星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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14.空路が駄目なら海路がある

 

 

 電柱……もとい、J・P(ジャンピエール)・ポルナレフと名乗った男性は、食事を終えたジョースター一行を引き連れてタイガーバームガーデンというところまで先導すると、アヴドゥルを相手に指名──戦闘を開始した。

 

 彼のスタンド『銀の戦車(シルバー・チャリオッツ)』は全身銀甲冑のスタンドで、俊敏な動きと刺突が主な能力だった。

 しかも甲冑をキャストオフすることにより更にスピードアップもできるという隠し技も持っており、戦闘においては一日の長があるらしかった。

 

 とはいえ、炎熱と刺突という観点から考えてもアヴドゥルの優位は揺るがず、多少の苦戦はあったものの彼は勝利を収め、結果──ポルナレフは旅の仲間に加わることとなった。

 

 ポルナレフの眉間には、例によって例の如くDIOの肉の芽が埋め込まれていたのである。

 

 承太郎がそれを除去する間に菓子折を買いに走ろうとした澪は花京院とジョセフに止められた。

 

 肉の芽に脳を支配されてなお一対一を貫こうとする騎士道精神は彼らの気に入るものだったし、彼は実の妹を殺したスタンド使いを倒すために同道したいと言う。

 

「DIOを目指していけば、きっと妹の仇に出逢える!」

 

 過去にポルナレフはDIOと出会い、妹の仇を探す代わりに承太郎たちを殺して欲しいと嚮導されたのだ。なんでも、彼の妹の仇は両手が右手という特徴を持っているらしい。

 花京院の推理では、既にそのポルナレフの仇であるスタンド使いを仲間に引き入れている可能性も高いとのこと。戦力増強は嬉しいことだし、澪はある意味納得していた。

 義父たちが彼の身体的特徴以外、何も書いていなかったのは──仲間になるから書く必要がなかったのだ、と。

 

「それから、DIOにはそこのマドモアゼルも連れて来て欲しいと言われたのだが……」

 

 ポルナレフはまじまじと澪を見つめ、首を傾げた。

 

「『大切な姉だ』って話だったが……本当なのか?」

 

 見た目や体格など、どれを照らし合わせても澪とDIOには合致点が見つからない。ポルナレフが頭をひねるのも当然といえば当然だった。

 

「夕凪澪と申します。そしてDIOは間違いなくうちのあほ義弟です、不出来な弟で申し訳ない」

 

 深くふかーく頭を下げるしかない澪だった。

 

「わりと入り組んだ事情があるんですけど、そこんとこはおいおい、ってことにして頂けるとありがたいです」

「ふむ……まぁ、女性に秘密は付きものだしな。よろしくな、チビっこ!」

 

 ニカッと笑うポルナレフに、澪もにっこり笑った。

 

「よろしくお願いします」

 

 凍ったような笑顔のまま、指先をこきりと鳴らす。

 

「あと、次にチビッこと呼んだら問答無用で内臓に掌打を撃ちます」

 

 目が笑ってなかった。

 うっすら剣気のようなものが漂っていたのでポルナレフの頬が引き攣る。

 

「……じゃあ、澪でいいか?」

「はい」

 

 今度は普通の笑顔だったのでポルナレフは安心した。

 周囲が長身すぎて自分の身長が悪目立ちしてしまい、コンプレックスをかなり刺激されている澪だった。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 海の上である。

 

 風は追い風。空は多様な雲のパノラマが広がり、海は海流の温度や地形によって色が違う。白波の道がそここにあり、青の濃淡は見ているだけでも楽しめる。

 SPW財団がチャーターした船はそこそこの大きさの帆船で、甲板は燦燦と降り注ぐ陽光で熱いぐらいである。

 

「香港からシンガポールまで、まる三日は海上だな。ま、ゆっくりと英気を養おう」

 

 SPW財団経由で準備したから人選は確かでスタンド攻撃はまずない、というジョセフの言もあり、皆は思い思いに船旅を満喫していた。

 

「しかし、おまえらなぁ……」

 

 そんな中、ため息交じりにジョセフが額の汗を拭いながら承太郎たちに向き直る。

 

「その学生服、なんとかならんのか?」

 

 ジョセフの言う通り、デッキチェアで寛いでいる承太郎と花京院は学生服のままである。

 確かに太陽光線をめいっぱい吸収する黒と濃い緑色の制服は、見かけからして暑そうだ。

 

「その恰好で旅を続けるのか? クソ暑くないの?」

 

 呆れたような言い方に、花京院は読んでいる本から顔も上げずにしれっと言う。

 

