星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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閑話.とある吸血鬼の懐古

 

 

「あ、そうだ。これ渡しとくね」

 

「封筒? なんでふたつ?」

 

「こっちは請求書。建築費と処理費用まとめて計上してあるから、もし渡せそうなら犯人に渡しといてよ」

 

「……努力してみます」

 

「あとは、俺と空也からの手紙。絶対誰にも見せないで、ひとりで読むこと。いいね?」

 

「そんなに重要なことなら今言ってよ。まだ時間あるよ?」

 

「いや、それはムリ。ムリムリ」

 

「……うーん、腑に落ちないけど分かった。あとで読んどくよ」

 

「うん、大切なことだから。行ってらっしゃい」

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 瀟洒な作りの屋敷の中、そのひとつ。

 主のみが居住することを許された空間で、天蓋のついた王侯貴族の如きベッドの上でひとりの男が寝転んでいる。

 

──否、正確にはひとりではない。

 

 彼の横には何かが同じように転がっていた。

 元は美しかったであろう顔貌は醜くよじれ、豊満だったはずの乳房すら萎んだそれは女の亡骸だった。

 けれどその無残な遺骸の表情は不思議と充足に満ちており、女が自らその男に身を捧げたということは容易に想像ができる。

 死の刹那まで喜悦を含んだ、紛れもない狂信者の顔だった。

 

 男は美しかった。暗闇でもなお輝きを放つ光を撚り合わせたような金髪は豪奢にうねり、引き締まった身体は神が丹精込めて作り上げた彫像のようだ。

 

 彼は女を一顧だにしない。ただの残骸に興味はなかった。

 どころか、ただの『食料』の残骸に抱く感慨などハナから持ち合わせていないのだ。

 

「……」

 

 手には二枚の写真。彼がその能力を用いて念写したものだ。

 

 それを飽くことなく見つめ、黙考に沈んでいる。

 

 片方はいかついガタイの男が二人。

 それは男の因縁の果てであり、何を以てしても殺さなければならない仇敵に他ならない。

 

 そしてもうひとつに写っているのは白雪めいた色の脱けた髪に、咲き初めの桜のような双眸が特徴的なひとりの少女。

 暗闇の中でぼんやりと白く浮かんだ繊細な面立ちも相まって、ひどく精巧に造られた人形のように見えるが、実際はその表情がくるくると動き、意外と口も悪くて頭の回転が速いくせにお馬鹿さんなことを彼は知っている。

 

 そう、知っているのだ。何もかも。

 

 本来ならば、もう二度とまみえること叶わぬ死人であったはずの少女。

 男が生まれて初めて欲した異性。彼女を殺したのは男自身である。──より正鵠を射るならば、失敗したのだ。

 男が人を越えた存在になったその時、同じように人を超越させようとして──結果、今以て原因は判然としないがその目論見は失敗し、少女はただ無残な死を遂げた。

 

 その時覚えた衝撃を、例えようのない痛痒を、男は未だに忘れていない。

 

 愛憎半ばする天敵の姉で、同時に自分にとっての義理の姉でもあった。

 少女は優しく、弟二人を実の家族のように愛し、またそのように接していた。偉かったら褒めたし、悪さをすれば叱り飛ばして、時にはお互いに喧嘩もした。

 だが、男はそれでは足りなかった。彼が欲しかったのは温かで柔らかな姉弟の親愛ではなく、もっとどす黒く粘ついて煮えたぎるような──比肩すら馬鹿馬鹿しい異性へのそれである。

 だから成長し、見合いの話が出れば秘密裏に潰していたし、出奔の話を聞いて頭に血が上り計画を早めてしまったほどだ。

 そうして彼女の父が病に倒れ、甲斐甲斐しく看病と仕事の手伝いをと昼夜を問わず身体を酷使する有様は、亡き母を彷彿とさせた。

 

 心配などしたのは、後にも先にもあれきりだろう。

 

 少女への欲望は日に日に募り、とぐろのようにうねくり、腹へと溜まっていった。それは紛れもない男の恋情で欲望だった。

 だから、連れて行こうと思った。共に人を越えて、たったひとり、男の番いになるはずだった。──それは、叶わなかったけれど。

 

 しかし、百年を経た今──少女はまた世界に存在していた。何一つ変わらずに。

 

 理由は男にも分からない。構わなかった。

 彼女こそは求めていた少女であると、彼の魂が告げていたからだ。

 それならば手に入れる。死後の世界ならばどうにもできないが、この世にいるならば手が届く。

 手が届くなら、捕まえられる。捕まえられるなら──

 

 喉の奥で満足げにくつりと笑みを漏らし、男は呟いた。

 

「待っていろ」

 

 連れて来させようと放った刺客はなぜか潰されていたようだが、どうせ本人ないしはジョースター家の者が守ったのだろう。忌々しい。

 しかし、あちらから来るのならば、全てで迎えてやればいい。

 それは極東で穴熊を決められるより、男にとってはよほど好都合だった。

 

 

 百年を経て醸成された吸血鬼の恋情を、誰にも止められるはずがないのだ。

 

 

 

 

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