星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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5.空条家にて

 

 

 あの後ひとり保健室に残った澪は、倒れている女医に応急手当を施しつつ泡食って駆け込んできた教師陣に信憑性を損なわない程度に物騒かつS・F(すこしふしぎ)な説得を試み、口八丁手八丁を駆使してなんとか丸め込んだ。 

 相手の混乱も織り込み済みで利用したのだから褒められたものではないが、これぐらいは勘弁して貰いたいものである。

 

「疲れた……」

 

 基本的に嘘のつけないタチなので、言い訳ひとつ考えるにもえらい頭脳労働だった。

 

 物騒な現場に立ち会ってしまったため今日のところは帰りなさい、と教師から言質を取れたのはありがたいが複雑である。

 さっきまで爆走していた通学路を逆走するという、まともに考えるとイヤになってくる現実にうんざりしつつ澪はとぼとぼ道路を歩いていた。

 

 この世界は不思議なことはあってもそう危険はないと思っていた。

 否、思い込もうとしていた。

 

 しかし現実は非常である。長年培ってきた経験から来る勘が、異常事態の発生を強く訴えている。

 そして、非常に面倒な事態に巻き込まれそうな予感も。

 

「父さんたちは、ひょっとしてこれを見越してたのかな」

 

 でなければ、これまでのハートマン軍曹もびっくりな猛特訓に説明がつかない。

 長年の付き合いがあるからこその絶妙な苛烈さで、普通なら三回くらい死んでいた気がする。

 

「ここ、電化製品古い以外は過ごしやすいと思ってたんだけど……」

 

 そんなぼやきを漏らした直後だった。

 突然、植え込みの影から複数の人間が飛び出してきた。

 

「ッ!」

 

 刹那の内に脳内でスイッチが切り替わり、指先にまで緊張が循環する。

 

 警戒の目線で相手を確認すると、なんかこう、どこに出しても恥ずかしい感じの不良連中だった。

 モヒカン、スキンヘッド、リーゼント、アフロ、多様ながらもアウトロー感満載で、武器も木刀だのバットだの角材だのと物々しい。

 ただ、どの連中も揃って安いハーブでも決めているかのように目が虚ろだった。動きもどこかぎくしゃくしていて、できの悪いロボットのようで気味が悪い。承太郎に伸された奴らの意趣返しかと思ったのだが、どうも違うらしい。

 

「見付けたゼェ!」「早く捕まえロォ!」「弱そうダ! なんて弱そうなんダ! 楽勝ダゼ!」

 

 そんなに弱そうですか。

 

 よく分からないが、狙われているのは分かった。しかしどう倒したもんだか。なんで捕まりそうになっているのか不明だし、倒しても起き上がってきそうでイヤだ。

 そんな一瞬の悩みが命取り。男の中のひとりが奇妙な動きで突貫してきたのはその瞬間だった。

 

「大人しィく、捕まっテヨオオオッ!」

 

 ぐ、と拳を握って無意識の内に迎撃態勢を取った澪へ向かって完全に正気をなくしたそれで、口角から泡を出しながら人間に許された範疇以上の恐るべき脚力で肉薄してきた不良は、

 

 ぱがんッ!

 

「ひでぶぅ!?」

 

 直線上に真横から差し込まれた『何か』に顔面から激突して二秒で撃墜された。

 ぱち、と目を瞬かせると、聞き馴染みのありすぎる声が響いた。

 

「大丈夫?」

「あ、父さん」

 

 澪の義父その1、撫月宵丸だった。

 

 黄金色の髪に左右色の異なる双眸。全身を飾るシルバーアクセ。

 人間離れした美貌の麗人は、彼の主力武器である片手に持っていた長大な紅い野点傘を肩に乗せている。

 野点傘とはその名の通り、野外でお茶会等を催す際に立てるアレである。日本製なので当然くそ重たいのだが、彼は苦もなく、むしろ好んで愛用している。

 

 よく考えたら自宅からかなり近いので、物騒な空気でも感じたのかもしれない。ともあれ頼りになる義父の登場で澪は全身の緊張を解いた。

 現状をゆっくり確認してからかくり、と宵丸が首を傾げた。

 

「これなに?」

「さぁ、僕にもさっぱり。承太郎のお礼参りとも違うみたいだし」

 

