星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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13.これからどうする?

 

 

 ジョセフのやばくも悪運強い運転によって飛行機はぎりぎり海面に着水し、ジョースター一行は香港沖は35㎞地点に不時着。救助されることになった。

 コンクリート並の衝撃になっているはずの海面にぶつかって飛行機がバラバラにもならなかったのだから大したものだろう。

 

 仕方のないこととはいえ、ジョセフたちはそのまま香港に足止めされることを余儀なくされた。

 

 言語も慣習も違うが欧米ほどの隔たりのない異空間。

 日本のどこか慎ましやかな看板とは違い、派手派手しい原色のものや建て増しに次ぐ建て増しバレバレの細長いビルなどが目立つ。

 ビルの間にも容赦なく看板やポスターは建ち並び、奇妙な圧迫感とお祭り騒ぎの同居する空間になっていた。

 

「携帯ないからなぁ……」

 

 澪の視線の先ではジョセフが電話ボックスでSPW財団に電話をかけていた。携帯がないなら電話を探さなくてはならないので一苦労だ。

 

「それ、前にも言ってたね。何を携帯するの?」

 

 花京院が首を傾げる。

 ここにない未来道具の話をしてもしょうがないので、澪は曖昧に手を振った。

 

「ううん、電話が携帯できたら便利なのにって思っただけ」

「ああ、それはそうだろうね。有事の際には活躍しそうだ」

 

 花京院の言っていることはものすごーく当たっている。

 そういえばポケベルはいつくらいに出回ったのだっけとぼんやり考えていると、ジョセフが戻ってきた。

 

「ジジイ、どこに電話してたんだ」

「ん? 詳しいことは店に行ってから説明するが……」

 

 承太郎に答えるジョセフの瞳が鋭さを帯びる。

 

「この先、安全かつ最短でエジプトに辿り着くためには色々と策を講じなければならんということだ」

「策、ですか」

「ジョースターさん、我々はもう一般人の犠牲を出すわけにはいきません」

 

 アヴドゥルの言うことももっともである。

 これから先の旅路で一般人を大勢巻き込んでは迷惑千万も甚だしい上、寝覚めが悪くて仕方がない。

 

「分かっておる。とにかく立ち話もなんじゃ、儂の馴染みの店で話そう」

 

 そう言って、ジョセフは先導を務める形で高級そうな店へと入っていった。

 店員の態度を見る限り本当に馴染みなのだろう、金字の箔押しも美しい、いかにもなお店である。

 

「さすが不動産王」

 

 こんなところでジョセフの歩んできた道の一端を垣間見る澪だった。

 案内された席で交わされる作戦会議は、せっかくの華々しい場所も霞むほどに重々しい。これ以上、飛行機などで襲われて大量虐殺でもされてしまえば目も当てられない。

 かといって、50日以内にDIOの元へと辿り着かなければならないのだからぐずぐずしてもいられないのだ。

 

「プライベートジェットでもあれば、話は変わるんだろうけど……」

 

 SPW財団の常識外れた財力を身を以て知っている澪なので、あってもおかしくはないと思ったのだがそこまでうまくはいかないらしい。

 

「儂らの内で、免許を持ってる奴でもおれば一考するがな。領空許可を取るだけで一苦労じゃ」

 

 ジョセフが肩を竦める。

 仮に小型の飛行機で香港からエジプトまでの距離を飛ぼうと思えばトランジットが必要だろうし、いちいち空港の許可を取り回るのも時間がかかる。

 

「異議なし、です」

「決まりだな」

 

 一番危ないのはDIOが送りつけてくるスタンド使いに決まっているのだが、見つからないようにエジプト入りするのはかなり無理な注文のように思えた。

 相手がこちらの顔を知っているのに、こちらは敵の顔を把握していないのだからかなり不利なのである。DIOのもとに辿り着く前に全滅なんて目も当てられない。

 

 話が一段落ついたところで、花京院が茶瓶の蓋を少しずらして置いた。

 

「あ、ちょうどいいから、茶葉変えてもらおうかな」

 

 合図の意味が分かっている澪はわくわく茶葉のメニューを開いて、あれこれ考え始めた。

 

「?」

 

 承太郎が不思議そうな顔をしたので、花京院が説明する。

 

「これはお茶のおかわりが欲しい、のサインだよ。香港ではこうしておくと、おかわりを持ってきてくれるんだ」

 

