星と水底のおとぎばなし   作:小日向ひより

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19.黄色の節制

 

 

 洗濯を終えてベランダに洗濯物を全部干した澪は、上機嫌でバスルームに向かった。

 戻ってきたらアンはなぜかいなくなっていたが、『ジョジョたちと出かけてくる』というメモがあったので安心した。

 

「ばばんばばんばんばーん♪」

 

 昔懐かしのお風呂ソングなどを口ずさみつつ、バスタブにお湯が溜まったことを確認して、温度を確認。

 

「よしッ!」

 

 やはり日本人たるもの、湯船があるなら浸からねば。

 そんな使命感で澪は衣服を脱いで、まずはシャワーで全身の汚れを落とし、備え付けの石鹸とシャンプーで丁寧に身体と髪を洗った。潮風と海水にさらされた髪がごわついてしまったが、これは仕方がない。

 

 納得いくまで身体を洗い、待望のバスタブに浸かる。

 

「おはぁああ……!」

 

 心地よさに変な声が出た。

 これまでの疲労がまとめてとろけていくようだった。

 長々と身体を伸ばせばぽかぽかと全身が温まり、筋肉がゆるんでいく。気持ちがいい。

 

「極楽、極楽♪」

 

 のぼせない程度に温まってからバスタブから出て、大判のタオルで全身の水気を拭う。

 ものすごく贅沢をしている気分になって、自然と頬が緩む。

 

「ちょっとあつい……」

 

 久しぶりだったのでつい長湯してしまった。

 誰もいないのでぱんつだけ履いて、両肩からバスタオルを下げて小さなタオルで髪の水気を抜きながら冷蔵庫を開けてキンキンに冷えたミネラルウォーターをぐびぐび。

 

「ぷはっ! うう、最高~」

 

 喉を通り抜ける清涼感と充実感におっさんくさく嘆息すると、呼び鈴が鳴った。

 

「はーい」

 

 満足感で何も考えずにスリッパをぺたぺた言わせて澪はドアを開けた。

 

「あ、典明くん。どったの?」

 

 花京院は硬直した。

 

「うわぁああッ!?」

 

 赤くなるどころか真っ青になって裏返った悲鳴を上げ、反射的になのか飛び出してきた『法皇の緑』が即座にドアを閉めた。壊れそうな勢いだった。

 

「ッと、なんか用じゃないの? おーい典明くーん」

 

 自分の恰好のことなど完全に忘れ、呑気にごんごんドアを叩くが花京院からの反応はなしのつぶてである。

 

「別に取って食ったりしないよー」

「そ、それはこっちが言うべき台詞だッ!」

 

 ツッコミを頂いてしまった。

 

 その辺でようやく澪は自分の恰好を思い出した。

 ぱんつ一丁でバスタオル。たぶん大事な部分は隠れていただろうが、これでは痴女だ。いかんいかん。

 

「ごめん、びっくりさせちゃった。えーと、洗濯してお風呂入ったらちょっとのぼせちゃって、そんで」

「詳細な説明しなくていいから! とにかく服を! 着ろ!」

 

 もはや悲鳴のようだったので、澪はさすがに申し訳なくなったので「少々お待ち下さい」と返事をしつつ待たせるのも悪いのでちゃっちゃと着替えて改めてドアを開けた。

 

「お待たせ、ごめんごめん」

「本当に驚かせないで……」

 

 ホッとしたような花京院が顔を上げて澪の姿をまじまじ見つめ、また硬直した。

 

「なんで体操着なんだ!」

 

 今度は復活が早かった。あとツッコミがキレッキレだった。

 なんでと言われても。

 

「引っ張り出した着替えがこれだったの。仕事着は目立つし、着てたやつは干しちゃったしで」

 

 澪本人とて不本意だが、ない袖は振れないのである。ありもので我慢するしかない。

 とはいえ、ホテルの一室で授業でもないのにひとりで体操着を着ている澪はなんというか、すごい違和感だった。

 普通の授業なら他の女子も同じだから特に羞恥心も覚えたりしないが、花京院はカッチリした学生服なので、ここまでくるとそういうプレイですかという感じだ。

 

「は、裸よりはマシだけど……澪の義父たちは何を考えて……」

 

