「澪ちゃーん! 聞いて聞いて!」
ある日、ホリィさんが周囲に花を散らさんばかりの満面の笑みではしゃいでいた。
「ホリィさん、どうしたんですか?」
「あのね、承太郎に反抗期が来たみたいなの!」
お、おう……。
世の中の親御さんが悩まされるであろう問題もホリィさんにかかれば一人息子のわくわく成長イベントの一環になるようだ。さすがである。
しかしそれならこちらに喜ばない理由はなかった。
「遂にですか! 世間的に早いか遅いかはともかくすごいですね!」
「そうなの! もう今日はお赤飯炊いちゃおうかしら!」
「うちにもち米ありますよ! 持ってきましょうか!?」
「きゃーん、嬉しい! 澪ちゃんも食べていって! はりきっちゃうから!」
「ご相伴に預かります!」
「そうだわ、パパに電話しなくっちゃ!」
承太郎はたぶん嫌がるだろうけど(反抗期だから)、無償の母の愛とは素晴らしいものである。
どーんと受け止めるのが息子の役目というものだと思う。頑張れ。
義父たちが謎の喧嘩を繰り広げてからどういう協定が結ばれたのかは甚だ謎だが、澪は以前の場所でもしなかったくらいの鍛錬と修行を余儀なくされた。
澪としてはこちらで生死に関わるような大きな事件に巻き込まれたこともなく、前より気楽に過ごせるかなぁくらいの認識でそれでも日課の稽古を欠かさずやっているくらいだった。
ところが、義父たちの意見は全然そんなことはないらしく「いのちだいじに」「死亡フラグ、ダメ、絶対」という謎の標語を掲げてやたらと澪を扱き倒してきたのである。
当然澪は困惑したが、そこはそれ、義父たちには絶対の信頼があるので彼らが必死にならなくてはならない何かがあるのだろう、と納得して修行に精を出した。
基本的に順応力が高く真面目なのである。
いのちだいじに、とか言ってるくせに二人の課す鍛錬というか稽古は澪でなければ傷害致死に陥ってもおかしくない過激なものも多く、たまにすごい怪我をしたまま学校に行ったら仰天した花京院には泣かれ保健室では虐待を疑われて詰問され最終的には保護者が呼ばれたりと危うく事件になりそうになりながらも澪は成長していった。
ちなみに、承太郎は心配という枠を飛び越えいきなり医療団の詰まった車を自宅に横付けしてくるという暴挙に出た。空条家の財力と権力に疑問を抱いた瞬間である。
花京院と承太郎は、親御さんは何を食べさせているんだろうと疑問に思うような勢いで身長が伸びて逞しくなっていった。澪の身長は予定調和よろしく普通に止まり、身長格差に絶望を覚えた。
中学に入って厨二病でも発症したのか、花京院は自分の守護霊(?)に『
ネーミングはともあれ、ようやく守護霊に名前がついたのはめでたいので澪は普通にお祝いした。
大きくなっても花京院にはどこか女性的というか、おとなしやかな雰囲気があるのだが、承太郎の方はもはやムキムキというよりゴツゴツである。
高校に入学してから反抗期に突入し、何にでも反抗したいお年頃なのか近所の不良だのちんぴらをぶちのめしたり高校の教師にヤキを入れたりと大盤振る舞いしている間に鍛えられていったらしく、普通の高校生ではありえない完全実用の筋肉である。
筋骨隆々で人食い熊のような威圧感なのにイケメンというワケの分からない生き物に成長した承太郎に、なるほどごつくしいとはこういう時に使う言葉なのだなと遠い目をしたのも懐かしい。
とはいえ、承太郎の中では一定の不文律でもあるのかそこまで大きな騒動に発展したことはなく、身内には甘いし、澪との関係も特に変わっていなかった。
どちらかといえば、昔より過保護になったような気がするくらいで。
それは、承太郎としてごく当たり前のことだった。
平たく言えば、闘鶏用の超強い鶏が大事にしているひよこがいたらリベンジのためにどうするかという話である。
喧嘩っ早いことに自他ともに定評のある承太郎だが、自分の迷惑を他人に被らせるなど言語道断だ。ましてや相手は大事な幼馴染み。守らない方がどうかしている。
なので、澪が約束通り自分と同じ高校に入学してから承太郎は時間が空いている時は大体澪と一緒にいた。
周囲の承太郎大好きな女性陣の攻撃があるかという危惧は僅かにあったものの、どうやら『承太郎の妹分』という認識をされたのかわりと可愛がられている。
彼女経由で手紙だの贈り物が届けられることには辟易したが、謂われのない誹謗中傷をされるかもしれないという可能性がなくなったのだから安いものだ。
ここで不幸なのは、リベンジに燃えて澪を害そうとした連中だった。澪はひよこの皮を被った鮫である。