「ぼくらは学生でして……ガクセーはガクセーらしく、ですよ。というのはこじつけか」

「……ふん」

 

 とりあえず、二人とも着替えるつもりなんてこれっぽちもないらしいことはジョセフにも伝わった。

 

「うわ学生組なのにぼっち辛い。制服持ってくればよかった」

 

 そんな時、日焼け防止に深海色のパーカーを羽織っている澪がひょっこりと現れ、話を聞いていたらしく露骨にしょんぼりする。

 承太郎はちらりと視線を上げた。

 

「あの家から発掘できても着られねぇだろうが」

 

 なんせ澪の実家は倒壊してしまったので制服を掘り出すだけでも一苦労だし、仮に無事だったとしても土埃や何やらでクリーニングに出さなければ着れたもんではなかっただろう。

 彼の言はもっともだったので、肩を竦めて苦笑するしかない。

 

「ま、ね。義父さんが服とか持ってきてくれただけありがたいよ」

「どこに行ってたんだい?」

「船室とかチェックしてたの」

 

 ざっとでいいから船内図を把握したくてチョロチョロしていたのだと花京院に説明した。

 

「へぇ、何か発見でもあったかい?」

「……、ううん、特には」

「今ちょっと間がなかった?」

「ないない」

 

 花京院は澪との付き合いが長い上に洞察力が鋭いので、ちょっとした機微をすぐ読み取られてしまう。

 疑惑の目から逃れるべくぴらぴら手を振って否定していると、ジョセフが唐突に呟いた。

 

「おお、聞きそびれとったわ。おい澪」

「なに?」

 

 渡りに船ばかりに首だけ向けると、ジョセフはちょっと言いにくそうに片手で何かを振る動作をした。

 

「お前さん、柱の男と戦った時持ってた『アレ』。ないと困るんじゃあないのか?」

 

 周囲の人間はしきりに首を傾げていたが、澪には伝わった。

 たぶん、当時使っていた自分の主力武器のことを言っているのだろう。

 

「ああ、小狐丸なら……」

 

 そう、澪が言いかけた途端──にわかに船室の周りが騒がしくなった。

 

「離せ! 離しやがれ! このボンクラがぁッ!」

 

 まだ年若い声と、船員たちの声。

 見ると、船員が子供を取り押さえている真っ最中だった。

 

「あちゃあ、もう見つかっちゃったんだ」

「さっきの妙な間はそれか」

「なるほどね」

 

 花京院と承太郎は流石に勘が良い。

 しょうがないので白状することにする。とは言っても、大したことではないのだが。

 

「あの子、船倉のとこに隠れててさ」

 

 船内把握のために船中のあちこちを回っている時に、気配があったので様子を見に行ったら隠れている小柄な人影を見つけたのだ。

 特に強そうでもなんでもないし、ほっといても害はないと判断したので放置を決め込んだ。女子供には優しく、が信条の澪なのでその辺がぎりぎりの譲歩だった。

 

「三日くらいならバレないかもしれないから、そのままにしてたんだけど」

 

 密航者として潜入していることを咎めるつもりもなかったので、声をかけてもいない。

 もし、のっぴきならない事情でもあるなら口添えしてもいいかな、くらいは考えているけれど。

 

 甲高く元気な声が響く。

 

「くるなら来い! タマキン蹴り潰してやるぞぉ!」

 

 子供は帽子を目深に被って、オーバーオールを着ていた。船員に肩を掴まれじたばたしている。

 選んで乗ったのはあちらなのだから、見つかっても見つからなくても自己責任ではある。ちょっと可哀想だけど今回は実力不足だった、ということだ。

 

「海上警察に突き出してやる!」

 

 船員の言葉に子供の背中が跳ねて一転、今度はしおらしく説得を始めた。

 

「お、お願いだ! 見逃してくれよ! シンガポールにいる父ちゃんに会いに行くだけなんだ、なんでも仕事するよ! こき使ってくれよぉ!」

 

 必死の訴えだが船員の心は動かなかったらしく、にやにやしながら子供の頬をつねくって考えるふりをした。

 

「どーしよーかなあ、見逃してやろーかなー」

 

 頬や耳をあちこち引っ張り、にやりと笑って無骨な指先で子供の鼻先を弾く。

 

「やっぱりだめだね、やーだよ!」

 

 案外性格悪い船員だなぁ、と澪は思った。

 子供は一瞬悲しそうな顔をしたものの、俊敏な動きで船員の腕に思いっきり噛みついてから船の縁へと走ってそのまま飛び込んでしまった。

 