 そうなるとマジで心当たりがない。

 僅かな逡巡ののち、澪至上主義の義父はごく単純に頷いた。

 

「ならいいか殺しても」

 

 物騒すぎる発言ですが、彼はこれが通常運転ですお恥ずかしい。

 ついでに言うと、それを実行に移せるだけの技量と実力があります。怖いですね。

 

「公共の場なので無力化までにしといて下さい」

「おけー」

 

 安請け合いにもほどがある答えを返し、そこからは義父の独壇場だった。

 

 彼は何気なくふらりと足を伸ばし、かなりの重さのはずの野点傘を散歩しながら振り回す棒っきれぐらいの気軽さでぶん回してアフロの側頭部をぶん殴り「へぶぅッ!?」横にいたリーゼントは股間から胴体を真っ二つにするようなサッカーボールキック「ぐぎゃ!?」。スキンヘッドの喉輪を問答無用の突き一本「タコスッ!?」モヒカンに至っては遠心力を利用しての脊髄をへし折るかのような打撃を加え「おぶぅッ!?」──結果、瞬殺。

 

 まさしく死屍累々となった状態でも汗一つ見せず、義父はこちらに振り向いてごく単純に尋ねた。

 

「ところで学校どうしたの? サボり?」

「あーいや、ちょっとゴタゴタしちゃって……そうそう、これから承太郎ん家行ってくる」

「そう。夕飯までには帰っておいでね。今日はハンバーグドリアだから」

「それは嬉しいけど、のした不良どうすんの?」

「てきとーに処理しとくから。早く行きな」

 

 ひらひら、と手を振る義父である。

 

 澪はちょっと迷ったが、なんとかしてくれるならいいだろうと割り切った。義父に限って心配など無用である。

 

「うん、じゃあ行ってきます」

「気を付けてね」

 

 たかたか、と足音立てて道を急ぐ愛娘を見送り、宵丸は顔を上げた。

 

「さて、見付けた?」

「おう。こいつだの」

 

 ガサッと植え込みから軽く片手を上げ、義父その2の空也がかなり雑な扱いで引き摺ってきたのは見知らぬ男だった。

 見たところ外傷はないが全身が弛緩したまま、眼球ひとつ動かせないらしくさながら屍体の様相である。

 

「殺したの?」

「うんにゃ、鍼打って動けなくしといた。口ぐらいならあと、一分かの」

 

 全体的に細身な印象の男で頭の形に添うような形で揃えられた漆黒の髪、蒼氷色の瞳をした澪の父2号機は鍼灸医である。

 ただし、彼の扱う鍼灸術は巷の認識とは少し異なるものだ。曰く「この世で学んだこの世ならぬ技」。ごく簡単に言えば治療以外に攻撃とかにも使える。

 

「つーか今月入って五回目だよ、めんどくさ」

 

 うんざり、という感じで宵丸が肩を竦める。

 

「うちの娘、ここのラスボスとフラグ立てたっけ?」

「いやー、エジプト旅行なんか行ってないしわかんないわ」

 

 ごく淡々と会話を交わし、揃って男を睨め付ける。

 男は死にかけの魚のように何度か口を開閉させて、やがて聞き取れるだけの言葉を発した。

 

「き、さまら……」

「お、時間ぴったり」

「なぜ邪魔を、する。あの娘を献上すれば、あの方を……」

 

 二人はきょとりと顔を見合わせ、ごく単純な真実を述べる。

 

「そりゃ、俺は」

「だって、儂は」

『澪のお父さんだから』

 

 理不尽なような当然なような二人の物言いに、男はにやりと口の端を上げた。

 

「ふ、ははは! 意識を奪わなかったのが貴様らの敗因よ! 見よ、我がスタン」「必殺マッスルインフェルノー」「ちょおま空気読──」

 

 どぐしゃあ、と壁に赤い花が咲いた。

 

「あーあ、これ完全にスタート切ってるよ。どうする?」

「儂らたぶん関与できんしな。まぁ、助言くらいはできるかもだが」

「じゃあ帰って準備だけしとこうよ」

「おう」

 

 そうして、物騒な義父ふたりは異様に素早く不良と男の処理を終わらせて家に帰ったのだった。

 