「さっき飲んだのが西湖龍井(せいころんじん)だったから、今度は大紅砲か君山銀針……」

 

 ちなみにどれも中国茶の銘柄で、いいものはわりと高い。ジョセフが出すので遠慮なしだ。

 澪が悩んでいる間に店員が花京院の椀にお茶を注ぎ、トントンと指先でお礼の合図。

 

「これが「ありがとう」のサインさ」

「白牡丹お願いしますー」

 

 結局、日本だとあんまり飲まない白茶という種類のお茶をチョイスして頼んだ。後口が甘くてすっきりする。

 

「澪、お茶に詳しいのう」

「ジョセフだってコーラとかこだわりあるでしょ? それと一緒だよ」

 

 やっぱり食事時は砂糖不使用のお茶がいいのである。中国茶は消化にもいいし、香りも色々でかなり楽しめる。

 一時期、義父の片方が健康のためにと色々お取り寄せしたりしていたので、多少の知識はあった。

 

「ジョセフもお茶変えてみる? ここ種類いっぱいあるから楽しいよ」

「む、だがどれが美味いのやら……」

「それは好みだからなー。えーと」

 

 二人であーでもないこーでもないとメニューを覗いている様子は、承太郎を差し置いて完全に祖父と孫である。

 

「……」

「? 承太郎もお茶変える? 東方美人とか美味しいよ」

 

 ちなみに烏龍茶の一種で、承太郎にぴったりだと思った。東の美人。

 

「いや」

 

 あっさり断られた上、なぜか仏頂面をされた。

 

「すみません、ちょっといいですか?」

 

 そこへ、ひとりの男性がメニュー片手ににゅっと現れた。

 

「ッ!?」

 

 澪はその男を見た瞬間、お茶のメニューで自分の顔面をバンッと叩いてしまった。勢いあまっていたい。

 

「どうした?」

 

 承太郎が不思議そうな声を出したがしかし、それどころではなかった。

 

「私はフランスから来た旅行者なんですが、どうも漢字が難しくてメニューが分かりません」

 

 困ったようにメニューを傾けているのは筋骨隆々とした青年である。そんなんばっかりだ。

 黒いチューブトップのような服に碧眼。それはいいのだけど、髪型が問題だった。

 なんと直立不動の銀髪である。まっすぐ天を衝いているその髪型はさながら電柱のようだ。

 

「助けて欲しいのですが……」

「やかましい、向こうへ行け」

 

 承太郎とのやりとりもあんまり耳に入ってこない。

 ここで澪の脳裏に閃いたのは、例の丸暗記して破り捨てた義父のフローチャートである。

 

 で、『電柱』って……ああー、そうかなるほど把握しました。確かにそれっぽいけど……うわぁ。

 

 なんとも言えない虚脱感だった。

 敵だというのは分かったけど、能力もなにもないではないか。ヒント出すならもう少し分かりやすくしてくれ。

 悶々としていたら、ジョセフが男の代わりに適当に注文を始めていた。「え、そちらのマドモアゼルの方が詳しいのでは?」「いいから任せておけ!」とか会話している。お茶のくだりから見張ってたのかこいつ。

 

 とはいえ、そうと決まったわけではない……はずなので、澪は大人しくご飯を食べることを決めた。

 隣に男性が座ったので会釈しておく。何かあったらその時考えよう。かなり投げやりだった。

 そして知らん間にジョセフが注文した料理は、何をどう間違ったのかすら分からないチョイスだった。

 

「牛肉と魚と貝と、蛙の料理に見えますが……」

 

 アヴドゥルの言う通り、エビとアヒルとフカヒレとキノコはひとつも掠らなかったのはある意味凄い。

 

「ま、いいじゃないか。みんなで食べよう、儂のおごりだ!」

 

 男も含めて全員が唖然とする中、ジョセフが空笑いで誤魔化した。

 

「何を注文しても結構うまいものよ!」

「確かに、まずい物はジョセフ相手に出せないよね。馴染みって言ってたんだから……」

 

 そんなことをして、上客を逃すようでは高級料理店の名折れである。

 澪の言葉に納得したのか、みんなで料理をつついてみると、やっぱり美味しかった。

 小動物のような動きで蛙をもしゃもしゃするという、傍から見るとちょっと引く光景を繰り広げながら澪が無意識にぼやいた。

 