 花京院は青くなったり赤くなったりと忙しい。

 あまりに混乱しすぎて澪の仕事着というワードは聞き逃していた。『法皇の緑』もどうしたらいいのか分からないらしく、無意味ににょろにょろしている。

 

「な、なんかごめん。てか、用事があったんじゃないの?」

 

 いきなり体力を削られたようにげんなりしている花京院に、なんとなく澪は謝った。

 洗い髪はまだ濡れていて、頬も少しだけ上気している。つるっとしていてぴかぴかで、なんだか果実みたいだった。

 

 瞳の色も相まってさくらんぼみたいだと花京院は思った。

 

 脳裏に浮かびそうになるさっきの衝撃映像を必死で振り払い、誤魔化すように澪の肩にかかっていたタオルをとって髪の毛をぐっしゃぐっしゃ。

 

「あ、わ、うぉッ」

「ちゃんと拭かないと風邪を引いてしまうだろう。まったく……」

 

 髪を拭いているうちに手の掛かる子供の世話を焼いているような気分になってきて、花京院はやれやれと嘆息する。

 ジョセフに聞かされた言葉は少なからず花京院の心に打撃を与えたし、これからの事を考えて不安を覚え、気分も沈んでいた。だが今のショックで色々と吹っ飛んでしまった。

 

 目の前にいる澪を守ればいい。無茶をしようとしたら止めればいい。

 

 これはただそれだけの話なのだと、すとんと心が落ち着いた。それなら何も変わらない。

 

「実はジョジョに置いてけぼりを喰らってしまってね」

「そうなの? 承太郎ってあんまりそういうことしないんだけど……」

 

 気が抜けて、ようやく花京院は自分が澪の部屋に来ることになった経緯を口にすることができた。

 

「日光浴と洒落込むのも悪くないけど、澪はどうしてるかなと思って」

 

 連絡時に不在という、澪にしては珍しくタイミングが悪かったのだ。

 おかげでジョセフから貴重な話を聞けたが、同時に心配になった。

 だから顔を見に来たのだが、花京院にとって巡り合わせがいいのか悪いのか。本人が欠片も気にしていないのだから、花京院だけが照れるのも妙だし、どうにも対応に困る。

 

「よかったら一緒に出かけないか、と誘いに来たんだよ」

「うーん、出かけたいのは山々なんだけど……」

 

 花京院にタオルドライしてもらいつつ、体操着のまま悩む澪だった。

 これまで着ていた服は乾燥中。着流しは目立つ。

 

 かといって、

 

「体操着で出かけるのはちょっとなー」

「さすがにぼくもその恰好の澪を連れ回そうとは思わないよ……はい、できた」

「あ、ありがとう」

 

 乾かしてくれた上に、花京院は持っていた自分の櫛で髪まで整えてくれた。

 てきとうに手櫛で梳いておしまいにしていることが多いので、さらっさらになっててびっくりする。

 澪とて別段部屋で腐っていたいワケではないので、ちょっと考えてからベッドの上に置きっぱなしになっていたリュックを引っ張った。

 

「まだ何か入ってる気はするんだけど、いまいち把握しきれてないんだよね」

「そうなんだ……」

 

 ごっそごっそと中身を漁る澪から花京院はそっと視線を逸らした。

 サイズ的に決して大きくはないリュックなのに、腕が肩ぎりぎりまで埋まっているのはなんかの間違いだと信じたい。

 

 しばらく奇妙な時間が流れていたのだが、

 

「げっ」

 

 唐突に澪が変な声を出して腕を引っ込めた。

 咄嗟に振り向いてしまった花京院は何か、ビニールに入った服のはしっこみたいなのが見えた。

 

「それ、着替えじゃ……」

「これはダメ。着れません」

 

 ぶんぶん首を振って真っ向からの否定である。しかし、着られない服を入れる理由が見当たらない。

 花京院も澪の義父のことは、些少ながら知っている。紛う方なき変人だが、義娘を思う気持ちは誰よりも強い。

 そんな彼らが用意した旅の荷物なのだから、多少のお茶目はあっても澪を困らせるようなものが入っているとは思えなかった。

 

 なので、

 

「えい」

 

 『法皇の緑』でそれを引っこ抜いてみた。

 

「あっ! ハイエロさん使うなんて卑怯!」

 

