星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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2.無自覚建築計画実行中

 

 

 どうもここの義父たちも性格はそう変わってないらしく、澪の通う学校は自宅からそこそこ近い私立学校だった。

 まだ着慣れない制服姿に学生帽、飾り気のない真っ黒なランドセル。似たり寄ったりの恰好をした男子と女子が歩く通学路。

 

 そんな中を、朝っぱらから不景気な面をした澪は歩いていた。

 

「……むぅ」

 

 身体が縮んでからよくするようになった仏頂面を隠そうともせず、早足で。

 

 理由はかんたん。学校にうまく馴染めないのだ。否、馴染めないというのは語弊がある。

 

 どうやら自分は小学校においてかなり平均的というか、無難な人間関係を築いていたらしく当たり障りのない友達はそこそこいるものの、親友と呼べるものはいない。

 それはいい。もし親友がいて自分の今の状態がバレるとかなり面倒臭いからだ。

 

 それよりこの、子供特有のテンションハイがきつい。

 澪の身体年齢は確かに小学生のそれだが、内面はそうではない。あえて言うなら新任教師たちの方が近いくらいである。

 肉体年齢にある程度精神は引っ張られているような気がするが、それでも限度がある。ぶっちゃけ教室の空気についていけないのだ。なんとか取り繕っているけどいつボロが出るか不安である。

 

 ちなみに、お向かいさん家の空条くんであるが、こっちの仲は良好である。無邪気ではあるがわりと落ち着きのある承太郎は付き合いやすい。学校が違うのはしょうがないので放課後によく遊んでいる。

 

 更に加えると、突然身体が縮んでしまったため手足の動きなどがまだ把握しきれず、体育の時間に失敗ばかりしているのも憂鬱の一因だ。

 脚力の調整ができず跳び箱には正面衝突するし、走り幅跳びすればすっ転ぶ。うまくいくのは鉄棒くらいだ。おかげで運動音痴の称号を頂きつつある。ただ、こればかりは鍛錬でもして慣らしていくしかないから据え置きである。

 

「楽しめって言われても、なぁ」

 

 如何ともしがたいもやもやを抱えたまま、今日も一日が始まる。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 小学校こそ行ってはいないが、教育自体は義父たちからきちんと受けている。

 そのため内容の分かりきっている授業内容を聞くのもなかなか退屈だ。おかげで最近先生の目を盗む技術と折紙ばかりうまくなっている。

 

 定刻通りのチャイムが鳴り響き、ようやくのお昼時。

 

 授業から解放された喜びで休み時間の三割増し元気になっている教室で給食を食べ、級友たちのドッジボールの誘いをやんわり断って澪はふらふらと校庭に出た。

 そのままあまり人気のない方へ人気のない方へと歩いて行く。だめだあの元気おばちゃんつらいよう。実年齢的には別に婆ではないがそんな風に考える。

 

 芝の手入れの行き届いた裏庭は綺麗だけど遊具がないのであまり生徒も来ないので、最近お気に入りの場所だった。

 

「……ろ?」

 

 すると、珍しくそこには先客がいた。

 

 茜色の髪に、深い紫玉の瞳。

 中性的な顔立ちで一見すると男女の判別が難しいが制服を見る限りでは少年だろう。

 容姿だけで話をするなら紛れもない美少年だが、その表情がなんか色々台無しにしていた。憂い顔と言えば聞こえはいいが、要するに薄暗いのだ。

 

 孤独を抱え、蹲る子供のそれである。

 

 少年もこちらに気付いたようだが、すぐにまた俯いてしまった。まぁ邪魔されないなら別に構わない。

 澪もてくてくと近くの木陰に入ってぼんやりする。座り込み、葉擦れの音や遠い喧噪、吹き渡る風の感触を満喫しながら目を閉じようと──して。

 

 なんか変なのがいることに気がついた。

 

 少年の隣に、なんだろう。緑色の物体がいた。

 軟体動物というか、ゼリーみたいにつるりとした緑色の身体を人間でいうところ外骨格のようなものが覆っている。

 頭部も白く、頭蓋骨とスーツアクターを足して二で割ったような感じだった。よく特撮もので最後の方で主人公と共闘する怪人、みたいな。

 

 あまりに自然に寄り添っているから気付かなかったが、少年お気に入りの人形か何かだろうか。そりゃ学校にこんなん持ち込んでりゃハブのひとつやふたつされるわな。よく持ち込めるなぁ、あんなサイズ。

 まだ小学校のシステムというものをろくろく学習していない澪は、かなりてきとうにそんな事を考え、ごく当たり前のように問うていた。

 