「ありゃま」

「おっほぉ飛び込んだぞ! 元気いいッ♪」

 

 面白そうに子供を観察するポルナレフだった。

 

「ここから陸まで泳ぐ気なのか」

 

 花京院が立ち上がり、澪の隣で泳いでいる子供を一緒に眺める。

 風の向きもあって陸地までは結構な距離だが、まだすごく頑張れば辿り着けるかな? くらいだった。服を着たまま、というハンディがあるので大変そうである。

 

「けっこー速いね。いいなぁ泳げて」

 

 海を掻き分けていく子供を見つめながら、羨ましそうに呟く澪に花京院が苦笑する。

 

「澪は泳げなかったね、そういえば」

 

 そう、もうずっと昔からだが才能がないのか他に原因でもあるのか、澪は泳ぎだけはからっきしなのだ。

 油断するとすぐ沈むし、いまだに浮き輪がないとどうしようもない。いざ泳ぐとびっくりするほど遅いし、息継ぎも下手だ。

 

「最近やっとだるま浮きとビート板のバタ足卒業できて、クロールなら15m……くらい」

「うっわ、しょぼいなー。落ちたらどうすうぐぅッ!?」

 

 けたけた笑っていたポルナレフがいきなり小パンチでも喰らったような声を出した。

 

「ッ?」

 

 突然の出来事にぎょっとしていると花京院がぽんぽんと澪の頭をなぐさめるように、もとい誤魔化すように叩いた。

 

「まぁまぁ、万が一落ちたらぼくが助けるから」

「その言葉に二言はないな~」

「ないない」

 

 ちなみに、花京院の長い足で脛に一発入れられたポルナレフは変な呻きを出して蹲っている。

 

「……けっ、ほっときな」

 

 承太郎はデッキチェアに寝そべったままぼやいた。

 

「泳ぎに自信があるから飛び込んだんだろうよ」

「まぁぐいぐい泳いではいるけど、ヤバいかも」

 

 視線の先では某映画さながら、波間から現れた背びれがゆらゆらと子供へ接近していた。

 

「ま、まずいッスよ! ここらは鮫が集まっている海域なんだ!」

 

 船員が悲鳴のように言っている間にも鮫は泳いでいる。

 まだ位置は遠いが、あのままではすぐに追いつかれてしまうだろう。

 鮫にも種類がいるが、どうやらあれは人間も襲う典型的な種類のようだった。いくらなんでも生ジョーズは御免被りたい。

 

「これはまずい!」

「おい小僧! 戻れ! 戻るんだ! 危険だッ!」

「鮫がいるぞー!」

「お嬢さん! 反転! 反転!」

「え?」

 

 澪の呼びかけに全員が振り向いた時、僅かに水音が聞こえた。

 子供はようやく鮫の存在に気付いたのか、後ろを見て硬直してしまった。

 

「ッき」

 

 ぞろりと生え揃った牙の群れ、赤黒い口腔が今にも子供を丸呑みにしようと迫っている。

 

「ぎゃああああッ!」

 

 恐怖に引き攣った子供の絶叫と、大型肉食獣がまるで自分から跳ね上がったように宙を舞ったのは同時だった。

 ぼこんッと腹が凹み、巨体がくの字に折り曲がる。

 

『オラオラオラァッ!』

 

 『星の白金』による連続パンチが見る間に叩き込まれ、中空でサンドバッグのようにボコ殴りにされた鮫はあちこちを陥没させながら海中に没した。

 あの子供の目線からでは何が起こっているのかさっぱり分からないだろう。

 

「やれやれだぜ、クソガキ」

 

 不機嫌そうに呟き、いつの間にか飛び込んでいた承太郎が子供の襟を引っ張った。

 

「承太郎ナイスヒーロー! よっ憎いね千両役者!」

 

 澪がどっかの歌舞伎の観客みたいにぱちぱち拍手を送っていると、ジョセフが聞いた。

 

「お前さん、あの小僧がお嬢ちゃんって知っとったのか?」

「え、だってどう見ても女の子じゃん。失礼なこと言っちゃ……あッ」

 

 承太郎が女の子の胸を普通に触っていた。どうやら彼もあの子供の性別が分かっていなかったらしい。それでも完全にセクハラです。

 帽子まで取っちゃって、声までは聞き取れないけど少女はかなり怒っている。そりゃそうだ。

 そんな風にごちゃごちゃしながら、承太郎は少女を引き摺って船へと戻って来るために泳いでいる。

 

 気を利かせた誰かが浮き輪を投げ、これでひとまず安心──と、思いきや。

 

「なんだあれ」

 

 

 

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