「そういえば、ちゃんと調理した蛙はじめてだ。ちょっと嬉しいかも」

「えっ」

「え?」

 

 箸で貝をつまんでいた花京院が固まった。あと全員の目がじゃっかん可哀想なものを見るそれだった。

 

「……あー」

 

 これはまずいことを言ってしまったか、と一拍遅れてから気付き、蛙の足をくわえたままちょっと考えた。

 かといってうまい言い訳が即座に思いつくはずもなく、結局ドツボにはまるのが澪である。

 

「生のネズミとか蛇は危ないから我慢したし(※狸の時)、動物性たんぱくがどーしても必要な時は小さくても歯触り悪くても……まー火を通せば大体のものは」

「それ以上たたみかけるんじゃあない! 食後に烏龍ゼリー頼んでやるから!」

「やっほーまじで! 食べたかったんだジョセフありがとう!」

「ほぉらマンゴープリンもあるぞ! それから杏仁豆──」

「あの」

「……ジジイ」

「ジョースターさん」

「ええっ儂すごい疑われてる!? 冤罪だから! シーザーちゃんに聞けば分かるから! そんな目で見ないでジジイ傷つく!」

 

 ものすごい勢いで誤解されるジョセフだった。

 わりとお坊ちゃん育ちの多い連中相手に澪の過去のアレコレは衝撃だったらしい。

 

「手間暇かけてこさえてありますなぁ」

 

 そんな中、気を取り直したように青年が箸で星型の人参を摘まみ上げた。フランスの人なのに箸の使い方うまい。

 

「ほら、この人参の形……」

 

 その瞬間、青年の瞳に凄みが宿る。

 

(スター)の形。なんか見覚えあるなぁ~」

 

 しげしげと、わざとらしく星型の人参を持ち上げる男。

 彼は最近スタンド使いと相対してきたから分かる、物言わぬ殺意の気配が牙を研ぐような闘気を放っていた。

 

 連想は確信へと変わり、そして澪は咄嗟に見せつけるように動かされる箸の先の人参を、

 

「そうそう、私の知り合いが首筋にこれと同じ形のアザを──」

 

 横からぱくっ、と強奪した。

 

「もって……あ?」

 

 唐突な澪の行動に全員がぎょっと目を剥き、本人はぼりぼり言わせながら人参を咀嚼している。

 

 むしゃむしゃ、ごくん。

 

 青年が口上を言い終えるより早く、横から星形の人参を強奪して噛み砕き、飲み込んでから澪はじとりと相手を睨み付けた。

 相手がスタンド使いという確信は得られた。ならば言うことはひとつだ。

 

「襲撃もスタンド攻撃も、ご飯食べてからにして下さい」

 

 そうだ、せっかくのお食事時を邪魔されるなんて御免である。

 

「なッ」

 

 スタンド使いと見破られたことに動揺したのか、男性は中途半端な姿勢で動かない。

 

「ここの料金はジョセフが払うんだし、そもそも注文聞いたのあなたですよね?」

 

 わざわざ注文させたくせに、食べもせずに一戦やらかすつもりなら冗談ではない。

 

「いやそれは口実で」

「口実でも間違いでも注文して、食事が来ました。箸をつけました。なら、僕らはご飯を無駄にせず食べなきゃ駄目です勿体ない」

 

 澪は更にたたみかける

 

「ここで乱闘したらおかずみんなひっくり返るんですよ? 内装壊れるんですよ? 弁償できるだけの香港ドル持ってるんですか?」

「いや、その」

 

 意外と素直に首を振る青年だった。

 そして澪は茶器を音高くテーブルに叩き付け、裂帛の気合いで最後の一言。

 

「あと僕食後の烏龍ゼリー楽しみにしてるので、それくらい待ってて下さい! マンゴープリンはあげますから!」

「……分かりました」

 

 席を立とうとしていた男性は再び座り、黙々と食事に箸をつけ始めた。

 

「澪って時々、謎の迫力があるよね……」

「少食だからな。食いたいもんは譲れないんだろ」

 

 花京院がぼそりと呟き、承太郎が頷いた。

 

 そうして敵と同じテーブルで飯を食べるという、死ぬほど気まずい食事は再開されたのだった。

 

 

 

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