翌日、朝食を食べ終えた全員はポルナレフの捜索を開始した。
あのまま突っ走って良い結果が出るとは思えないし、純粋に皆心配だったのだ。
仲間たちは三々五々に分かれ、街中に散っていく。澪は花京院に随行してポルナレフを探し始めた。
昨夜の雨雲は移動して、今日は洗われたような蒼穹が広がっている。
肌が焦げそうなほどに日差しは強いが、日陰を選べばそれなりに涼を得られるのでそんなに苦ではない。
ごみごみとした市街地の人混みを縫いながら歩いていると、ふと花京院が呟いた。
「澪、昨日のことを気に病んでいるのか?」
なぜか澪は露天で厚手のカーテンを購入してリュックに詰めていた。
「え?」
振り向くと、花京院の表情は心配と気遣いがない交ぜになったような表情でこちらを見つめている。
一拍置いて、ポルナレフの言葉のことだと思い至り、澪は苦笑しつつ首を振った。
「いや、あんまり。びっくりはしたけど」
素直に伝えてみたが、それでも花京院の表情は優れない。
「それにしては沈んでいるように見えるよ。心なしか、承太郎を避けているような気もする」
花京院は観察眼に優れているし、なんせ長い付き合いだ。澪のちょっとした挙動だけで感情を見透かしてしまう。
元々嘘がつけない性質だから、適当なことを言ってもすぐに看破されてしまうだろう。
「まぁ、承太郎とはちょっと今、顔を合わせづらいんだよ」
「……どうして、と聞いてもいいかな」
心なし沈んだような花京院に、澪は一面の真実を明かす。
「いや、昨日の夜にね、承太郎に煙草せびったの」
「え、煙草吸えるのかい?」
「うんにゃ、それで一本だけ貰って吸ったらひっくり返っちゃって、面倒かけちゃったんだ」
「ああ、それで。承太郎は気にしないと思うけど」
花京院はどうやら面倒をかけてしまったから顔を合わせづらいのか、と解釈してくれたようだ。
それでいい。聞かせたところでどうなる話でもないから。
「……ぼくもね、一度尋ねたいと思っていたんだ」
街角を曲がりながら、花京院はぽつりぽつりと言葉を落としていく。
「ぼくは、DIOに会ったことがあるから──彼の持つ雰囲気や性格を、少しだけ覚えている」
肉の芽を植え付けられていた時でも、花京院には多少の自我があった。
除去されたことで大部分の記憶は薄らいでいるようだが、断片だけでも覚えている。
あの身の毛のよだつ感覚や恐懼、畏怖、端麗な美貌の皮から覗き見えた空恐ろしいまでの醜悪さ。ぶつけられた感情だけは生々しいほどに花京院の肌身に残っていた。
「DIOは澪に執着している、とても強くね。ぼくはそれを知っている」
捕獲命令が出されるくらいなのだから、その辺は推して知るべしといったところか。
「その理由は、これまでで概ね理解することができた」
澪は花京院にもそれまでのあらましを話してきている。だからこそ、不思議に思うことがあるのだろう。
「ポルナレフと意見が被るのは癪だけど……どうして、澪はDIOを憎まないんだい」
理不尽に生を終わらせた相手に恩讐の念を抱くのは『当たり前』だ。けれど、澪からそんな感情を見出したことは一度もない。
目立つ髪型を探すために周囲に忙しなく視線を走らせ、澪は考えながら言葉を紡ぐ。
「そうだね、あれはディオも意図してなかったいわば事故みたいなもんだった。ていうのもあるんだけど……」
「けど?」
「んー、なんていうかな……ああ」
澪は少しだけ沈黙して、やがてしっくりくる言葉を見付けたのかほんのりと笑った。
「殺した殺されたっていうより、僕にとっては──」
直後──、一発の銃声が轟いた。
「ッ!」
そこで話は終わりだった。澪と花京院が慌てて銃声の方へと走ると、そこに広がっていた光景は──
