星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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9.検証実験とひみつの会議

 

 

 その後なんのかんのと良識のある二人(アヴドゥル&シーザー)は渋りまくったが、とにかく澪の能力をある程度把握しないとどうしようもない、というセンで決着がつき、アヴドゥルと澪は中庭に出ることになった。

 万が一の時用にジョセフはスピードワゴン財団直通の電話番号を片手に電話の前に座り、残りの面子は固唾を呑んで見守っている。

 

「そういえば澪、『力』の方はどうなんだ?」

 

 ふと、シーザーが声を上げ、澪は玄関から持ってきたローファーに足を突っかけながら片手を振った。

 

「ああ、そっちは使える。今まで使う機会なかったけど」

「なら本当にヤバい時は使え。分かったな」

 

 ジョセフ以外の事情を知らない彼らには、シーザーの言っている意味が分からない。

 スタンドでなくとも、彼女には何か抵抗できる手段があるのだろうか。しかし澪は唇を尖らせた。

 

「えー、使ったら検証実験にならない……」

「お前の安全第一に決まってんだろうがスカタン!」

 

 青筋立てたシーザーが澪の頭をひっぱたいた。

 

「だっ! はいはい、分かりました~」

「はいは一回!」

「はいぃ!」

 

 ぴゃっと中庭に逃げる様子と腕を組んで憤然とする姿はもはや親子だった。

 甚だ緊張感のない状況だが、これからやることは寸分の間違いも許されない。アヴドゥルは精神統一のためか、ゆるく指先を構え、唇を開く。

 

「いいか、これから私はきみを全力で燃やす。死んでしまっても構わない、という火力でだ」

 

 火力、ということは彼の操るスタンド能力は火炎系なのだろう。

 

「分かりました」

 

 かなり間抜けな始まりだが、命懸けの実験には変わりがない。澪もこの時ばかりは緊張感に顔を引き締め、瞬時に対応できるよう全身に力を入れる。

 その様子を見て取ったか、アヴドゥルも小さく頷いた。

 

「では、いくぞ。──『魔術師の赤』!」

 

 呼び声に応え、彼の相棒が姿を現す。

 

 背後から現れた渦巻く火炎がひとつの形を作り、やがて化鳥のそれへと姿を変えた。

 頭部が鳥、身体が成人男性の体躯をしたうつくしい、焔そのもののような瞳がこちらを射殺さんばかりの殺意を以て見据えている。

 綺麗な鳥だ。素直に澪はそう思った。インド神話に登場する、炎のように光り輝き熱を振りまく神鳥めいて、どこか清廉なアヴドゥルのスタンド。

 

 スタンドがけたたましい鳴き声を上げて全身から炎を噴き上げる。凝縮された業火が縄のようにうねくりながら澪へと殺到した。

 

「『赤い荒縄(レッド・バインド)』!」

「ぐ……!」

 

 猛烈な熱気に炙られ、澪は呻きながら眉をしかめ、それでも逃げることも目を反らすことも決してせずに──濁流のように迸った紅蓮の炎に全身を任せた。

 

「げぇッ!」

「あの馬ッ鹿野郎ッ!」

 

 ジョセフとシーザーが揃って悲鳴を上げるなか、

 

「これは……」

 

 アヴドゥルが呆然とつぶやく。

 

「おお、綺麗」

 

 そう、呑気な感想を漏らしたのは勿論澪だ。

 

 やはりと言うべきか、澪は無事だった。

 全身に纏いついた炎は澪に触れるか否か、ぎりぎりのところで、まるで触れること許されぬ隔たりでもあるかのようにその姿を変えた。

 

 ざぁっ、と無数の炎──だったものが幾千、幾万の赤い羽根となって中空に舞い上がった。

 

 それは状況の推移を見守っていた彼らのもとにまで吹き込んで、花京院は思わずそのひとつを指先で捕まえた。

 

「熱くない……」

 

 小さな赤い羽毛は、その毛先がちろちろと燃えていた。けれど熱さは感じず、羽根を形取った炎の乱舞はどこか幻想的ですらあった。

 短いイリュージョンもすぐに終わり、やはりその羽根も出し抜けに消失する。

 

「スタンドの無効化? しかも()()のある攻撃のみを?」

 

 ジョセフの呟きは、信じられないものを見た時のそれだった。

 見たところアヴドゥルにも消耗は見られない。攻撃力皆無の、本当に、ただ無効化するだけのようだ。

 

「よかった、って言うべきですよね。これは」

 