「それ、重くないの?」

「……え?」

 

 振り向いた少年は何がなんだか分からない、という顔できょとんとしていた。

 きょとんとしたいのはこちらである。

 もはや一心同体レベルで持ち運んでるから重さなど感じない、ということだろうか。ライナスの毛布か。

 

「特撮好きでも、キャラクター好きでもなんでもいいと思うけど、もうちょっとサイズは選んだ方がいいと思う。授業の時とかどこに置いてるの」

 

 緑怪人(仮)を指さしつつ、更に聞いてみる。まさかロッカーじゃあるまいな。

 そんな老婆心からの注進だったのだが、少年の反応は劇的だった。驚いたように目を見開き、焦ったように。

 

「み、見えるの!?」

 

 なんのこっちゃ。

 

「それだけ大きいの、見逃す方が難しいんじゃないかな」

 

 周囲が見て見ぬ振りというか、総スルーしているという可能性はあるかもしれないが。

 軽く首をひねりながら澪が言うと、少年の表情がみるみる輝いていく。さっきまでの薄暗かった表情が嘘みたいに、頬を赤くして。

 

「こ、これ! こいつ!」

 

 慌てて例の緑怪人(仮)を引き摺ってこちらに歩み寄りながら、言いたいことがまとまらないのか、何度かつっかえ、それでも興奮した様子を隠さずに。

 

「ぼくの友達なんだ!」

「ほほう、そうなんだ。はじめまして~」

 

 せっかく紹介してくれたのだから、とノリで澪が頭を下げると緑怪人(仮)も『あ、こちらこそ』という感じで頭を下げた。

 

「……ん?」

 

 澪は内心めちゃめちゃびっくりした。

 なんか今、すごく普通に意思疎通したような滑らかな動きだった。いっ○く堂でもできない気がする。

 少年はそんな様子に気付いていないらしく、小鼻を膨らましながら教えてくれた。

 

「今まで、誰にも見えなかったんだよ! 気付いてくれたのは、見つけてくれたのは、きみが始めて!」

 

 たどたどしい説明を半ば呆然としつつ噛み砕いてみると、どうやらこの怪人もどきは少年の背後霊というか守護霊的なものらしい。

 そのため他人には見ることができず、随分と少年は寂しい思いをしてきたようだ。

 そんな話の間にも緑怪人、じゃない少年の守護霊はにょろにょろしたり芝生の穴に頭を突っ込んで土を露出させたりしている。見つかったら怒られるぞ。

 

「ねぇ、きみにもいる?」

「んー、ごめんだけどたぶんいない。この先はどうか分からないけども」

 

 とりあえず自分の背後にそんなオモシロ守護霊を見たことはない。

 ただ、少年にいるのが分かった以上はこの先なにかがあるかもしれないが。

 

「そっか……」

 

 少年は少ししょんぼりした様子で呟き、またぱっと顔を上げた。

 

「じゃあ、きみの友達が出てきたらぼくが見つけてあげる!」

 

 期待と使命感で瞳をきらきらさせる少年に澪はちょっと考え、へらりと笑って頷いた。

 

「よし、頼んだ」

「うん。頑張るね!」

 

 ぱぁ、と花咲くように笑った少年はものすごく可愛かった。

 ショタコンでもなんでもないけど、あけすけな好意を示されて悪い気はしない。

 

「ぼく、花京院典明! よろしくね!」

「夕凪澪です。こちらこそよろしく」

 

 そうしてふたりは小さく笑い合って、友達になった。

 

 澪はあたたかい花京院の手を握って、その熱がおなかの辺りでぽかぽかする気がした。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 それからというもの、花京院典明という少年は澪にめちゃくちゃ懐いた。

 

 なんせ、彼にとっては初めての『理解できる』友人である。懐かない方がおかしい。

 自分だけの緑色の友人を見つけ、ごく普通に受け入れてくれた澪はある意味では両親以上に大切な恩人のようなものだった。

 澪は澪で大人しく穏やかな花京院は外見同年代の子供たちよりよほど付き合いやすくずっと楽しかったし、それまで孤独感を味わっていた少年にこれ以上さみしい思いをさせてはいかん、という庇護欲も手伝って成長を見守る姉のような気持ちで花京院と付き合っていた。

 

 彼はそれまでの引っ込み思案もなんのその、隣のクラスだった花京院は休み時間のたびに澪のクラスに入り浸り、帰り道もいつも一緒。

 当然、周囲の男子やらがからかったりもしたが、二人が二人ともそういうことを気にする性質ではなかったから友情に亀裂が走ることもなかった。

 