 咄嗟に手を伸ばす澪の頭を花京院は柔らかく押し返し、『法皇の緑』から袋を受け取る。

 

「目の前で隠されたら暴きたくなるのが人間の……あれ?」

 

 それはビニールに入った洋服に見えた。サイズシールが貼ってある部分に『おしゃまセット』とか付箋がついている。

 

「なんだ、よかったじゃあないか。これなら外に着て行っても」

「やだ」

 

 子供の駄々みたいな否定の意。

 気付くと、心なし澪の頬が赤い。ほぼマッパを見られても平然としてたくせに。

 花京院はちょっと面白くなってきて、小さな頭を押さえつつ尋ねてみた。

 

「どうしてだい? 見た感じ、体操着より断然いいと思うけど」

「それは、そうかもだけど、う、ううう~……」

 

 犬みたいに唸って、真っ赤になって俯いて、ようやく澪はぼそっと白状した。

 

「制服でもないのに、スカート、やだ。苦手」

 

 なんだそんなことか。

 

「待ってるから着替えてきなさい」

「ええっ!? 恥を忍んで申し上げたのにそんな殺生な!?」

「なんとでも。ほら、ぼくは外に出てるから。あんまり遅かったら『法皇の緑』けしかけてもいいんだよ」

「ちょ、典明くんなんで怒っ、うわああハイエロさん殿中でござる! 殿中でござるよ典明くーん!?」

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 なんだかよく分からないけど鬼となった花京院と、義父たちのいらん気遣いで身に纏うことを余儀なくされた『おしゃまセット』。

 

 出かけるなら一言伝えないと、とジョセフたちの部屋に寄ったらなぜかテレビは爆発しているし花京院がいることに驚かれ、更には「シーザーちゃんに送るからちょっと待っとれ!」と写真を撮られそうになったので泡食って逃げた。

 

「ひー落ち着かない~」

「まぁまぁ、可愛いんだから自信持って」

 

 泣き言を漏らす澪に反して、エスコートしている花京院はこの上なく上機嫌である。

 

 花京院によって丁寧に梳かれた雪色の髪はつややかで、頬にかかる繊細な様子すら愛らしい。

 お風呂の魔力で透明感を取り戻した白皙の肌も負けずに白く、じゃっかん落ち込んでいる桜色の瞳と合わさって夏の気候で溶けないのが不思議なほどだ。

 

 澪が着る羽目になったのは、水色と白という涼しげな色を中心としたワンピースである。

 

 白地に淡い線の入ったパフスリーブのブラウスは肌の露出を極力押さえるためか立ち襟で、胸元には華やかなフリルとリボン。

 きゅっと腰の辺りもリボンで締められ、膝の辺りで水色のサーキュラースカートが上品にふんわりと花開く。

 すんなりと伸びた子鹿のような足は先程購入した黒いタイツで覆われており、残念ながら靴は入ってなかったのでそのままだ。

 

 最初は靴下だったのに、本人がこれ以上諸肌見せたら部族の掟で死ぬとか言い出しそうだったのでこれは仕方がなかった。

 

 ただ、姿勢を緩めるのは好きではないのか背筋はいつものようにピンと伸びているし、段々開き直り始めているらしかった。

 

 一度ふかーくため息を吐いて、両頬を軽く叩いて気合いを入れる。

 

「もう、ここまで来たらしょうがない。観念して楽しむことにします」

 

 そこまで覚悟が必要なのがなんだか面白かった。

 

「そうそう」

「典明くんとでぇと、という自己暗示で乗り切る」

「え」

 

 自己暗示が必要なのか、とかどんだけスカートがイヤなんだ、とか花京院は思ったがまぁ本人が楽しもうとしてくれたのはいいことなので、流すことにした。

 それに、仮想でもデート、と澪が言ってくれたのはなんだか嬉しい。

 

「なら、エスコートは任せてもらおうかな」

「うむ、よきにはからえ!」

 

 果たして澪の中のデートとは一体なんなのか、小一時間問い質したいと花京院は思った。

 

 とはいえ、白い雲と絵の具のように青い空の下で気の置けない友達とあれこれ見て回るのは純粋に楽しい。

 

 港が近いので潮の匂いがする。

 不快なほどではない。遠く、僅かに潮騒が聞こえる。

 ちなみに、ポルナレフが『悪魔』のスタンドを撃退したという話は散歩しながら聞いた。

 

