきなり『こう』なってた」
「こう?」
「窓、見てみ」
相手が冷静である意味助かったのかもしれない。澪は言葉に促されるまま、窓に近付いて外を覗き込む。
「──え」
そして、二度目の驚愕。
「なにこれ、街が……違う?」
窓の外に広がる世界は慣れ親しんだ街と似てはいたが、同じではなかった。
まず澪たちにとって最も慣れ親しみ、重要な場所である建物が綺麗さっぱりなくなっている。超高層ビルであるあそこが見えないのはどう考えてもおかしい。それに、建ち並ぶ建物もどこか、妙だ。
「まぁ、うちの向かいに日本家屋なんてなかったよね。てかそもそも、年代も違うっぽいし」
そう言って、義父は自分用のコーヒーを啜りながら新聞を放り投げてくれる。
危なげなく受け取り、西暦と日付を確認して、思わずぐしゃあと握りつぶしてしまった。
「まだ読んでないから引き裂くのはやめてね」
先手を打たれ、新聞を伸ばす。新聞に罪はありません。
「ごめん。えっと、何、どういうこと? 僕、なんで縮んでんの? なんで年代が遡行してんの?」
混乱だらけで頭が飽和してしまいそうだ。
とりあえず椅子に座り、わざわざ淹れてくれたお茶を口に含みながら矢継ぎ早に義父へ向かって疑問を叩き付ける。
義父その一、もとい
「答えられることはあんまり多くないけど」
そう、前置きしてから。
「今日、俺が起きたら世界はもうこの状態。それに妙なんだけど……」
自分でも考えながら説明しているのか、時折迷うように視線を彷徨わせ。
「どうも、俺と空也にはここで澪を育ててきたっていう記憶が
ちなみに空也というのは澪の義父その二で、咳空也(しわぶきくうや)という。
「記憶が……ある?」
「そう。これまでの生活は勿論覚えてるよ。でも、それ以外でもうひとつ、俺と空也には『この世界』で暮らしてきた記憶が……こう言うと変だけど、インストールされてるわけ」
インストールとは、また意味深である。
宵丸は自分のこめかみ辺りを指先でつつく。
「言い換えると、頭の中に別のメモリーカードが突然ぶち込まれた感じ。まぁ、これからの生活には必要だろうからそれはいいんだけど」
いいのかよ。
「澪にはそれがないんだよね?」
迷わず手を振った。
「な、ないない。普通に起きたら身体縮んでて、あわ食ってこっちきたんだもん」
「てことは、うーん……」
宵丸は行儀悪くぐらぐら椅子を動かして考えつつ、やがて結論が出たのかぽつりと。
「まぁ、いいんじゃない?」
突然何を言い出すんだこのクソ親父。
「よくねぇー! 何一つよくないよ!?」
身体が縮んだことに関してはもうしょうがないが、時間が遡行しているのが大問題である。
つまり、これまで確かな絆を紡いできた友人たちがここにはいないということだ。同じ世界なら時間の逆行と言っても、自分の年齢で逆算したところで限度がある。
もう一度探して会うなりなんなりすればいいが、世界そのものが異なっているとすればぼっちである。なにそれ辛い。
しかし、そういう所では空気を読む気のない澪至上主義の義父は、ただ思ったことを淡々と。
「俺は澪が無事ならそれでいいし、それくらいの年齢から育てられるなんて超嬉しい。だからいいかなって」
「この野郎」
思わず殺気含みで呟けば、宵丸は肩を竦めた。
「だってさ、例えばの話──ここが俺たちのいた世界と異なる可能性で進んだ『IFの世界』だとするじゃん」
「うん」
無茶苦茶な話だが、今は大人しく聞いておくことにする。
実際、澪が住んでいた世界はそういう不思議なことが起こって当たり前の場所だったりするし。
「で、何らかの原因で俺たちだけこっちの世界に飛ばされたとして──俺たちにできることはなんでしょう?」
「なんでしょう、って言われても……原因の究明?」
「きっかけがなんだか分からないんだから、そんなの雲を掴む話じゃん。もっと建設的なことだよ」
どうしよう、宵丸が言おうとしていることが分からない。
迷いながら視線を彷徨わせると、宵丸は口の端をニュイーッと上げて笑った。
「正解は、この生活をエンジョイすること」
「は、ええッ!?」
この生活を、楽しむ?
「帰る方法はいつか見つかるかもしれないし、見つからないかもしれない。そんなことに、澪は貴重な時間を空費しないで欲しい」
宵丸は残酷なことをこともなげに語り、緩やかに黄金と紫水晶、左右異なる色の瞳を細める。
「だからこそ、澪はこれからめいっぱい遊んで、友達を作って、勉強して、人生を楽しんで欲しいよ」
それに、澪は小学校行ったことないんだから、ある意味チャンスなんじゃない? とほんのり笑った。
それこそ、子供を守り導く、父のように。
「……」
確かに、今の自分の年齢は『元の世界』では地獄と称して差し支えのない環境だった。学校にも行けず(そもそもそんなものがあることすら知らなかった)、たったひとり、まるで座敷牢のような場所で──
芋づる式に嫌な記憶まで出てきそうだったので、慌てて止める。
そんな澪の様子を見ながら、宵丸は軽く頷いた。
「まぁ、いきなり切り替えろったって無理だろうけどさ。ちょっとずつ、馴染んでごらんよ」
案外この世界も悪くないかもしれないし、と宵丸は話を締めくくった。
「……」
澪は暫し黙考する。
自分が自分のまま、どこかの世界に吹っ飛ばされてえらい目に遭うなんてそれこそよくあることだった。
その度に血反吐を吐くような思いをして、いつ帰られるのかと不安を抱きながら、それでも泥水を啜るようにして、這いずるように生き延びてきた。
友情を育んだこともある。ありえない苦境に立たされたことも。それでも澪は、歯を食いしばってがむしゃらに突き進んで──愛しい日常に帰還できたのだ。
なら、今回も同じ事なのかもしれない。
身体が縮んでいることはアレだけど、ここには全幅の信頼を置ける義父たちがいて、自分の家がある。これまでのアレソレコレ、なんかよりずっとマシな状況だ。
「……うん」
それなら、できることからやってみればいい。いつも通りに。
小さな手で拳を作り、決意を瞳に滾らせて。
「がんばってみる」
そんな覚悟を決めた愛娘を慈しむように見つめ、宵丸はついでのように付け足した。
「あ、お向かいさん家は空条さんって言うんだって。あと澪はそこの息子と幼馴染みらしいよ」
まるでゲームの設定でも語るような宵丸に、澪は急に先行きの不安を感じつつ。
「……いただきます」
腹が減っては戦はできぬ。とりあえずご飯を食べることにした。
(ついでに向かいの奥さん、ホリィさんっていうんだけど)
(うん)
(どうも俺たちのことゲイカップルが養子取って育ててると思ってるみたい)
(え゛)
・オリキャラについて
咳 空也(しわぶき くうや)
オリ主の義父①。無駄知識が豊富で鍼灸医
撫月 宵丸(ふづき よいまる)
オリ主の義父②。無駄知識が豊富で無意味に顔がいい