「ところで、スタンド使いって自分のスタンド叫ばないと出せない病気かなんかなの?」

「こないだの奴のこと言っとんのか? ま-、ド深夜に家の横で笑いながらパントマイムしてりゃバレるわい。あれは動画撮っといてもよかったレベル」

「気配も殺気も垂れ流しだし、ちょっとスタンドに夢見すぎじゃね」

「儂らスタンドよう見えんけど、本人逆に丸見えだしの」

「目玉狙うのが基本」

「見えないと操れんわなー」

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 自分の身に既に危険が及びまくっていたことなんて知りもせず、呑気に澪は承太郎宅に到着した。

 毎度のことだが、伝統的な日本家屋の空条家は広々としていて別世界のように見える。

 

「お邪魔しまーす」

 

 インターフォンを鳴らそうかとも思ったのだが、承太郎が先行しているだろうし、敷地面積が広すぎて意味がないことも多いので軽く挨拶をしながら門扉をくぐった。

 勝手知ったる他人の家、ということで三和土で靴を脱いで澪用に用意されているスリッパに履き替えると、でっかい靴がいくつも目についた。おそらくは彼の祖父と友人のものだろう。

 

「あら澪ちゃんいらっしゃい」

「ホリィさん、こんにちは」

 

 中庭を眺めつつ廊下を歩いていると、ちょうど救急箱を持ったホリィが歩いてくるところだった。

 

「承太郎とのりあ……花京院くんに会いに来たんです」

「あら、花京院くんって澪ちゃんのお友達? ちょうど手当てが終わったところなのよ」

 

 確かに承太郎の運んでいた花京院は血塗れだったし、彼女が治療を施そうと考えるのは当然である。

 

「それはタイミングよかったかもです。ふたりはえっと……」

「大丈夫、和室にいるわ。そういえばパパが澪ちゃんに会いたいって言ってたし、ちょうどいいかしら」

 

 ことりと首を傾げ、それからいたずらっぽくホリィが微笑んだ。

 

「学校サボッたのは内緒にしてあげるから、行ってきなさいな」

「あはは、ありがとうございます」

 

 内緒もなにも既に父にバレているけど、そう気安く言ってくれる人の存在はありがたい。

 こちらもふざけた感じで笑って頭を下げ、教えてもらった和室に向かう。

 

 その辺までは、じゃっかん不穏な気配があるもののわりとよくある日常のいちぶだった。

 

 彼女にとっての『日常』が総崩れとなり、思いも掛けない因縁と混沌が鰐口をぎちぎち言わせて待っていることなんてちっとも知らず、澪は障子に手を掛けてひょいと和室に顔を覗かせた。

 

「ちーす、じょうたろー、典明くんだいじょ、ぶ……」

 

 覗いてしまった。

 

 中にいた承太郎がこちらを向き、花京院も顔を上げた。そこまではいい。花京院の額には包帯が巻かれていたが怪我人なので許容範囲内である。

 

 問題はそれ以外の人たちだ。

 

 ひとりは部屋の隅で器用に正座している壮年と思しき男性。

 逞しい褐色の肌を貫頭衣ですっぽりと多い、金属の腕輪や装飾品の目立つエキゾチックな印象である。

 なんとも形容し難い髪型だが、瞳は理知的な色を灯しており教師や占い師といった雰囲気。唇も厚く彫りも深い、いかにもエジプトとかインド方面出身っぽい感じだ。

 こちらはお客さんかな、という目でこちらを見ている。それはお互い様なので良いとして。

 

 残る二人である、問題は。

 

『──!?』

 

 二人が二人とも澪を視認した瞬間ガタッと中腰になり、仰天とか驚天動地とかその辺の言葉をまとめて煮詰めたような顔になった。天地がひっくり返ったとか、カトゥーンアニメなら目玉が飛び出してそうな勢いである。

 魂消るとはこういう顔のことなのだなぁ、とどこか他人事に考えてしまう。現実逃避だ。

 

 片方はどことなく承太郎に面差しの似た男性。

 おそらくは彼が祖父だろう。白髪でこそあるものの、壮年と言うにはまだ早いと思わせるような鍛え抜かれた体躯は弛まぬ鍛錬の証であることは容易に知れる。

 