ポルナレフを庇ったらしきアヴドゥルの背中から鋭利な刃物で刺されたように血液が噴出し、間髪入れず亜音速で迫る弾丸が彼の額で炸裂した瞬間だった。
ゆっくりと仰向けに倒れ伏したアヴドゥルから嘘のような血液が流れ出し、血溜まりを作る。
「ほう、こいつぁついてるぜ」
揚々と声を上げたのは、くすんだ金髪のいかにも外人らしい偉丈夫だった。
ウェスタンみたいな恰好で、カウボーイハットが誂えたように似合っている。
おそらくは、彼が『ガンマン(略)』のスタンド使いなのだろう。
「俺の『銃』とJ・ガイルの『鏡』はアヴドゥルの『炎』が苦手でよぉ、一番の強敵はアヴドゥルだと思ってたから……ラッキー!」
手には拳銃も持っているし、確定だ。
「この「軍人将棋」はもう怖いコマはねぇぜッ!」
「アヴドゥルさんッ!」
現状を把握した花京院は咄嗟にアヴドゥルへと駆け寄り、抱き起こそうとする。
しかし、澪の脳内は既に戦闘態勢へと切り替わっていた。だから花京院の手がアヴドゥルへと届く寸前でその手の平を打ち払い、ついでに花京院の頬っ面をなんの躊躇もなくひっぱたいた。
「ッ、澪!?」
乾いた破裂音が響き、こちらを向いた花京院に思い切り怒鳴りつける。
「動かさない!」
鞭のような声だった。びくりと花京院の肩が震え、その間に澪はアヴドゥルの前にかがみ込んで呼吸と脈を確かめ、彼の服を破いて傷口を露出させ、迅速な動きで止血帯を作って巻いていく。
驚くほど手際がよかった。
「ちっ、説教好きだからこうなるんだぜ。なんてザマだ」
くるりと踵を返し、ポルナレフが吐き捨てる。
「な、なんだと? ポルナレフ」
あまりの物言いに花京院が目を見開いた。
「誰が助けてくれと頼んだ。おせっかい好きのシャシャリ出もくせにウスノロだからやられるんだ……」
手当ての手を止めず、澪は彼の声が僅かに震えていることに気がついた。
「こういうヤツが足手纏いになるから、俺はひとりでやるのがいいと言ったんだぜ」
「た、助けてもらってなんてヤツだ」
怒りに燃える花京院だが、ポルナレフの足で水滴が弾けた。ぼたぼたと落ちるそれは雨などではない。
「迷惑なんだよ」
細い声とともにポルナレフが振り向いた。
「自分の周りで死なれるのはスゲー迷惑だぜ! この俺は!」
滂沱と涙を流し、心底悔しそうに怒鳴りつける。
その間に応急手当を終えた澪は顔を上げた。
「できる限りで応急手当はしたから、僕がアヴドゥルさんを運ぶ」
言うなり、なるべく傷に障らない位置を選んで澪はアヴドゥルを抱え上げた。
花京院とポルナレフがぎょっと肩をそびやかす。
「典明くんとポルナレフはそのガンマンとJ・なんとかの足止めよろしく!」
「おっと、嬢ちゃん。そうは問屋が卸さねぇぜ?」
ガンマンがこちらへと銃口を向ける。
「澪サマ、だろ? アンタの捕獲命令も俺たちは受けてんだ。大人しくついてくれば危害は加えねぇよ」
ガンマンの言葉に澪はは、と息だけで笑った。
「ついて行かないし、力尽くでやれるならやってみろ」
瞳には炯炯と闘志が宿り、口元の笑みは獲物を定めた肉食獣のそれだ。
大柄な男性を背負っているとは思えない、異様な雰囲気が澪を取り巻いている。
ガンマンが気圧されたようにじり、と後ろへと後退した。
「もし、アヴドゥルさんが最悪の事態になったら……」
生きたまま相手の生皮を丁寧に削ぐような、薄刃の剃刀めいた殺意だった。
「僕は僕の殺意を以て、あなたを殺す」
平坦な宣言には空っぽの殺意だけがとぐろを巻いていた。
「うぐッ。嬢ちゃん、アンタ……!」
剥き出しの殺意をモロに浴びて、ガンマンの顔から血の気が引いていくのが分かった。
それを一瞥して、澪は戦場に背を向ける。