「花京院くん、できる?」

「うん。大丈夫!」

 

 澪の言葉に元気よく頷き、花京院はぐいっと何かをひねるような動作をした。

 すると、彼の横から例の背後霊が触手のようなものを出しながら勢いよく伸び上がり、目の前の真っ黒な土に飛び込んでもぐもぐと蠢く。

 

「おお~」

 

 思わず感嘆の声を上げる澪と、ちょっぴり誇らしい花京院。

 あっという間に土がほっくり返され、時々見える緑は川の中で銀鱗を跳ねさせる若鮎めいてこざっぱりと明るい日差しによく映えた。

 

 学年が上がった時に園芸部員になった澪に当然の如く花京院はついてきて、こうして花壇仕事に精を出す日々である。

 

 シャベルでは時間がかかるところも花京院にかかれば瞬く間に耕せるし、二人で種まきしたり、水をあげたり、草木の成長に一喜一憂するのは楽しかった。

 この頃になると澪と花京院の仲をからかう声もなく、もはや二人でワンセットのような扱いだった。

 

 

 さて、ここで面白くないのは空条承太郎少年である。

 

 

 彼にとって澪は、お向かいさんという立地条件も手伝って家族同然の存在だ。

 

 どこもかしこも白くて、小さくて、淡い色だけに彩られた儚い子供。

 幼い頃の澪はほんの少し目を離した隙に、泡のようにふっつりと消えてしまいそうな、そんな不安定なところがあったから承太郎はいつでもはらはらしていた。

 

 自分が守らなければ、と幼い使命感に燃える男の子はいつでも澪と一緒にいた。

 彼女は周囲の女の子のような煩わしさがなく、どことなく性別を感じさせない振る舞いが多かったためか共にいるのは苦じゃなかった。

 父ふたり子ひとり、という奇矯な環境のせいか澪は大人びているのに物知らずな時もあり、自分が何かを教えるのは楽しかった。

 

 澪の傍にいると、呼吸が楽になる。

 涼を帯びた空気が身体の奥まで染み込んで、指の先まで活力が満ちてくるような気がした。

 太陽のように元気を与えてくれると母ともまた違う、穏やかな午睡をもたらしてくれるような、安らかな安息をくれるひと。

 

 一緒にいたい、と思うのは当然の流れとも言える。

 

 しかし、そこへひょっこり話題に現れたのが澪の同級生という少年。

 

 学校が違うのは仕方がないが、放課後はいつも澪と遊んでいたので承太郎はそれで満足していた。しようとしていた。

 近所すぎるほどの近所、更に母であるホリィが彼女の境遇を慮ってか年内にあるイベント事には大体澪を誘うので一緒に過ごしていたし、自分が彼女の家に遊びに行くことだってしばしばだ。彼女の父親たちは揃いも揃って変人だったが澪を心の底から愛しているのは分かったし、親交の厚さには自信がある。

 

 けれど、けれどだ。

 

 学年が上がって園芸部員になった澪は放課後も遅くなりがちで、夏休みになっても草木の世話やなんだで学校に行かねばならず、承太郎との時間は減る一方。

 それは相対的に例の少年と過ごす時間が増えているということで、なんだか承太郎は苛々した。もやもやして、落ち着かない。

 

 自分が見守れない時間、澪を守ってくれているようなものだと言い聞かせはするものの、沸き立つ苛立ちはどうしようもない。

 

「……」

「じょーたろー、手止まってる」

 

 蝉の声の煩い縁側、澪は片手に持ったうちわをひらひら振った。お互いに夏休みの宿題を済まし、残るは読書感想文。

 一足先にそれを終わらせた澪は麦茶を傍らに置いて、時々承太郎をうちわで煽ったりなんだりして暇を潰している。

 

 悶々と考えていた承太郎は鉛筆を滑らせる手を止め、不意に顔を上げた。

 

「なぁ」

「ん?」

「中学、どこ行くんだ」

 

 いきなりの質問に、澪は虚を突かれたように目を見開き、ぱたりとうちわで口元を覆った。

 

「私立だから持ち上がりだよ」

 

 想像通りといえばその通りの返答に小さく鼻を鳴らす。

 

「……ふぅん」

 

 ということは、たぶん例の奴もまた一緒だろう。面白くない。聞くだけで忌々しくなりそうなので、今の今まで名前すら知らない。

 仏頂面を隠そうともしない承太郎を見つめ、澪はいかにもそういえば、という口調で付け足した。

 