承太郎の隙をついて澪を攫う、ないしは直接的に暴力に訴えようとした連中は「ホリィさんが狙われなくてよかったー」という澪の安堵と共にフルボッコにされた挙げ句に空条家謎の権力で肉体的はもとより社会的にも抹殺されるというフルコースルートしかなかった。ご愁傷様である。
そんな順風満帆(?)な生活でも、澪はひとつ微妙な悩みを抱えていた。
いや、そんな大した悩みでもないのだが……。
☓☓☓☓☓
「じょーたろー」
顔パスで空条家に足を踏み入れた澪はスリッパをぺたぺた言わせながら承太郎の部屋に入った。
長年の付き合いで遠慮ゼロである。
「なんだ」
自室であぐらをかいて寛いでいた承太郎も慣れたものなので、読んでいた海洋雑誌から顔を上げながら片手で座布団を放り投げつつ普通に答えていた。
てきとうにキャッチして床に座りつつ、澪は視線をあちこちに彷徨わせた。
「そのー、ですね……」
迷うように指先をいじったりしつつ、あからさまに挙動不審。
「……?」
言いたいことがあれば遠慮も空気も読まずに発言するのが澪なので、承太郎はその珍しい状況に眉を寄せた。
「言いたいことがあるならはっきり言え」
「言っても怒んない?」
「内容による」
「ですよねー」
わかりきっていた返答に短く嘆息して、よし、と気合を入れて澪は承太郎に向き直る。
そして話を切り出した。
「もうすぐ僕の誕生日だよね」
「そうだな」
「今年は何するつもりなのか聞いてもいい?」
ぱちり、と承太郎がまばたきをした。唐突に何言い出してんだコイツ、という顔である。
しかしこっちは結構必死なのだ。意を決して続ける。
「あの、去年みたいにしなくていいから」
かなり切実な訴えである。言っておかないと今年は何をやらかされるか分かったものではない。
実は、承太郎と澪との付き合いで一番困っているのは、この金銭感覚の違いである。
承太郎もとい空条家にはSPW財団というなんかすごく見覚えのある財団がついていて、何事かあれば彼らが全面的にバックアップするのである。
何もそこまで、と突っ込みたいくらい支援力53万なのだ。
もはや空条家の熱狂的ファンの集いと言っても過言ではない財団は、持てる権力財力人脈その他諸々を以て全力で承太郎たちの望みを叶えようとするのである。
年を重ねるごとにランクアップしていくプレゼントはとうとう澪の常識の範疇を超え、遂に去年はプラネタリウムを貸切にして二人で鑑賞するという贅沢にもほどがあるイベントにまで発展してしまった。
そのあとはチャーターしたヘリに乗せられ夜景を存分に見せられた上、ラストは地上の星だと花火大連発。
行きたいところはねぇかと聞かれた時にフロリダのディ○ニーワールドとか言わなくてよかったと澪は心底思った。
一方、花京院はごく普通に可愛らしい入浴剤とやわらかタオルのセットという女子力が異様に高いが外さないチョイスだった。差が際立ちすぎて比較対象にもならない。
というか、承太郎のそれは衝撃がでかすぎて嬉しいとかの気持ちがまとめて吹っ飛んでしまった。
澪は稼ぎはともかく金銭的感覚はごく普通である。
承太郎の誕生日にだって海洋関連か相撲関連のプレゼント、もしくはそれにケーキをつけられるかどうかくらいのものだ。それを思うと承太郎のプレゼントは破格すぎて頭が痛くなる。
「お祝いしてくれるのはすごく嬉しいんだけど、もうちょっとグレード下げてください。お願いします」
どういう贅沢を抜かしているのか、という感じもするが気にすると負けである。
「お前が生まれた日だ。全力で祝うのが誠意ってもんだろ」
言ってることは恰好良いんだけど、それ手加減しないって意味ですよね? 下手すると去年の二の舞以上のことするつもりだよね? 承太郎の全力こわい。
心底びびりつつ、あれなんかこれどっかで覚えがあるぞと考えたら元の場所でマネージャーしてたの学校の某ライバル中学校の泣き黒子のよく似合う部長様でした。そういえばあの人も金銭感覚桁違いだったわ。
「おい、今なんか別のこと考えなかったか」
勘働きの鋭すぎる幼馴染みである。
「誕生日のことだから別じゃないよ。おめでとうの気持ちはありがたく頂くので、イベント事にはしないで下さい本当に」
承太郎とうちでは感覚が違うのだとなんとか説得を試みる澪だった。ホームパーティだって恐れ多いのに、去年以上の真似をされたらリアルに心臓が止まる。
いつにない熱心な様子の説得にようやく理解を示してくれたのか、承太郎はため息を吐いた。
「やれやれだぜ」
「やれやれ言いたいのはこっちです。自分の誕生日についてもの申すなんて、申し訳ないわ恥ずかしいわでこちとら胃が痛くなりそう」
「なら言わなきゃいいじゃねぇか」
「釘刺さないと何やらかすか分かんないから恥を忍んで申し上げたんですぅー。その辺の気持ちを汲んで下さい」
