星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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10.出発までの一悶着

 

 

 スタンド能力(かどうかも不明)が発覚してもDIOが付け狙っているというのが分かったところで、澪の生活は変わらない。

 

 家に帰って、ご飯を食べて、鍛錬して、お風呂に入って宿題して、寝る。

 

 変えようがない、と言った方が正しいかもしれない。すべきことがあるとすればDIOが迷惑をかけた人に対する謝罪祭りだろうが、きりがないからやめろと全員から既に釘を刺されている。

 

 捕まえてどうしたいのかすら分からないのだから、次に来た刺客を生け捕りにして捕獲目的を糾すか、あとは連絡先も居住区も不明なので冬休みを利用してエジプトに行ってみる、くらいが関の山だろうか。

 

 彼が生きていたことは澪にとって複雑である。

 生に貪欲で根性曲がってて最終的に殺されたが、あれはほぼ事故のようなものだったし遺恨らしい遺恨は感じていない。

 どっちかというと、血の繋がった弟と他人様に迷惑と支配を振りまいて邪悪のカリスマみたいになってることの方が問題である。

 

 元々暴君気質なところがあったが、ここまでとは思わなかった。

 

 自分も(元)ジョースター家の一員なのでDIOをどうにかする責任があるのだろうが、実害らしい実害が自分に及んでいない現状(周囲には飛び火しまくっている)、積極的にアクションを起こすべきか迷うところだ。

 

「……とりあえず首から下の菩提を弔わせろって言っても無理だろうしなぁ」

 

 電灯を落とした暗闇の中で呟いてみる。

 

 首がないのだから、正真正銘人間だったジョナサンは故人なので返してどうなるものでもない。

 不慮の事故(?)で途中退場せざるを得なかった自分と違って、ジョナサンは後継を遺し、その血は脈々と受け継がれ、こうして百年続く命の連なりを形作っている。

 

 けれど、自分とそう変わらない年齢で夭折してしまったジョナサンが満足してその生涯を全うできたかと言われたら──分からない。自分はジョナサンではないのだから。思索に意味はないのかもしれない。

 

 正直なところ、可愛い弟たちが死闘の果てに首と胴体泣き別れて合体してるんですよ、と言われてもはぁそうなんですかとすぐさま納得できるワケがない。混乱している。

 昼間は混乱が過ぎて突き抜けてしまっただけの話だ。こうしてひとりになれば、怒濤のように思考が回る。

 

 そもそも、ジョセフたちとのアレコレは別にして、澪は少しばかりファンタジックで壮大な夢を見ただけなのだと思っていた。

 可愛い弟と、ひねくれた弟、厳格で優しい父と愛犬。少しの心残りはあれど、澪は末期まで家族を大事にできたからそれだけでよかった。

 

 だからこそ、語られた事実と夢と現実とがない交ぜになり、うまく噛み砕くことができない。あんまり頭のできがよくない自分では、情報過多でオーバーヒートしそうだった。ごちゃごちゃする、落ち着かない。

 

 自分が今いる場所は、これまで関わってきたものは、あの時夢で見た先の先の先の──いわばバッドエンド後、ということになる。

 

「なら」

 

 『ミオ・ジョースター』がいなくなってしまった後の世界で、何かのバグかそれこそ運命のように引き寄せられた『夕凪澪』はどうしたいのだろうか。たぶん、自分にとって一番大事なのはそこだ。

 

 ディオが生きているという事実のみを残して、殺人だの人外だのスタンドだのという外的要因を全て濾過した先に──思考を巡らせる。

 

 自分は神様じゃないから、全部知らなくてもいい。

 万能じゃないのだから、何もかもをどうにかしようなんて烏滸がましいにもほどがある。それだったら把握しきれないことなんか置いておいて、譲れないこと、したいこと。それだけはちゃんと決めよう。後悔しないように。

 

 肉体は違っても魂も心も同じままで、それなら自分にとってのジョナサンは、ディオは、ジョセフは、シーザーは、承太郎は、花京院は。

 

 親愛を育み、旧交を温め、友情を結んだいとしい人々。

 

 もし、澪にできることがあるなら、それはきっと。

 

「……ああ、そっか」

 

 答えは案外、すんなりと出た。

 暗闇の中で獣のように目を凝らし、布団から両手を伸ばして澪は満足げに口の端を上げた。

 

「うん、そうしよう」

 

 決めたらすっきりした。

 

 混濁していた意識に一本の糸が張る。それは細く頼りないが、ぴんと伸びてしなやかだ。

 

 何かあっても、へこたれても、きっとその糸が導いてくれる。確かな寄る辺になって、胸の奥を照らしてくれる。

 

 そんなしあわせな気持ちで、澪は眠りに落ちた。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 早朝、目覚ましの時間を確認してむっくりと起き上がる。今日はゆっくり朝ご飯を食べてから着替えても大丈夫そうだ。

