深夜である。
澪は眠気を強く残したままベッドから這うように出て、へろへろとした動きでトイレに行って用を足し、ふと洗面台から視線を感じたような気がして顔を上げた。
「……?」
そこに、自分ではない誰かが映っていた。
暗闇の中でも目立つ、既視感のある金糸の髪に紅玉の瞳、端整な美貌。神が作り上げたような彫像めいた体躯。首筋には星型の痣。
その薄い唇が、動く。
『……久しいな、ミオ。いや、澪と呼ぶべきか』
脳髄まで浸透するような、甘く、低い、毒薬めいた声音だった。
ただ、相手にとって誤算だったのは、
「あー、うん……今晩はー」
澪がめっちゃ眠かったという残念な事実である。
「あれ、DIOにとったらおはよう? ……でも僕と生活時間違うから、連絡するならでんわばんごう……」
ぼへっとした声とよくわからない言葉の羅列に、相手は怒ったらしい。
『貴様、さては寝惚けているな!?』
「ねむい」
『それは見れば分かる!』
こっくりこっくり、澪の首が上下に動いている。
『こら待て! まだ寝るんじゃあない!』
「DIOうっさい……音量下げて……」
むずがる子供のように首を振られる。
このまま押し問答しても埒が明かないと思ったのか、DIOは言葉を切り出した。
『澪、なぜこのわたしを拒む?』
「拒んだ、っけ」
『スタンド使いを送っただろう』
「ああ、それは義父さんたち、がなんか追っ払ってた、みたい……」
『おい待て! ここからが本題だ!』
かくん、と一度大きく首が傾いたのでDIOは慌てた。
「だから……音量」
『澪、貴様が自らこちらへ来るのならば、ジョースター家に手を出すことをやめてもいい』
「えー?」
澪はしばらく半目でぼーっとしていたが、やがてへろんと笑った。
「うそ、ついちゃだめだよ」
『……』
「そんな口約束。DIOが守るわけないでしょーが。こっそりなんかするに決まってる」
それに、と続ける。
「なんにせよ、ホリィさんが危ないのは変わらないんだから、ね。それはむりだよ」
頭を右に左に動かして、なんとか寝落ちだけは避けつつ。
「まぁ、みんなで会いにいくから、ちょっと待ってて」
『わたしを殺しに、か?』
「いや僕はDIOに請求書渡して叱って殴りたいかな。おねーちゃんだもの」
『……請求書?』
DIOの疑問に澪は答えず、ひらひらと手を振った。
「ともあれ、ちゃんとご飯とか食べて、元気でいてね。裸族なのもいいけど、風邪とかには気を付けて」
眠気でぼやけた頭で、義弟を心配する姉としてごくごく当たり前のことを。
「おやすみー、ディオ」
『……変わらんな、姉さんは』
鏡の向こうのDIOは呆れたように嘆息して、ごく小さな声で囁いた。
『おやすみ、澪。わたしの夢を見るがいい』
澪はふらふらとベッドに潜り込んで、頭まで布団を被った。
「……ねぇ、今誰かと喋ってなかった?」
隣のアンが小さく尋ねた。どうやら起こしてしまったらしい。
「うん、可愛くない方の弟と、お喋りしたー……」
それきり言葉は途絶え、寝息が聞こえ始めたのでアンは寝惚けていたのね、と納得してそのまま眠ってしまった。