 最後のひとりは端整な顔立ちに金糸の髪、翠玉の瞳の男性である。

 仕立ての良い服にはセンスを窺わせ、目元には特徴的な藤色の痣。こちらは隣の彼よりまだ若く、青年と壮年のちょうど端境期にあるような雰囲気はどことなく妖しい色気があっていかにも伊達男、といった風情。

 

 ええと、びっくりするほど以前旧交を温めた友人たちにそっくりなのは(特に後者)どういうことでしょう。親戚と言われたら秒で納得します。

 

 和室にガタイのいい男衆がみっしり詰まっている、という事実もそれなりに衝撃だったが花京院の無事と混乱、どちらに重きを置くべきか分からなくなった澪の動きは完全に固まった。

 

 

──すは、と呼吸をしたのは果たしてどちらだったか。

 

 

「ホ……Holy shitッ!?」

「Mamma miaッッ!!」

「ひぃッ!?」

 

 ぴしゃんッ

 

 おっさん二人の野太い悲鳴に爆撃されたみたいに飛び上がり、ごつい顔の嵐にびびった澪は反射的に障子を閉めた。

 板きれ一枚の向こうでは承太郎が怒っている。

 

『おいジジィ共! なにビビらせてんだ!』

『いや、ああ、すまん承太郎。だがな』

『──おいコラァ!』

 

 ボゴォ、と澪の足元の障子から腕が生えてきた!

 

「ぎゃあ昼下がりの悪夢!(張り替え的な意味で)」

 

 キリキリとかメカちっくな動きをしている当たり義手なのかもしれない。そんなことよりとにかく怖い。

 

「あっなにしてんだスカタン! 障子の修繕誰がやると思ってやがる!」

「うっせぇシーザーちゃんは黙ってろ! 俺はあのクソ狸に一言もの申さねーと気が済まなねェんだよぉ!」

「……たぬき、だと?」

「まだ同一人物と決まったワケじゃないだろうが! ごめんね、愛らしいprincipessa(お姫様)、もう一度その花のような顔を見せて……」

「こんな時までスケコマシーザー発揮してんじゃねぇよ! おら出てこい恩知らずのクソ狸! もふもふしてやろうかぁッ!?」

 

 どういう脅し文句だ。

 しかし澪には効果覿面だった。

 

「へ、へへーんだ、僕はもう狸になれないもんね! 尻尾もありませーん!」

「……」

「残念でし、た……」

 

──オ、……Oh! No! やっちまった!

 

「やっぱりミオじゃねぇかああああッ!!」

 

 ぶっすりと手の形に別の障子が破れ、澪は本能的に障子を押さえてしまった。

 どんだけの馬鹿力なのかぎしぎしと障子が悲鳴を上げる。

 

「えっ、なにこれどういうこと!? ごめんちょっと理解できない! なんで二人ともナイスミドル(婉曲表現)になってるの!?」

「そりゃこっちのセリフなんですけどぉ!? テメェいきなり行方知れずになりやがって! スージーQが結婚式ん時寂しがってたんだぞ! あとシーザーなんかいつぞやの貧民街テンションで……」

「こっちにまで流れ弾かますんじゃねぇよ馬鹿野郎!」

「……おい、いい加減説明しろ」

「承太郎! とりあえずとっ捕まえろ、話にならん!」

「……」

 

 ガッシィ!

 

「うぎゃー承太郎にもうらぎられた!? てか昨日まで悪霊だなんだの言ってたくせに自由自在じゃね? どんだけチート増やす気だ! これ以上の追加パッチは許さんぞ!?」

「意味わかんねぇよ」

「あの、澪も女の子だから逆さ吊りはいくらなんでも……」

「ジョースターさん、ツェペリさん、彼女は一体……?」

「パパ! どうして澪ちゃんいじめてるのよ! 女の子への狼藉なんて許しませんからね! 承太郎も早く澪ちゃん降ろしさない!」

「ほッ、ホリィ、ち、違うんじゃ! これにはワケが……」

「まぁ、障子まで破るなんてひどいわ! パパ、今日の夕ご飯は覚悟しておいてね!」

「げぇっ!? いや、ホントに違うんじゃよ、ホリィ? ホリィ~!」

「つーん」

 

 ホリィさんは最強のお母さんです。

 

 

 

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