 胆力はあっても怖いものは怖かったのか、動悸を隠すように胸元に手を当てて引きつった笑いを漏らす澪に、アヴドゥルも微笑んだ。

 

「ああ、私はきみを消し炭にするつもりだったからな」

「ほんっとーによかったで、はぶぅッ!?」

 

 アヴドゥルへと一歩足を踏み出した澪が、何もないのにその場ですっ転んだ。

 顔面から芝生へと突っ込み、びたーん、とそれはもう見事に。「ぶふっ」と誰かが吹きだした。絶対ジョセフだあん畜生。

 内心ギリギリしていると、アヴドゥルの方から近寄ってきてくれた。

 

「大丈夫か? 緊張していたのだろう、無理もない」

「あ、ありがとうございま……ッ!?」

 

 そう言って差し伸べてくれた手を取って──澪の身体がひょいと浮き上がった。

 

「む!?」

 

 予想外の軽さに驚いたアヴドゥルが、咄嗟に勢いよく手を引いたのも悲劇だった。

 

「へ?」

 

 慣性の法則に従って澪の身体はぽぉん、とまるで風船のように空中へと投げ出され、ワケが分からず「???」と周囲を見回している間に地面に落ちて、さっきの火炎の余波でできていた気流に流されてコロコロコロコロ転がった。西部劇でよく転がってるアレみたいだった。

 

「お、お? おお!? うわ、目が、きもちわる……」

「澪!」

 

 状況についていけず全員が目を白黒させる中、いち早く冷静さを取り戻した花京院が『法皇の緑』の触手を伸ばして襟首を掴んで引き寄せる。

 重さなんてないもののようにあっさりと戻ってきた澪は、仔猫のように『法皇の緑』につままれて身体中に落ち葉と芝をくっつけたまま、もしゃもしゃになった髪を押さえながら呟いた。

 

「な、な、なにこれ、どういうこと?」

 

 それはこちらが聞きたいのである。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 その後、何度か検証実験を試みた結果──澪の能力は『限りなくスタンドっぽいけどそうとも言い切れない』という変なものだと分かった。

 

 早い話、スタンドで攻撃されると花が咲くのだ。

 

 どこの少女漫画だと言いたくなる。アヴドゥルの場合は羽根だったが、ともかく澪や周囲に害の及ばないものにその姿を変える。

 攻撃してくるスタンドは単に当たらない、というだけでダメージも受けない。ただ盛大にスカる。

 とてつもなく平和的で一見無敵のようだが、問題もあった。

 

 それは、攻撃を食らったあと、一定時間澪の体重がなくなってしまうということだ。

 

 全くのゼロ、というわけではないがごくごく軽い──それこそ紙風船くらいだろうか。

 調子こいたジョセフがポンポンして遊べるくらいまで軽くなってしまう。ほんのちょっとの衝撃でふよっと浮いてしまうので、当然攻撃ができない。当たっても蚊ほどにもならない。無防備だ。

 

「役に立つのか立たねぇのかわかんねぇな」

 

 とは承太郎の言。自分でもそう思う。

 保健室での流れ弾や室内で承太郎の攻撃を食らった時は、気流の乱れがなかったせいか気にならなかった。

 

「スタンド能力のみを頼みしているような輩には、恐ろしい能力だと思うが……」

 

 アヴドゥルの意見は、それはそれでまっとうだ。

 

 害意を以て攻撃してきた場合、問答無用で花だの何だのに変わってしまうのでダメージはなくても相手は混乱するだろう。

 澪自身が体重が戻るのを待つ、あるいは戻るまでの時間を凌ぎきればひとりで相手を叩くことも可能なはずだ。

 スタンドが役に立たない以上、相手もこちらを生身でどうにかするしか方法がない。そしてこと白兵戦において澪は無類の強さを誇る。それはジョセフやシーザーは元より、承太郎も知っている事実だ。

 

「しかしまー、なんとも扱いづらいのう」

「僕もそう思う……」

 

 ジョセフの言葉通り、厄介な能力だった。

 

 攻撃力皆無。平和的、害意にのみ自動対応、だけなら字面はいいが問題山積みである。

 例えばの話、DIO配下のスタンド使いが澪を捕獲にかかったとする。

 相手の目的が『捕獲』もといDIOに心酔しすぎて『保護』のような場合だったら、発現するかどうか怪しい。あっさり捕まってしまったら対抗手段がほぼなくなってしまう。

 

 シーザーだけが「Mamma mia、俺の天使がマジ天使に……」とか言って錯乱したまま戻って来ないが置いておいていいだろう。

 

 しかし能力が解明したところで、何をどうすればいいのか分からない。

 