「高校は出るつもり」

「そうかよ」

「うん、承太郎と同じ学校行きたいから」

「ッ、」

 

 予想外の言葉に驚いて鉛筆を取り落とした。

 澪を見ると、いたずらが成功したようににんまりと笑っていた。

 

「だって、僕的にはほぼ家族みたいなもんだけど、学校はまた違うからさ。いっぺんくらい承太郎と学校行きたいと思って」

 

 柔らかな風が白い髪を揺らして、透過した日差しが星屑のように弾けた。

 

 それを目にした途端、嬉しさと恥ずかしさのようなものが一気に胸を締め付けて、承太郎は一度口を開きかけ、結局閉じた。

 

 年を重ねるにつれて言葉数が少なくなってしまった口は、うまく動いてくれない。

 

「……どした?」

「なんでもねぇ。早く終わらせる」

 

 そうか、と納得したのか澪は縁側に素足を投げ出してぶらぶらさせる。

 

「ホリィさんがね、お昼にそうめん茹でてくれるって言ってたよ」

「聞いた」

「僕ね、色つきのそうめん食べたことないんだよ。ピンクのやつ一回食べてみたいのに」

「……入ってたら、やるよ」

 

 ほんと、やったー! と諸手を上げて喜ぶ澪にほんの少し、頬が緩むのを自覚しながら承太郎は再び目の前の宿題に集中した。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 一方、澪の自宅では深刻な顔で膝をつき合わせる義父ふたり。この世の終わりみたいな表情でゲンドウポーズしていた。

 

 

「……花京院ってあれだよね」

 

「あれだの、たぶん」

 

「空条って時点で気付くべきだったね」

 

「第三部ですねありがとうございます」

 

「どうする?」

 

「どうするって……どう考えても巻き込まれる未来しか見えないじゃないですかやだー」

 

「その言い方腹立つやめろ。こんなことなら澪にも全巻読ませてスタンド定期試験でも敢行すればよかった」

 

「澪もわりと読む本が偏ってるから……」

 

「俺たちがそういう本読ませてたせいだけどね、残念。だって生き延びるためには漫画より必要じゃん。サバイバルでも野草でもなんでもさぁ……生存率上げるためにはどうしようもなかったし」

 

「まぁ、フツーこんなところ来る奴らおらんわな。想像できんかったわ」

 

「……」

 

「……」

 

「スタートいつだっけ」

 

「いやまだ。まだまだ。年代覚えておらんけど、なんか高校生だった。自信ある」

 

「承太郎って将来あれじゃん。オラオラじゃん。ムッキムキじゃん。あんなんなるの、成長期こええ」

 

「どうしよううちの娘めっちゃ巻き込まれる」

 

「サクランボにはめたくそに懐かれてるし、こないだ連絡帳に『夕凪さんと進路が変わったあとの花京院くんが心配です』とか書かれてたんだけど。知らねぇよ!」

 

「昨日なんか承太郎と手繋いで歩いてた。めっちゃ癒されたけど今となっては胃が痛いこの新感覚」

 

「やばい着々と主要人物とフラグ立ててるよ澪。もはや一級建築士だよ」

 

「……スタンド、あると思うか?」

 

「どうだろ。見えてるのは確実だけど」

 

「ああ、メロンな」

 

「うん、メロン」

 

「……」

 

「……」

 

「ごめんちょっとエジプト焦土にしてくる」

 

「おいばかやめろ」

 

「だってあれじゃん! エジプトなかったらラスボスいなくなるじゃん! 必然的に旅行フラグなし! 俺頭いい! れっつデストォイッ!」

 

「やっべえ目がマジだ! だめぇええやめんか宵丸! んなことしたら儂らがラスボスになっちゃう! オラオラされちゃうう!」

 

「じゃあ今から澪鍛え上げる! ムッキムキにする! フラグなんかベッキベキにしてやる!」

 

「いや澪真面目だから今もフツーに稽古してる……ってこら宵丸! 受話器を置け! アブ○レーナー買っても筋肉つかんから! オサレ筋肉になるだけだから! ダンベルもいらん!」

 

「じゃあ何ならいいわけ!? プロティン!? プロティンしかないの今ならDHAもつけるって言ってるけど!?」

 

「だから受話器置けっつっとろ-がぁッ!」

 

 ドズンッ!

 

(お前の親父たちなにしてるんださっきから)

 

(さぁ。今ちょっと揺れたし、ケンカかも)

 

(……派手だな)

 

(ふたりとも~、さっき鈴木さんにシュークリーム貰ったの!おやつにしましょ!)

 

 

 

 

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