 洗顔や歯磨きなどの雑事だけは先に終わらせて、とんとんと居間に向かう。

 

「おはよー」

「おはよう、今日はパンケーキにしてみた」

 

 言葉の通り、ぺたんこのパンケーキがほかほかと湯気を立てている。

 横には蜂蜜やメープルシロップ、生クリームとジャム、バターやスクランブルエッグ等々そつのない付け合わせが用意されていた。

 

「いただきまーす。うあー、メープルシロップが起き抜けの胃に染み渡る」

 

 バターとメープルシロップというオーソドックスな組み合わせに舌鼓を打ち、ストレートの紅茶がまたいい感じだ。

 ひとしきり朝食を満喫して、時計を確認。そろそろ身支度に取りかかるとするか、と席を立ち上がりかけた──その時。

 

 どかん、と玄関の開く音がした。蹴っ飛ばして開けたのかと思うくらいでかい音だった。

 

「なんだ? 空也が忘れ物したかな」

 

 朝からここまで遠慮なく玄関をぶち破る人間に家族以外で心当たりがない。

 しかし宵丸が玄関に視線を向け、首を振る。

 

「いや、足音違うから……たぶん」

「──澪!」

 

 息も絶え絶えに飛び込んできたのは、なんとジョセフだった。

 

「えっ、ジョセフ!? どうしたのこんな朝っぱらから」

 

 ジョセフの顔にはとてつもない危機感があった。

 殆ど狼狽していると言ってもいい。靴も履いたままで、こんなに近い距離なのに汗の粒が浮いている。

 

「緊急事態なんじゃ! ホリィが、ホリィが……!」

「ホリィさんに何かあったの!?」

 

 今までに見たことのない、ジョセフの挙動不審ぶりに澪もガタッと椅子を蹴立てて立ち上がる。明らかに異常事態だ。

 

「とにかく来てくれ!」

「分かんないけどわかった! 行く!」

 

 混乱してる人からぐだぐだ説明されるより行った方が早い。百聞は一見にしかずである。

 

「よし、お前さんの能力ならもしかしたら……!」

 

 言うが早いか、ジョセフは澪をいとも簡単に担ぎ上げると再び玄関に戻って片手を上げた。

 

「澪のお父さんよ、悪いが娘さんを少々拝借するぞ!」

「早く返してね」

 

 もちろん! と力強く請け負いながら、まるで重戦車のような勢いで玄関を飛び出していくジョセフ。

 

 その後ろ姿を見ながら、宵丸はぽつりと呟く。

 

「あーあ、来ちゃった。昨日、もとい今日作っといて正解だったな」

 

 そうひとりごち、片付けもそこそこに澪の部屋へと向かった。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 澪を抱えたジョセフはそのまま空条家に突っ込み靴を脱ぎ捨て廊下を走り、驚くべき速度でとある和室へ到着した。

 和室には丁寧に布団が敷かれ、そこに眠っているのはホリィだ。しかし顔色は昨日と打って変わって赤く、呼吸も浅い。明らかに高熱を出していると分かる。

 

 その場にいたのはシーザーと承太郎。花京院とアヴドゥルはどこかに行っているらしい。

 

「連れて来たぞ!」

「ホリィさん……!」

「着替えるぐらいの時間はやれよ……」

 

 シーザーが頭を抱えて呻いた。

 

 澪は着替える前だったので当然パジャマである。たぶんご近所さんにも見られた。危機的状況なのでしょうがない。

 あっさり割り切り、ジョセフに降ろされた澪は裸足のままでホリィの枕元に歩み寄ってぺたんと座る。

 目線で確認を取り、額に触れると尋常ではない熱だった。思わず手を引きそうになってしまうほにどに。

 熱で意識も曖昧なのか昏睡状態に陥っているらしく、反応らしい反応は返ってこない。手の平を持ち上げると半ば麻痺してしまっているのか、力なく、泥のようだ。弱々しい吐息に生気はなく痛ましい。

 

 そして、よく見ると彼女の首の後ろ辺りからシダ植物のような茨が張って見えた。目を凝らすと半透明で、後ろの布団を透過している。

 

 頭皮の毛穴が締まるような悪寒を覚え、いやな予想に握った手が震えた。

 

「これ、もしかしてホリィさんのスタンド……?」

「ああ」

 

 DIOの影響でジョースター家にはスタンドが発現したため、それはホリィとて例外ではない。

 だが、彼女にはスタンドを操作できるほどの精神力──言い換えると闘争本能が薄く、スタンドを操るだけの力がないのだそうだ。

 

 結果、奇しくも承太郎の言う通り、スタンドはホリィを責め苛む悪霊となってしまった。

 

 承太郎が苦々しく口を開く。

 

「お前の能力で無効化できるか?」

「やってみる……けど、たぶん難しいと思う」

 