 何度もぶっ転がされてくしゃくしゃになってしまった制服の皺を伸ばしながら澪はぼやいた。

 

「……ん-、もう、今日は一旦帰るよ。頭混乱してきたから、一回整理したい」

 

 事実上の丸投げである。

 

「え? でも澪、さっきも言ったけどDIOの配下が……」

 

 そういえばそうだった。

 ただ、花京院の言うDIOの配下とやらに澪が遭遇したことはない。

 

「そうだな、こうなった以上、お前さんもこちらにいた方が安全じゃろう」

 

 そう言われてみれば、空条家にはスタンド使い勢揃いである。ちょっとやそっとではやられないだろう。

 しかし澪としては帰りたい。全員の心配は痛いほど分かるが夕飯が待っているのだ。ハンバーグドリアなのだ。

 

 そこまで考えて、はたと思い当たる。ひょっとして。

 

「えー、あー……ちょっと電話貸りていい?」

「好きに使え」

「ありがと」

 

 礼を述べながら承太郎に親指で示された掛け軸の下にある黒電話を手に取り、澪は何やら番号を操作し始めた。

 

「もう帰ってるといいんだけどなー」

 

 じーころころ、じーころころ

 

「……あ、父さん?」

 

 しばらく受話器を耳に当てていると、通話できたらしい。

 承太郎が「どっちだ?」とか呟いているけど、会話に集中しているので聞こえていなかった。

 

「あのさ、もしかしてだけど去年くらいからさぁ……そうそう。やっぱりか、言ってよ。……はい、仰る通りです。じゃあ、その人たちってどういう……え? あ、ああーマジかー……うん」

 

 どういう会話か分からないが、澪は苦笑から諦めの境地みたいな顔つきになって、やがて受話器に手を置いてこちらを見た。

 

「刺客っぽい人、二桁は来てたみたい。父さんたちがセコムしてて気付かなかったんだけど……ひとり見かけると大抵まだいるから探すんだって」

 

 ゴキ○リみたいな扱いだった。

 

「なぬぅ!?」

 

 驚いたのはジョセフとシーザーである。

 お向かいさんが既に危険地帯というヤバイ状況にさしもの承太郎も目を見開いた。

 

「そ、それでそやつらは……」

「待って。で、そういう人たちってどうしてたの? 通報? うん? お、おう。否定はしないけど……そっかーははは……はぁー」

 

 無意味な笑いが殊更にむなしさを誘う。

 

 もう一度向き直って、無言で受話器を突き出した澪の表情はもはや全て悟りきった仏のようなあれだった。

 受話器から響く小さいはずの音声が、なぜかはっきり聞こえた。

 

『……東京湾ってさぁ、名所だよね』

 

 オー、イエス。

 

 突っ込む余地がなかった。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 さて、その夜のこと。

 

 澪の義父たちは草木も眠る丑三つ時だというのに鬼気迫った表情で、何やら作業をしていた。

 

「仲間の方はいいよね。一応フローチャート形式にしたいんだけど」

 

「いらんだろ。どうせすぐ分かる」

 

「じゃあアレだ、電柱はもう電柱でいいよ」

 

「電柱だしな」

 

「うん。あ、それ順番違う。絶対違う」

 

「マジか。こいつどの辺だったっけ。地図くれ地図」

 

「待って海外旅行のパンフ持ってくるから。ルートはかろうじて覚えてる」

 

「ところで何回墜落したら気が済むのこいつら。破壊の星の許にでも生まれついとんのか」

 

「のちの浮気王である」

 

「あいつの家系恋したら一筋じゃなかったんか」

 

「※ただしジョセフは除く」

 

「把握した。ところで能力だのなんだの詳細書こうとすると指止まるんじゃけど。なにこれ世界の修正力?」

 

「じゃあ連想ゲーム方式でいくしかない。大丈夫澪になら伝わる俺信じてるからレッツマジカルバナナ」

 

「お前の無意味な澪に対する絶対の信頼なんなの。でもそれしか方法ないわーつらい。ごめん我が娘」

 

「なんかタロットだった気がする。でもネーミングなにひとつ思い出せないし口にも出せないんだけど」

 

「宵丸もか。儂もだ」

 

「漫画家いなかったっけ」

 

「それ四部」

 

「ジッパー……」

 

「それは五部だっつってんだろいい加減にしろやぁ!」

 

 半ギレした声が響き渡り、結局朝日が昇る時刻になってようやく二人の努力の結晶が完成したのだった。

 

「太陽が黄色い……」

 

 完徹だった。

 

 

 

 

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