「ジュースでも飲む?」

「うん!」

 

 花京院の提案で、牛乳と果物を混ぜたジュースを露天で買った。

 観光客向けなのか果物の殻をくりぬいたものが器で、そこにストローが差してある。

 

「はいよ、おまけだ」

 

 そう言って、露天のあんちゃんが澪の器にサクランボをひとつ乗っけてくれた。

 

「ありがとうございます!」

 

 あんちゃんは軽く手を振って「またどうぞ~」と言っていた。ジュースは濃くて甘くてよく冷えて、美味しかった。

 花京院の視線がサクランボに注がれていたので、ひょいと摘まんで差し出した。

 

「あげる。好きだったよね?」

「じゃあ、ありがたく」

 

 笑ってサクランボを摘まみ、ぽん、と口に放り込まれた赤い果実が花京院の舌の上でころころころりと踊る。

 一発芸みたいで面白いので、澪はその癖がわりと好きだった。

 ズコーとジュースを吸いながら見上げると、空に線を引っ張るような極太のケーブルが見えた。

 

「あれ、ロープウェーかな?」

「貿易センタービルのところにケーブルカーがあるんだよ」

「なーるほ、どッ!?」

 

 澪の視線の先、ケーブルカーのひとつに激震が走り、ボコンと底が抜けた。

 

「の、典明くん! あれ!」

「ッ、ジョジョ!?」

 

 かなり遠いが彼の特徴的な恰好は目立つ。

 なぜか承太郎が知らない男と海に落ちていくところである。

 

「あの男、スタンド使いか!」

 

 男から這い出る黄色のスライム状のものが承太郎に絡みつきながら、派手な水飛沫を上げて着水した。

 

「行こう!」

「ああ!」

 

 二人は即座に戦闘態勢へと切り替わり、ゴミ箱に飲み終わった殻を捨てて走り出した。

 澪は靴だけはそのままでよかったと心底思った。

 

 

 

☓☓☓☓☓

 

 

 

 澪と花京院が承太郎たちの落下した小さな港湾に辿り着くと、なんというか、クライマックスだった。

 

「引っ張ってテメーを拘束する!」

 

 上半身が裸かつ血だらけの男が船把に王侯貴族のように腰掛け、排水溝からはまるでスライムのような粘性の液体が飛び出し承太郎を壁際へと拘束している。

 

「イリュージョン溶き虫……!」

 

 思わず例のヒントを呟き、澪はそのままスタンド使いらしい男を無視して前を通過、そのまま海に飛び込んで承太郎にむぎゅっと抱きついた。

 

「ふ、テメーを引きずり込む穴がこんなに近くにあるとはまったくの幸運よ、の……ッ!?」

 

 勝利宣言しようとしていた男が驚愕する。

 澪が承太郎に飛びついた瞬間、承太郎に纏わり付いていたスライム状のスタンドはぷるんぷるんの丸いわらび餅みたいになって海上を漂っていく。

 

「なんつー恰好してるんだお前」

「気にするな!」

「ジョジョ!」

 

 花京院も到着し、形勢は完全に逆転していた。

 自由の身になった承太郎は、ぎろりと男を睨み付ける。

 

「本当にてめーが幸運(ラッキー)だったのは『いままでだ』だった、ということだな」

「か、花京院に、澪様まで……」

「さま?」

 

 敬称に澪は首を捻るが、男はそれどころではないらしく、開き直ったように捲し立てた。

 

「あ、あんたらの命は貰えなくとも、その嬢ちゃんを連れて行っても一億ドルは貰えるんだぜぇーッ!」

「懸賞金たっか!」

 

 思わず突っ込んでしまったが、先程はわらび餅になったスライムが今度は澪目掛けて殺到し、全身に巻き付いた。

 

「ぐえっ」

 

 手首に、腰に、首に、身体のあちこちに。

 

「嬢ちゃんだけを捕まえて逃げれば、貴様らも攻撃できまい! やっぱり幸運の女神は俺についていたということよ!」

 

 身体に絡みついたスタンドはまだ変化しない。今度の相手の目的は紛れもない『捕獲』だからだろうか。

 相手は素早くスタンドで一本釣りを試みようとしたが、ここには承太郎がいる。

 