もうここまで来ると懇願の体である。なんで自分の誕生日のことでここまで下手に出にゃならんのだクソ。
謎の理不尽を感じていると、承太郎が読みさしの雑誌を横に置いた。
「……何が欲しいのか言ってみろ」
このセリフ、おそらく承太郎最大限の譲歩である。
なぜなら今まで欲しいものを問われた試しがなかったからだ。彼には彼なりの美学でもあるのか、こちらにプレゼント情報の気配を一切匂わすことなどなかった。
そのせいで毎年嬉しさと不安で微妙な心境になっていたのだけど、今は据え置きにしておこう。
よもやそこまで聞いてくれるとは思わなかったので、澪は腕を組んでむむむと考えやがてはぽつりと。
「正直、承太郎から貰えるなら冷凍みかんでも嬉しいんだけど」
「聞いてるだけで切なくなるようなことを言うんじゃねぇ。お前のクソ親父どもはどういう教育してやがる」
承太郎が今にも義父たちのところに殴り込みにいきそうな雰囲気を出したので、澪はかなり慌てた。
「いやいや、父さんたち普通にめいっぱいお祝いしてくれるから! 今ちょっと思いつかなくて」
「思いつかねぇなら俺に任せておけばいいだろ」
ぐう正論、かもしれない。
いや騙されてはいけない。承太郎は服屋でチョッキをいいなぁと言ったら防弾チョッキを贈ってくるような奴なのだ。
ここでうまいこと軌道修正しないとせっかくの誕生日がかなりしょっぱいことになるのは目に見えている。こうなったらホリィさんに救援要請……だめだ、一緒に盛り上がる絵面しか見えない。
自分でなんとかするしかない。頑張れ、頑張ってくれ脳細胞。
もはや何と戦っているのか見失いつつ澪は必死で頭を回転させた。
そして一筋の光明を見出した。
「あ、じゃあ承太郎ほしい」
承太郎が目をかっぴらいた。
全身が硬直して、元々表情筋の動きが少なくなった昨今だができのいい石像みたいである。
地獄のような沈黙が落ちた。
「……意味分かってて言ってんだろうな」
おっと今言い方を間違えた気がする、と気がついたのは通常の三倍(当社比)凄みのある表情になった承太郎に、いつの間にか近付かれて至近距離でガンつけられてからだった。
何故か肉食獣に目を付けられたような不吉な感触を覚えたが、とりあえず続きを話す。
「一回ガチンコで手合わせしてみたかったから。ほら、なんだかんだで僕とは思い切りケンカしてくれないよね」
いっぺん、本気でやり合ってみたかったのだ。
義父ふたりは強いけど相手があれだけでは攻撃パターンが単調で腕が鈍ってしまう。
経験も豊富だし、格闘ゲームから抜け出してきたようなビジュアルの承太郎は相手としてじゅうぶんである。
「誕生日だけでいいから、承太郎とボコスカしたい!」
見た目に反して脳筋なところのある澪はわりと物騒なセリフを吐きつつ元気いっぱい、ぎゅっぎゅと手を握り返してもう片方の手でファイティングポーズを取った。
疚しいことなど何一つない、桜色の瞳は期待を込めてきらきらしている。
「……」
承太郎は鼻に皺を寄せ、やがて盛大に舌打ちをした。
瞳には獰猛な闘気をぎらつかせ、それこそ人を襲う羆嵐もかくやというような圧力である。
「いいぜ、分かった。この空条承太郎、全力で相手をしてやる」
「ひゃっほぅ太っ腹ー!」
「完膚なきまでに叩きのめしてやるから覚悟しろよこの野郎。泣き喚いても止めねえからな」
「それはこっちのセリフだー! やったー承太郎とガチファイトだー!」
両手を上げて万歳ポーズをする澪に、承太郎は珍しくげんなりしたような表情で自分の髪をぐしゃりとかき回した。
「……ったく。驚かせるな、馬鹿が」
そして迎えた誕生日当日、澪と承太郎は約束通り一対一で差し向かい。
女をどうこう、というのは通用しないので承太郎もこの時ばかりは覚悟を決めた。
始まった『手合わせ』は当然ながらお互い遠慮のえの字もなく、実践顔負けの骨肉相食むようなガチンコ対決を半日以上繰り広げ、お互い満身創痍になりながらほぼ同時にぶっ倒れ──待機していたSPW財団医療班によって迅速に病院へ搬送された。
各所の骨折、ひび、多量の出血に加えて打撲や脱臼のフルコースで承太郎は一ヶ月、澪は一ヶ月半の入院生活を余儀なくされた。
結局、その年のプレゼントはVIP待遇の病室での入院費と高度医療の治療費となり、澪は今までのプレゼントの中でいちばん喜んでいた。
承太郎はじゃっかん腑に落ちなかったが、本人が満足してるならいいだろうと流すことにした。
長年の付き合いが発揮されるのは、こういう時である。
次回から原作軸に突入しますので、更新頻度がゆるめになります。
具体的にいうと、一日に四回くらいになる予定です。