だが、ここにはガンマン以外のスタンド使いがいる。
「旦那!」
ガンマンの声と同時、足元の水たまりに変化が生じた。
アヴドゥルを背負った澪が陽光によって鏡映しになり、その背後に異様な者が迫っている。全身を布きれで巻いたミイラのようなスタンドだ。
『俺がいることを忘れてもらっちゃあ困るぜ、お嬢ちゃん?』
圧倒的優位にいるもの特有の優越感に満ちた下卑た声だった。けれど澪は怯まない。
「確信が持てたよ、ありがとう」
どころか、にんまりと笑ってみせる。
『ッ!?』
「アヴドゥルさん、ごめん。ちょっと我慢してね」
澪は一瞬気息を整え、思い切り片足を持ち上げ、
「見さらせ震脚ぅッ!!」
気合いとともに思いっきり振り下ろした。
どん、と爪先が地面にめり込み、伝播した震動と衝撃で土がぼこぼこと沸き立つ。
それだけで澪の周囲の水たまりは土埃と隆起した土塊と混ざり合い、ただのぬかるみへと変貌を遂げる。これでは相手は映らず、反射もしない。
『な、小娘ェ……!』
声は真横──ショーウィンドウのガラスから聞こえた。いつの間に移動したのか、憎々しげな瞳がこちらを射竦めている。
「やっぱりね」
澪は唇を舌でなぞり、アヴドゥルを背負うために胸の前に下げたリュックから先程のカーテンを引っ張り出して紗幕のように窓へと引っかけて花京院たちに向き直る。
彼らはアヴドゥルを姑息な手段で襲撃した怨敵である。澪に躊躇はなかった。
「そのJ・なんとかの能力はたぶん『光速移動』! 鏡もとい、『反射』するものに映って足場にして光の速さで移動、攻撃する!」
それならこうして映っている箇所を覆い隠してしまえば、一度スタンドを引っ込めるか他に映るか、紗幕を誰かにのけてもらうしかない。
「だから直線でしか動けない!」
「なッ!?」
驚愕の声を上げたのはガンマンだった。その声は肯定の意味に他ならない。
相手スタンドの能力を餞別代わりに言い当てて、澪は最後に笑みを見せた。
「ポルナレフさん! 典明くん! 御武運を!」
「お、おう! ありがとよ!」
「任せてくれ!」
激励に力強い応えが来たことに満足して、澪は走り出した。
「ロギンス先生思い出すなぁ……」
重みといい状況といい、似ている。
がちゃがちゃと金属が擦れるが構ってはいられない。とにかく一刻も早く病院へ向かわなければならない。
足に力を入れて野次馬たちの間をすり抜けて走る走る走る。
通路を直進し、角を曲がって──
ドンッ!
「わぶっ!?」
「おい、どこ見て……澪! アヴドゥル!」
「どうした!」
頭からぶつかった相手は承太郎で、隣にはジョセフの姿。
「ガンマンと『鏡』のスタンド使いに襲撃された。ポルナレフさんを庇ってアヴドゥルさんが負傷。止血はしたけど、傷と合わせて出血量がひどい」
澪は荒い呼吸を整えてジョセフに早口で捲し立てる。
「典明くんとポルナレフさんはスタンド使いの応戦中。僕は傷の深さを鑑みてアヴドゥルさんの治療と脱出を優先した」
「……相変わらず、こういう時は頼りになるのう」
ジョセフは感心ともつかない呟きを漏らし、そのまま澪の背からアヴドゥルを受け取った。
「よし、このまま儂が波紋で最低限の生命維持をする。承太郎、どこかで車を調達してこい」
「ああ」
頷き、承太郎も即行動に移した。
ジョセフはアヴドゥルに波紋を流して痛みを緩和させ、回復を促しながらぼやく。
「なんか思い出すのう。あの時はロギンス師範代しょっとったな」
「あ、やっぱり? でもロギンス先生のが重かったよ」
「エシディシのことを思い出すと今でも腸が煮えるわい」
「敬意を払うとか言ってたじゃん」
「それとこれとは別問題じゃよ」
承太郎が車を手配して戻って来るまで、束の間の昔話に花が咲いたのだった。