「『星の白金』!」

 

 承太郎は咄嗟に澪を掴んで花京院へと放り投げた。花京院も既に『法皇の緑』を出していたので危なげなく受け止める。

 だが、澪に絡みついたままのスタンドは外れない。

 

「うええぬるぬるするううう」

 

 生理的嫌悪感で澪が呻き、『法皇の緑』で取ろうとすれば触れた箇所にだけ消化機能が働くのか、その部分だけがぷるりとしたわらび餅状になって転がり落ちる。

 その度スタンドの量は増え、堂々巡りだ。

 

「くそッ! ジョジョ!」

「ああ、覚悟しな!」

 

 拳を握った承太郎に呼応して『星の白金』が、排水溝めがけて砲弾の如き打撃をぶち込む。

 内部の水が爆撃のように逆流し、圧力に耐えかねて跳ね上がったマンホールが男の顔面を強襲した。

 

「ぶげぇえッ!」

 

 水圧とマンホールの痛打によって男は高々と吹っ飛び、盛大な水飛沫を上げて海中に没した。

 同時にスタンドを操る余裕もなくなったのか、澪の身体も自由になる。

 

「ぶはっ!」

 

 男は慌てて海上へ顔を出し、その背後には鬼がいた。

 

 承太郎は男の頭を鷲掴んでいかなる膂力なのか、そのままひっぱり上げる。

 

「じょ、冗談だってばさぁ~、承太郎さーん、ちょ、ちょっとしたチャメッ気だよォーん!」

 

 男は流血と脂汗を流すという器用な真似をしながら、猫なで声を出した。

 

「他愛のないイタズラさぁ! やだなあもう! 本気にした?」

 

 だが、承太郎の表情は鉄仮面の如く動かない。

 

「ま、まさかもう、これ以上殴ったりしないよね……?」

 

 男の声は段々弱々しくなっていく。

 

「重症患者だよ? 鼻も折れてるし顎も針金で繋がなくちゃあ……あ、はは、ははは」

「もう、テメーには何も言うことはねぇ……とても哀れすぎて」

 

 それは、承太郎の死刑宣告に等しい。

 

「何も、言えねぇ」

 

 精密機械の正確さと機銃掃射の如き乱射で繰り出される『星の白金』のオラオララッシュの間にエメラルドスプラッシュまで見えたのは、たぶん気のせいだと思いたいです、はい。

 ぐちゃげろになった男は『黄色の節制(イエローテンパランス)』というスタンドの持ち主だったそうだ。

 スライム状のスタンドを身体に纏わせることで外見を変化させたり、それこそスライムよろしく相手を消化吸収するという厄介なものだったらしい。

 

「そんな○ロゲみたいなスタンドもあるんだね。世の中広いわ」

「女の子がエ○ゲとか言っちゃダメだろ!」

 

 今まさに被害に遭いそうになっていたくせに呑気すぎる感想を呟いたら花京院に怒られた。どうも今日は花京院の血圧を上げてばっかりな気がする。

 アンとチケットを買いに行った先で襲われたというのだから、澪は慌てた。

 

「ええっ、じゃあ早く迎えに行かないと!」

 

 今にも飛び出しそうになった澪の腕を掴んで承太郎が止める。

 

「おい待て、そんな恰好で行けるワケねぇだろうが」

「?」

 

 言われて、服を見てようやく気付いた。

 

 びしょ濡れなのは横に置いておいても、元々おしゃれ着だったのだから耐久度なんて期待してはいけない。

 先程承太郎にぶん投げられた時か、スタンドに襲われた時かは判然としないが、ともあれ服はズタボロだった。

 フリルは取れてボタンも弾け、スカートなんかどこかに引っかけたのかかぎ裂きまでできていて、まるで暴行を受けた被害者である。

 

「わーお」

 

 無感動な声で呟けば、花京院が脱いだ上着をかけてくれた。

 

「あの子はジョースターさんがホテルに呼び戻していたから大丈夫のはずだ」

「そっか、ありがと」

 

 かくして、澪の『おしゃまセット』はほんの一時間足らずでただの布っきれと化したのだった。

 

 そしてその夜、澪は改めてリュックの中を探って絶望を味わった。

 

「ジャージ、入ってた……!」

 

 痛恨のミスである。

 

 

 

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