 昨日発覚した澪の能力の概要と照らし合わせて考えると、申し訳ないが役に立てるかどうかの確率はよくて五分五分といったところだ。

 

「構わねぇ。それならそれで、もうひとつの対策を取るまでだ」

 

 真摯な瞳の承太郎に頷き、澪は指先でホリィの首元のスタンドに触れた──が、それはただ指を素通りするだけだった。

 何度繰り返しても、結果は同じ。能力が発動しなかったということだ。

 元々自覚的に操っているものでもないから、どうすれば効率的に効果をもたらすことができるのかすら分からない。

 

 自分では、ホリィの苦しみを取り除くことはできない。

 

 無力感に申し訳なさを感じながら振り向いて、頭を下げる。

 

「ごめん、できない。たぶん、ホリィさんのスタンドは、ホリィさんの中だけで完結しちゃってる」

 

 病気に例えるならば、風邪やウィルスの類ではなく、健常な細胞が猛烈な勢いで癌化しているようなものだ。

 

「ごめんなさい、ホリィさん」

 

 外からの攻撃ならともかく、細胞──もといスタンドが暴走を起こしているというなら澪に止める術はない。少なくとも、現段階では。

 アヴドゥルの話ではスタンドは本人の精神的な成長に伴ってレベルアップする可能性もあるそうだが、昨日発覚したばかりの能力では運用法すら定かではない。スタンドかどうかすら判然としていないのだから、袋小路だ。

 

「……そうか」

 

 ジョセフも消沈している。無理もない、愛娘がスタンドに蝕まれ、その生命を脅かしているのだから。

 そして、澪の能力が通用しない現在、残る対策はひとつに絞られる。

 誰かさんの影響が波及しているというなら、その誰かさんを──元を絶つしかない。誰も自分を慮って口にはしないが、だからこそ雄弁に物語る。

 

「DIOを、……殺す?」

 

 三人が同時に肩を僅かに動かしたことに、自分がビンゴを引いたことを自覚する。

 

 ジョセフや承太郎にとって、ホリィの身に危険が及んだ時点でDIOはもはや倒すべき怨敵以外の何者でもない。

 それは澪の感情云々は一切関係のない、純然たる事実だ。止める資格はない。仮に資格があったとしても、止めることはできなかっただろう。

 

 

──空条家は、ジョナサンの末だ。

 

 

 唇を噛みしめ、沈痛な面持ちの澪にジョセフは瞳を眇め、呟く。

 

「澪の気持ちは分かるつもりじゃ。だが、少なくとも首から下はなんとしても奪還せねばならん」

 

 DIOの呪縛から逃れるには、物理的にどうにかするしかない。

 

「ジョナサン・ジョースターの身体をDIOから引き剥がしてスタンドの影響を消せば、或いは……」

 

 ジョースター家の血族が故に発現したスタンドならば、『ジョースター家』の部分がなくなればホリィのスタンドも消えるかもしれない。あくまでそれは可能性論なので、問答無用でぶち殺すのが一番の解決方だろうが。

 ディオはエジプト方面にいる、ということは花京院とアヴドゥルの言から既に分かっている。

 更に承太郎の活躍により、エジプトはアスワン付近にまで絞り込むことができた。外科的処置はもとよりスタンドを除去する医療手段がない以上、ホリィの体力は保って50日程度だという。

 タイムリミットまでにDIOを探し出し、対策を講じなければホリィの命の灯火はかき消える。それだけは確定された未来だ。

 

 澪の能力が用を為さなかった以上、手をこまねいてはいられない。事態は急を要する。

 

 ジョセフたちは既にSPW財団に連絡を取り、医療班が到着次第エジプトへ赴くつもりだという。

 

 ジョセフと承太郎、花京院とアヴドゥルがそのメンバーだ。花京院も一緒に行くことが不思議だったが、DIOの肉の芽を承太郎が除去してくれたことに恩義を感じているらしい。ホントすいません。

 

「シーザーは?」

「俺は波紋は使えてもスタンドはないからな。ホリィとスージーQを守るためにも留守居役だ」

 

 あれだけの波紋が使えたとしても、スタンドはまた別種の脅威だ。

 足手まといにこそならないだろうが、戦力として使えるかどうかはいまいち不透明である。それならば、無防備になってしまう空条家の守りに徹する方がいいと判断したのだろう。

 

「頼むぜ、シーザー」

「ああ、ホリィたちは必ず守る。こっちの心配なんかせずに、お前はお前のやるべきことだけ考えろ」

 

 健闘の証に、ジョセフとシーザーは互いに拳を打ち付けた。確かに繋いできた絆と信頼が、彼らにはある。シーザーがいればジョセフは気兼ねなく出かけられるのだから守り役としては適役だろう。

 

 パジャマ姿のまま所在なく全てを見つめていた澪が、唐突に声を上げた。

 

 

 

 

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